2018年10月4日木曜日

ノーベル賞授与の主な対象は応用に繋がった研究である

今年のノーベル医学生理学賞に、京大特別教授の本庶佑氏とテキサス大学M.D. Anderson ガンセンターのJames. P. Allison教授が受賞した。今回も日本からノーベル賞受賞者が出たことで、日本の国家としての格を上げることになり、その点での寄与は議論の余地なく非常に大きいと思う。

ノーベル賞がそのような権威を持った以上、その近くにあると思われる研究を国家が積極的に支援するのは、戦略的(戦術的?)に正しいのかもしれない。(世界にアナウンスすべきことではないが)それと、一般の基礎研究支援とは別の視点で考えた方が良いと思う。(補足1)基礎研究の支援は、科学が人類全体の財産であるという広い視野で、しかし、日本の限られた予算の分配であるという事情も考慮しつつ行うのが良いと思う。

今回ノーベル生理学・医学賞の対象になった研究に関しては、科学関係の解説で有名なScientific American を読むとわかりやすい。日本のメディアでは、本庶佑氏の研究に対する評価の声が大きすぎて、中身の研究全体が見えにくいからである。尚、筆者は医学生理学の素人なので、間違い等があれば、指摘していただきたい。

1)がん細胞は、免疫細胞(Tセル)の活動を抑制する因子に働きかけて、自身への攻撃を避ける。これを邪魔する薬品を開発すれば、新しいタイプのガン治療薬が開発できることを示したのが、Allison教授である。免疫グロブリンの一種CTLA-4がT細胞の負の活性化因子であることに注目した。そして、CTLA-4に対する抗体(antibody)投与が、Tセル活性を回復させガンの抑制につながることを見出した。(1996年;Science vol. 271 p1734-6)

このCTLA-4(cytotoxic T-lymphocyte antigen 4; )は、P. Goldsteinにより1987年に発見されている。(補足2)1995年にそれがT細胞の負の活性化因子であるとの研究発表がMak, TWらによりなされている。(補足3)この種の研究は非常に多くあり、我々素人には業績判断は非常に難しい。(補足4)

ただ、CTLA-4に結合する薬物の投与が、ガンの治療につながることを最初に示したのが、上記Allison氏らのサイエンス誌上の論文なのだろう。(https://en.wikipedia.org/wiki/CTLA-4)Allison氏はこの方法がガン治療に有効だとの説得を17年間つづけた。その結果が、2011年の免疫療法薬の「Yervoy」の承認獲得である。この薬は悪性黒色腫(メラノーマ;皮膚ガンの一種)の患者に著効があった。

ノーベル財団の事務総長のThomas Perlmannによると、Allison氏のCTLA-4を用いた成功が、本庶佑氏を自分の発見したPD—1を用いたガン治療の方法に導いた。その結果、それが肺がん(米国で年間15万人が肺がんで死去する)をふくめて他の多くのガンに対してより有効であることを発見した。この発見に基づく薬(オプジーボだろう)とYervoyとの組み合わせで、多くのガン治療に効果が期待される。

https://www.scientificamerican.com/article/nobel-prize-for-medicine-goes-to-cancer-immune-therapy-pioneers2/(ここまでは、概ねScientific Americanに沿った説明)(補足4)

PD-1は本庶佑氏らにより1992年、プログラムされた細胞死(アポトーシス)関係の遺伝子のスクリーニングの際に、発見された。同じグループが1999年、PD-1が欠損したマウスが自己免疫疾患になることから、これが免疫の抑制因子であると結論した。

その後、PD-1への抗体投与が、ガン治療に有効だということで、その開発の説得に製薬会社を訪れたという(日本の新聞)。Scientific Americanの解説を信じれば、オプジーボ(薬品)を用いたこの免疫能力の回復による大きなガン治療効果が、ノーベル賞選考上の重要なファクターである。

2)ノーベル賞の条件は、先端物理の領域を除いて(補足5)、明らかに応用研究への道を拓いた研究だろう。免疫におけるPD-1 やCTLA-4という蛋白の発見や、その役割を明らかにするだけでは、(補足2、3の文献)ノーベル賞の候補にならなかったことなどで明らかである。

そのノーベル賞の性質については、LED関係者に対するノーベル賞授与の際、ブログ記事にも解説した。その根拠は、最初のLEDの発明者はノーベル賞の対象にはならなかったことである。それは赤外線のLEDの発明であり、通常の照明には利用できなかったからだろう。https://rcbyspinmanipulation.blogspot.com/2014/10/blog-post_8.htmlhttps://rcbyspinmanipulation.blogspot.com/2014/10/blog-post_8.html  今回のノーベル賞も応用研究に道を拓いた二人が受賞している。医学では基礎的研究の範囲だが、基礎科学には含まれないだろう。

日本では、ノーベル賞は基礎科学研究が受賞するという話が広く信じられている。その結果、直接役立たない研究にも研究費を出すべきだという論調がテレビやマスコミを支配する。それは全く事実に根ざしていない。その論理が、10日程前のブログに書いたように、岩手で計画されているリニア加速器誘致に利用されている。(9月24日のブログ記事参照) 

補足:

1)両方の視点を一緒にしてしまうと、日本が得意な素粒子物理と生物学&医学分野が重点的に支援対象になってしまう。今年の物理学賞も、生物関連の研究に役立つレーザー開発だった。

2)Brunet, JF, Goldstein, P, et.al., Nature, 328 pp267-270 (1987).

3)Waterhouse, P, Mak, TW, et.al., Science, 270, 985-988(1995). 同様の研究が同じ年の同じ月の雑誌、ImmunologyにSarpe, AHらにより発表されている。

4)Scientific Americanでは、Allison 氏の業績についてより詳細に、友人のカリフォルニア大教授のLewis Laniernoの話などを挿入して述べている。Allion氏以外に、受賞対象になる可能性のあった受賞者として、四人程の米国人の名前をあげている。

5)2015年のニュートリノ振動に関する受賞などは、先端物理に関するものである。

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