2017年1月4日水曜日

思想家としての発言と政治家としての行動

ある番組での西尾幹二さんの水島水島総さんによる、世界政治の今後についての議論をきく。https://www.youtube.com/watch?v=br5Ilbcx_9A  そこでは、世界の警戒すべき動きについて、西尾さんは歴史に対する深い理解の下に話をされている。西尾さんの思想家としての考えは、今後も勉強の対象としたい。しかし、政治家と思想家とでは立場が違うという前提を明確にしないで話されては、我々は迷ってしまう。

本当のことでも命を賭けてまで主張することはできない。あることに関して、思想家は真実を主張すべきだと言い、政治家は国民の生命と安全を第一に考えて真実に目を瞑るとき、思想家に政治家を非難する資格はない。それぞれの専門の立場から意見を言っているだけでは、思想家の高遠な内容は、我々国民にとって一定の参考になるが警戒しなければならない対象となる。

西尾さんは、安倍総理による終戦(本当は敗戦)70年談話が東京裁判史観を受け入れているとして批判する。しかし西尾さんに言いたい。もし、あなたが政治家だとして、東京裁判史観を否定し歴史修正主義者という批判を受けてもなお、日本を守ることができるのか。東京裁判史観を日本は受け入れて、講話条約が結ばれている。その時計の針を元に戻すことなどできない。

政治家としての安倍総理の立場を理解した上で総合的に評価をしなければ、思想家のたわごとにしかならない。米国の反応、中国の反応、世界の反応、全てを考え、日本の将来を予測した上で、批判しなければならない。

思想に根ざした政治が出来ればベストだが、我々国民にとって一番大事なのは我々の命と安全を守る政治であり、真実を主張する思想ではない。

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