2014年11月30日日曜日

日本の経済政策に対するAndrew Smithersの指摘

 本日中日新聞朝刊のなかに、興味あるコラムをみつけた。それは、日本の経済政策に対する英国のエコノミストであるアンドリュー・スミサーズという人の意見を掲載したものである。最初に、“近年の日本経済を悪いと考えるのは間違いだ。日本人は日本が不況だと過剰反応している。”という文章から始まる。そして、

1)15-64歳の生産人口あたりの成長率は、日米英独仏の先進5カ国中もっとも高い;
2)企業の設備投資を促すという方策も検討違いで、既に企業は設備投資をしており、投資でえられた利益の割合は先進5カ国中最低;
3)日本の税制は、企業に多額の減価償却費(つまり、短期間で償却できるということだろう。)が認められ、且つ、内部留保が巨大になっている;
4)単に法人税を下げるのは財政悪化させるだけである;
5)企業の貯蓄を切る様に税制改正すれば、企業は利益を賃金や配当にまわせば、需要も増加し税収も増加する; 以上5点を指摘している。

 そこで、A. Smithers氏のブログを覗いてみた。http://blogs.ft.com/andrew-smithers/そこには、政府、家計、企業、その他のセクションのお金の流れ(キャッシュフロー)が最近の22年間にわたって棒グラフで示されていた。その他の大きな部分は日銀と外国だと思う。(詳細な説明又は誤りがあればご指摘下さい)

 誰かがお金を貯め込めば、誰かがその分、借金しなければならない。昔から、家計が貯蓄をして、企業や政府が借金をするという形でやって来たが、その関係が1998年からガラッと変化している。この大きな変化について、政治討論などで議論されたのをあまり聞かない。共産党は指摘しているが、大昔から大企業を攻撃するのが彼らの習性であり、従って、何をいっても説得力をもって伝わらない。

 つまり、この15年間企業がひたすら金を貯め込み、ほぼ同額を政府が借金をして使っている。この部分を税制で何とかすべきであるとスミサーズ氏は指摘しているのである。あのリーマンショック前後も、全体としてみれば企業は利益をひたすら貯め込んでいるのだ。それにも拘らず、法人税を減額して20%代にするという安倍さんの政策は、何を考えて何を目的にしているのか全く判らない。

 経済の議論は全て、定量的でなくてはならない。このデータ(グラフ)を前にして、経済の議論してほしいものだ。(グラフは著作権にふれるので、直接上記サイトの11/19日の記事をご覧下さい。)

2014年11月29日土曜日

宇宙開発の愚

 マイナーなメディアであるが、中日ホームサービスというタブロイド版があり、そこにホーム春秋(1)というコラムがある。今日11月29日の記事は「紅葉を遅らす温暖化」と題して、9月に開かれた国連気候変動サミットにおける温暖化への警告と、町の寿司屋さんの「季節の魚への温暖化の影響を実感する」という言葉を引用して、対策の重要性を指摘している。そして、環境と経済成長を両立させる切り札として、重点政策として政府のエネルギー基本計画に書かれた宇宙太陽発電所をとりあげ、期待する旨の言葉でコラムを閉じている。

 ただ、ホーム春秋の筆者は、そしてひょっとして、エネルギー基本計画を書いた官僚や政治家も、宇宙太陽発電所が地球温暖化を起こさないと誤解しているのかもしれない。地球外からエネルギーを送れば、直接的に地球を加熱し、温暖化の原因になるのだ。

 更に、二酸化炭素の増加に因る地球温暖化説は、未だに異論も多くあり確定した説ではない。既に本ブログで書いた様に、少なくとも、ICPPなどの国際機関のあげる温暖化メカニズムはナイーブなもので、到底科学的なものとは思えない(2)。

 ただ、地球温暖化を過大視する先進国諸国の思惑は見える。それは地球資源を人類の未来に向けて、出来るだけ残さなければならないという考えである。つまり、今のペースで開発途上国が、地球資源を急速な経済発展の為に低い効率で用いれば、資源の枯渇と人類文明の悲惨な最後が近くなるからである。因に、それは先進国のエゴであるとして中国などの国は反発しており、先の米中首脳会談でも、周近平氏は2030年まで中国で放出するCO2を増加させていくと居直っている。

 更に、宇宙太陽発電所であるが、基礎的研究を学問の範囲で行なうのは賛成だが、国家プロジェクトとすることには反対である。少ない国家予算の浪費になるからである。太陽光発電でもコストがかかり過ぎて、十分増やす事が出来ない今、宇宙に一万トン級の建造物を送り込み、そこで発電するというような、大学教授の打ち上げ花火を真に受けるのは幼稚である。

 ただ、これも別の思惑が脳裏をかすめる。その研究の本質は、宇宙兵器や宇宙基地の開発にあるのではないのか。それは、コストという障壁があまり大きくない軍事産業の特徴と、国家の領土の外に置けるという軍事的利点を考えれば、政府も載ってくるかもしれない(3)。つまり、その教授は研究費という現金獲得を、政府は軍需への応用という企みを持ち、その宇宙太陽発電所構想に基礎研究の仮面を被せて、異なる角度から眺めているのだろう。  スターウォーズという映画の中の出来事が、近い将来現実として現れるかもしれない。

注釈:
1)毎週土曜日に中日新聞に折り込まれて配布される中日ホームサービスのコラムで、なかなか良い視点で書かれており、本紙の中日春秋と同様に必ず読む。
2)http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2014/08/blog-post_26.html
3)原子力潜水艦とその点(領土外に置く基地)では同じである。ただ、宇宙基地にあるミサイルを想像すると、その脅威は潜水艦のそれに比べて、池のコイと大空の鷹に近い位の差があるのではないだろうか。同様に、「はやぶさ」などを用いて、巨大な経費を用いて宇宙を調査するプロジェクトも、”基礎技術の開発”的な意味はあるだろうが、表向きに発表された生命の起源を探るなどの意味は全くない。恐らく、軍事的意図が裏にあるのだろう。人類は、生命の発生については議論に値する仮説すらないもっていない。また、ウエイク(読売系TV)で今(11/29/8:45)放送しているように、国民の娯楽に寄与するような意味なら、金がかかり過ぎる。

2014年11月27日木曜日

北星学園大学強迫事件について大学がとるべき対応 

 朝日新聞元記者で、従軍慰安婦の件で誤った記事を書いた人が、北星学院大学で非常勤講師として学生に歴史を教えているという。それに不満を抱いた者が、その元記者を首にしなければ、大学の学生を傷つけると大学を強迫した。http://ja.wikipedia.org/wiki/北星学園大学脅迫事件

 今夜のNHKニュースによると、大学の自治或いは学問の自由という観点から、この強迫に屈するべきではないとの意見があるものの、大学は警備を強化するための予算が嵩み、経営上困っているという。

 この件について、大学の方々は学問の自由の観点から、強迫に屈するべきではないとの意見が全国から寄せられているという。しかし、私はこのような意見を持つ方々は学問の自由という意味がわかっていないのではないかと思う。

 つまり、この大学の方々は、学問の自由という観点から、従軍慰安婦問題についてその人が書いた記事を正しいと考えて、その考えや思想をまもりたいのだろうか?(注釈1) もしそうでないのなら、その非常勤講師の、或いは、大学の研究や研究上の思想の何処に政治的圧力がかかっているのか?

