2022年1月2日日曜日

人類はAIの高度利用に耐えられるか?2020ダボス会議でのある講演について

ユヴァル・ノア・ハラリ は、イスラエルの歴史学者。ヘブライ大学歴史学部の終身雇用教授 。著書の「サピエンス全史」は世界的ベストセラーである。彼の2020ダボス会議での「How to Survive the 21st Century」という講演がyoutube上で公開されている。ここで、その感想(批判)を書く。

 

ハラリは、AIの高度利用による文化的政治的な弊害を説明し、それを避けるには地球規模の国家間の協力拡大が大切だと主張している。地球規模の国家間の協力拡大を主張する際に、その反対としてトランプのナショナリズムに言及しているので、それはダボス会議を主催する「世界経済フォーラム(WEF)が主張するグローバリゼーション」の実9践・実行を意味するだろう。

 

このグローバリゼーションという言葉には注意が必要である。それは”グレートリセット”を含む政治的グローバリゼーションと同じ趣旨のものであり、WTOIMFを中心にこれまで進められた経済分野に重心を置いたグローバリゼーションに留まるものではない。

 

なお、トランプのナショナリズムは、米国を支配する金融資本やその影響下にあるネオコンが主導するグローバリゼーション勢力から、米国の政治的実権を取り戻す運動である。それに対する米国“ネオコン”側は、両勢力間の戦いに何が何でも勝利し、トランプ側(つまり米国を建国したWASP側と現在の共和党主力側)から米国を完全に奪いとり、米国をグローバル世界の中心にしたいのである。

 

彼らの背後にある世界金融を支配する勢力は、20世紀前半の世界共産主義革命を第一次グローバリゼーションとすれば、第二次グローバリゼーションを目指している。現在、それを主唱して国際的に活動している人たちの欧州での中心に、世界経済フォーラム(WEF)が存在し、WEFが毎年主催している会議がダボス会議である。

 

そこに招待されたユヴァル・ノア・ハラリが、WEFの応援として行ったのが、今回の講演である。そのような背景を知らないと、結論部分が十分理解できないだけでなく、トランプはトンデモない政治家だということになってしまう。講演前半部分での、世界がデジタル独裁国とデジタル植民地国に二分される可能性、伝統的な人類文化の基礎にある哲学の破壊などは新しい話題だが、誰もが感じていることだろう。

 

この2020年に行われた講演を知ったのは、最近HaranoTimesにより字幕をつけた動画がyoutubeで公開されたからである。https://www.youtube.com/watch?v=MKQb6prbdt8 英語に堪能な方は、WEFが公開しているものがオリジナルであり観るのに良いだろう。

 

WEFの公表している動画:

 

 

以下に少し感想を書く。筆者は、国際政治の素人であることをお断りしておきます。

 

デジタル独裁の可能性:

 

AIによる個人の監視と行動の制御は、大きな問題である。しかしこの最初の段階は、既に中国で現に行われている。社会信用スコアによって国民一人一人の行動の自由度を決定するシステムである。

 

社会に貢献する行為にはプラスの点、逆に社会を乱すような行為にはマイナスの点を付け、合計点が社会信用スコアで、それが個人の行動の自由度が決める。例えば、マイナスX点からは航空機チケットが買えないなどである。

 

このシステムでは、ネット接続した監視カメラやマイクを用いて、個人毎に行動と言動を集積している。これに、学歴、家系、宗教、趣味や嗜好などの個人データを加えてAIで解析すれば、個人評価だけでなく行動制御まで可能でなるだろう。更に、マスコミ等を利用した大衆扇動により、個人は自分の意志で政権側のこのシステムを支持するだろう。つまり、個人ハッキングの完成である。

 

政敵にも用いられるので、このシステムを一定期間支配下に置けば、容易に国内で独裁体制が完成するだろう。更に技術が進んで範囲が世界規模になった場合、他国の指導者からその国全体にまでこの支配が及び、デジタル独裁国が世界を支配する可能性がある。

 

無意味階層、デジタル植民地の発生

 

中程度の訓練を要する仕事の多くは、AIにより自動化される。この技術文明の発展に着いていけなくなった人たちは、「不要な人間」という階層をつくる。彼らと大きな力をもったエリート層の間に分断が発生する。ここで、不要層を大問題のようにハラリは言う。

 

「嘗て人間は搾取と戦わなければならなかったが、21世紀には不適合との戦いが問題となる。不適合者になることの方が被搾取者となるより、ずっと悪い」と。しかし、少なくとも先進国では、労働時間の短縮とベーシックインカム制などの所得の再分配制度で問題を目立たなくするだろうから、ハラリの上記言葉ほどの大問題ではないと思う。

 

技術文明についていけない国々は、現在の延長上では、破産するかデジタル独裁国の植民地となるだろう。世界を支配する少数のデジタル独裁国とデジタル植民地との間の世界の分断は、この近未来世界のモデルにおける最悪のケースである。

 

この事態を避けるには、グローバリゼーションが必要だとハラリは言う。このハラリの本講演での結論は我々民主主義を維持したい側として、正しいだろうか? 

