2021年12月9日木曜日

マグニツキー法制定はC国に対する内政干渉になるのか?

125日の記事「日本に人権外交をする資格は? マグニツキー法んが制定できる国になるべき」に、米国在住の方よりコメントを頂いた(姉妹サイト)。そこには以下のように書かれている。

 

マグニツキー法は人権侵害のある他国への罰ではなく、国際間の貿易法です。だから他国の法や内政には関与していない。この法の前の法に、ロシアがユダヤ系のイスラエル移民を妨害しないことを一つの条件としてロシアを貿易優待国にする、というのがあり、その延長戦上でマグニツキー氏の死に責任ある人や組織の米国内での金融活動をさせない、という法です。

 

コメントへの返答としては、議論が長くなるので、別記事としてここに掲載することにした。マグニツキーの死以前に、古いバージョンがあったとの情報は、先ずは勉強になる。この指摘文の中での“国際間の貿易法”というのは、おそらく貿易に関する国際協定の例外規定(GATT21条など)という意味だと思う。その前提で以下議論する。自分の勉強結果をそのままブログ記事にしたので、冗長になっている点ご了承ください。

 

 

1)WTO協定:

 

国際間の貿易に関してはWTO協定が重要である。その前段階的な条約としてGATT(関税と貿易に関する一般協定)がある。両方とも現役の国際協定である。GATTは、工業製品の貿易について、加盟国に最恵国待遇(補足1)を与えるという条項が重要である。

 

WTOでは、サービス業や知的所有権についてまで対象範囲を拡大している点、そして協定だけでなくそれを実施する機関を運営する点が、GATTとの大きな違いである。この発展過程及びGATTWTOの関係については、以下のサイト参照。https://liberal-arts-guide.com/gatt/

 

WTOで、自由貿易の方向への協定つくりが進まなかったので、二国或いはそれ以上の国家間で自由貿易協定が結ばれることになった。例えばNAFTAからUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)に代わった北米での自由貿易協定などである。(補足2)

 

WTO加盟国が他のすべての加盟国に最恵国待遇を与えるというのは、USMCAなどローカルな自由貿易協定が存在することから考えて、原則論でしかないことがわかる。更に、“加盟国による正当な国内政策の実施を縛るものではない”ので、例えば安全保障に関する国内政策と結びつけて、貿易障壁を設けることなどが可能である。これは、安全保障例外と呼ばれる。(GATT 21 条)

https://www.meti.go.jp/committee/summary/0004532/pdf/2016_02_04.pd

 

マグニツキー法の位置は、おそらく上記安全保障例外のような国内政策上の要請からの例外規定と理解できる。つまり、「人権重視は米国の国是であり、その部分に瑕疵のある国には最恵国待遇は与えられない」という考えに基づくものである。

 

 

2)マグニツキー法制定が関係相手国の内政干渉になるのか?

 

GATTWTOは、経済のブロック化や孤立化などで、将来重大な国際紛争の原因とエネルギーが国際間に蓄積しないようにするため、国際間の経済関係を拡大する目的で制定・設立された。従って、例外を設けてでも、経済交流を重視する規定が設けられたのだろう。

 

ソ連が崩壊しロシアとなっても真の民主主義体制は一朝一夕には完成しない。そのためロシアは、かなり専制主義的な政治体制で漸く国家としての安定を保っているだろう。この国に対しても、WTO加盟を許したのは、将来民主主義や人権尊重といった近代政治文化の発展がロシアに期待されるからだろう。

 

この場合、それら近代西欧の価値基準が定着することに(将来に)期待するか、現在の人権軽視を問題視するかで対応が異なる。将来、民主的な国家群を形成する仲間となる期待が薄いのなら、マグニツキー法などで現状重視の姿勢で望むことになるだろう。

 

それは間接的だが、反体制派を擁護することになり、ロシアの崩壊と内戦につながる可能性がある。その意味で内政干渉になると前回の記事に書いた。

 