 これらの質問にはまともに答えられないだろう。つまり、その方を雇用するかしないかは学問の自由と何ら関係のないことなのだ。

 学生の安全を確保するのは大学の義務である。また、強迫は犯罪であるから、警察は全力で捜査し、出来るだけ早急に犯人を逮捕すべきである。しかし、警察が強迫した者を逮捕するまでは、緊急避難としてその非常勤講師を解雇しても何ら問題はない。

 例えば、熊がキャンパスにくるので、講義を中止し学生を一時非難させることは学問の自由と何ら関係がないのだ。もしその講師を、インチキ記事を書いた経歴はあるものの、学者或いは教育者として評価するのなら、犯人逮捕後再度雇用すれば良い。

注釈:
1)”学問の自由を護ること”とは、研究者の研究(&発表)の方向が、政治的圧力の影響を受けないようにすることである。この場合、研究者やそのグループに対して、真実に最高の価値を置くという善意の仮定がある。つまり、政治的意図をもって捏造記事を書いた人については、この仮定は成立しない。従って、その人の学者としての地位を、その件に関して総括或いは処分が未定の状態で、学問の自由の名の下に護ることは学問の自由にむしろ反することである。
更に追加:「OさんのST細胞捏造が明らかになったのだから、早く首にしないとR研職員が怪我をすることになるぞ」と強迫があったとする。その場合、兎に角急いでOさんを首にするとR研理事長が言ったとしても、学問の自由を盾に反対できない。そもそも、Oさんに学問の自由を訴える資格はないからである。

性奴隷など無かったという米国の調査報告

 産経ニュースによると、米政府がクリントンとブッシュの両政権下で、8年かけて実施したドイツと日本の戦争犯罪の大規模な再調査で、日本の慰安婦にかかわる戦争犯罪や「女性の組織的な奴隷化」の主張を裏づける米側の政府・軍の文書は一点も発見されなかったことが明らかとなった。調査対象となった未公開や秘密の公式文書は計850万ページ。そのうち14万2千ページが日本の戦争犯罪にかかわる文書だった。戦時の米軍は慰安婦制度を日本国内の売春制度の単なる延長とみていたという。http://www.sankei.com/world/news/141127/wor1411270003-n1.html

 米側で提起されることはほとんどなかったが、慰安婦問題の分析を進める米国人ジャーナリスト、マイケル・ヨン氏とその調査班と産経新聞の取材により、慰安婦問題に関する調査結果部分の全容が確認された。ヨン氏は「これだけの規模の調査で何も出てこないことは『20万人の女性を強制連行して性的奴隷にした』という主張が虚構であることを証明した。日本側は調査を材料に、米議会の対日非難決議や国連のクマラスワミ報告などの撤回を求めるべきだ」と語った。

 この古森義久氏の報告を読んで、以前テレビで報道されていたチェジュ島(吉田清治のインチキ告白本の舞台)のお年寄の言葉を思い出した。「日本軍による女狩りなどあれば、チェジュ島の男どもが命を賭けて戦う筈だ。そんなこと見た事も聞いた事もない。」

あらゆる手段を通して、この米国による報告を宣伝すべきである。それが国際社会に定着した段階で、新しい、最終的な謝罪談話を出すのが良いかもしれない。無謀な戦争で国民と近隣諸国に迷惑をかけたことは確かであり、歴史問題を出す近隣諸国には、同じ言葉で謝罪し続ければよい。根比べで良いと思う。
 「慰安婦は、拉致され性奴隷にされた女性では無かった」の一点は、日本民族の為に常に明確にすべき。

2014年11月24日月曜日

核拡散防止条約と核保持国の義務について

 核兵器には、通常兵器と比較して圧倒的な威力がある。それゆえ、核保持国と非核保持国との間で、正常な外交関係を維持することは、核保持国の極めてストイックで紳士的な態度が前提でなければ難しい。何故なら、過去の歴史において、平和は戦力の均衡の結果として保たれたのにも拘らず、核拡散防止条約(NPT)は、最初から戦力の均衡を放棄する条約だからである。

 現在、日米安全保障条約が存在するものの、大陸と日本との戦力の均衡が保たれているとは言い難い。米国に核兵器があるものの、日本には核兵器は無い。そして、日本の防衛を目的に、米国が核兵器を威嚇の目的に限られるとしても、中国に対して用いるとは考えられないからである。戦力の不均衡は外交の歪みに通じる。

    NPT体制の維持を加盟国が目指すなら、核兵器保持国は条約に書かれた核兵器の削減を目標設定して着実に目指す義務を果たさねばならない。更に、その条約の目的から考えて、核保持国は他国の脅威となるような外交姿勢を取らない義務がある筈である。その意味でも、日本国はNPTに関する国際的議論を継続的に国連において行なう様、要求すべきである。

 また、NPT体制は、戦後20年たってから出来たものであり、それまでの歴史を踏まえたものである筈である。従って、戦争時とその記憶が鮮明に残るしばらくの間は、感情がもつれる歴史解釈が外交問題として存在しても、戦後20年経った時点でNPTが締結されたのだから、それを乗り越えて過去から視点を未来に向けるのでなければ、その様な国家の命運を核保持国に委託するような条約に署名できる筈がないと考える。(補足1)

   現在、隣国である二つの国は歴史問題と称して、日本国総理大臣が靖国神社に参拝することを過大に問題視している。また、韓国は従軍慰安婦という戦争時にあった制度(補足2)を、日本国政府が奴隷狩りのようにして女性を集めたという虚偽の証言を加えて、過大に核保持国である米国と中国を含め、全世界に宣伝している(補足3)。これらの外交上の諸問題は、日本に核兵器はおろか交戦権のある軍隊も持たないため、中国や韓国に非常に軽くあしらわれた結果、戦後65年以上経った今でも存在し続けるのだろう。核保持国は中立的立場をとって世界の平和に貢献する義務を有すると主張すべきである。

 NPTは、外交の原点にある重要な条約である。インド、パキスタン、イスラエルなどが、核兵器を保持すると思われているが、核拡散防止条約(NPT)に署名していない。これらの国は、NPTの不平等性は独立国として甘受できないことを態度で示している。勿論、条約に署名するかしないかを決める権利が個々の国にある。しかし、1)全ての国が加盟することと、2)核保持国が一定の計画で核兵器を廃絶すること、の二つの条件が揃わなければ、この条約には存在の正当性がないと思う。この問題の解決は核兵器保持国にしか出来ない。その意味でも、国連で常任理事国にたいして、世界から核兵器を減らしていくという義務を果たす様要求すべきである。

 北朝鮮も国家としての存立を賭けて核兵器を開発保持している。上記の国を含めて、これらの国が異常なのではない。核兵器を持っている隣国が歴史問題という難癖をつけて、両国間の緊張を高めることで自国の利益に結びつけようとしているにも拘らず、また、独裁国家の隣国が我国の国民を拉致するという国家的犯罪行為を行い、更に、核兵器を開発して威嚇に用いている現状を見ながら、NPTを日常の問題として議論しない日本国の方が異常なのである(補足4)。北朝鮮の核兵器は、核保有国が責任をもって排除するべきであると強く主張すべきである。

 蛇足だが、一言追加:日本の外交が、何故これだけだらしないのかという問題だが、それは政治家が無能だからである。そのような政治家が国会に出てくることの最大の原因は、日本国民が市民として自覚(補足5)がないことだと思う。つまり、自分が政治的主体であるという意識が極めて低いのが日本という島国の住人である。選挙権を行使するには、国政に対して問題意識を持ち、選挙民としての義務を意識して投票しなければならない。所属団体からの推薦に素直に従って投票したり、或いは格好良いという個人的感覚で、元俳優或いはスポーツ選手に投票したりしないでもらいたい。
 市民という意識が国民に無ければ、民主主義は成立しない。市民と言う意識を保って、機会を見つけて政治的意見を述べる義務が、国民にあると思う。政治家がだらしないのは、国民の責任であると心の底から全ての日本人が思う様になれば、政治家の質は格段に向上するだろう。

補足又は引用)
1)更に、日中、日韓の夫々両国間では、平和条約(又は、基本条約)締結後は、歴史上の出来事は歴史家にまかせることにして、政治的な問題としない義務を双方が負う筈である。過去から目を未来に向ける姿勢を両国が確認するのが、平和条約締結の意味である筈である。
2)この問題は、日韓基本条約で基本的に解決済みであると考える。尚、戦争時の悲惨な隣国での出来事に対する日本国の責任を表明した、村山談話は日韓関係及び日中関係が未来指向で進む様に、確認の意味で出されたものであり、戦後50年を機に出されたこの談話で全て終了させるのが、まともな国家間の関係だろう。
3)後者の問題は、確かに凄惨であったが、それは紙切れ一枚で命をとり上げられた一般召集兵や、ロシアに抑留されて極寒の地で栄養失調と過酷な労働により殺された兵士、原子爆弾や都市部空襲で無差別に殺された非戦闘民などと、一緒にあの時代の“戦時の尺度”で議論しなければならない。
4)その前に、当然のことであるが、憲法9条を改訂しないで自衛隊という戦力を持つという矛盾の解消が先である。
5)市民としての意識は、市民権(citizenship)を持っているという意識である。それは、政治の主体であるという意識である。カレル・ヴァン・ウォルフレン著、「人間を幸福にしない日本というシステム」参照

2014年11月23日日曜日

国連の北朝鮮非難決議を提案した日本の不思議

 今月18日の国連総会第3委員会(人権)は、北朝鮮の人権侵害(他国民の拉致など)を非難する決議案を賛成多数で採択した。第3委員会の北朝鮮代表は、採決を非難し、さらなる核実験を実施する可能性を示唆して警告した。
http://jp.reuters.com/article/JPNKorea/idJPKCN0J22QC20141119
決議案は安全保障理事会に対し、人権侵害について国際刑事裁判所(ICC)に付託することを検討するよう促している。中国は、安保理は人権問題を討議する場ではないとの立場で、常任事理国として拒否権を行使し、ICCへの付託を阻止するだろうと、上記サイトは書いている。

その決議に反発した北朝鮮は、日本やアメリカに対し、「超強硬対応戦に突入する」との声明を発表した。23日朝の朝鮮中央テレビで、「今のような状態が続いた場合、日本は、近くて遠い国程度ではなく、わが方の目の前から、永遠になくなる存在となる」と伝えた。http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00281341.html

 上記ロイターの記事に明確には書かれていないが、北朝鮮の声明を聞いた限りでは、提案国として日本が中心的役割を果たしたと思われる。  私は、このような意味の無い国連決議をして、何になるのか疑問に思う。ましてや、北朝鮮と拉致被害者の返還交渉をしているのなら、尚更である。

 国連安保理においては議論されても、常任理事国の中国の反対で、上記ICCへの付託案の門前払いが見えているのなら、国連人権委員会での決議などあまり現実的な力にならない。北朝鮮という国家による拉致行為を、元々個人的犯罪を裁くICCはどう対応出来るのだろうか?
また、自国民が拉致されたと言って、国連に訴えて解決を図るのは、日本国が国家の体をなしていないことを宣伝しているようなものではないのか。更に、国連は常任理事国全体で行動出来るときは(つまり弱小国を咎めたり虐めたりするときは)、現実的な力になり得ても、それ以外のケースでは国家間の社交場のような機能しかない。それゆえ、今回の北朝鮮による日本国民拉致は、それを解決して被害者を取り戻すのが目的なら、国連は役に立たず、二国間交渉で行なうしかないと思う。今回のように交渉相手に喧嘩を売って、交渉がこれ以上進む筈がない。

 北朝鮮の人権問題に関する報告は、既に国連の調査委員会でなされている。http://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page18_000274.html それに加えて、この議案は何時国連の委員会に提案されたのだろうか。これ以上の議論や決議は、拉致問題の解決には役立たないだろう。これは、1)米国による日本と北朝鮮との拉致問題交渉を止めさせる工作、或いは、2)元々解決不可能な拉致問題交渉を初めてしまった安倍内閣が、交渉の切り上げ宣言が出来ず、この様な形で北朝鮮側から交渉打ち切りをさせるために米国と伴に一芝居した、のどちらかではないだろうか。

 北朝鮮はロシアから援助を手に入れているようで、当分は崩壊しないだろう。http://www.fsight.jp/27498 しかし、崩壊するときには、相当無茶なことを金ジョンウンはする可能性がある。その標的に日本がわざわざ名乗りをあげるのは、馬鹿げた行為だと思う。北朝鮮は出来れば、ソフトランディングさせるべきだと思う(7/06;7/31;11/3投稿記事参照)。

第三の矢?安倍さんにはどう放って良いのか判ってないのだ。

 新報道2001の復習。金融緩和(第一の矢)と公共工事(第二の矢)なら、アホでもできる。何か第3の矢が出たか?規制緩和?何やったか?何もやっていないじゃないか。

 大企業が儲かった金を給与にまわすべき?アホな?
給与は労働市場で決るものである。給与を上げれば税金をまけるなんて、中途半端な社会主義政策は国を益々弱くするのだ。

 安倍総理は、何でも経済学の先生(浜幸さん)に聞いた通りにやれば良いと思っているようだが、経済学理論なんてあてにならない。物理や化学の理論とは違って、ボロ布でつくった袋のような理論が、経済学理論なのだ。

 格差と規制緩和は不可分である。増税見送りという禁断の果実を食った人が、増税など一年半後に出来る筈がない。平井さんの言う通り。  政治が経済に介入するのは制度改正など、最小限にすべき。

浅尾さんの言う、最低賃金を上げるのは賛成。労働力の流動化は中途半端ではいけない。中高年の幹部でも、働きが鈍くなったら首にするようにならなければ、最低賃金も上げられないのだ。それは、日本文化の弱点、儒教的倫理感から改める位のことなのだ。あのイチロウだって、首になるのだ。それが労働力の流動化であり、本当の規制緩和(文化的規制の緩和)なのだ。

