2021年10月13日水曜日

今年のノーベル化学賞受賞者より30年早くプロリンを有機不斉触媒として用いた人がいた

今年のノーベル化学賞は有機不斉触媒を開発した業績が対象であるとノーベル財団が解説しているが、厳密にはその表現は正しくないようだ。彼ら受賞者よりも早くそのような研究をドイツの雑誌に発表した人が居たからである。有機合成の専門家ではないので、この点をクローズアップする形で授賞内容を紹介する記事を書く。

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2021年のノーベル化学賞の授賞アナウンス・記者会見がノーベル委員会によりなされ、ネットでも公開されている。 

https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2021/prize-announcement/

 

それによると、受賞者は二人でBenjamin List氏とDavid MacMillan氏である。今年の授賞の理由を一言でいうと、金属を含まない有機不斉触媒(補足1)の開発のようである。二人の略歴は動画の最初の方で司会者によりなされた。

 

それに続く2分程の時間で(6分まで)、ノーベル委員会の女性教授の方が授賞の題目とその意味を解説している。そこでは、分子と触媒(生体内では酵素)の関係が丁寧に説明されている。続いて、有用な不斉分子の合成には、生体内では酵素が働き、人工的には金属原子を含む触媒がこれまで用いられてきたと説明し、更に以下のような文章で二人の業績を紹介している。

 

2020年からは全てが変わった。二人の受賞者は、小さくて安価で即座に入手でき、環境に優しい有機分子が、酵素や金属を含む触媒と同じ働き(不斉触媒)をするという発見をした。その発見は化学合成の方法に全く新しい考え方を導入(initiate)した。この新しい“道具”は薬の開発やファインケミカルの製造に使われており、既に人類に大きく貢献している。」 

この部分の公式アナウンスメントは今回の記事では重要なので、原語で補足2に掲載した。

 

それに続いて、もう少し詳細な業績の解説が、別の男性の学者らしき人物によりなされた(上記動画の6分から15分)。この解説では、先ず不斉化合物の解説が2分ほどかけてなされている。(補足1)更に、「その不斉化合物の合成(不斉合成)には酵素とか金属触媒が用いられるが、簡単なデザインした有機分子(不斉有機触媒)でも可能なことが分かった。それは、今回のノーベル化学賞受賞者二人による、2つの鍵となる観察により始まる」と続いた。

 

その後、二人の業績が別々に紹介された。最初にBenjamin Listによるプロリンにより触媒されたアルドール反応(ウィキペディア参照)の研究である。後で調べたのだが、その速報は米国化学会誌に発表されている。https://pubs.acs.org/doi/10.1021/ja994280y

 

続いて、David MacMillan の研究も同じ米国化学会誌に速報として発表されたものが紹介された。Diels-Alder反応として知られる有機合成で頻繁に用いられる有用な反応において、有機触媒を用いた不斉合成に初めて成功した実験であった。論文には、反応進行のモデルも提案されている。

http://chemlabs.princeton.edu/macmillan/wp-content/uploads/sites/6/aoxidation.pdf

 

ここで、二人の受賞研究 の論文の中からとった化学反応を下に示す。

 

ここで表題に書いた文章の意味について追加する。プロリンという簡単なアミノ酸を有機不斉触媒に初めて使ったのは、Eder, U. という人のグループであった。プロリンは、Listが用いた上の図の不斉有機触媒である。その論文は、ドイツの化学誌(Angew. Chem., Int. Ed. Engl. 1971, 10, 496 )に発表されている。およそ30年前のこの論文がそれほど注目されなかったのは、有機合成化学の中のこの専門分野に、多数の研究者が集まらず、進歩の速度もそれほどではなかったからだろう。

 

つまり、21世紀近くになって医薬品などの不斉合成の研究に大勢が参加して成長する機が熟したので、この1971年の論文が目指した方向に大きく進んだのだろう。このプロリン触媒による反応の総説は、今回の受賞者であるBenjamin Listにより、アメリカの総合科学雑誌のProceedings of the National Academy of Science of the United States of America (通称ProNAS)101巻  5839-5842頁(2004年)に発表されている。そこには、反応プロセスのモデルが紹介されている他、1971年の上記論文も引用されている。

 

ノーベル賞は科学の発展の歴史における一里塚のような存在であり、その間を埋める道には優れた研究がたくさん国を跨いで存在する。科学に関係する団体は、それらの研究が相互に影響しあって発展することを助けるべきであり、その中の少数の研究にあまり大きな権威付をすることはその目的に沿わない。従って、ノーベル委員会の上記公式アナウンスメント「In year 2000, everything changed. (補足2の冒頭)」には、素人向けと言う言い訳があるだろうが、30年前にもそのような芽となる研究が存在しており、従って多少違和感を感じる。

 

追補: 上記不斉触媒だが、当然光学異性体である。プロリンは天然のアミノ酸であり、光学異性体(Lープロリン)である。上記Listの論文には条件が書かれており、有機極性溶媒DSMOの中で30mol%のLプロリン存在下で反応を進める。(10/14/6:00追加)

 

補足:

 

1)右手と左手の形は殆ど同じと言える位に似ているが、互いに立体的に重ならない。不斉化合物(asymmetric compound)も同様であり、鏡に写った像を取り出したとすると、2つが重ならない。そこで、これらの化合物を互いに対掌体或いは光学異性体という。光学異性体が存在する化合物の一方を選択的に合成することを不斉合成と呼ぶ。2つの通常の化合物から、一つの光学異性体を選択的に合成する場合、その反応を加速する仲立ち(触媒)は通常複雑な構造を持つ。それを不斉触媒と呼ぶが、伝統的なものは金属イオンを中心に持つ場合がおおい。(例えば、2005年にノーベル賞を受賞した野依良治氏の研究)

 

2)In year 2000, everything changed. Benjamin List and David MacMillan independently reported that you can use small organic molecules to do the same job as big enzymes and metal catalyst in reactions that are precise, cheap, fast and environmentally friendly. The discovery initiated a totally new way of thinking for how to put together chemical molecules. This new toolbox is used widely today for example in drug discovery in finechemical pruduction. Its already benifiting humankind greatly.

 

 

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