更に、主権国家体制や民主主義といった近代の西欧政治文化を受け入れる予定のない国に対して、WTOが門戸開放をするのは、西欧先進国にとっては非常に危険である。相手国の経済発展を手助けることで、国際社会の価値(民主や人権重視)を崩壊させられる危険性がある。それが当に、中国共産党政権(C国)の超限戦(補足3)による中華グローバル帝国を作り上げる企みに対する危惧である。

 

この問題の根本には、米国のウォール街を中心にしたグローバル化勢力が、WTOを用いて、中国共産党政権(以下C国)と彼等の経済的巨大化のために協力したことにある。つまり、独裁政権下、奴隷労働で安く工業製品を製造する国をWTOに加盟させ最恵国待遇を与えると、当然その国は非常に有利に貿易を行い、WTO加盟国の産業は打撃を受ける。

 

その稼いだ金で軍事力を整備して、世界制覇をこころみるような事態になれば、人類の未来は暗い。米国がもしこの過ちに気付いたというのなら、マグニツキー法をC国に適用するのは賢明だろう。敵対国と決まってしまえば、その国の内政に干渉するなどの諜報活動は当然である。

 

日本がC国を対象に“マグニツキー法”を制定するには、安全保障の問題を熟慮する必要がある。日本が一人前の独立国になって、その問題がクリアされるまで、その制定は無理だろう。この点の指摘が125日の記事の内容であった。

 

3)マグニツキー法の適用は冷戦的対応である

 

マグニツキー法”(英国等を含む)は、国内における貿易及び国際金融取引上の活動に影響力を持つ国内法だと思う。従って、国内に存在する外国人の財産や、外国人の入国審査などを対象にする。裁判は国内の裁判所が担当するが、証拠の収集はまともに出来ない以上、最初から明らかな事実がなければまともな裁判は出来ない。

 

例えばC国共産党員が、ウイグルの人権抑圧に関係したとして銀行口座を凍結されたとして、そんな事実は無いと米国の裁判所に訴えたとする。しかし、C国がウイグルでの人権抑圧などの事実について正確な情報公開をしなければ、まともな裁判など出来ないだろう。従って、“マグニツキー法”の制定とそのC国及びC国共産党員への適用は、超法規的に行うことになるだろう。つまり、冷戦的対応にならざるを得ない。

 

つまり、マグニツキー法は国内法だが、特定の国とその国民に対して適用される。名目上は、他国或いは他国民が関与する国内経済活動や入国管理に関して、自国の価値観で規制を掛けるだけだと言えるだろう。しかしその規制は、対象国の複数の政治勢力の一部を冷遇することになり、実質的にその国の内政に影響を及ぼす。

 

しかし、このような法律を特別に制定しなければならない程、C国の人権に関する価値観が米国のものと著しく異なるのなら、WTOに加盟の段階で考慮すべきことだった。

以上、現在各国で進行している“マグニツキー法”の制定は、民主主義圏と言われる米国を中心とした国家の集まりによる、C支配層を国際経済活動において冷遇する、冷戦的対応である。

 

(17:30 全体を編集しました。)

 

補足:

 

1)関税など貿易条件において、第三国以下の待遇を適用しないという規定。WTO加盟国でありながら、相手国が第三国(WTO加盟国であってもなくても)と自由貿易協定などを結ぶと、WTO条項違反となる。ただ、それが安全保障や特別な事情によることが説明できれば、WTO条項違反にはならない。それが例外条項である。

 

2)EUのように政治と経済を含めた協定があり、最終的には加盟国は主権国家と呼べなくなる方向に進む可能性がある。更に、EUと日本の間のEPA協定なども出来、WTOは経済交流拡大のための協定のベース部分を為すことになったと思う。

 

3)中国空軍の喬良、王湘穂は、今後の中国が行う戦争を、あらゆる手段で制約無く戦うものとして捉え、超限戦と名付けた。(ウィキペディア参照)

 

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