2015年10月10日土曜日

習近平がトラとハエを叩く理由

中国の抱える問題:民主社会へのもがきの歴史 §1。冨坂聡氏の本「習近平と中国の終焉」を読んだ。それを元に自分なりに考えた中国近現代の本質について考え、まとめてみた。冨坂さんの中国を見る視点は、中国は経済だけでなく政治においても近代化を目指す努力をしてきたというものである。ところが、それらは全て失敗に終わっている。一つの体制から新しい体制へのスムースな移行は歴史が明らかにしている様に、無理な様である。

文化大革命の冬の時代が終わり、春の雰囲気が鄧小平を中心とする中国にもたらされていた。その時の総書記は胡耀邦であり、総理は趙紫陽だった。この3人の所謂トロイカ体制は、国民の支持を集めて強大な支配力を有していた。

この春の時代に民主化要求デモが学生を中心に起こったが、それは天安門事件と呼ばれる武力弾圧で抑えられた(1989年)。急激な民主化が起これは、反体制派はそれを利用しようと動き出し、政権側に大きな打撃として作用するからである。そして、春を招いた鄧小平が結局民主化の芽を摘み取ることになったのである。(補足1)

鄧小平後も同じ体制が今日まで続き、民主化は益々遠くなってしまった。保守主義は新たな挑戦が不要であるという点で、偉大な指導者を必要としない。また、保守政権が続くに従って、政治体制変換の困難さは益々大きくなる(補足2)ので、偉大な指導者が現れなければ体制の変換は試みさえ、なされないだろう。

§2。この体制にたいしてチャレンジをしたのが、薄熙来である。2007年の第17全国代表大会で、若い習近平と李克強が次期政権を担う地位につき、重慶市書記にしかなれなかった薄熙来には、政権を担う可能性はほぼなくなった(補足3)。そこで挽回を図ったのか、歴史に名を残したかったのかはわからないが、薄熙来が行ったのは重慶市での打黒である。

打黒とは黒つまりマフィア撲滅である。中国では、地方の権力者とマフィアが一体化して利益を独占する現象「警匪一家」が普遍的な問題である。その言葉が示す様に、警察と匪賊(マフィア)が一家の様な状態であり、本当の意味で撲滅するには、逮捕だけでなく裁判を異なった場所で行う必要がある。この異地裁判も一般的であり、薄熙来も徹底的にそれを行い、民衆からは将来の国家主席という期待が出てきた。

もう一つの運動は唱赤である。赤は革命歌を意味し、毛沢東礼賛の歌を唄おうという運動である。薄熙来は北京の長老たちに送ったつもりだったかもしれないが、それがネット社会の若者たちから思わぬ賛意を得て、全国に拡大し始めた。「打黒唱赤」:打黒は、格差と腐敗に満ちた現状を批判するものであり、皆が貧しく一般民衆には大きな格差がなかった毛沢東時代を懐かしむ唱赤と調和した(補足4)。ネット社会の若者は、大躍進運動や文化大革命などの大失敗と、その際の数千万人と言われる犠牲者のことなど十分知らないのである。

それを北京の次期政権を担う習近平らはどういう目でみていたかは想像に難くない。そして、薄熙来は北京の反撃で撃墜された。それを許したのは、皮肉なことに薄熙来も腐敗から遠ざかっていた訳ではなかったということである。それと対比されるのは、胡耀邦が死去した時の新聞記事に書かれた文章、「胡耀邦が自分の子供達に残した遺産で、金目のものはわずかに冷蔵庫だけだった」である。

§3 「トラ(老虎)もハエ(蒼蠅)もまとめて叩く」中国の習近平国家主席が中央紀律検査委員会の演説で言ったとされる言葉だ。その言葉がなぜ出てきたか、それは薄熙来の打黒運動を無視しては政権が大衆に受け入れられないからだろう。習近平は政権を握る側であるので、そのような捨て身の戦法を自分の信念として言い出すはずがない。というより言い出せない。なぜなら、習近平も薄熙来同様、海外とのつながりが強いトラだからである。