 

ハラリは言う。「グローバリズムと言っても、世界政府を樹立したり、国の伝統を捨てたり、国境を開いて移民を無制限に受け入れる事ではありません。むしろ、グローバリズムとは、世界のルールを遵守する事を意味します。それぞれの国の独自性を否定するものではなく、国家間の関係を規制するだけのルールです。」

 

ここでのグローバリゼーションの説明は、民主主義国の主張する範囲を逸脱しない。しかし、同時にこのレベルのグローバリゼーションなら、米国トランプ(当時)大統領も支持するだろう。ハラリは、ダボス会議の主催者がトランプに向ける本物のマシンガン(主権国家体制を破壊するグローバリゼーション)を真似た模型のマシンガン(現状の経済のみでのグローバリゼーション)で、トランプを射抜く振りをしているのかもしれない。

 

そのような事情なので、ハラリの主張は矛盾に満ちている。その第一に、そのタイプのグローバリゼーションでは、この問題は解決しない。何故なら、世界には公然と世界のルールを無視する国々が多く存在するからである。それは中国であり、残念なことに時々米国もそのようになる。(ハラリが中国による国際ルール無視をoverlook (見過)しているという指摘は、HaranoTimesさんがその字幕付き動画で行っている。)

 

建国以来のメジャーな人たちが支配する伝統的な米国は、民主国家のリーダーと言えるかもしれないが、マイナーなその他の人たちを束ねて、米国を足場に世界の金融と経済を支配する人たちの下にある米国は、彼ら自身のルールで動いていると思う。

 

そのような現状では、19世紀までに欧州で作り上げられた主権国家体制とハーグ陸戦条約や第一次大戦後のパリ不戦条約で出来上がった国際秩序を維持して、この近代西欧の国際政治文化(及び西欧の価値の文化)の範囲内で努力することが最善であると私は思う。

 

それは、全ての国にはその国の歴史が存在し、その発展段階はそれぞれ異なるからである。世界が主権国家体制を堅持すれば、おくれた国々もデジタル植民地とならないで、独自のタイムスケールで発展が可能である。

 

③文化あるいは哲学の崩壊と人間のあらぬ方向への進化

ハラリは、生物としての人間の未来についても以下の様な指摘をする。

全てをAIが決定する時代になると、人間の智力ではそれに追随できなくなる。そして文明の進展の方向を人類は自分たちの哲学で照らせなくなる。また、40億年この自然に順応することで進化してきた人類は、新しいAIが作り出す環境に適合するように進化し、バイオ技術もそれに参加して、思いやりや芸術的感性、精神的な深みに欠ける人間が生まれる可能性がある。(補足1)

しかし、この問題は別に機会があれば考察することにして、本ブログ記事の結論を急ぐ。


④ ハラリの誤魔化しは、WEFへの忖度なのか?

ハラリは、世界の国々が夫々異なった発展段階にあることを完全に無視し、”グローバルな協力”こそ世界を救うと言っている。そしてその対極に米国大統領(ここではトランプだろう)を置き、彼はその協力体制を破壊する側にあるとして、その言葉を引用して批判する。

「米国大統領などは、ナショナリズムとグローバリズムの間には避けられない矛盾があり、自分達はナショナリズムを選択すると言っている。しかしこれは危険な間違いです。21世紀には、自国民の安全と未来を守るために、外国人と協力しなければなりません。優れたナショナリストは、グローバリストでなければなりません」と。(Harano Timesの動画22分30秒から)

この部分は多くの意図的な歪曲を含む。トランプは決してグローバルな協力を否定していない。ただ、自国民の安全と未来を守るため必要なのは、外国との協力であっても、外国人との協力とは言わないだろう。トランプは、国境を股いで自由に行われる人と人のレベルの協力を含む形でのグローバリゼーションには反対している。上記「外国人」(foreigner)というハラリの言葉を、英語で確認してほしい。

一部繰り返しになるが、世界は200程度の独立国で構成され、各独立国は夫々の歴史と文化に基づき独自の法と独自の慣習に従って統治されている。各国は自国の事情の許す範囲で国を開き、他国と国際的なルールに従って協力し、国の繁栄と紛争防止に努める。節度のないグローバリゼーションは、世界を混沌に導くだけであり、決して安全な世界を形成に役立たない。

ハラリは、世界史をダボス会議のために歪めて記述している。それが「私たちは既に、人類が歴史上生きてきた暴力的なジャングルから脱出しました。何千年もの間、人類は常に戦争が絶えないジャングルの法則の下で生きてきました。ジャングルの法則とは、近くにある二つの国は、来年にはお互いに戦争を始める可能性があるというものです。」(Harano Timesの動画の25分あたりから)という言葉に表れている。

この誤った世界に関する理解が、ハラリのグローバルな協力が世界を救うという講演内容の前提である。これに賛成する国際政治の学者や評論家は皆無だろう。ハラリ自身が信じてはいないだろう。はっきり言って、大嘘である。

世界はいまだにジャングルの世界であり、その中の比較的安全な場所に、民主主義が城を築いている。(補足2)その証拠に、中国が別の独立国と言える台湾を今年攻撃するかどうかと言われている。更に、ロシアがウクライナのNATO加盟を妨害するため、ウクライナに侵攻する可能性が示唆されている。

ハラリは、一体どこの世界のことを言っているのだと、腹立たしい気持ちにさえなる。

(1/3/6:05、小編集;1/4/6:06、表題の変更;17:00 編集、②のカッコ付きの文章を以下のように変更:(ハラリが中国による国際ルール無視をoverlook (見過)しているという指摘は、HaranoTimesさんがその字幕付き動画で行っている。)そして、これを最終稿とする。)

 

補足:

 

1)このAIの背後には少数の人間がいる点が直接的には言及されないのが、この講演のインチキというか、プロパガンダ的な理由である。アルゴリズムを作り、パラメータを入力しなければ、AI搭載の何かは動作を始めない。

 

2)中国の朱成虎が、「将来日本やインドは核兵器で潰して、地球上の人口削減すべきかもしれない」と言ったという。(ウイキペディアの朱成虎参照)これが何でも有りで国際条約なんか紙切れだと一部の幹部が豪語する中国共産党政権の超限戦である。

 

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