2014年1月19日日曜日

インターネットの危険性-社会を破壊するかもしれないネット菌

 以下は、昨年ヤフーの知恵袋に投稿したものです(表題は変形)。ここには掲載していませんので再掲します。

 スマホやパソコンでのインターネット利用の危険性については、広く知られている。しかし、文部科学省のサイト例1では、危険な事象を羅列的に述べているに過ぎないし、別のサイトでは、その原因について、「インターネットは現実の社会と異なり匿名性があるため、仮想的な世界となっている」との指摘があるものの、今一つ深さがない。つまり、匿名性があれば何故仮想的な世界になるのか?或は、分析者は“仮想的”ということばをどう定義して用いているのか?などの疑問が残るのである。そこで、ここではもう少し掘り下げてこの問題を考察するための糸口を提案したい。  インターネットの危険性は、一言で云えば、どのサイトもクリック一つでアクセス可能である点にあると思う。つまり、地上の生活においては、全てのサイト(位置或は場所)は離れて分布し、そこへのアクセスは何らかの交通手段を要する。その場所には何らかの全体的イメージがあり、個々の場所に至るまでに既にある種実質的及び心理的エネルギーが必要である。また、昼の世界(表の世界)と夜の世界(裏の世界)などの区別も加わる。更に、何よりも重要な差は、インターネットでは厳密ではない個人の表と裏が、地上の世界では峻別されることである。我々は社会生活をする上で、外に出るときは表の顔で出る必要があり、それは幼児教育から一貫して教え込まれている。表においても、公的会合とその他のオープンな場の区別、客とホストの別など、我々が用いる”表の世界での仮面”にはいろんな区別がある。  それらの複雑な多様な情況を、一様に伸しイカの如く平面に広げてしまうのがインターネットの世界である。内面の欲求と関連したイカガワしい(と表のことばで表現される)ページも、社会人としての勉強のために見るページも、全てワンクリックでアクセス可能である。このような世界を、法と正義を看板に挙げた我々の社会生活と共存させて良いものなのか?  一時期流行して人類の大きな危機となった結核菌の如く、社会を構成する個人の幼児期から形成した“表と裏”のチャンネル(細胞膜にあるイオンチャンネルのような)を破壊し、人間社会を死に導くかも知れない。 ある人は“携帯を持ったサル”などと、このネット社会を批判するが、問題の一端を指摘したにすぎない。このような議論を喚起するまでもなく、すでに菌は蔓延してしまっている。全体的な議論をもっと大きなスケールで且つ強力に行う必要があるだろう。規制の方法は上の議論から組上げることは可能であるが、経済界を始め、方々から反対の嵐がおこるかもしれない。それらをのり超えるには、精緻且つ分りやすい論理で武装し、その危険性を訴えるしかない。ただ、この種の問題を考える時に、私の頭をよぎるのは、「文明の崩壊はいろんな方向からやってくる、人類にとって運命的なものかもしれない」という託宣である。

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