習近平の地位の上昇にともない、一族の利権も拡大した。そして一族の多くが外国籍を取得している。姉はカナダ国籍、弟はオーストラリア国籍、娘は在米でありグリーンカードを取得していると言われている。前妻はイグリスに逃げ、習近平夫妻だけが中国に残っている。

それらの事実が明らかにされる切っ掛けは、米國のインターネットに掲載された習近平一族の蓄財の様子を暴いた記事である。 http://www.bloomberg.com/news/articles/2012-06-29/xi-jinping-millionaire-relations-reveal-fortunes-of-elite 上記ブルームバーグの記事(2012/6/29)は、現在中国本土では見ることはできない。 “虎も蠅もまとめて叩こう”と思えば、自分の一族こそ真っ先に叩かなければならないことがこの記事でわかる。

自分たち一族も例外ではないが、高い地位にいる者のほとんど全員が同様に蓄財しているので、ネット記事を閲覧できないようにしさえすれば、自分の権力掌握までに同じ手法で誰でも失脚させることが可能で、非常に便利である。それと同時に上述のように、ネット時代の若者市民たちの間に広がった動きを逸らす為には、薄熙来の打黒運動を継承せざるを得ない。

一つの体制からスムースにもう一つの体制に移ることは、極めて困難である。幕末期の日本は、諸外国の強力な圧力と天皇という受け皿があり、奇跡的に薩長の下級武士たちにより最小限の犠牲で革命が行われた。両方ともない中国に革命が訪れるとすれば、大きく巨大化しているだけに恐ろしいシナリオしか書けないのではないだろうか。

補足:

1)その春の時代の1968年、学生による民主化要求デモが北京で起こった。清華大と北京大という二つの名門大学の学生が合流して天安門広場に向かった。このデモに対して、毅然たる態度が取れなかった胡耀邦総書記は解任され、その約二年後胡耀邦は死去した。そして葬儀の日までに、学生たちを中心に天安門へ献花に向かう人数は10万人に達した。そしてそれが、再び民主化要求デモとなり、全国に広がった。最初統制がとれていなかったが、その後デモ隊に改革派自由主義者が含まれる様になった。趙紫陽総書記は平和的解散を呼びかけたが、強硬派が大勢を占めるに至り、首都は麻痺状態になった。鄧小平は戒厳令が布告し、学生たちを武力弾圧した。

2)これは、憲法9条とそれに違反している自衛隊の共存、それを批判するだけで仕事になる野党と、ひたすら政権にしがみつく与党という日本の構図が長年変化しないのと似ている。そして国民は気づいていないだろうが、この野党も与党も一組で保守派だったのである。安倍政権は久しぶりに出てきた改革派政権であり、それに反対する民主党は従って保守派である。

3)中国共産党の人事構造:共産党党員は8260万人、党大会代表2270人、中央委員205人、政治局委員25人、政治局常務委員7人、トップが総書記(35頁)。憲法に「中国共産党が国家を領導する」と規定されているので、共産党総書記が国家主席になり、政治局常務委員会が事実上の意思決定機関である。しかし、形式的には国家の最高意思決定機関は全国人民代表大会(全人代;その内200人ほどで全人代常務委員会を構成する、日本の国会に相当)であり、国家主席、中央軍事委員会などは全人代で決定される。2012年の共産党第18回全国代表大会(18代)で政治局常務委員の順位トップになった習近平が、国家主席になったのは翌年の全人代の時である。行政機関は国務院であり、そのトップである国務院総理(首相)は、国家主席の指名により、全人代で決定される。(以上、ウィキペディアを参照のこと。共産党組織と政府組織が複雑に絡んでいる。明確に説明して欲しかった。)

4)ピケティの本で「格差」が話題になったが、西側資本主義社会でも格差が拡大しており、再度マルクス主義を見直す動きもある。“貧しきを憂えず等からざるを憂う”(論語=>http://togetter.com/li/480521 )のは、人間の共通した感情だろう。 冨坂聡氏の本の内容を理解及び記憶する為に書いたメモです。批判等あればコメントしてください。

0 件のコメント: