2018年3月23日金曜日

日本衰退の一因は“知識人層”が無いことである

1)大前研一氏の「中国にボロ負けして400年の衰退へ向かう日本」と題するmoney voiceに掲載メルマガ記事を読んだ。そこには、その主因として日本の教育制度の貧困さが挙げられている。大前氏は:「今の日本の教育制度は20世紀の大量生産・大量消費時代における中の上くらいの人材を大量につくるものでしかありません。エッジの効いた変わった人材、尖った人材をつくり育て21世紀の経済をシェイプしていくような仕掛けが全くないのです。」と嘆く。

「打つ手がなければ変わった人材を外国から呼び込む方法しかない」が、その議論も進みそうにない。そして、「世界の優秀な人材はみな日本に来たがっているのだ」と、「未だうぬぼれている」と続ける。更に「政治家や役人の状況からみて、日本の病が治る可能性はない。そこで、自分の会社やプライベートにおいて抜本的な改革を行うべきだ」と説く。ただ、その方法は次号と言うところで記事は終わっている。 http://www.mag2.com/p/money/412000/2

以上の日本診断の、“外国人の呼び込み”以外の部分全くその通りだと思う。しかし、その国家としての日本を見捨てる姿勢、プライベートな生き残りに走る姿勢には反対である。本当に日本を憂える気持ちがあるのなら、日本にも大勢いる知識人には、知恵の結集と目に見える行動をしてもらいたいと思う。プライベートな対策では、結局海外に逃げるべきだと言うくらいの答えしか出てこないだろう。

大前氏は、日本再生は人材次第だと考えながら、その問題を殆ど追求していない。私は、素材としての人材は日本にも豊富に存在すると思う。ただ、適材適所に登用する文化がないだけだろう。日本の会社は就職する新人に、未だに封建領主の様な会社と労働者の関係を求めている。

その証拠に、日本では向いていない職場に、鬱病になるまでへばり着いて自殺するケースが多く報道されている。(補足1)つまり、人材の不適切配分と浪費である。「就職とは社畜になること」という現在の労使文化を破壊し、人材の流動性を高めるだけでも、日本社会の空気は一変するだろう。勿論、ネックとなっているのは政治である。その解決法は最後のセクションで考える。

2)文化的な面でもう少し考える。原因の背景に、日本の悪しき平等主義がある。日本は、収入も何もかも平等では無いという人もいるだろう。しかし、経済待遇において個別に多少の差があっても、或いは局所的に差があっても、日本社会を牽引すべき知識人層など経済的配慮の面では存在しない。(補足2)つまり、そのような意識を持つ人間は個人として存在するのみであり、社会が或いは文化において、意識される程度の層を形成していない。

「厚切りジェイソン氏」(芸名)がVoice4月号に「意識高い系」で何が悪いという表題で、日本診断をしている。その考えを私流に解釈すれば、それは日本に知識人層が存在しないということになると思う。そのため、その層に入るべき人たちが社会の大多数の非知識人の中にばらまかれ、知識人層であるという自覚、役割を果す動機や義務感もないのである。それが大前氏のような発言を生む。

その結果、「アメリカ人は成功するために働いている。それに対して、日本人は失敗しないために働いている」という、厚切りジェイソン氏の指摘したような労働文化が主として知識人層に入るべき人たちの間で蔓延ることになるのである。その代表的人種が霞が関の官僚たちである。

知識人層に属するべき人がいても、日本にはそのような階層がないため、取っ付きにくい相手とか、理屈屋とか、学校秀才とかいう言葉で、多数派から煙たがられたり馬鹿にされたりする。(補足3)勿論、本当の理屈屋で役立たずの人もかなりいるだろうが、悪しき平等主義文化の保存のために、知識人層全体を馬鹿にするためのラベルに用いられている。日本で知識人と認識されているのは、単にマスコミに乗った人物である場合が多く、多少の知識とずる賢さや芸を持っている人たちである。

厚切りジェイソン氏の言う「意識高い系」が、「知識人層」と言える社会的階層に成長するだけで、日本は再生の道を歩むだろう。そして、知識人層に属さないような政治家は日本から消える筈である。官僚も、たまたま国会答弁などで表に出た場合、各人がもっと個性を表に出せる、個人として威厳を持った人たちになるだろう。そして、知識人層に属さない政治家が本来知識人層に属する筈の下野した官僚を呼び捨てにしたり出来ない社会になるだろう。

