この30年間、欧米G7グループ各国のGDPが増加し続ける一方、日本のGDPのみが殆ど増加していないのは、政府の財政政策の失敗だと考える人がかなり居る。具体例を上げると、参政党から次回の総選挙に立候補を宣言している安藤裕氏は、下図(図1とする)を見せながら、財務省がプライマリーバランスの方向を優先し、財政拡大にブレーキをかけたことが原因だと言っている。(補足1)
ttps://www.youtube.com/watch?v=RFVncpWe2BI (part 1)
https://www.youtube.com/watch?v=2e8ThrUPPpE (part 2)
ネット上でそのような財務省批判を積極的に発信している人に、自民党総裁選で高市早苗氏を応援してきた西田昌司議員、立憲民主党の江田憲司議員、民間人では三橋貴明氏や藤井聡元内閣官房参与(安倍内閣)などが居る。
その他、年収〇〇万円時代という庶民の味方風の著書で有名な森永卓郎氏は、財政赤字を懸念して積極財政に賛成しない人たちをザイム真理教の信者と呼んでいる。(補足2)このザイム真理教という言葉は、「これまでの緊縮財政」を批判する人たちにとっての便利な用語となっている。
政府は、税収以上の予算を組むことも時として必要だが、財政法4条(補足3)が規定するように、単なる赤字補填の国債発行は禁止されている。慢性的に財政赤字を継続すれば、いつか途上国によくある様な通貨安やインフレに苦しむことになるからである。
安藤氏らは、緊縮財政で景気浮揚策が取れないことが原因だと言っているが、積極財政で経済が上向くのなら、社会主義国家が貧しくなる筈がない。また、現状でも日本政府は放漫財政と言われるほど国債を発行し続けて来ているので、低迷の30年間の原因は他に求めるべきだ。
下の図(図2)に示すように、G7の日本以外の国では国債残高が年々増加するものの、GDPの1.5倍以下に収まる。財政規律をある程度守りながら成長を遂げているのである。右側に1975年以降の一般会計歳出、税収、国債発行額を示している。このような放漫財政を継続すれば、円安とインフレが進行し、将来国民の安定した生活を破壊する可能性が高い。
日本は、“構造的不況”に苦しむ間、その「構造」への対処をせず、ひたすら財政という栄養補給で耐えてきた結果、G7でダントツ最大の債務残高を積み上げたのである。それは厚生労働省や経済産業省など内閣全体の責任であり、それを財務省にのみ押し付けるのは非常に奇異である。
この”低迷の30年”は、米国と日本の経済外交関係の変化(プラザ合意など)が引き金となったが、日本の特異な労使関係を生む文化と西欧から来た近代経済システムとの不適合を修正する等の工夫があれば、新しい日米経済関係の中で一定の成長があった筈である。
そのことは、政権内部でも議論されて来たようで、先の自民党総裁選の時の会見で小泉進次郎氏が発した「30年間議論してきた」という言葉で明らかになった。自民党議員たちは、改革の痛みで発生する国民の声により失職する危険性を恐れ、この改革を放棄してきたのである。
安藤氏らは、これらの事実と歴史を意図的に看過している。そして彼らは、財政法は完全無視し、政府は自国通貨建てで国債を発行する限り、財政破綻などする筈はないとか、政府の借金は国民の財産になるなど一面の真理を用いてごまかしているのである。
勿論、自国通貨建ての中長期国債が一定以下の想定金利で継続的に売れるのなら、この考えは成立するだろうが、それは基軸通貨発行国の米国以外では全く無理な相談である。何れ日本も、戦前のように外貨建ての国債しか売れなくなるだろう。
安藤氏の上記動画サイトには@rcspinopのハンドル名でコメントを書いて批判した。ある意味当然だが、多くの意味のない反論をもらった。
1)先進国での経済成長
経済成長を需要面から見ると、それは一般国民の購買欲の拡大 とそれによる消費増加である。購買欲の拡大には①個人の収入が増加し、且つ、②将来に経済的不安がないという条件が必要である。その収入増には、会社等の利益増加やその配分が必要で、その為には通常、労働生産性向上が必要である。(補足4)
つまり、需要側から見た購買意欲の増加が、供給側で見た労働生産性向上によって裏書されることで経済は発展する。
この図式が可能となるには、企業側ではオリジナルな技術の開発や製造ラインへのロボットの導入などの研究開発や設備投資が必要であるし、労働者側ではその企業側の要求にふさわしい労働力を供給しなければならない。教育側は、そのような人材を育てる必要がある。
これら全てが揃うことで、経済成長が継続する。政府の積極財政や地方創生などは、田中角栄の「日本列島改造」の段階での主題だと思う。それ以上の役割を政府の財政に期待するのは無理だろう。
日本は、資源がなく食料もエネルギー源も国外に依存するハンディを持った国である。その弱みを国民や諸機関・法人ともに意識し、自らの役割を意識して果たすことが、国全体の経済力となって表れる。国民には、ふさわしいポジションを得る努力、移動する勇気等が不可欠である。
