ノーベル賞を日本人が連続受賞してニュースになっている。今年のノーベル生理学医学賞受賞の大隈博士の研究成果は大変レベルの高い素晴らしいものだった。autoが自分の意味で、phagyは食べるという意味であることを、日本人全てが知ったのも素晴らしい。賞金の一億円弱は、低金利時代を反映して昔に比べれば低くなったが、それでも我々には夢のような話しだ。
ところで、サイエンスの世界で日本のトップの20人くらいのノーベル賞受賞者の経済的待遇の平均は、おそらく凡庸な霞ヶ関の次官経験者より低いだろう。(ただし、米国人になった中村氏が日本人のままなら話しは別かもしれない。)
況してや、産業界のトップ20人をとれば三桁ほと違うだろう。ソフトバンクを首になったニケシュアローラは二年間で200億円以上の給与をもらっていたのだから。その首を切った親分は配当だけでも毎年その程度の収入がある。また、昔河原乞食と言われていた芸能界を取っても、トップ20人の待遇は一桁以上上だろう。
昨日のそこまで言って委員会でレギュラー出演している落語家が、「最近税務署が自分のもとにも盛んに財産調査に来ていて、何やら増税の予感がする」と言っていた。その落語家もサイエンスのトップ20人よりも経済的に恵まれているだろう。
好きなことをやっているのだから、待遇が低くても満足している筈だという意見や発言が聴こえてくるようだが、それは本音ではない。ノーベル賞を貰えば、だれでもそう言うだろう。
受験生諸君。理系は卒業後に産業界への転身や文系に鞍替えするつもりで行くのなら良い。しかし、真面目にサイエンスの研究をやろうと思うのなら貧困を覚悟の上なら兎も角、そうでないのならやめた方がよい。霞ヶ関でも文官は、技官(理系国家公務員)を小使いさんの様な目で見るのだ。
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2016年10月10日月曜日
2016年10月8日土曜日
電通社員の自殺は労災か?
1)今朝の読売新聞によると、昨年12月に株式会社「電通」の新入社員が自殺した件に対して、労働基準監督署は今年9月30日に労災の認定をした。労基署は、直前1カ月の時間外労働が約105時間に達しており、長時間労働で精神障害(うつ病)を発症し自殺したと認定した。うつ病発症の根拠であるが、昨年11月頃に友人へ送ったメイルの内容などから推定したと書かれている。
労働災害は、例えばタクシードライバーが交通事故を引き起こした場合とか、架線工事中に誤って鉄塔などから落下したとか、低いが一定の確率で生じる労働中の事故や災害の補償のための制度だと思う。上司に暴力があったとか、過重な労働を強いられたというような場合は、労基法など別の制度で対応すべきではないのか。
このニュースを読んだ時、新入社員が単に電通という会社の業務に不適応だっただけではないだろうかという疑問が生じた。上司の言葉にその方のパーフォーマンスが高くないことへの言及というか非難が含まれており、残業時間が延びた理由のようだからである。人には向き不向きがあるので、もし自分に向いていない仕事なら、退職して職場を代わるのが普通ではないのか。最高学府を出たその人には、広い選択の自由があった筈である。
自殺の多くは、今後の人生における大きな不安や不満を抱えて、鬱状態から発作的に実行されると想像する。残業(過労)の問題、職場での人間関係の問題などが引き金になるかもしれないが、それが主原因になり得ないと思う。おそらく、この方の描いた自分の将来計画と自分の適正との不一致が大きかったのではないかと想像する。それなら、厚労省の基準にある個体側要因が本質的な原因であり、労災にはならないと思う。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/120427.html
2)このようなケースで労働災害を認めることは、自由社会における適材適所の機能を否定することになる。(補足1)自分で夢を持つのは自由である。しかし、自分の能力や適性を考えて、自分の進むべき道を選ぶのが社会で生きて行く上での基本である。それは、場合によってはその職場の上司に対する反論や“戦い”を通して気づく場合もあるかもしれない。
つまり、上司による叱責なら反論か甘受のどちらかだろう。甘受できない不条理と思う叱責なら、受けた側も反論や反撃をすべきだし、それが出来ず最早耐えられないと判断すれば退職するしかない。一年の浪人だと思えば、そんなにハンディーを背負うことにならない筈だ。(遺族は、パワーハラースメントを受けていたと主張したそうである。補足2)
もちろん言うのは簡単だが、実際には労働の流動性が低く、自己抑制的な振る舞いを善とするこの国では、かなり困難なのかもしれない。しかし、戦わずして自分から命を断つ人にあまりに同情的になるのは好ましくないと思う。兎に角、社会に出れば自律した個人としての行動をとるべきであるし、そのように振る舞えるような人間を育てるべく教育すべきである。原因と結果の関係を曖昧にして、あたかも天災のごとくに処理するのは日本文化的であるが改めるべきであると考える。
