2020年7月23日木曜日

コロナ対策は原点から再考する時期だろう

1)以下新型コロナ対策は、日本全体で考えるべき

 

新型コロナ肺炎(COVID-19;以下新型コロナ)対策を日本全体で考えるべきである。その場合、連休には観光にでかけた方が良いだろう。東京は人口が減り、感染者数も減るだろう。行楽地には多少の感染者はでるだろうが、それ以上の経済的恩恵がもたらされる。

 

日本国は、47都道府県が異なった役割をもって出来上がっている。新型コロナの被害には、直接的被害の他にも多くの間接的被害がある。それら間接的被害を積算すれば、直接的被害を超える場合もある。従って、日本人ならその被害を日本国全体で担うことを考えるべきである。

 

人間の体でも、たとえば肺炎になった場合、気管支などに吸引治療するかもしれないが、全身で戦う。国と疫病の関係も同じだろう。それにもかかわらず、各地方が独自に患者数や死者数を最小に抑えることに集中している現状は、再考すべきである。他県ナンバーの車の人を攻撃するような愚はさけるべきだ。

 

地方が東京から観光客を迎えれば、地方経済の活性化に繋がり、地方の経済的被害の縮小となる。一方、ストレス解消ができた東京の方々は、次の日から、大声で話すなどの新型コロナ防止上良くないことを避ける集中力も増すだろう。更に、夜の街に頻繁に出かけて、感染を広げる愚も避けられるだろう。(補足1)今は、このように医療と経済の双方を総合的に、更に、地方と中央も全体的に考えるべき時期だと思う。

 

他府県の人たちは、日本の経済の維持に東京の果たす役割が必須であり、その活力維持に貢献していると考えるべきである。何故なら、その経済力の恩恵に、日本全体が浴することになる。むしろ、東京の人たちは、新型コロナの被害に合う危険性が高いのに、日本の政治と経済のために頑張っているという風に考えることも時として大事である。

 

2)三密をさける、ソーシャルディスタンスを取るなども、最初から考え直すべきである。

 

三密を避けることを強調するが、その原点に「人に唾をかけない、人から唾を受けない」があることを忘れてはならない。つまり、三密情況を避けるだけで、その原点の目標が達成されるわけではない。

 

ソーシャルディスタンスをとるのも同じことである。良くテレビのワイドショーなどで見るのだが、互いに距離をとっても、強制換気のない部屋で、大声で話し、高笑いしては何にもならない。ソーシャルディスタンスをとるのは何のためなのか良くかんがえるべきである。(補足2)

 

その原点とは、口からの微粒子の散逸をさけることである。そのように、本当の目的を別の象徴的なことに変換して、それを目的にしてしまうことが日本人に多い。日本人は、ルールには従順に従うが、そのルールの原点を殆ど考えない人が多い。

 

例えば、マスクをすべきだと言うのがルール化しており、一般市民が「マスク警察」になったりする恐ろしい現象が日本で起こっている。また、マスクは唾をかけないための道具だと簡単に決めつけて、口の前に透明なアクリル板をおいただけの「つばきブロック」をつけて大声で話す場面をテレビでよく見る。

 

これは直接とんだツバキのブロックになるが、コロイド粒子状に放出されたウイルスを含む粒子は防げない。従って、殆ど新型コロナ防止には役立たないと思う。

 

手を洗う場面でも、長時間、各指の間や周囲を念入りに石鹸でこする必要があると指導する人が多いが、本当は主に指先を15秒ほど流水の中でこすれば良いと、京大の宮沢孝幸氏が言っている。以下の動画は、それら原点からの対策を解説している。

https://www.youtube.com/watch?v=P_60Emw32uI&t=440s

 

3)経済対策も原点にもどって考えるべき

 

経済対策も共産圏のように計画経済的に行うのは、ただしくない。多くの政策は、消費税の期間限定廃止に勝る効果は出せないだろう。事務管理費や委託事業日など、予算の多くが、元々の目的以外のところに消える政府のやり方は、リケンが絡んでいると勘ぐられても仕方がないだろう。

 

GOTOキャンペーン、一括交付金、事業化への支援金なども、そのかなりの部分は事務経費で消える。それよりも消費税の期間限定廃止の方が、高い経済刺激効果があるだろう。

 

消費税の期間限定廃止なら、どこそこ除外とか、事情が変わったので延期とかの際、比較的自由に実行でき、二次的被害も出さずに済む。兎に角、日本型社会主義からの脱却(小さな政府の実現)は、新型コロナとは無関係に目標とすべき。日本の大臣の数は多すぎる。日本の政治は政治屋のため経済政策のためにあるようなものだ。

 

 

補足:

 

1)新型コロナ後の社会にも残るのは、観光である。夜の接客業は大半が不要になる可能性がある。

 

2)「ソーシャルディスタンスを取る」ということは、お互いに大声で話したり、高笑いしたりしないことも含んでいる。多くのテレビ番組では、フィジカルディスタンス(物理的距離)を取っただけで、ソーシャルディスタンスを取った気になっている場面が非常に多い。

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