 今出席している政治家連中にこんなこと、判らんだろう。危機的状況になって、政治家が総入れ替えになる位でなければ、日本は生き返らないだろう。兎に角、安倍さんは無能なんだから、早く止めさせるべきだ。

2014年11月21日金曜日

日本での貧富の差の拡大:これ以上の円安は恐ろしい

1) 円安が猛烈な勢いで進んでいる。下図に示したのは今年後半のドル/円レートである。これは言うまでもなく、日銀の金融緩和と称する円安政策にある。昔の金融政策は、経済界に通貨の需要が増した時に、緩和するという正常の姿であったが、現在の黒田氏の政策は全く日本の安売り政策だと思う。筈かしげもなく、中央銀行は政治から独立しているといっているが、安倍政権の無謀な経済政策の片棒を担いでいるとしか言い様が無いと思うが、私は間違っているのだろうか。  
10月31日以降のドル/円の急上昇は、黒田総裁の追加緩和発表によるものである。日本の円への信頼が揺らぎ、円の外国への逃亡を示しているのではないだろうか。もちろん、米国では金融緩和によるドルが溜まっており、日本には円が溜まっているので、口先でも相場は大きく変わるだろう。しかし、米国では10月で量的緩和は終了しており、また、下の図に示した様に、11月に入って国債利回りが上昇しており、国債価格の低下、つまり、市場で国債が売られていることを示していると思う。(もちろん、日銀が円安の進行をみて国債購入を控えている可能性もある。)また、同じ10月31日、年金資金の投資先として国内外の株への投資枠拡大が発表された。それに呼応して一時的に株価は上がったが、その後、円安は加速しても株価の上昇は非常に鈍い。
 従って、11月に入ってからの急激な円安の加速は、国債などの円債券は売られて、米国への投資などへ向かっているのではないだろうか。

2)円安が進むと、当然輸入価格が上昇して、国内需要を対象にした企業は不況となる。また、円安にも関わらず輸出が増加しておらず、海外での投資で産まれた金の日本に持ち込む際の円安差益で、辛うじて今まで経常収支を黒字に保っている。トヨタなどの多くの輸出産業は、グローバル企業であり、これ以上の円安は国内産業の復活にはあまり寄与しない筈である。輸出が順調といってトヨタは喜んでいるだろうが、円安によるコスト高を部品を生産している傘下の企業が負担しているからであり、一時的なものだと思う。そして最後まで残るのが賃金のドル換算での低下であり、これがGDPの伸び悩みの原因であると考えられる。
 月曜日に発表された第3期のGDP速報値は、消費税効果がほぼ無くなった筈にも関わらずマイナス1.6%という値であり、アベノミクスの失敗を裏付けた。つまり、円安政策は、単にグローバル企業のトヨタなどの大企業が海外で活躍するための応援にしかなっていないのだと思う。GDP速報値マイナス1.6%にも拘らず、日銀の名古屋支店長は中部では景気は良くなっているという判断を昨日示した。つまり、トヨタの名古屋は景気が良いが、その分、国内産業が中心の地方の景気の落ち込みは、上記数字マイナス1.6%より遥かに大きいことを示している。

 これは、富の配分が一層偏り韓国の様に、国民をサムソンやヒュンダイなどのグローバル企業に所属している一部富裕層とそれ以外の貧困層に別け、不満を国内に充満させる様になりつつあることを示しているのではないか。サムソンやLGなどの大企業が傾けば国全体が傾くという韓国の危険な情況を、ネットで配信している三橋貴明氏に「日本はこのままで大丈夫ですか」と聞いてみたい。

2014年11月19日水曜日

日本人には愛国精神など無い

愛国心とは、その国に自分が帰属しているという感覚が自分の心の中に存在することにより生じる。その帰属意識は、その土地でもその民族でもなく、国家でなくてはならない。米国に占領された時に、愛国心があれば占領に激しく抵抗する筈であるが、多くの日本人はマッカーサー氏を新しい為政者として歓迎した。それが日本人に愛国心など無いことの明確な証明である。

太平洋戦争のとき、徴兵された人の心の底にも愛国心はなかったと思う。あったのは、家族への思いと故郷への思いだけだったろう。故郷が破壊され家族に危害が及ぶなら、徴兵に応じて敵と戦おうと思って戦争に向かっただろう。

明治維新は市民革命ではない。単にクーデターであり、領主が徳川幕府から明治政府に移っただけである。明治政府は一般に国民国家に分類されるだろうが、本当はそうではないと思う。そこで採用された、徴兵制は新しい支配者が人民を奴隷的に兵士として狩り出しただけである(1)。

戦死した兵士が国家の為に命を捧げたと安倍総理は言うが、そんな兵士は居てもごく一部だろう。命を捧げたのは上述のように家族の将来の為であり、故郷の復興を願っての事であった筈で、国家の為ではない。従って、安倍総理のような考え方で靖国に参拝するのなら、参拝を受ける資格がある霊は東条英機以下、江戸時代なら軍神として祀られるような国家の支配者の霊のみである。

靖国においては、形式上は奴隷のように徴兵された兵士の霊も祀っている。しかしそれは、形だけでも普通選挙が行なわれている、現在の国家制度にあわせただけである。本質的には軍神として資格がある、当時の総理大臣、陸海軍大臣、などの要職にあった支配者階級の霊を祀っているのである。そこに参拝する議員達は、多くはその支配階級の人たちの子孫か、彼ら現在の支配者におもねる新貴族(2)出身の議員達である。

東京裁判は勝利国による敗戦国の人間を裁くという不当なものであったのは事実である。しかし、無謀な戦争に国家を導いた人たちの裁きを国内で一切行なわずに名誉回復したのは、戦犯として裁かれた多くの下級兵士と抱き合わせで名誉回復するという支配階級の企みの結果である。そして、靖国宮司が強引に合祀したのだ。

この支配階級と披支配階級の構図は、中世の構図である。その構図が未だに日本国にあるのは、本当の市民革命を経験していないからである。市民革命は西欧の歴史にあったが、アジアにもアフリカにもなかった。従って、民主主義は西欧以外では機能していない。市民階級がないのに、愛国心などある筈がない。

東アジアも同様だろう。中国や韓国で、愛国教育と言っているのは、単に反日教育に過ぎない。つまり、外敵を育てて愛国心らしいものを創ろうとしても、一部の国民を右翼にするだけである。日本でも愛国=右翼という等式が成立することでも判る様に、民衆は国家を信用していないし、国家が我々民衆のものであるという感覚などないのだ。

注釈:
1)徳川時代には兵士には特権が与えられていたが、明治政府の兵士には特権などなかったからである。
補足修正:明治の日本は国民国家である。しかし、国民主権はない。(2015/3/24) 2)マスコミで取り上げられる芸能人、スポーツ界、財界、官界出身の有名人は、新貴族として新しい日本国の支配階級を形成している。そのような支配階級になることを日本では、出世という。

2014年11月18日火曜日

日本のマスコミは政府に操られている

 今朝の中日新聞の一面トップ記事の表題は、「増税延期、解散きょう表明」である。しかし、安倍総理はこの記事が書かれる段階で、解散や消費税について公にしていないのである。そして、今夕の19:00からのNHKニュースにおいて、安倍総理の上記表題通りの表明がなされ、記者会見があった。このような報道と発表の時間的逆転現象はいつものことであり、日本人は何の疑問も抱かない。

