2017年2月20日月曜日

二重帳簿は人類の知恵なのか?:東芝の情けない姿を見て考える

1)東芝は日本を代表する企業の一つだが、子会社である米国のウエスティングハウス社由来の不良資産を、損金計上するタイミングを誤り不正会計処理をしていたことが明らかになった。そして、東芝の純資産は、既にマイナス(債務超過)になっており、いつ倒産してもおかしくない状況である。

不思議なのはそれでも刑事罰を問われる人が一人もいない点である。辞任すれば無罪放免では、今後もこの種の粉飾は行われるだろう。多額の退職金をもらって退職し、裏帳簿を引き継げば老後は安心という、無責任取締役がいたるところに出るだろう。もし、その後露見せず、優秀な後輩が経営を立て直してくれれば言うことがない。運悪く、露見しても経営陣の仲間と一緒にテレビカメラの前で、揃って頭を下げれば日本社会は水に流してくれる。この国は、彼らにはありがたい国である。

今回の東芝のケースは”日本病”の典型である。ホリエモンのような生意気な者は軽微な粉飾でも刑務所行きだが、遥かに大規模な会社の大規模な粉飾でも、謙虚にしておればムショ入りは避けられる。日本国は、西欧から借りたルールで社会は動いているように見えるが、いたるところに胡魔化しと不正がある。そして、司法機関の人たちも同じ最高学府出身の仲間であり、それを指摘する役割など存在しない。東アジアの他国の悪口を言う人が多いが、本質的に同じではないのか。

2)原因は以前から何度も書いている通りである。日本社会は、入口で全てが決まり、門を潜った後に能力を問われることはあまりない。この国で恵まれた待遇を受けるには、コネがなければ、高校まで懸命に努力して学歴をつけることが最も大事である。最高学府(T大学)に入れば、後は遊んでおれば良い。大学を出て会社に入れば、あとは皆仲良くチームで仕事するから大丈夫だ。これが日本の精神「和を以って貴しとなす」を具現化した近代日本の姿なのだ。(補足1)

大事なことは“仲良くすること”であり、それに気づくのは仕事で無能な者ほど早く、従って有利である。横に仲良くし、下には丁寧に接する。少し偉くなれば、朝、会社の玄関で掃除するデモンストレーションなども効果抜群だ。そうしておけば、不正などと肩苦しいことを言う奴は現れない。日本の文化では、ルールなどと言うものは非人間的なもので、幅を利かす存在ではない。なぜなら、人は生まれながらにして善だからだ。

しかしである: 
この言葉通りの純粋な生き方には、当然限界がある。所詮、それは表の世界であり、表帳簿だからだ。長い歴史を生き抜いてきた民族なら、性善説など通用しなことなど裏(本心)では百も承知である。つまり、二重帳簿を使い分けることが、生きる知恵なのだ。上記の生き方としての“仲良くすること”とは、この裏帳簿も同時に使い分けができることを意味しているのである。

その使い分けが出来ずに、裏帳簿の世界にズブズブに浸かってしまったのが、つまり粉飾決算と呼ばれて表帳簿に現れるレベルになってしまったのが、今回の東芝のケースだろう。粉飾して裏帳簿に閉じ込めるにも当然限度がある。その不良資産として計上するタイミングを逃してしまったがために、傷口を大きくしたのだ。

3)考えてみれば、二重帳簿の使い分けは人類の文化そのものではないのか?
つまり、性悪説という本質を表に出して、この高度な文明が築けれるだろうか?性善説を装い、性悪説を覆い隠すからこそこの文明が築けたのである。例えば、西欧のダンスの華麗な姿を想像するが良い。本来、性で結びついた男女の関係を見事に、美を生み出すエネルギーとして利用しているではないか。

もちろん、単に本質を覆い隠すのでは高度な文明にはつながり得ない。覆い隠すのは、虚の世界に属する布でなければならない。つまり、本質という実軸に文化という虚軸を加えて、人間だけが共有できる化の住まいが、この文明空間なのだと思う。繰り返すなら、本質を隠すだけならイチジクの葉っぱでよかったのだが、それが熊か鹿の毛皮になり、そして美しい模様をつけた絹の着物になるのが、文明社会の姿なのだ。動物としての人の本来の欲望(本質)をそのまま表に出すのでは、猿に似た雑食性哺乳動物に過ぎず、文明など発生しなかっただろう。

この人類の文化は、特有の脆さを以っている。それは一種の共同幻想なので、二種類の者に弱いのである。彼らは、両方とも裏帳簿の妙を理解しない者たちである。つまり、それを積極的に利用しようとするずる賢い人物と、それに翻弄される無能な人物である。ホリエモンは前者であり、東芝の歴代経営者は後者なのだろう。「和をもって貴しとなす」の原則が救おうとするのは、か弱い後者だけだろう。

補足:
1)電通という会社で自殺した女性が出て、問題になった時、関係者から以下のような言葉があった。「この会社で本当に能力のあるのは10人に1人であり、その1人が残り9人を食わせているのです。」それでも、多少割り増しした1人分の給与で、その優秀な人が働くのがこの日本という国なのだ。専門職の分野では、どこでもそうだろう。

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