補足:
1)退職と就職において自由な選択をとることが、適材適所を実現する。通常、嫌な仕事は適さない仕事である場合がほとんどで、就職の段階で適材適所の人材配分が機能する。しかし、社会での評判やマスコミなどで流れる情報は、好きな仕事と”自分が就くべき(と思い込む)仕事”にズレを生じさせる場合も多い。このような状況は、学業成績に優れた人に多く出現する。例えば、医師が優れた仕事という社会での通説により、多くの優れた才能が向かない医師の仕事に就くことで浪費されていないか心配である。
2)新聞が論理的な文章を書くメディアなら、パワハラという曖昧な言葉は定義なしで使うべきではない。違法行為(暴力)なのか合法行為(助言)なのか、どちらかに割り振るべきである。結論として出された労災認定というのは公的な行為であり、それには灰色領域はない。
労働災害は、例えばタクシードライバーが交通事故を引き起こした場合とか、架線工事中に誤って鉄塔などから落下したとか、低いが一定の確率で生じる労働中の事故や災害の補償のための制度だと思う。上司に暴力があったとか、過重な労働を強いられたというような場合は、労基法など別の制度で対応すべきではないのか。
このニュースを読んだ時、新入社員が単に電通という会社の業務に不適応だっただけではないだろうかという疑問が生じた。上司の言葉にその方のパーフォーマンスが高くないことへの言及というか非難が含まれており、残業時間が延びた理由のようだからである。人には向き不向きがあるので、もし自分に向いていない仕事なら、退職して職場を代わるのが普通ではないのか。最高学府を出たその人には、広い選択の自由があった筈である。
自殺の多くは、今後の人生における大きな不安や不満を抱えて、鬱状態から発作的に実行されると想像する。残業(過労)の問題、職場での人間関係の問題などが引き金になるかもしれないが、それが主原因になり得ないと思う。おそらく、この方の描いた自分の将来計画と自分の適正との不一致が大きかったのではないかと想像する。それなら、厚労省の基準にある個体側要因が本質的な原因であり、労災にはならないと思う。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/120427.html
2)このようなケースで労働災害を認めることは、自由社会における適材適所の機能を否定することになる。(補足1)自分で夢を持つのは自由である。しかし、自分の能力や適性を考えて、自分の進むべき道を選ぶのが社会で生きて行く上での基本である。それは、場合によってはその職場の上司に対する反論や“戦い”を通して気づく場合もあるかもしれない。
つまり、上司による叱責なら反論か甘受のどちらかだろう。甘受できない不条理と思う叱責なら、受けた側も反論や反撃をすべきだし、それが出来ず最早耐えられないと判断すれば退職するしかない。一年の浪人だと思えば、そんなにハンディーを背負うことにならない筈だ。(遺族は、パワーハラースメントを受けていたと主張したそうである。補足2)
もちろん言うのは簡単だが、実際には労働の流動性が低く、自己抑制的な振る舞いを善とするこの国では、かなり困難なのかもしれない。しかし、戦わずして自分から命を断つ人にあまりに同情的になるのは好ましくないと思う。兎に角、社会に出れば自律した個人としての行動をとるべきであるし、そのように振る舞えるような人間を育てるべく教育すべきである。原因と結果の関係を曖昧にして、あたかも天災のごとくに処理するのは日本文化的であるが改めるべきであると考える。
補足:
1)退職と就職において自由な選択をとることが、適材適所を実現する。通常、嫌な仕事は適さない仕事である場合がほとんどで、就職の段階で適材適所の人材配分が機能する。しかし、社会での評判やマスコミなどで流れる情報は、好きな仕事と”自分が就くべき(と思い込む)仕事”にズレを生じさせる場合も多い。このような状況は、学業成績に優れた人に多く出現する。例えば、医師が優れた仕事という社会での通説により、多くの優れた才能が向かない医師の仕事に就くことで浪費されていないか心配である。
2)新聞が論理的な文章を書くメディアなら、パワハラという曖昧な言葉は定義なしで使うべきではない。違法行為(暴力)なのか合法行為(助言)なのか、どちらかに割り振るべきである。結論として出された労災認定というのは公的な行為であり、それには灰色領域はない。
2016年10月7日金曜日
日本語の話し言葉は情報伝達に向いていない
1)小説「永遠のゼロ」にも記述されている様に、旧日本軍は兵士を消耗品の様に使ってしまい、戦争終盤では極めて悲惨な負け方となった。例えば海軍航空隊では、大事な熟練パイロットをほとんど失っており、ソロモン海での戦い(1942年)以降、訓練が十分できていない兵(補足1)を現場に送ったという。この様なことが何故日本軍で起こったのか?
