2016年8月13日土曜日

グローバリズムによる国内の分断線

表題は、昨日の読売新聞の9面(13版)に北大教授吉田徹氏のコラムにあった言葉である。グローバリズムにより国民が豊かになる層と貧困化する層に分断されるというのである。そして、貧困層による反グローバリズムの声が、トランプ旋風や英国のEU離脱(ブレグジット)を引き起こしたのである。この問題について、素人の一人として考えを整理する。

1)資本主義とグローバリズム:
資本主義社会では、ほとんどの場合会社(法人)が生産や販売の主体であり、一般市民は最終消費の主体である。市民は生産や販売などの会社の業務において、労働者という形で参加する。また、会社の経営には資本の提供という形で間接的に参加する場合がほとんどである。会社が法人と呼ばれるのは、その経営の主体が会社自身であるからである。会社の種々の契約(売買契約、請負契約、労働契約)などは、例えば代表取締役社長など会社を代表する人物の名で行うが、社長も解雇されることもあるので労働者である。会社の意思の最高決定の場は、株主総会であり、それは資本を会社に提供したもの全ての意思の総合と見做される。

つまり、資本主義はその本質として、社会を労働者と資本家という二つに分断する性質を“遺伝子的”に持っている。民主主義が健全に資本主義と共存するには、ほとんど全ての個人が労働者と資本家という二つの立場で社会に参加することが条件だと思う。

一方、社会の基礎は国家が作り管理しなければならない。国家は、平和と安全や各種インフラの整備と管理などの役割を果たすが、上記社会の分断は国家の枠組みである民主主義の健全な維持を困難にするので、法整備などでそれを阻止する方向に動く。それは、グローバリストには規制と感じられる。つまり、民主主義の立場に立てば、適当な規制の範囲があり、なんでも撤廃するのが良いとは限らない。新自由主義(ネオリベラリズム)は、その規制をできるだけ少なくし、小さい政府を目指す考え方であり、グローバル経済はそれが世界規模に実現した姿である。

2)グローバル経済の主役は「優秀なる遺伝子を持った資本」である:
グローバリズム社会の一つの特徴は、会社がより良い経営環境(安価な労働力やゆるい規制など)を目指して出身国以外へ移動し、同業他社と競争することである。つまり、物やサービスの地理的移動のコストが低くなり、且つ、資本移動の障壁がほとんどなくなれば、企業の国籍はあまり問題ではなくなり、競争は地球規模的になる。その結果、元の出身国の雇用は減りグローバル化できる物品の価格は下がることになる。サービス業などの多くは海外にでる意味がないが、上記雇用の減少などの結果、不景気となる。

一つの会社の活動の範囲は通常限られているが(補足1)、他の会社との協力関係がその会社の活動に大きく影響する。その結果、法人よりも大きな存在である「資本」が多くの分野の企業を束ねる存在となり、それが経済の本当の主体になる。その結果、会社は一つの巨大な資本の支配下で活動するようになり、会社は「資本」にとっての構成員となるだろう。

グローバル経済という経済体制は、米国や西洋諸国を中心とした国際的巨大資本の意思に沿って徐々に出来と思う(補足2)。そして「資本」に自己増殖の遺伝子が存在すると思う。優秀で強力な資本は大きくなり、劣った弱小資本は滅びるか他に吸収されるだろう。つまり、優秀なる遺伝子を持った資本(個人にとって有害であっても)は、益々巨大になりやがて世界の経済を支配することになる(補足3)。そして、そのような優秀な資本は、上記国民の間の分断をつくり、貧富の差の原因となる(補足4)。

3)グローバル経済における国家の役割:
貧富の差の縮小は、国家による最低賃金や富の再分配という形で行われ、それは資本にとっては規制となる。グローバル化の世界から孤立の道を取ることができない国は、企業競争力を損なわない範囲でしかそれら規制を維持することができない。

国家の役割は、国民に現在と将来への安心を提供することである。具体的には、平和で安全な国家を建設すること、時代にあった法律の整備刷新を行うこと、快適な生活環境を提供すること、将来を担う子供たちへ良い教育環境を与えてくれることなどである。一方、国家は経済活動に有利なインフラや法環境などの整備を行い、会社や「資本」を相手にサービス業を営んでいる。この両方の視点からみて、伴に合格点を得ることは至難の技である。 

会社や「資本」という顧客よりも、国民の要求を優先するような国家を国民は作るべきであることは言うまでもない。しかし、会社が元気にならない国において、国民は幸せを享受できる筈がない。自己増殖の遺伝子を持つ「資本」を如何に穏やかに活動させるかが、21世紀の世界政治の仕事だと思う。

グローバル経済は、「資本」が国家の規制を嫌った結果出来上がったとすれば、世界全体を大きな国家的枠組みとして改造しなければ、根本的解決は無理だろう。つまり、これまでにない密接で深い国際協調の体制である。それができた時点では、タックスヘイブンなどは消滅している筈である。

4)以上素人の理系人間が、世界の構造について今まで得た知識を元に、想像力も働かせて考えてみた。しかし解らないこととして残るのは、一般勤労者の所得由来の資本、生まれながらの少数の富裕層の持つ資本、さらに特定の個人数人のグループによる世界的な巨大資本、それぞれが全く別の動きを経済においてするのなら、上記のような国際協調は所詮無理だろうと思う。

世界の99.9%の人口を占める大多数の勤労者がその不満を解消するには、勤労者が中心となった全く新しい政治改革が必要となると思う。それが米国などで始まっている動きと違うのだろうか?

補足:
1)最高責任者は一人でなければ、会社はまとまらない。一方、一人の最高責任者が采配できる範囲は限られる。
2)経済のインターナショナル化には二つの道がある。一つは、共産主義としてのインターナショナルであり、それは20世紀初頭世界的になったが、結局非効率な経済システムということで失敗に終わった。もう一つの試みが、20世紀後半から21世紀前半にかけてのグローバル化経済である。この両方とも、ある巨大資本が関係しているという説がある。
3)資本の遺伝子とは、その資本を動かす資本家の戦略的思考である。優秀な資本家は、優秀な経営者を選び、その時代的背景などの多次元の舞台で戦略的思考ができ、資本を動かし競争相手の資本を駆逐するだろう。
4)ニケシュ・アローラ氏は、Googleの元経営者で後継者候補としてソフトバンクに二年前入社した。その後、経営路線が現社長と合わず退社したが、2年間に得た報酬は約60億円だった。日本の最低賃金で働く人がそれだけ稼ぐには、4200年かかる。同じ労働者でも、これだけの差が生じる社会は健全である筈がない。資本家としての報酬なら、もっと大きい人は多数いるだろう。

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