2019年11月13日水曜日

崩壊する米国と道に迷う世界

以下は伊藤貫さんの2,017年に慶応大学で行った講演のデータを中心にして、米国の抱える矛盾とそれに翻弄される日本を含む国際社会について考察したものです。コメントや誤りの指摘など歓迎します。

1)米国の危機とトランプの利己主義:

米国社会にはいつ頃からかはわからないが、金儲け最優先主義が寄生している風に見える。その思想は今や全世界に拡散している。(補足1)それによる目に見える社会の症状は、第一に貧富の差の拡大であり、第二に社会の政治的混乱である。

先進国において貧富の差が一番大きいのは、当然米国自身であり、その結果米国社会は深刻な崩壊の危機を今後20年程の間に迎えるだろう。その主原因は、上記二つの症状だが、加えて特有の要因として、デモグラフィック(人口構成的)な要素がある。米国在住の伊藤貫氏はそのように語っている。https://www.youtube.com/watch?v=Y_oD0ZWfWz4&t=4225s

もう少し詳しく言うと、米国には貧富の差の拡大に加えて、人種構成に大きな変化が予想され、その両者には強い相関がある。2025年には、白人の人口よりも非白人の人口が多くなり、リタイヤした年金世代の比較的裕福な白人が、もともとそれほど裕福でなかった非白人の若者からの所得移転(年金)に頼るという構図である。

更に、米国は世界一の債務残高の国であるという特殊要因も存在する。そこで、トランプ大統領はその米国の危機を、世界各国に押し付ける政策を考えている。それが“America First”であり“Make America great again”の中身である。

つまり、その不可避に見える米国の衰退と分裂の危機を、トランプは本質的な解決で乗り越えるのではなく、あるコングリマット企業の不採算部門の切り捨てによる経営改善をモデルにして乗り越えようと考えているようだ。その不採算部門とは、諸外国との安全保障関係であり、米国経済の足かせとなるパリ条約などの国際条約であり、紛争国家への介入などである。これら全てにおいて、米国に共同責任があることを完全に無視するという利己的態度を取っている。

上記のような切捨は、必然的に米国のユニポーラーな世界覇権を不可能にする。トランプの世界の二極化或いは多極化は、積極的理念に裏付けられているのではなく、後付の政策である。米国を世界のユニポーラーな覇権国から、地域覇権国に後退させると米国のドルは崩壊するだろう。世界の基軸通貨である現在の米ドルの地位など、トランプの念頭にはないように思う。それは、利下げをFRBに強く要求したことでもわかる。

ドル基軸体制の崩壊と米ドルの紙くず化は、世界経済に大混乱を持ち込む。それをできるだけ連続的な長期プロセスで成し遂げるには、際限なきドル安への誘導ではないだろうか。その途中で、国債の紙くず化が起こる可能性があるので、米国は他国が持つ米国債を高利率の永久国債に切り替える強い要請をする可能性があると思う。

世界覇権と米ドルを基軸通貨とする体制は不可分だからである。なお、ニクソンショックのとき、米ドルが世界の基軸通貨としての地位を守れたのは、サウジアラビアの国防保障とともに、原油取引を米ドルに限るという約束があったからだと言われている。(補足2)

諸外国にとってこの問題が厄介なのは、FRBの崩壊の部分を除けば、おそらく米国の大半が合意することだと言う事である。そこまで強引にトランプが利己的にやってくれるなら、それは都合良い。悪いのは米国じゃない。宇宙人のトランプが悪いのだと世界から一定の納得が得られれば、なお良い。紳士的な米国はその後登場すればよいのだと。

2)米国の病気

伊藤貫氏の講演によると、1960年の白人人口は全人口の85%であった。それが、2017年には、60%に減少して居る。そして、出生率の差などから、2025年頃には50%以下になるという。また別の資料によると、2015年の白人、ヒスパニック、そして黒人の年間給与の中央値は、其々63000$、41000$、37000$だそうである。この所得格差はこの20年間広がって来て居る。https://zuuonline.com/archives/121819

この低所得層の有色人種が主になって、定年退職した白人の年金のために多額の出費をするようになったとき、そして、黒人などが受けていた積極的優遇策(逆差別策、Affirmative action)の廃止されたとき、上記人種間の分断は加速されるだろうと、伊藤氏は話している。