そのための方法には側面ごとに考えねばならないが、鍵となるのは労働の流動性を増加させることである。労働の流動性が実現するためには、年齢給的給与体系を廃止することを、労使の間を契約の際に必須条件とする。それらが実現すれば、自然と資格や仕事の質に対する報酬が十分支払われることになるだろう。それは、知識人に自信と威厳を取り戻させることになるだろう。(補足4)

日本の問題の多くは、西欧的政治経済システムを導入しながら、その本質を理解していないことに起因する。

3)更に、政治改革について少し述べたい。西欧の民主政を導入したのだから、一票の格差は完全撤廃すべきである。大前氏も述べているように、現在の与党の政治家を含めて多くの政治家は家業として政治家をついでいる。それが政治家のレベルの低い第一の原因である。彼等は田舎に地盤を持ち、組織化された少数の票で国会に出てきている。それを劇的に変えるのは、一票の格差の完全撤廃である。

現在の政治家は、家業が継げなくなるので反対だろう。しかし、それをやらなければ日本は潰れる。それを目指す運動を大前氏ら著名人らが、著名人であるという責任(高貴なるものの責任)を感じてやってもらいたい。

道は2つある。一つは最高裁に一票の格差の完全撤廃をさせるために、総選挙の際に全ての最高裁判事に☓をつけるのである。その運動を展開するだけでも、最高裁判事の意識が変わるだろう。☓をつける理由は、彼等は三権の内の司法を担当せずに、行政の下に従属することで、独自の判断を放棄し利己的怠惰な姿勢に浸かっているからである。一票の格差が二倍までなら良いなんて、憲法のどこに書いてあるのか?そのような判断は、彼等最高裁判事の国民を裏切るサボタージュである。

もう一つは、大選挙区による国会議員の選出である。全国を、例えば北海道、東北、関東、北陸、中部、近畿、四国、九州、沖縄&奄美の9選挙区に分けて、完全に人口当たりの定員をつけるのである。現在、国家の政治において小さい選挙区の事情を考慮する必要は少ない。それに、コミュニケーションは全国同時に均一に可能になっている。そこで、この案を提出すれば、反論は困難だろう。小さい選挙区の政治は地方自治体の議員から吸い上げることが可能である。

この考えは、橋下徹氏の道州制に似ているが、政治単位として道州を設けるのは、時間がかかるようなら、取り敢えず国会議員選挙のみ“道州制”を導入すれば良いと思う。日本の知識人、特にその中の有名人には、この日本国の危機に際して、責任を果たしてもらいたい。嘆くのは簡単だ。行動するのは難しい。

補足:

1)東大卒の電通社員の自殺について書いた事がある。彼女は何故退社して、出直さなかったのか。それを邪魔しているのは何か考えるべきである。また、本当に彼女が不向きではあるが電通の仕事がしたかったのなら、労災保険の適用はすべきでない。
https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43005301.html
2)同じ国立研究所に勤務した普通の高卒公務員の年金よりも、博士号を持ち海外留学(ポスドク)を経て、25年以上研究公務員で働いた人間の年金の方が低い。高い研究実績を上げても、それではnoblesse obligeも誇りも持てる筈がない。
3)厚切りジェイソン氏は“少なくとも「あなたは人生で何が大事で、何をやり遂げたい?」と聞かれたときに、自分の答えを語れなくてはいけないでしょう。日本ではそのように向上心を持つ人が何故か「意識高い系」と馬鹿にされがちですが、その意識こそが他の動物にない素晴らしい部分だと私は思います。”と書いている。(Voice 4 月号174頁)このような背景が、本来知識人のクラスに入る知的な人でも、若い頃考えるべき上記「?」を、まともに考えた経験がない場合が多い。
4)19日の参院予算委員会で、自民党の和田政宗氏が財務省の太田充理財局長を攻撃し、太田氏が気色ばんで反論する場面があった。あの失礼な知的でない発言に対して、あのような抑制した反撃しか出来ないのが気の毒だった。

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