2018年9月21日金曜日

プーチン提案に基づく日露平和条約締結に対する大前研一氏の賛成意見

日露平和条約をプーチン提案の通り、つまり北方領土問題の解決に努力するという条文を入れて、その他前提条件なしに平和条約を締結するという提案通りに、話を進めるべきであるとの意見を、先日ブログ記事として書いた。

しかし、日本の報道機関から出て来るほとんど全てが、このプーチン提案をとんでもないとして、退けている。政治評論家の宮家邦彦氏なども同様である。非常に不思議である。おまけに?自民党総裁に立候補した石破茂氏も同様の発言をしている。

最近地上波のテレビにほとんど出ない大前研一氏が、今日9月21日配信のメルマガで、安倍総理にはどんなに悪者にされても、ここはプーチン提案の通りに平和条約を締結してほしいと書いている。この考えは、9月16日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋編集して、メルマガ予約者に提供したという。

以下にそのまた要約を掲載する。

「北方4島は第二次大戦の結果、ソ連に与えられたもの」であり、日本は敗戦国としてその条件を受け入れた。ラブロフ外相もプーチン大統領も、このような見解を示している。そして、このロシア側の主張が「真実」である。

終戦時にソ連と米国の間で交わされた電報のやり取りが残っている。ソ連のスターリンが北海道の北半分を求めたのに対して、米国側は反発。代わりに北方4島などをソ連が領有することを認めた。

この詳細は大前研一著「ロシア・ショック」の中に紹介されている。また、長谷川毅氏の「暗闘」という本に書かれている。米国の図書館などにある精密な情報を研究した本で、先ほどの電報などをもとに当時の真実を見事に浮かび上がらせている。
(未確認、今後大前研一氏の本は購入の予定)

また、日本が「北方4島の返還を前提」に固執するようになったのも、米国に原因がある。1956年鳩山内閣の頃、重光外相がダレス国務長官と会合した際、日本はソ連に対して「2島の返還を前提」に友好条約を締結したいと告げました。 

しかし、ソ連に対して4島の返還を求めない限り、沖縄を返還しないとダレス国務長官が受け入れなかった。つまり、米国は沖縄の返還を条件にしつつ、日本とソ連を仲違いさせようとしたのだろう。

戦後10年間においては「4島の返還」を絶対条件とする論調はなかったが、この1956年以降、日本では「北方4島の返還」がロシア(ソ連)との平和条約の締結前提になった。

因みに、沖縄返還といっても、米国の領土に一旦なり、その後返還されたわけではない。沖縄や小笠原は、国連の米国を施政権者とする信託統治領になる予定であった。北方4島返還の話とは全く条件が異なる。 (9月23日早朝最後の節の一部修正)

追補:沖縄領有権問題は、昨年2月に既にこのブログ上でかなり詳しく考察している。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.com/2017/02/blog-post_15.html  

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