これまでにこの種の記事で、間違っていたことはほとんどないので、一寸頭を使えば、今朝の記事は明らかに官邸からのリークに基づいて書いていることが判る。ずっと前の読売系テレビ番組「たかじんのそこまで言って委員会」で、現在内閣参与である飯島勲氏により、この総選挙の情報が私的メモという形で明らかにされており、一部にニュースとして流された(1)。

何故、日本国政府はそのようなリークを新聞社にするのか。それは、マスコミが政府による抱き込みを、リークを餌に許しているのである。この近代社会の政府とマスコミの関係としてあるまじきことが、日本では完全に慣例化しているのだ。日頃、民主主義とか人権とか言うマスコミが、安易に情報を政府からのリークに頼っているのである。なんという情けない国か。あの戦争時のことをわすれたのか?大東亜共栄圏とかいう活字で国民をたぶらかし、敗戦が近くなったら、本土決戦一億玉砕などの表題の記事を、筈かしげもなく書いたことから何も学んでいない。

このようなインチキ民主主義の国家に発展などある筈がない。マスコミは国民と政府などの機関との間にあって、健全な両者の関係を支える社会的役割がある筈なのだが、全くそれを自ら放棄している。現在もっともまともなメディアは、NHKや新聞各紙ではなく、エロ記事も載っている週刊誌である。今週発売の習慣ポストに、ウォルフレン氏(「人間を幸福にしない日本というシステム」、1994毎日新聞刊、の著者)による、この3年間ほどの日本政治のインチキを暴いた記事が載っている。(2)

補足:
1)その時同時に、横田めぐみさんの遺骨として北朝鮮から送られた骨の鑑定について、日本政府が三流大学の講師に捏造させたことが飯島氏により暴露された。噂はあったが、政府の人間から明らかにされたのはこれが初めてであると思う。飯島氏によるとその鑑定を行なったとされる大学の教官が、警視庁に(鑑識部門にスカウトされて)“隔離されている”とのことであった。これがニュースにならないのだ。日本のマスコミには、これがニュースに値するという感覚などないのだ。これについては、以前のブログに書いている。
2)その中で、ウクライナ問題について、日本の報道と全く異なる側面にふれている。それは、既にブログで指摘した内容とかなり重なる。
12/19/7:00 ウォルフレン氏の紹介部分と補足2を追加

「アリの命、鶏の命、人の命、これらの命に違いはありますか?」という問題について

昨日のテレビで、子供を対象にした素朴な疑問に対する答えを集めた本が紹介されていた。その一つの疑問が表題のものである(正確には記憶していないので、文章の組み立てに少し差があるかもしれない)。

大人が「命は皆おなじだ」と答えると、「いつも人の命は大切に考えないといけないと言っているのに、何故人は同じ命をもっている鶏を殺して食べてもいいのですか?」が子供から返される。この質問に答えられない大人が多いのではないだろうか。

この疑問に答える為には、命とは何か?を考えてその答えを用意することが大切である。その答えの用意を理系の言葉で言えば、「命を定義すること」となる。因に、科学が発達したのは、西欧文化が論理的な議論に耐えられる言語を持ち、定義という準備段階をつくって、それを基に議論したことによる。

命の問題に入る前に、言語を注意して用いること(特に日本語では大切)、及び、定義(注1)が大切であることを次の文章を例に説明する。 例えば、「このカバンは5000円です。」という文章の本当の意味は、「このカバンの値段は5000円です」である。日本語では安易に”値段”という鍵となる単語を通常省略してしまう。数式を使って表現すると、[このカバン]=5000円ではなく、[このカバンの値段]=5000円なのだ。

つまり、「このネクタイの値段は3000円です」と値札がついたネクタイがあったとして、値段を比較した場合、明らかに[そのカバンの値段]と[そのネクタイの値段]は違う。しかし、値段という単語の意味(定義)は同じで、「売り主が品物などを買う人に、対価として要求する金額」のことである。

本論に戻って、同様に命を私風に(学会の定義を調べていないので)定義すると、命とは「他の物質を吸収同化(注2)して、自己の内部に外部と異なる固有の環境を維持し、ある時期に自己と同じ種の別個体を再生産する能力」となる。そう考えると、「命」は異なった文章の中でも同じ意味を持つが、人の命と鶏の命は、ネクタイの値段とカバンの値段が違うのと同様、異なることになる。つまり、”人の命”と”鶏の命”の違いは、人と鶏の違いによる。命が同じだからといって、”人の命”と”鶏の命”が同じにはならないのだ。

このような定義を用いた文章の意味の分解は、子供に理解させるのはむつかしい。それが、簡単そうに見える子供の疑問に大人が手こずる原因である。蠅の命も同じ命と考える傾向は、「やれうつな 蠅が手をする 脚をする」という俳句でも判る様に、日本文化の特徴をつくっている。仏教において、虫の命でも大切にしないといけないと考えるのも、命とは何かという定義が難問だからかもしれない(多分定義できなかったからだろう)。

キリスト教圏では家畜の命と人の命は、明確に難なく区別される。それは、神によるこの世の創造の段階から家畜と人は異なるからである。具体的には神は6日間でこの世を創られたが、6日めに獣と家畜と人は夫々別に創造されている。人は神の形に似せて創られ、全ての創造物の中で特別の位置をあたえられている。つまり、キリスト教圏では表題の疑問は既に神により解決済みなのである。

最後に、英語では命はlifeである。生活と同じ単語なので、表題の疑問文は最初から子供の質問としては存在しないだろう。

注釈:
1)定義とは、別のより基本的概念を表わす言葉で表現すること。”歩く”を定義すると、「脚を使って空中に全身を瞬時とも上げないで移動すること」となる。逆に難しくなった様に見えるが、定義によりよりその言葉の意味を厳密に示すことができる。”歩く”が定義できれば、”歩く”と”走る”の違いが説明可能となる。
2)同化は自分の中に自分の物質とすること。”炭酸同化作用”の中の同化である。反対語は異化である。
<12/19/19:00 最終稿>

2014年11月12日水曜日

日本の将来を考える:安倍総理は日本国を脆く、国民の富を減額する

1)円安政策について
 安倍総理の経済政策は、現在のところ、日銀が国債をどんどん買い取り、その金で公共事業をばらまき(地方創生)、更に年金資金も動員して株式を上昇させるためにつかうことである。公共事業に絡んだ土建屋や日経225や400の株を大量に持つ者には、株価の上昇で差し当たり資産額が増加して嬉しいだろう。

 この政府と日銀の金融政策は、世界の基軸通貨を基準に計算した国民の預金額や国債残高の額を減額する政策である。また、労働賃金も同様にドル換算で減額し、国内コストを下げることで輸出企業の競争力をつけようとする政策である。つまり、輸出企業の競争力の無さを、実質賃金の値下げなどで回復させようという政策なのだ。勿論、ヨーロッパや米国での金融緩和による行き過ぎた円高の是正は必要だろうが、その目安は米国の金融緩和前の1ドル100-110円(2008/1ー2008/9の値)くらいではないだろうか。(注1)

