2015年1月8日木曜日

新・戦争論について:佐藤優、池上彰共著、文春新書(2014)

新・戦争論は、元外交官の佐藤優氏と池上彰氏の対談を本にまとめたものである。興味あるエピソードが多数紹介されているので、その意味ではたいへん面白いが、体系的に現代の戦争を論じた本には思えず、その意味では期待外れであった。 

第一章は問題提起の章である。佐藤氏は、最初にクラウゼビッツの戦争論のポイントとして、「戦争は政治の延長である」を紹介し、そして、「“核兵器が作られて以来、クラウゼビッツは無効になった”とか“核兵器は人類を滅亡させるところまで行きつくから、もう大国間の戦争は無くなった”というのが、ついこの間までの常識でした。しかし、どうやら人類には、核を封印しながら、適宜、戦争をするという文化が新たに生まれているのではないでしょうか」と現在の世界の状況を分析している。 

しかし、現在の戦争は、アフリカやシリア等先進国とは言えない国で主として内戦の形で起こっている。ウクライナでの戦闘行為も、ロシアの参加が疑われるものの本質は内戦であり、国家間の戦争ではない。また、イランやアフガン等での戦闘を含めこれらに欧米が関与している形は、自分達を世界の警察官(消防士)的な立場で参戦しているだけである。従って、第二次大戦とそれ以前の戦争とは全くことなる。更に、最近の旧共産圏とNATOなど親米諸国との“新冷戦”は、実際の戦闘には至って居ない。以上から、佐藤氏が言う様に、「核を封印しながら、適宜戦争をするという文化は新たに生まれて来ている(P29)」は、上記の限定された戦闘に限られると思う。 

「本当に核は封印されるのか?」と言う疑問を楽観的に無視するのは、インテリジェンスと戦略とは違うと主張してみても、説得力はないと思う。日本にとって最も基本的な課題は、「核の傘をどのようにして確保するか」である。核の封印は核保有国の間のことである。国家の生死がかかる場合、相手が非核保有国なら、核兵器は決定的な役割を果たす。それは、江戸時代の侍が腰にさす二本の刀が、武士とそれ以下に決定的な差をもたらしたのと同様である。インテリジェンスをどう定義しても、核兵器を外交の中心に意識するのが、国家のインテリジェンスの基本ではないのか。個人でも国家でも、中心にあることは隠し、話題にのぼらない様にするのが普通である。その点が欠けている本に、新・戦争論のタイトルは相応しくないと思う。

第一章のそれ以降は、日本の諜報能力の無さや、2014/5/12に発表された日本・イスラエル共同声明に関する危惧、イスラエルの無人機の話、イスラムへ人を送り込む中田考という人の話など、興味ある内容だが単に並べてあるだけという印象をもった。第二章以下も同様で、上に書いた様にエピソード集としては面白くても、表題の「新・戦争論」的な議論の深みが無いと思う。その意味では、対談をそのまま原稿にして、適当に章分けした後に、魅力的な名前を付けた週刊誌的な本だと思う。人気第一位(本日、本屋にて掲示されていた)になったのは、表題の所為だろう。

面白い点を以下に紹介する。
P40: アメリカ兵の命の値段が高くなり過ぎて、地上軍をシリアに派遣することが難しい。
=命の値段という観点は非常に重要であると思う。
P48: 経済力をもたないと国家はなめられる。
=この視点が非常に大事だが、この一行だけでは軽すぎると思う。中国が尖閣諸島を侵略できないのは、日米同盟もあるが、日本と中国の経済関係も主な原因だと思う。つまり、経済は国防の大事な手段だろう。
P74: イスラム国の場合は、「世界プロレタリア革命」を「世界イスラム革命」に換えればいい。
= ”ソ連の目指した世界プロレタリア革命において、中心思想の役割を果たしたマルクス主義を、イスラム教に置き換えれば、容易にイスラム国の性質を理解できる”という指摘は判り易い。それを考えると、イスラム国というのは厄介な存在だと言える。ただ、ソ連のように軍事大国ではないのが救いだ。
P80: 遠隔地ナショナリズム。慰安婦問題はアメリカで深刻であるという指摘。
=重要な点だと思う。マイク本田氏の行動はどう考えるべきだろう?
P113: ベルギーは二つの大戦時に永世中立国だったが、侵攻したドイツは「必要は法律を知らない」と言い放った。
=日本の”平和と安全信仰”と重ねると良いと思う。
P139: ”第一次大戦後、イギリスの委任統治領となったイラクでは、部族による襲撃を大目に見て、報告義務だけ課した”
=英米がアジアやアフリカを見る目の本質が判る。
P178: 日本人の大量帰還は北朝鮮のカード
= こんなカードがあったのかと驚いた。さすが佐藤氏と思った。更に、北朝鮮は日本にとって魅力的な労働市場という冷静な指摘も重要かと思う。
P191: 尖閣問題を軟着陸させる「日本の連邦制をしいて、沖縄を沖縄州として半独立させる」
= 日本の連邦制とは、維新の党が提唱している道州制だと思う。ウルトラCだが、転倒大けがという可能性の方が大かも。道州制には賛成だが、琉球だけを州にするのは問題があると思う。
P200: 社会における「耐エントロピー構造」(アーネスト・ゲルナー「民族とナショナリズム」)
= エントロピーは乱雑さを表わす熱力学の用語であるが、このような議論でよく使われる。熱力学では対象(系という)のエネルギーの増加により、一部は構造の破壊で生じた新しい自由度にエネルギーが分配される。エントロピー増加にエネルギーが使われる分だけ、温度上昇がすくなくなる。この考えを用いれば、経済発展(エネルギー増)は人種や民族の壁(構造)を取り払うこと(エントロピー増加)に、一部使われることになる。
しかし、耐エントロピー構造という言葉の意味は理系の私には判らない。単に、堅牢な構造という意味で用いているのだろう。
P206: 中国にとって、尖閣諸島よりもウイグルこそ重要
= 中国関係では、江沢民との関係が習近平の今後に大きい因子などという指摘とともに、今後の中国を考えるヒントがこの部分に多く含まれている。「中華民族など存在しない」という指摘もあった。
P216: 2050年問題もオバマ大統領を悩ませている
= 2050年問題とは、米国で白人の人口が全人口の半分以下になることで、米国政治が根本から変わる可能性が高いこと。白人と黒人の人口差は、米国の基本構造を決める重要なパラメータだろう。

 民族と宗教、国境、経済発展(命の値段)、軍事力(核、生物学、化学兵器を含む)、インターネットとビッグデータ、超小型コンピュータなどの多くの因子があり、相互にどう絡むかという複雑問題を考えなければならない。個々のデータ的エピソードの他に、それらを包含する一般論を展開して、我々読者に教えてほしい。

0 件のコメント:

コメントを投稿