2023年10月13日金曜日

ハマスとイスラエルの戦争の理解のために:パレスチナ入植の歴史等

 

ガザ地区という面積が大阪府程度と狭く、イスラエルにより壁で封鎖された地域のハマスという過激派が、最新式に近い武器を大量にどこかから受け取り、1時間に数千発のミサイルを発射し世界一級のイスラエルの防空システム・アイアンドームを突破し攻撃した。

 

続いて直ぐに、地上、上空、そして海上から兵士(テロリスト)がイスラエル側に侵入し、民間人多数を虐殺するか人質とした。

 

その大量のミサイル等の武器がどのようにこの地域に持ち込まれたのか分らない上、この緻密に計画されたと思われる大規模攻撃に対し、世界でもトップクラスのイスラエル諜報機関モサドが何故気付かなかったのかも分からない。(追補1)

 

このハマスによる何かと分かりにくい上にこれまでにない大きな攻撃が、何か別のもっと大規模に計画された戦争、例えばイランとイスラエルの間の戦争、の発火点なのかもしれないと多くの専門家は考えている。この場合、第三次世界大戦に繋がる可能性もある。

 

最近、イスラエルを訪問した米国ブリンケン国務長官がタタニヤフと固く握手をしている様子を映し出したyoutube動画が配信されており、米国の本格的介入も予想させる。

 

この戦争に対する外国の反応だが、アメリカ、イギリス、フランスはイスラエル支持、トルコ、ロシア、エジプト、サウジアラビア、は双方に即時攻撃停止を呼びかけ、イランはハマスを支持している。日本はハマスのテロ攻撃は非難するが、双方に攻撃停止を呼びかけている。

 

日本国には、差し当たり(大規模戦争に拡大しなければ)外野にいるのだから、この中立姿勢を貫いてほしい。 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA080OS0Y3A001C2000000/

 

現時点では、この戦争をローカルに把握するしかない。誰もが考える様に、この戦争の背景にはイスラエル建国の歴史とそれ以降のパレスチナ入植と言われる“侵略”がある。それについて調べてみたので、以下にまとめる。

 

先ず、ごく最近のパレスチナ紛争での死者数の統計を見てもらいたい。これは、国連のデータをアルジャジーラというイエメンの報道機関がまとめたものである。年間100人程度の死者が継続的に出ていることから、7日に始まった戦争は、延々と100年間以上続くパレスチナ紛争が、昨今の世界政治の乱れと関連して非常に激しくなったものとも考えられる。

 

なお、アルジャジーラはかなり中立的に報道する期間として、「越境3.0」などでは解説している。(補足1)

 

https://www.youtube.com/watch?v=JEjnjCwFfIM (カナダ人ニュース10月8日)

 

ネタニヤフ政権が強硬にパレスチナ入植を続けることが、イスラエルの平和に寄与するとは思えない。入植と言っても、要するに反対して抵抗する者を子供も含めてイスラエルの兵士が射殺するのだから、テロ行為に等しい。その残忍行為に対して、残忍行為で大規模報復したのが今回のハマスのイスラエル侵略である。

 

だからと言って、今回のハマスのテロを支持することも、イスラエルの残忍なハマス殲滅作戦も支持はできない。当事者でないなら、外国人にはどちらかを悪者にすることなど簡単には出来ない筈。確かなことは、この問題を議論するにはユダヤ人入植の歴史に関する知識が必須だということである。

 

 

2)ユダヤ人のパレスチナ入植の歴史

 

話は第一次世界大戦(1914-1918)から始まる。英国は敵国オスマントルコとの戦いを有利にするために、方々の国とその領地の分割についての約束をした。

 

勝利が濃厚となった191711月に 英国外務大臣バルフォアが英国ロスチャイルド男爵2代目のライオネル・ウォルター・ロスチャイルドにパレスチナにユダヤ民族の国を設立することを約束する手紙を送った。(補足2) この書簡の内容はバルフォア宣言として知られている。

 

第一次大戦後の1919年、英国が手に入れた委任統治領パレスチナは、現在のヨルダンとイスラエル及びパレスチナの範囲だった。1923年英国はその領域を、国際連盟の承認を得て、ヨルダン川西側のパレスチナと東側のトランスヨルダンに分割した。(補足3)

 

英国は現在のイスラエルと自治領パレスチナ(ヨルダン川西岸地域とガザ)を含めた委任統治領パレスチナの地にユダヤ人移民を促進した。(補足4)新居住者の多くはヨーロッパのナチズムから逃れてきた人たちであった。 パレスチナの人たちは、自国の人口動態の変化と、イギリスがユダヤ人入植者に引き渡すために土地を没収したことに警戒を強めた。

 

