トランプ政権が下院に提出し可決した「大きくて美しい法案」に対して、イ―ロン・マスク氏(以下イーロン)が反対したことから、トランプ大統領(以下トランプ)とイーロンとの激しい口論がSNSで行われた。その経緯は張陽チャンネルの下の動画に解説されている。時系列で発言内容が紹介されているので、非常にわかりやすい。(https://www.youtube.com/watch?v=0EGYE8mgkQc )
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米国の財政赤字は毎年2兆ドル近い。その上、この法案による赤字が加算されれば、満期国債の借り換えと新規国債発行が相当困難(高金利)になる可能性もあるとも言われる。イ―ロンが命懸けで政府効率化を行ってきたのだが、その努力をあざ笑うような今回の法案なので、怒るのはある意味当然だろう。トランプは、元々財政再建などするつもりがないのかもしれない。(補足1)
二人の対立は「大きくて美しい法案」に関して多くの人に知られたのだが、それは相互関税の導入の時から存在した。この「大きくて美しい法案」が実施されたなら、大きな財政赤字が予測されるが、トランプはその穴埋めに相互関税の収入を考えているのである。
トランプの相互関税は、高度に連携した世界の経済構造を棄損する可能性が高い政策である。グローバル経済の中で事業を展開しているイ―ロンが反対するのは至極当然である。
上の動画で張陽氏は、トランプの視野の中心にあるのは中間選挙であると語っている。米国民に減税という優しい政策を継続して中間選挙に勝利し、その後の政権運営を容易にするのが今回の法案の目的の一つだと言う。その考え方には一理あるが、その目的にしては賭けるものが大きすぎると思う。勿論、上院で最初から否決するつもりなら話は別だが。
トランプにとって、政府効率化による財政削減(DOGE政策)やウクライナとロシアの戦争を停戦に導くのは、トランプのMAGA政策の付録に過ぎなかったのだろう。イ―ロンは、それらの政策がトランプの反グローバリスト的政治改革の中心課題であり、MAGAは大衆受けを狙ったキャッチフレーズと考えていたのだと思う。
誰もが、Make America Great Again (MAGA)なんて単なるキャッチコピーであると思うのだが、どうもそうでもないようだ。「大きくて美しい法案」という言葉も、失礼だが、同じ響きの言葉である。
二人の間の決定的な相違点は?
イ―ロンは、各国の連携で世界経済が成長するWTO体制は人類すべてに有益で、国際政治とその機関は、それぞれの国のアイデンティティを尊重しつつ、この国際連携を維持する様に働くべきと考えていると思う。そして、米国がその先頭に立つべきだろうと。
その一方、トランプはWTO体制に縛られる必要などなく、米国の利益追求を優先すべきだという姿勢を相互関税という政策で明確にした。米国がWTO体制の中心だったにも関わらず、他国の都合など完全無視する利己的姿勢の政策にイーロンが嫌気がさすのは当然だろう。
2) グローバリストとナショナリスト
グローバリストたちは、人類は地球上で一つの価値の下で統一政府を早急につくりあげなければならないと考える。彼らの中心勢力は、主に世界の金融を支配するニューヨークウォール街を中心に活動する金融エリートたちである。彼らと協力関係を持っているのが、米国のユダヤロビーたちだろう。
彼らが画策する統一政府とは、当然のことながら、彼らが経済と政治の中心となる政府である。彼らにとって安全で健康的な環境をこの地球上に作り上げるのが目的である。従って、その世界統一政府の文化と価値は、彼らがこれまで維持してきた文化と価値であり、他民族の文化や価値は邪悪だとかテロリストのものだとして排除するのである。
その戦略で彼らの企みはずっと前に始まっている。第二次大戦後は、それらは米国の戦争として行われてきた。米国は世界最大の経済力と軍事力を維持してきたので、自国の安全のために戦争をする必要などない。それにも関わらず、世界各地で戦争をしてきたのは彼らグローバリストの戦略のためである。
例えば、ソ連崩壊後からこれまでの米国の戦争、具体的には、東欧でのカラー革命(ウクライナのオレンジ革命を含む)、イラク、シリアを含む中東の戦争、スーダン、ソマリア、リビアを含むアフリカの戦争はすべてアメリカが主導して引き起こしたと、コロンビア大学のジェフリー・サックス教授がヨーロッパ議会での演説において解説している。https://www.youtube.com/watch?v=hA9qmOIUYJA ;
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講演内容は、長周新聞により日本語に翻訳されているので、私は主にそちらで読んだ。https://www.chosyu-journal.jp/kokusai/34317 https://www.chosyu-journal.jp/kokusai/34414
サックス教授は、背後にイスラエルのネタニヤフ首相と米国のイスラエルロビーが関係していると述べている。つまり、それらの戦争は、世界統一政府樹立の一環として行われているのである。はっきり言えば、グローバリズムとはシオニズムのグローバル展開である。