政府は、それらの経済主体(人や会社)が過度に心配することなく行動できるように、規制を緩和したり諸制度を改めたりするような改革をすべきである。枠にはまった教育システムで22歳で大学を卒業し、揃って恭しく入社式で会社に迎えられ、定年で退社するという昭和のパターンは過去に送り去るべきである。
また、同一労働同一賃金なんて、当たり前のことが未だ実現していない。技能実習生としてごまかして安価な外国人労働者を雇うとか、そのほか様々な不公平と既得権益を改めないで経済成長なんか達成できるはずがない。
豊かな経済の復活維持には、国民全員の能力と勤勉さが有効に滞ることなく発揮される日本でなければならない。それらが報われる国でなくてはならない。積極財政一本槍で、国民を一様に豊かにするという類のマクロ経済政策を唱えるのは、本当に無責任である。
安藤裕氏の話の中には、上記のような内容は一切なかった。と言うよりも、無知なる者をごまかすような類のレベルの低い話だった。
2)政府が借金をしても国民に購買意欲は発生しない
日本政府や日銀の貸借対照表(BS)は、2013年頃に始まる異次元の金融緩和で非常に大きく且つ不健全になっている。下に示すのは日銀のHPからとった日銀当座預金残高の推移である(図3)。金融機関がこれだけ多量の預金を日銀に持っているのだから、貨幣に対する需要があれば幾らでも信用のある企業は借金ができる。
これだけ日銀当座預金が積みあがっているのは、民間にお金に対する需要がないか、銀行がまともに機能していないかである。財務省はお金をばらまいても、日銀当座に積み上げるだけであり、日銀は大きな国債残高故に独立して金利を動かすことが出来ない状況にある。
今、この時期に積極財政を言い出す人の考えがわからない。政府に積極的に金を使って正面から日本の経済を浮揚させる能力など無い。(補足5)政府は、環境づくりと規制緩和や既得権益廃止など法の整備など、側面或いは裏からの寄与に徹すべきである。
このグラフ一枚で、上に引用した安藤氏の動画の内容がインチキであることが、分かる人には分かるだろう。順調な経済は、政府が債務を拡大し、それと同額の大きい資産(ストック)を政府以外が持つだけで達成できる訳ではない。国民の購買欲を上げることが出来ないので、財政政策でインフレを誘起することなど、意味がない。
上図(図4)で、財政赤字が企業の黒字として吸い込まれているが、労働者にはわたっていない。企業がため込むだけで投資する意欲がないのは、国民に購買意欲がないからである。財政拡大よりも、セクション1)で述べたような改革が必要である。
追補: 日本が成長できない理由をNewsweekが記事にしています。それを紹介し、自分の考えを追加した記事を5年前に書いていましたので、以下に引用します。日本社会では評論家や国会議員のレベルが低いことも同じ理由で説明可能です。所謂日本病です。
(10月12日追加)
補足:
1)安藤裕氏は慶応大経済の卒業している。2012年から2021年まで自民党衆議院議員(安倍派か?)。2022年から新党くにもりから参議院選挙に立候補するが落選、2024年9月次期衆議院議員選挙に参政党から立候補すると表明している。これらの動画は、参政党の神谷党首との対談の形で発表されている。この記事を書き始めた動機は、これら動画が神谷党首の経済音痴を暴露し、自民党ら日本の支配層にとっての脅威の一つを亡くす戦略の一環として発表されたと思ったことである。ただ、今では安藤氏が経済について深い理解がないだけだと思っている。
私も元理系研究者であり経済が専門でないので、以下の解説が十分だとは思っていない。コメントなどいただけるならありがたい。
2)森永卓郎は、「ザイム真理教――それは信者8000万人の巨大カルト 」という本を出版している。
3)財政法第四条: 国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。 但し、公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる。財政法4条は、通貨発行は日本銀行の専権事項としている。
4)労働生産性向上には、例えば既存製造業においてはロボットの導入や諸業務のデジタル化などが代表的だが、新規産業の創出も大きな役割を果たす。新しい収益性の高い事業を作り出せば、それは全社員の給与を上げること(つまり労働生産性向上)につながる。
5)ここではトップセールスなど特別なケースは除外している。
参考:安藤氏は、図4に相当する米国のグラフも引用して、米国政府の方がより継続的に財政支出をおこなっていて、それが米国の経済成長につながっていると言っている。
=== おわり === (翌日早朝、補足1に文章を追加、数か所の編集の後最終稿)
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