そこで1947年、国連はパレスチナの土地にアラブとユダヤの二つの国家を作るという「パレスチナ分割決議」を採択した。 その内容は、パレスチナに古くから住む多数のアラブ系住民に43%、 新しく移住してきた少数のユダヤ系住民に57%の土地を与えるというもので、アラブ系住民とアラブ諸国から猛反発が起こった。

 

このユダヤ人たちに極めて有利な分割案があってもなお、イスラエル政府は区域外のヨルダン川西岸地域に入植を繰り返した。つまり、完全なマイノリティ(10%以下)だったパレスチナの土地に入り込んだユダヤ人が、パレスチナ人から父祖の地を取り上げて彼らを追い出したのである。

 

その連続線上に現在のパレスチナへのユダヤ人たちの入植活動がある。つまり銃でもってパレスチナ人を追い払い、抵抗するものは射殺するという行為を繰り返してきたのである。

 

上の図に示したように、2008年からの15年間だけでも、その犠牲者数はパレスチナ人が6407人であり、イスラエルの死者308人に比べて圧倒的に大きい。同じ出来事に関して、この死者数における大きな差は、その出来事で何方が残忍だったかを明確に表現している。

 

 

パレスチナの人口比:

 

1922年イギリスの委任統治が始まった当時、パレスチナ地域の人口は約67万人、内アラブ人が61万、ユダヤ人は6万であった。その後ユダヤ人の入植が進み、1947年の国際連合による分割案が出された時点で、パレスチナの人口は193.5万、内ユダヤ人60.8万、アラブ人132.7万であった。

 

ここまでのパレスチナ人口とは、現在のイスラエル部分の人口とパレスチナ自治区(ヨルダン川西岸とガザ地区)の人口を含む。

 

イスラエル建国以降のイスラエル(パレスチナ自治区の人口を含まない)の人口は、(年、人口)の表示で(1948年、87.3万)(1955年、178.9万)(1968年、284.1万)(1990年、482.2万)(1998年、598.7万)となり、増加分の大部分はユダヤ人の入植である。

 

1997年の人口590万の内、ユダヤ教徒470万人、イスラム教徒87万人、キリスト教徒12.6万人、その他20.5万人となり、民族という視点では、ユダヤ人470万人、パレスチナ人が約110万人となる。

以上は、小池とみ子、お茶の水地理、第43巻、pp47602002)からの抜粋である。

この文献はネットから取得可能。

 

 

終わりに

 

歴史において頻繁に出てくる光景: 強い国は国際法に従って戦争することで領土を拡大する一方、領土を失う弱い方の国は蓄積した悔しさを闇の中での過激な行為で晴らすしかない。この時、日本人は弱い者の味方に立って損害を受け、外国人は強い方の味方について実利を得る傾向にあると思う。

 

その“判官贔屓”の姿勢は、リアリズム外交の姿勢とは反対である場合が多いので、民族の運命を考えるべき現在、注意が必要である。取りあえず、冷静に歴史の流れを知ることは、ギリギリの判断を迫られた時に大事である。

 

因みに、パレスチナ問題については、アルジャジーラの解説が詳しい。

https://www.aljazeera.com/news/2023/10/9/whats-the-israel-palestine-conflict-about-a-simple-guide

 

追補:

 

1)13日のカナダ人ニュースによれば、エジプトがガザ地区で大規模な動きが数日中にあると、イスラエル政府に警告していたようだ。何故、イスラエル政府はこの警告を無視したのかは分からない。

 

 

 

補足:

 

1)石田和靖氏の配信する「越境3.0」は恐らく日本で最も中東情勢(リアルタイムの)に詳しい情報ソースだと思う。

 

2)ロスチャイルド2代目のネイサン・ロスチャイルドが英国での貨幣発行権を得て以来、英国の特に金融の中心にユダヤ人のロスチャイルド家が存在する。スエズ運河の買収にも、ロスチャイルドの金融支援があった。世界大戦も、ロスチャイルド家の大きな支援を得ていた筈である。その条件がシオニズム運動の推進だった筈。

 

3)1915年にイギリスが、オスマン帝国の支配下にあったアラブ地域の独立と、アラブ人のパレスチナでの居住を認めた協定(フサイン・マクマホン協定)を考慮してのことである。尚、オスマン帝国の中東での分割は、1916年のイギリス、フランス、ロシア帝国の間で結ばれたオスマン帝国領の分割を約した秘密協定(サンクス・ピコ協定)がある。これらの協定とバルフォア宣言(ロスチャイルド家との協定)は全てを独立に守れないので、この英国の外交を三枚舌外交と言う場合がある。

 

4)これもライオネル・ロスチャイルド男爵の意思に基づくことは十分考えられる。

 

(12:45、編集;補足1を追加;14:20 追補1を追加、16日補足1修正)

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