人類は世界各地で異なった民族を形成し固有の文化を育てたのだが、世界が相対的に狭くなった今、グローバル経済の中で一つに統合されるべきだと考えているのだろう。(補足2)彼らはユニークなそれぞれの民族文化は早急に解消されるべきと考えている様だ。
世界の政治的対立の大雑把な姿は、世界統一を目指す戦闘的なグローバリストたちと自国の政治と文化を守るべきとするナショナリストたちとの対立である。グローバリストの中心人物たちは、物と金の世界において、彼らが設定した基軸通貨と金融システムを用いて世界統一をほぼ達成した。それがグローバル化経済である。基軸通貨となったのは、第二次大戦までは英国のポンドであり、それ以降は米ドルである。
しかし、形而上の世界で統一的価値を設定するには時間がかかる。それにも関わらず、物と金の世界で力を得たグローバリストたちは、強力な対立候補が現れないうちに統一を実現してしまいたいと考えた。それが現在進行中の政治のグローバル化である。
3)トランプは反グローバリストではなく非グローバリストである
トランプが、物と金の世界のエリートたちに近いユダヤロビーの下にいることは、イスラエルのガザ地区のパレスチナ人虐殺に対する姿勢を見ればわかる。(補足3)ただ、彼はイスラエル極右の残忍なパレスチナ人虐殺などを悍ましいと感じるナイーブな感覚の持ち主である。
ただ、ユダヤロビーに逆らってネタニヤフのイスラエルやグローバリストたちと本格的に対立するのは危険であり、避けるべきだと考えている。従って、トランプの米国もユダヤロビーの干渉を退けて独自路線をとることが可能だとは考えられない。そこでトランプは、孤立主義(21世紀のモンロー主義!)を唱えるのだろう。
米国は国土と資源に恵まれ、独自に高度な経済を維持することが可能な数少ない国の一つである。トランプの米国は、これまでのWTO体制を維持する必要などなく、必要な範囲で外国との関係を維持し、障害となる部分は軍事的に解決すればよいと考えている様だ。
以上から、トランプの選択範囲は、ユダヤロビーの下でネオコン路線を進むか孤立主義をとるかである。イーロンとの一致点はこれまでのネオコン路線を進まないという点のみである。つまり、トランプは非グローバリストであるが、反グローバリストではないのだ。トランプがネオコン的な人物を国務長官など重要ポストに置くことが可能だったのは、彼は反グローバリストではなかったからだ。
トランプのMAGAは失敗するだろう:
トランプのMAGA(アメリカを再び偉大にする)は、世界のトラブルとは無縁の世界に退いて孤立し、WTO体制で築き上げた現在の豊かな米国を維持しようという考え方である。(補足3に引用の記事参照)そのために、差し当たって米国に必須産業を取り戻そうと考えた。
相互関税は、米国市場は世界で断トツ最大であり、その地位は十分長期間継続するとの前提を信じて、米国への先端工業の移植を促進する目的で創設されたのだろう。つまり、先端技術を保持する会社が関税障壁を避けるために世界中から米国に工場を移転させるという甘く且つ身勝手な期待に基づいている。
その実現のために、これまでの価値を破壊する前政権のひどい移民政策などを批判し、MAGAという耳障りの良いキャッチフレーズを用いて孤立主義的政策を掲げて大衆をとり込み、昨年までのグローバリスト政策に反対だという点で一致するナショナリスト的イーロンの協力も得て政権奪取したのがトランプ政権である。
イ―ロン・マスクは、サックス教授と同じく民主党政権や共和党の一部(ネオコン)の世界戦略に反対しているので、それらを継承しないトランプを応援したのである。
補足:
1)イ―ロンが命懸けで従事してきたDOGE(政府効率化局)の政策を、そのトップのイ―ロンの任期延長をしないと決定したことも、彼らの対立の要因の一つである。6兆8000億ドルあまりの連邦予算のうち、2兆ドルが削減可能だと発表してきたのだが、僅か7.5%分を達成した段階で一つの看板政策を中止したのである。
2)グローバル経済は物と金のグローバル化であり、それらには形而下の世界の話である。一方、精神文化の世界まで含めて価値観の統一してしまおうと考えるのがグローバリストである。反グローバリストあるいはナショナリストも経済のグローバル化には寛容であった。トランプは孤立主義を掲げているものの、精神文化の統一には必ずしも反対していない(あるいは身勝手な対応をする)ように見える。
3)昨年4月11日の本サイトにおいて、“3月25日にイスラエルの新聞イスラエル・ハヨムが トランプ元大統領に対するインタビューを行った。この新聞社のオーナーは、ネタニヤフ大統領の支持者であり、私は米国のイスラエルロビーとも近いのではないかと思う”、そして、“それはインタビューと言うよりも面接試験ではないかと思ってしまう”と書いている。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12847903412.html
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