この貧富の差だが、20世紀後半からのグローバリズムの影響で大きく広がった。MITの研究者の論文によると、1947〜1973年の間、労働生産性が97%上昇し、労働者給与も95%上昇した。 しかし、1973年〜2013年には、労働生産性が80%上昇したにも関わらず、労働者給与は4%しか増加しなかった。(補足3)

別の角度から見ると、米国を代表する企業500社(S&P500)の場合、1980年代では上げた利益の50%が株主還元に、45%が設備投資や賃金上昇に用いられたが、2000年になると利益の90%が株主還元に向かうようになった。

伊藤氏によると、これらの数値はMITの研究者による論文からの引用である。この論文と思われる論文のアブストラクトには、「戦後初期(米国の黄金期)には、諸制度は富の広範囲への分配をデトロイト協約(累進税、高い最低賃金など)により重視したが、1980年以降にはその諸制度がワシントン・コンセンサスとして逆転した」と書かれている。ワシントン・コンセンサスとは、現在の米国主導のグローバル化経済の諸政策である。(補足4)

伊藤氏の講演は、米国に於けるこの富の分配における不公平に関して、そのメカニズムの出来た経緯についても解説している。それは、ニューヨークのウオール街の金融業者による企業経営の支配が進んだこと、そして、金の力で国政への影響力を強め、税制変更を実現した結果である。最終的に、株主としての金融業者(ヘッジファンド、投資銀行、private equity fundなど)が、企業があげた利益のほとんどを彼らのキャピタルゲインとして吸収するシステムが出来上がった。

その一例として、資本による収益(キャピタル・ゲイン)に対する税率の変化が紹介されている。ニクソン&カーター時代には35%だった税率が、パパブッシュの時代には31%、クリントンの時代に20%、息子ブッシュの時代に15%になったが、オバマの時代に20%に戻った。このクリントン時代に大幅に税率を下げた主役が、財務長官であったロバート・ルービンやローレンス・サマーズだという。両者とも金融業と関係が深い。(補足5)

更に、様々な税の抜け穴を利用して、ヘッジファンドなどが実際におさめている税金は、伊藤氏によると、せいぜいキャピタルゲインの10%程度だという。そのことと関連して、米国の税制に関する法律は75000頁という膨大な文章であり、他の先進国の10倍ほどにもなっているということなどが紹介されている。

2007〜2008に経済学者のサイモン・ジョンソン(Simon Johnson)は、「IMFを経験して(chief economist、2007年3月〜2008年8月)分かったことは、米国もロシアと同様に寡頭政治(Oligarchy)だということだ」と言ったという。それは、ウオール街の金融業者が、巨大な金融資産で、政治をコントロールしているという意味である。米国の政治は世界の政治である。その結果が、現在のグローバル化政治経済であり、最初のセクションで書いた米国と世界の病状である。

3)政治資金の問題

1970年代には、議員経験者の2-3%だけがロビーストになったが、現在では下院議員を辞めた人の5割、上院議員を辞めた人の9割がロビーストになる。その理由は、米国の両議院の議員年収が22万ドル程度と低く、トップ1%の年収の5分の1程度しかない。ロビーストになれば、多額の政治資金を議会に流す仲介をすることで、桁違いの年収を得る事ができるからである。

ワシントンのロビーストを通じて議会に流れる金は、毎年40億ドル程であり、例えば重要な委員会の委員長を経験したロビーストは、年収200-300万ドルが期待できる。従って、自分たちが議員のとき、その職につくことを考えている人(つまり現在では議員の大半)は、ロビー事務所に逆らうことはやらないで、彼らの意向を汲むようになる。

そのような情況を、元AFL CIO(American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations)のプレジデントだったRichard Trumka が、テレビ局によるインタビューにおいて、「民主党も共和党も関係ない。年収トップ0.1%の連中が、我々の選挙を買い取っている。」と言ったという。

