2015年7月7日火曜日

既存政治屋に乗っ取られた維新の党 

維新の党は、橋下徹現大阪市長と松井府知事などの大阪府一部議員の間で2009年に結党された維新の会が出発点である。その後中央政界との合併で現在の政党となったが、大阪都構想の住民投票における否決とそれに伴う橋下氏の政治家引退発言でその中核を失った様に見える。

橋下氏らが当初目指した政治改革は、既存の政治屋では出来ない。何故なら、選挙民にも応分の負担を強いる改革であり、それは大衆に迎合する姿勢だけでは為し得ないからである。一方、現在国会で多数を占める政治屋は、主に疑似世襲制の政治貴族であり、彼らが最優先するのは国会などにおける議席と地位であるから、本質的に大衆迎合的である。国民にも応分の負担を強いる可能性の高い国家の政治改革は、精々二枚舌を用いて出来る範囲に限られ、決して正面から取り組むことはできないからである。

維新という名が、幕末の薩長の下級武士を中心とする勢力により達成された“明治維新”に由来するのなら、最終的に従来の権力組織の江戸幕府に相当する霞ヶ関の政治貴族達は、排除すべき対象である筈だと思う。

勢力を拡大して改革に至る時間を短縮するべく、既存政治屋達との連携をするには、相応の実力があってのことであり、実力不足の維新の会としては完全なミスだったのではないだろうか。

本来の連携すべき相手は、社会に広く分布している政治に関心を持つ一般市民だと思う。彼らは、政治貴族が創った政治と一般市民との間の壁が障害になって、政治に参加出来ないでいると思う。彼らの現職は、例えば、商社、証券金融会社、製造業界などで、世界を舞台に広く活躍している社員や、大学等研究機関の研究者などだろう。時間はかかるが、もう一廻り大きな台風の目を育てて欲しかった。台風は、大気圏の広大な範囲、つまり大衆、の中に充満したエネルギーを吸い込むメカニズムである。既存のあらゆる組織は、一部の利益を代表したものであり、大衆のエネルギーを逸らしはするが、それを吸収することは出来ない。

もちろん、それは非常に困難な作業である。現在は幕末期と違って、命をかけてまで社会改革に身を投じることが、一度しかない人生において価値あることと判断する人など極めて稀だからである。橋下氏はその数少ない一人であるが、日本の中には10人や20人は居るだろう。それらの人を発見するまで、地方の維新の会で活動した方が良かったのかもしれない。

全国規模へと連合する時期は、他の数カ所の地域に維新の会と似た組織が出来た時である。現在でも、そのような組織は本物かどうか解らないが名古屋にしかない。橋下氏が全国展開するのは、都構想という看板政策を実現するためだったのだろうが、早すぎたと思う。橋下氏も十分そのことには気付いておられ、関西維新の会としての立て直しを考えておられるようである。

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