 自由主義経済の利点は、競争力なき企業から競争力を獲得した企業への入れ替えがスムースに行なわれることである。ぬるま湯人事などが原因で、競争力の衰えた輸出企業を生き残らせて、健全な内需企業の経営を圧迫することは日本経済の回復に寄与しないのではないだろうか。また、これ以上の国債残高は危険ではないだろうか。

 国民の賃金を開発途上国の賃金に近づけることで、貧民化する政策はグローバルに展開する大企業には、国内生産のコスト低減や外国で得た利益の円換算による見かけの増加など、メリットが大きい。しかし、内需関連企業では、円安は原料やエネルギーコストの増大などによるコスト上昇と、一般国民の実質賃金低下による国内需要の低下という、デメリットの原因となる。従って、円安政策はこれ以上進めるべきではないと思う。更に、家計においては、輸入食品などは値上がりにより、今後益々貧民化を実感する人が増加するだろう。

2)地方創生という政策について

 地方を経済的に元気にする政策を地方創生というらしい。しかし、地方が自力で立ち上がる様に、地方のことは地方にまかせるのが本来のあり方であり、中央政府で地方の企画に口出しするのは愚なことである。多くの権限を移譲して、小さな中央政府を目指すことが大切だと思う。そして、金を使う主体を政府から地方と国民に戻すことが大切である。中央政府の、独立行政法人などは大学を含めて廃止し(地方政府に移譲する)、地方創生は道州制を採用して一極集中の国家を地方分散国家に変換すべきだと思う。

 国民の不安は、政府の無策だけにあるのではない。自分の老後の心配などが非常に大きなウエイトを占めるだろう。近代経済とその一極集中により、親族間の関係、地域社会での人間関係などが希薄化されたのが、その主な原因の一つである。それは、全人口が全国に再配分されたことの結果だろう。そして、地域社会への帰属意識(注2)という人間が本来持つ重要な心的要素も破壊された。その結果、例えば隣地で殺人事件が起こっても、警察より後に知ることになる。

 そのような症状を軽減する出発点としても、道州制は役立つと思う。それにより、人材の全国規模での再配分を減少させることが出来るからである。そして、家族や親族がより近くで生活することになり、人々に自分の地域への帰属意識が育つだろう。また、その地域に芽生えた独立意識は、各地方にオリジナリティーに富んだ、産業や社会風俗などを創りだすことになるだろう。

   道州制の短期間での定着を図るためには、色んな方法があると思う。例えば、大学教育においては、同じ州の出身者の学費は無料或いは大幅に減額するなどして、優秀な人材の他州への流出を防止する。その為に、奨学金制度を大幅に充実させて、同じ州出身の学生には成績順に奨学金を与えるのが良い。教育効果の少ない大学は奨学金付きの学生が集まらず、結果として廃止に追い込まれるだろう。勉学が得意でなくても、他の分野で実力を発揮する道を用意することも大切である。現在の”誰でも大卒”という風習が、熟練技術者など色んな職種に人を配分することを、邪魔しているのである。熟練した技能者の育成は、若いときの訓練が欠かせないのだ。

 一極集中的な社会では、政府の中枢で働くような優秀な人材を育成する能力が、中央にある一つのヒエラルキーの中に限られる(注3)。過去にあった様な国家のカタストロフィックな崩壊は、優秀な人材の枯渇が一つの原因かと思う。州の指導者達は夫々のヒエラルキーの中で互いに競争し能力を磨き、そのまま中央政府のリーダーにもなり得る実力を獲得するだろう。そして、明治維新の時の様に各州から優秀な人材が豊富に社会の表に顔を出すことになる。結果として、道州制は脆い国家から二枚腰の国家に変えることが出来る可能性が高い。

注釈:
1) 中央銀行による通貨供給量(マネタリーベース)中央銀行の当座預金を含むので、実際に市場に流通しているとは限らない。
 ここ10年程の日米欧のマネタリーベースを示す。米国の金融緩和が如何に巨大なものであったかが判る。日本はゼロ金利であるにも関わらず、マネタリーベースを既に2倍以上に増加させている。ゼロ金利ということは、そもそも市場に日銀券の需要がない事を示している。それは、企業が創造性を失い、設備投資などを新たに行なう元気をなくしていることを示している。そのミクロな視点での情報を無視して、マクロな金融政策で景気を回復しようとするのは邪道に見える。ただ、ジョージソロスの作った図で考察すると、円安効果はマネタリーベースの比である程度決る様である。しかし、それは片方の国の金利がゼロの場合、成り立たないのではないだろうか。
2)人があつまり、集団で生きることで、文明が産まれた。(ジャレド・ダイヤモンド著:「銃・病原菌・鉄」)そして、神と祭祀の発明により、地域での人の繋がりが強化されたと思う。そして、人間が文明の家畜なら、我々はその環境に適応しており、現在の団地文化に不適応なのは当然の結果である。
3)現在は中央政府への優秀な人材補給路は、東大法学部卒だけに限られている。
以上は、元理系人の考えです。不十分な点が多くあると思いますので、ご教授歓迎します。

2014年11月9日日曜日

外交文書は玉虫色ではいけない=出来れば原本を英語で書くべき 

Short Comment: 今回の日中の合意文書(昨日のブログ参照)についての議論が新報道2001で行なわれていた。その中で、平井解説員が、「外交文書は玉虫色で良いが、政治家の発言がブレてはいけ無い」と言う趣旨の発言をしていた。

 私は、現在の日本に関する限り、外交文書も玉虫色ではいけないと思う。日本語のように何を言っているのか判らない言語で玉虫色の表現を許せば、相手の思うままに解釈されるし、相手にへつらう日本の政治家が率先して相手方に有利な解釈を披露するだろう。出来れば、全ての外交文書は英語で書くべきだと思う。その上で、なお玉虫色の表現は避けるべきである。

 玉虫色の表現を行なうべきなのは、強い国の方であり、弱い方の国は厳密な表現を目指すべきである。 日中を比較した場合、GDPを見ても、軍事力をみても、中国の方が強国である。

みなさん、何を勘違いしているのだ。

満開のピンク色のサザンカ:赤でも白でもありません。

2014年11月8日土曜日

今回の日中間の合意で、尖閣諸島は中国支配となるだろう

中日新聞一面の記事や朝のテレビニュースなどによると、日中両政府は「尖閣諸島の領有権問題について異なった意見があることを確認した」という合意文書(1)を発表した。それに満足した中国の周近平主席は、APEC開催の北京において安倍総理と会談を持つことになった(2)。日本政府は、「尖閣諸島領有権に関して異なる見解があることを”両国が”確認した」と「尖閣諸島に関して日中間に領有権問題がある」には本質的な差があると言っているが、何処に差があるのかさっぱり判らない。異なる見解があることだけではなく、それを両国が認めたのだから、領有権問題の存在を認めてしまったことになる。あまり論理的議論に向かない日本語(3)で、明晰でない頭脳の主が外交文書をつくるとこういうことになる。