伊藤貫さんの講演は、ヒラリー・クリントンが大統領選に負けた理由として、「元国務省の方が聴衆の中に居られるので気を悪くされるかもしれないが」と前置きして(追補1)、多額の政治資金を米国内外から集めたヒラリーの金集めと、国務長官時代に国務省のメイルシステムを一度も使わず、自宅のサーバー経由で電子メイルをやり取りしていたことなどとの関連に言及している。

この中で驚くべきことを言っている。ヒラリー・クリントンは、21世紀の初頭にクリントン基金という慈善基金を創設した。国務長官(2009〜2013)になった途端に、そこへの献金が急上昇した。そのクリントン基金に500万ドル以上献金のケースの半分以上は、外国政府または外国企業からであった。しかもマスコミ報道によると(2016年)、それまでに集めた24~25億ドルのうち、本来の慈善行為に使われたのは6%だけだった。その具体例は、ロシアに盗まれたポデスタ(John Podesta選挙運動責任者)の電子メイルから明らかになった。(補足6)

4)米国の政治資金規制

米国の政治資金規正法では、毎年一人あたり寄付できる上限は2700ドルである。一方、全国規模の政治団体への個人献金は年間1人5000ドルに制限されていた。しかし、2010年の裁判で、支持する候補者や政党と直接協力関係にない政治活動であれば、表現の自由の観点から、献金額に限度を設けてはならないとの判断がくだされた。

Wikipediaは以下のように記述している。

このような候補者から独立した政治団体は、企業献金や個人献金を大量に集め影響力が大きくなるにつれ、特別政治活動委員会(スーパーPAC)と呼ばれるようになった。スーパーPACは無制限に資金を集めることが許されており、テレビのCMなどを利用して様々なキャンペーンを行なっている。特徴的なのは、支持候補に対する支援ではなく対立候補へのネガティブ・キャンペーンが多い。スーパーPACへの献金者は公表が義務付けられているが、多くの団体は法的な技術を用いて選挙後まで公表を引き延ばしている。

その結果、政治資金の流れがおかしくなり、ニューヨーク・タイムズの報道によれば、2016年に民主党と共和党に流れた政治資金の少なくとも半分は、アメリカの130家族から来ているという。更に、別の報道によると、2016年政治資金の40%は米国の50人から来ているという。皮肉を込めて言えば、これぞ正にアメリカン・デモクラシーである。

また、去年ニューヨーク大学の法科大学院の2016年の調査報告では、2006年のローカル選挙での選挙資金として使われた金の25%は誰が出した資金か不明であった。つまり、ニューヨークの金融業者がチャリティやソーシャルウエルフェアファンドなどに寄付をし、大部分がそこからスーパーPACへ流れることがわかった。

このような政治資金の情況と関連しているかもしれない政治的判断の例を挙げる。
オバマ政権になって、2007年-2008年にジャンク抵当証券にトリプルAの格付けをしたことなどが、リーマンショックという金融危機を招いたが、オバマ政権は誰も上記犯罪的行為を裁かなかった。当時FRB議長だったバーナンキさえも、USA Todayのインタビューで、誰も告発されなかったのは遺憾であると発言している。

その件で金融機関には多額の支援金(約70兆円)を出しながら、900数十万の家を失った家庭には20兆円も支援をしなかった。民主党がこのように労働者階級に冷たいのと、最近25年間の金融機関からの政治献金が共和党よりも民主党へ流れていたこと(ヘッジファンドの政治資金の約7割が民主党に向かっていたこと)とは相関がありそうである。つまり、民主党は労働者の味方であったのは、もはや過去の話となったのである。 

  5)米国の病気の世界への伝染:

米国は、世界覇権を金融と軍事の両面から握っているので、国際的なルールも国際機関の決定という形で、一定の時間を要するが、米国(つまりウオール街)の考える通りに定着する。

各国の一流企業の経営も、株主である金融業者の意向に沿って進められる。株主の意向の実現のために、株主は経営者には当然非常に高い給与を得る様に勧める。その一方で、利益の多くは株主配当に向けられ、そのかなりの部分は、ニューヨークに送られる。最近その比率は低下しつつあるが、日本の大企業の株主のおよそ30%は外国人(法人を含む)の所有であり、2018には3年ぶりに30%を切った。日本人は、その意味するところ(最近低下していることについても)を、深刻に考えるべきである。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO46583930W9A620C1MM0000/
https://www.stockboard.jp/flash/sel/?sel=sel533

