2020年10月4日日曜日

日本学術会議が推薦した新会員6名を菅首相が任命しなかったことについて:

日本学術会議が推薦した新会員候補6名を、菅首相が任命しなかったことについて、多くのニュースが流れている。その報道の表題で代表的なものは、「日本学術会議の任命拒否、どこが問題?」(補足1)というものである。https://www.tokyo-np.co.jp/article/59301 しかし、この表題からして、日本国民に同会議に対する誤解を誘発している。今回は、この問題を考えてみる。


1)ニュースの要点


日本学術会議は政府機関であり、その根拠は「日本学術会議法」にある。そこには以下のように書かれている。


前文: 日本学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信に立つて、科学者の総意の下に、 わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与する ことを使命とし、ここに設立される。


第一章は、その設立及び目的を以下のように記述する。(省略部分あり)

第一条:日本学術会議は、内閣総理大臣の所轄とする、そして、日本学術会議に関する経費は、国庫の負担とする。

第二条:日本学術会議は、わが国の科学者の内外に対する代表機関として、科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させることを目的とする。http://www.scj.go.jp/ja/scj/kisoku/01.pdf


一方、日本学術会議のホームページでは、同会議を「内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立して職務を行う「特別の機関」(補足2)として設立されました」とし、職務は、「①科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。②科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること」と書いている。http://www.scj.go.jp/ja/scj/index.html


この比較だけで、今回の日本学術会議が推薦した新会員の候補者6名が拒否された問題に対して、一般国民がどういう姿勢をとるべきかがわかる。内閣の外に設けた行政機関であり、総理大臣が意見を聞く機関であるから、日本国の行政上聴いても利益にならないと考えた人を任用しないのは、当然である。


任命権者は内閣総理大臣であると、同法第7条に明確に記述されている。


2)NHKの報道;


NHKは、“日本学術会議 首相に要望書提出へ 理由説明と6人の任命求める”という表題で、2020年10月3日(18時26分)に日本学術会議の反応を紹介している:


日本の科学者でつくる日本学術会議が、会員の候補として推薦した人のうち菅総理大臣が6人を任命しなかったことを受け、学術会議は任命されなかった理由の説明を求めるとともに、6人の任命を求める要望書を菅総理大臣に宛てて提出することを決めました。


この部分は正当な行為として認められる。しかし、それに続いて、以下の文がある。


日本学術会議は政府から独立して政策の提言などを行う日本の科学者を代表する機関で、今月1日付けで就任する会員として、学術会議が105人の候補を推薦するリストを提出しましたが、菅総理大臣はこのうち6人を任命しませんでした。


この部分では、下線部のように独善的に上記法律を解釈している。日本の法令などを紹介するe-GOVの国家行政組織法をみて検索すると判るが、「国家行政組織法」の中に、「独立」という文字はない。従って、同会議は「政府から独立して政策の提言などを行う」機関ではない。(補足3)


このNHKの記事内で、抗議活動も紹介している。早稲田大学の教授がSNSで呼びかけ、主催者の発表でおよそ300人が参加したようだ。以下に引用:


任命されなかった1人で早稲田大学の岡田正則教授も姿を見せ、「法律の趣旨からいって総理大臣に人事権の裁量の余地はなく、任命を拒否することはできない。また政府は、『人事の理由は説明しない』と言っているが、これは人事ではなく政治と学術の関係の問題だ。日本の学術全体が攻撃されていると認識しなければならない」と話した。


既に述べたように、首相の人事権は「日本学術会議法第7条の2: 会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」に明示されている。それを考えると、抗議する人たちの論理は不明である。


学問の自由だが、岡田教授がこんなことを言っていても、同氏は中国のように警察に逮捕されないし、嫌がらせも受けない。その上、所属する早稲田大にも国庫から100億円以上の補助金が毎年出されている。(https://www.waseda.jp/top/assets/uploads/2016/05/graph151.pdf)それが学問の自由の意味である。


日本学術会議の一部に本当に業績の優れた人もいるだろう。しかし、この会議の中に何の違和感もなく所属するとしたら、専門以外の知識のレベルが分かる。


3)最後に一言:


政治家を含めて全ての働く人々は、所詮各自の専門にしか一定以上の知識を持っていない。そして、それが高度文明の国の正常な姿である。この「専門家」が集合して、この人間社会を理解し、日本国民(各国国民も同様)の安寧と福祉を実現するには、各専門家の間での円滑で正確な情報交換(議論が主な手段である)が必須である。


その情報交換が可能となるには、各自が専門外の裾野の部分にも、そして知的空間全体においても、一定のレベルの知的能力を達成しておく必要がある。


その日本が高度文明を維持する国であるための必要条件を欠いていることの一例が、今回の学術会議の会員任命に関するゴタゴタである。それより大きな問題として、防衛、エネルギー、食糧調達、人口、男女共同参画、等の問題がある。これら全てにおいて、日本国民の理解は浅いと思う。何度も書いたように、日本の社会は、まともな議論の無い社会である。先ずは、日本学術会議と日本政府の間で、まともな議論をして、整合性のある関係を築いてほしいものだ。


補足:



1)どこが問題? という文章は、「問題の部分を以下に解説する」という意味であり、「何処にも問題などない」という意味の反語的表現ではない。それは記事内容からも明らかである。


2)”特別の機関”の「特別」に大した意味はない。この用語は、内閣の外に設けられた諸機関について定めた「国家行政組織法」で、「審議会等」、「施設等機関」、「特別の機関」の3種に区分したことに由来する。従って、「特別機関」と呼ばれたことは一度もない。因みに、「国家行政組織法」という命名も変だ。外に設けられた付属の機関を定めるのには、相応しくない。


3)「独立」という形容は、政府の要請があった時、「学術会議としての考えを纏める際に、忖度や政府の干渉を受けない」という意味で用いたと抗弁するかもしれない。それなら、その条件設定も同時に記載すべきである。学者と言う割には、。。。もっと、若手を起用すべきである。

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