これで、中国は「(異なる見解があることを認めたのだから、)一方的に日本が実効支配するのは問題であり、両国が議論する必要がある」という発言を始めるだろう。

  その次に、話が進まないことに対する不満を定期的に発表する。

そして、最後に次の様なプロセスで占領するだろう。
プロセス1:前回ブログに書いた様に、大漁船団を天候の怪しげな時に出漁させ、避難としょうして上陸させるだろう。それら避難民を救助するとして公的な船(警備艇や軍艦)が出て、そのまま居座るだろう。
プロセス2:「尖閣諸島には貴重なーーーが生息するので、その保存の為には調査する必要がある」と称して、調査隊と称する船団を派遣する。そして、「独自の保護の為の工事を開始することにした」として、実効支配する。(中国の政治家は日本の政治家よりもずっと賢いので、プロセス2を採用するだろう。)

その後、何度か日中間で尖閣諸島領有権問題の話し合いをすれば良い方だが、「領有権問題はある」という日本の主張は認めるが、実効支配を続けて、竹島同様の状態となるだろう。

注釈:
1)中日新聞11/8朝刊2面の記事によると:「双方は、尖閣諸島など東シナ海の海域において近年、緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し、対話と協調を通じて、情勢の悪化を防ぐとともに、危機管理メカニズムを構築し、不測の事態の発生を回避することで意見の一致をみた。」とある。日本外務省の発表したこの文書には4項目書かれており、実質的な意味を持つのは第3項目のこの文章である。
2)会談をすることがそんなに大切なのか?「これらに合意するのなら、会談しましょう」という中国の主張をまともに受けて、(既に合意したのだから)議論する必要の無い会談をすることになった。だいたい、「ーーに合意するのなら、会談しましょう」なんてふざけた条件を飲むのは属国以外にあり得ないのだ。今回の合意は日本の政治家がバカであることを証明したようなものだ。ただ、私は尖閣諸島だけで中国が満足するのなら問題は小さいと思う。しかし、中国は次に沖縄の独立を煽動するだろう。
3)既にホームページは本ブログで、日本語は未発達な論理的な議論や思考に向かない言葉であると、何度も書いた。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2014/02/part2.html及びその中で引用した記事参照

2014年11月5日水曜日

尊厳死を考える=日本などでは法制化すべきでない

以下の文章で尊厳死と安楽死の定義が通常のものと逆転しているようです。(11/9追記) 米国の女性が余命6ヶ月という医師の診断を受けて、尊厳死を認めているオレゴン州に移住し、医師の処方により自殺した。昨日尊厳死を認める制度について、ローマ法王庁は非難の声明を出した。キリスト教によれば、神の披創造物である人は、それぞれ目的を持ってこの世に産まれる。途中で自殺することはその目的の放棄になるから罪であると考えられる。

末期ガンで余命僅かと宣告されたとき、その苦しみは他者には想像すらできないだろう。その残された日と命について、他者には何も言う権利はないと思う。ただ、社会が制度として、その人の自殺に尊厳死と称して協力する事には反対である。何故なら、その自殺幇助のプロセスにおいて、想定していない犯罪やその自殺者への強制が入る危険性が大きいからである。

個人主義が根付いており、且つ、神が自殺を禁じている国では、自立した個人が自分の決断として尊厳死を選択出来るかもしれない(1)。実際に尊厳死が認められているのは、スイス、ベネルックス3国、米国のワシントン州や隣のオレゴン州など、ほとんどキリスト教圏である。キリスト教などヤハヴェ神を信仰する社会では、人は神と一対一の強い関係を持ち、人と人の関係は同じ神の下に位置する関係として築かれ、個人主義が成立する。しかし、人と人の関係が直接的なその他の国では、個人主義は根付いておらず(2)、個人的なケースでもその決断に他の人が関与する可能性が高くなる。

例えば、老齢になった患者では、家族の負担、そして地域社会や国家などの行政の負担が大きくなる。そのような環境下では、その患者に尊厳死を選択するような心理的強制が働く可能性が大きくなる。家族の負担に関しては、介護疲れが配偶者への暴行や殺人の原因になる場合が時々報道されていることでも、容易に想像できる。後者の行政の負担は、限られた医療資源の効率的配分という点で、老齢で不治の病の患者はそれを受けるプライオリティーが低く判断されるという意味である。

以上の諸因子を考えると、日本国などヤハヴェ神を信仰していない国では、尊厳死は決して制度化すべきではない。

注釈:
1)キリスト教圏の国でも、以下に述べる尊厳死への心理的強制が無いとは言えないが、その強制力はかなり小さくなる。
2)日本でも個人主義を国家としては標榜している。個人の権利や個人情報保護を神経質な程に拘るのは、本質的にそれらを持っていないからである。

2014年11月3日月曜日

北朝鮮をソフトランディングさせるべき

北朝鮮の崩壊は日本の利益にならない。

 拉致問題は、北朝鮮が欧米諸国や日本などを含めた国際社会で承認されるという形でしか解決されないと思う。つまり、日曜朝のテレビ番組で元外務省の田中均氏が「大きな図で考えるべき」と言っていたのが正しいと思う(1) 。

 日本の評論家は、北朝鮮による拉致を犯罪だと捉えているが、その理解はイスラムのテロリズムを犯罪だと考えるのと同じで、一般人の誤解を産む。北朝鮮と日本の間に国交がない以上、通常の法治国家内での犯罪と捉えるのは間違いで、戦争時の民間人被害に近いと思う。実際に、拉致被害者は韓国へのスパイ養成の為に使われている。

 つまり、日本にまともな国防意識がなかった事が、自国民を他国に拉致された原因である。日本政府はその責任に言及しないし、日本のマスコミは正常に機能していないので、そのことを避けて通る。拉致被害者を取り戻すとすれば、戦争再開か平和条約(2)締結による終戦しかないのではないか。平時国内での犯罪行為のように考えて、その対策として拉致被害者奪還を考えるような構図は、本質的におかしい。

 国連において北朝鮮の拉致問題などを非難し、北朝鮮を追い込むのは良いが、それに対する逃げ口(核兵器放棄後に米国、日本などによる国家としての承認、経済支援)を用意することも大切である。もし、北朝鮮が崩壊(3)した場合、その前に小型化した原爆が何カ所かに飛ぶかもしれない。また、難民流入や日本の治安悪化、北朝鮮の再建過程までの経済的負担等は、相当なものになるだろう。

 日本は、北朝鮮をソフトランディングさせることを、拉致問題よりも優先して考えるべきだと思う。それには、米国や中国の力、そして、韓国の同意が必要である。韓国は、まともな国家となりある程度経済発展した北朝鮮と合併して、統一朝鮮という民族の夢を果たす為に、日本や米国と力を合わせるべきだと思う(4)。拉致問題は北朝鮮の国際社会への完全復帰で自動的に解決すると思う。

補足:
1)確か、11月2日の時事放談だったと記憶している。
2)ここでは、日本と北朝鮮との間の基本条約である。この締結には、韓国との基本条約の中の、「韓国を半島唯一の政府とする」という条項を変更しなくてはならない。
3)ここでの崩壊の定義は、クーデターではなく、キム王朝が玉砕的手段で韓国やその他の敵国に攻め込むことと、その戦争に敗れることである。北朝鮮も、日本の戦争末期やイスラムのテロリズムから、玉砕的攻撃を学んでいると思う。
4)韓国の一部に、クーデターか何かをきっかけにして統一し、核保持国になろうとする野心があるかもしれない。日本はそれを最も警戒すべきである。その為にも、北朝鮮の核抜きでの承認と経済援助を目指すべきである。 =素人の考えですので、コメントなど歓迎します。==

2014年11月2日日曜日

日本政府は横田めぐみさんの遺骨鑑定について嘘の発表をしていた!!