米国発祥のグローバル化の結果、先進国の製造業は人件費の安い国に移動し、そこから諸外国に売ることで多くの利益を得る様になった。その際、自国の労働者のことや購買力低下のことなどを考えない。全世界の購買力が上がれば、それで良いからである。周知のことだが、それが資本移動の自由化(規制緩和)の効果である。

それが長期的に見て、その企業のプラスになるとは限らない場合でも、その企業に投資する金融業者は構わない。何故なら、その企業が落ち目になる場合、頃合いを見計らって株を売払い、投資対象を替えるだけで良いからである。また、その国の政治がいびつになっても、構わない。何故なら、その場合は国を移れば良いからである。それがディアスポラの民のかんがえることである。二大ディアスポラは、ユダヤ人と華僑である。

米国を代表する投資家の一人であるジム・ロジャーズは以下のように語っている。「1807年にロンドンに移住するのは素晴らしいことだった。1907年にニューヨークに移住するのは素晴らしいことだった。そして、2007年にはアジアに移住することが次のすばらしい戦略となるだろう。」彼は、家族とともに2007年、ニューヨークからシンガポールに移住した。

補足:

1)米国のニューヨーク金融界の一派が、近代社会の知恵である法規制を、大衆の洗脳工作により「自由を束縛する悪」として取り除き、金儲け最優先主義を正当化した。そして、その富は力であり、力は正義であるという中世への逆戻りなのか、ポストモダーン的な価値の分散なのか分からない社会にして、自分たち民族的マイノリティーのビリオネアたちが、マイノリティーの権利拡大の思想で自身の経済活動を正当化するとともに、政治そのものの支配を企んだ。

2)各国へのドル札の分配は、輸出品に対して支払う形で分配される。米国は世界中から自国通貨で買い物(輸入)ができるので、制限をあまり感じないで買い物を続けた。各国に余った米ドルは、米国債と引き換えに米国により回収された。一度着いた浪費癖が簡単には無くならないので、米国は多額の借金をすることになった。その米国債などで世界一の債務国となったが、その合計は20兆ドルを超える。

3)2000年代初頭の株主還元の内訳は、40%が配当に60%が自社株買いなどの使われたという。なお、最近起業されたアップル、アマゾン、グーグル、マイクロソフトなどはNASDAQ上場銘柄であり、S&P500には含まれない。

4)上記MITの研究者の論文だが、聞き取りにくい名前なのだが、グーグル検索するとそれらしい著者と論文が出てくる。それは:“Inequality and Institutions in 20th Century America”と題する論文である。著者は、Frank S. Levy & Peter Temin という人たちである。この論文は2007年に書かれて居るので、伊藤氏は2003年というべきところを2013年と言ったのかもしれない。https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=984330

論文の要約の中の一部を以下に抜粋し、伊藤氏に引用した論文かどうかの判断材料として提供する。本文に内容は書いているので、訳は省略する。
The early post war years were dominated by unions, a negotiating framework set in the Treaty of Detroit, progressive taxes, and a high minimum wage – all parts of a general government effort to broadly distribute the gains from growth. More recent years have been characterized by reversals in all these dimensions in an institutional pattern known as the Washington Consensus.

5)ルービンは元ゴールドマン・サックスの共同会長、サマーズはハーバードの学長の時にヘッジファンドから年に26ミリオン$の顧問料をもらっていたという。つまり、両者とも金融業者であった。

6)この件が明らかになったことの経緯を、伊藤氏はかなり詳しく述べている。そして、2016年の大統領選挙でヒラリーが負けたのは、この件で民主党のサンダースを支持した人たちが米国の政治或いは民主党に嫌気が差して投票に行かなかった体と思うと述べている。

追補1:この言葉は、深く考えると、元国務省の人と出席者および将来のyoutube視聴者に「国務省の方の存在を認識しています」と知らせているとも考えられる。この追補を書く動機は、伊藤さんが故中川昭一さんと「お互い殺されないように気をつけよう」と話したと何かで明かしていたからである。

(編集:2019/11/15早朝)

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