 北朝鮮から拉致被害者の横田めぐみさんの遺骨として送られた骨を日本政府が鑑定して、めぐみさんのものではないと結論された。そして、声だかに日本のDNA鑑定の技術の高さが報道された。しかし、今日中部地方で放送された「たかじんのそこまで言って委員会」において、内閣参与の飯島勲氏は、次のようにこの件について発言した。それらは、1)鑑定者本人がイギリスのNature誌の取材に”偽物とも本物とも言えない”と答えたこと、そして、2)その事実が広がらない様に、鑑定者の学者を隔離したこと、そして、3)それらの手配は日本の外務省が行なった、の3点である。

 この発言に驚き、ネット検索をしてみたところ、その件に関して国会の外務委員会で質疑されていたことを知った。それを記したサイトは、http://deztec.jp/design/06/07/02_science.htmlである。そこでの記述によると(第162回国会 外務委員会 第4号(平成17年3月30日(水曜日))、質問者は民主党の首藤信彦氏で答弁は町村信孝氏である。国会質疑の記録はクリックしても読めない(これも変だ)ので、上記サイトに引用された文章を読むしか無い。それによると、首藤氏の質問は論理一貫しているが、外務大臣の町村信孝氏は:

「ネイチャーが立派な雑誌であるということは私も承知をしておりますが、一々の報道等には、それは必要があれば反論してもいいのですが、私どもは一々それについて言う必要はない、こう考えております。  御指摘の取材を受けた関係者に対しても、これは私ども、直接というよりは捜査当局の方から事実関係を確認したわけでございますけれども、その関係者は取材の中で、焼かれた骨によるDNA鑑定の困難性一般論を述べたにとどまっておりまして、当該鑑定結果が確定的ではないんだという旨を言及したことではないということをその方が言っておられると私どもは聞いております。  いずれにいたしましても、この当該報道が今回私どもがやったこの鑑定結果に何らの影響を及ぼすものではない、私どもはそう判断をいたしております。」と答弁しているが、説得力はない。

 最初に引用したサイトによると、鑑定を担当した帝京大の吉井氏は警視庁に引き抜かれたという。これが今日のテレビ番組で飯田勲氏が「鑑定した学者を隔離した」の人事的な表現なのだろう。そして、質問した首藤信彦氏は衆議院議員選挙で落選した。

 2005年のことであり、私は仕事に集中していた為深く考えなかったが、火葬した遺骨からDNA鑑定したということに疑問をもった記憶が甦って来た。そして、上記サイトによると、Nature誌はEditorialつまり、新聞で言えば社説にあたる部分で、この鑑定に疑問を呈したという。この件、日本の研究者の声も聞こえてこなかったため、不思議だと思いながらも深く考えなかった。しかし、私の専門である化学の常識によれば、火葬すれば核酸はすべて、二酸化炭素、酸化窒素、そして、リン酸化合物(リン酸塩)になる筈である。

 この核酸の火葬による焼失は常識であり、鑑定者によって出された、横田めぐみさんのものではないという結論は、デッチあげかもしれないと思った。しかし、科学者は一般に自分の論文は、専門外の者は容易に理解できないと思っているから、逆に、専門外の分野の研究者が出した結論、つまりこのDNA鑑定には安易に口出し出来ない。ただ、上記サイトにある町村氏の説得力の無い答弁、鑑定した学者の警視庁への引き抜き、そして今回の飯田氏の発言から考えて、今はっきりと日本政府の捏造と言える。

 日本政府のこの愚かな行為は、日本政府の体質を表わしており、全ての今までの政府声明に疑いを抱かせるものである。戦中戦後の様々な出来事について、韓国や中国ともめているが、それらのことについても日本政府が事実として発表していることは国際的にも国内的にも信じられないことになる。従って、私も今後ブログ等でこれらにことについて発言しないことにする。

  一般の人は政府発表を信じているようである。例えば、ヤフーは次のサイトを拉致問題の記事を読んだ人向けに類似記事としてreferしている。http://blogs.yahoo.co.jp/tncfn946/30415411.html 化学に無知な人は、この記事にあるように火葬した骨からDNA鑑定できるという政府発表を信じてしまうのである。しかし私の記事は決してヤフーのreferenceに掲載されないだろう。

2014年11月1日土曜日

日本人拉致問題は、大きな枠組みで解決策を考えるべき

 今週の週刊ニュース新書でゲスト出演した田中均氏は、拉致問題は東アジア全体の大きな絵の中で解決すべきという話をしていた。私も、今年5月のブログに書いた様に (http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2014/05/blog-post_6146.html)拉致問題は元々存在する6カ国協議のような大きな枠組みのなかでしか解決出来ないと考える。久しぶりにまともな話を聞いた気がする。

 今回の東アジア局長という事務方を北朝鮮に送る意図は、何か具体的な成果を目的としたのなら、全く理解出来ない。局長には政治的な話等出来る筈はないので、単に御用聞きの役割しか果たせない。最終的な打ち合わせの話なら兎も角、政治的な話が始まったばかりの現段階で、事務方を団長に送るのは時間稼ぎの為だけなら兎も角、意味がない。そして、この様な極めて困難な問題の解決に向けて、不思議な対応をする安倍内閣の意図をかりかね、北朝鮮の何らかの謀略に安倍内閣が乗った可能性を疑った事もあった。 (http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2014/07/blog-post_31.html

   私は、全くの素人ではあるが、官僚と政治家の役割における質的差位は理解しているつもりである。時間稼ぎの局長訪問だとしたら、北朝鮮も時間稼ぎの対応をするのは当然である。

   以前にも書いたが、北朝鮮に核兵器を完全放棄すれば、国家体制の現状維持、米国や日本などによる承認、そして、日本からの戦後賠償金に相当する経済協力金が得られるという包括的な解決策を作るべきであると思う。北朝鮮が、国家経済の立て直しと国際的地位の両方を手にすることが出来るという約束を手にすれば、米国や中国の支持で日本が追加事項として含ませる筈の、拉致問題の全面解決案もそのまま受け入れられるだろう。

 この場合、半島統一を国是としている韓国の困難な同意を得なければならない(注1)。それは、日本の出来る仕事ではない。「北朝鮮の核の脅威や東アジア全体の混乱を防ぐため」という、米国と中国の説得(つまり、強い圧力)がなければ実現しないだろう。日韓の壁は、経済的な民間交流、文化的交流と深めること、に加えて無限に近い時間が必要だろう。

注釈:
1)日韓関係では、日韓基本条約の中の「韓国を朝鮮半島における唯一の国家として承認する」という条項を改正しなければならない。