その原因は、戦争をマクロに見る最高幹部からミクロにみる現場将校までの命令系統の間での相互の情報交換が上手く出来なかったことだと思う。言葉が一方的に上から下に流れるだけでは、兵士の状態や環境に変化があっても、うまく対応できない。最高幹部は現場を知らないという批判があるが、それは現場から事実がリアルタイムで伝達されなかったのが重要な原因の一つだろう。
下から上には、上が期待する通りの情報ならスムースに進むが、期待を裏切る情報は上手く伝達出来ず、時として粉飾して伝達される。それでは、上層部が把握している筈の広い視野から現場の状況を改善することは出来ない。つまり失敗から学ぶことが出来ないので、同じ失敗を繰り返すことになる。
日本には「沈黙は金」という諺がある。また、人の仕事などに対する姿勢として、黙って努力することに最高の価値が置かれる。それが、職人的な仕事には高いレベルを維持できたが、相互の情報伝達が必須の組織的な仕事では、強い団結力の割には成果がでない理由だろう。
2)その原因は、日本の話し言葉は①情報を伝えるためだけではなく、②人間関係の再確認の証を常に付け足して使われることにあると思う。そして、その人間関係は、その人の業績以上にその後の人生を決定することになるのである。
英語での二人称代名詞youは情報(話)の受け取り手の意味であるが、日本語になると、②の意味をつけ加えるために、あなた、あなた様、貴殿、おまえ、きみ、など多様である。もちろん、英語圏でもそのような用法はあるだろうが、日本語で特に顕著である。
言葉だけなら問題は小さいが、その人間関係の再確認の重要性に対する過剰な意識は、話の内容に影響する。それが大きな問題となる。つまり、上下で或いは上を挟んだ三者で、精密な情報交換により問題の共有がなされないのである。
日本軍の例を出すと、あの対米戦争の開始に対して海軍は反対意見が多数だった。山本五十六が言ったように、半年くらいなら戦いになるが、それ以上は負ける方向に進むことがわかっていたからである。それにも拘らず、そして米国での野村大使らの努力で戦争を避ける方法もあったにも拘らず開戦となったのは、陸軍と海軍の間で対米戦争という問題が共有されていなかったからである。(補足2)それは恐らく、天皇という一段上の人にたいする関係を陸軍が過剰に意識して、天皇の判断を誤らせる情報を伝えたからだろう。
そのような言語環境にあるため、人事はもっぱら人間関係や出自によって行われ、能力は大きな要素ではない。
最近話題になった一つの例を挙げる。週刊誌で、「学者としては全く実績のないM女史が何故、ある大学の学部長になり、有識者代表として日本国の重要問題である天皇の退位に関する会議に参加するのか?」と報道された。その関連記事のサイトを下に示す。 http://www.excite.co.jp/News/society_g/20160929/Litera_2592.html
学歴詐称についての疑いは晴れた様だが、学者としての実績については全く評価に変化はないようだ。天皇陛下の退位を議論するレベルの学者でないが、人脈の凄さだけは確かなようである。日本とはそのような国なのである。
==以上は素人の見解です。===
補足:
1)「空母から離艦はできるが、着艦は出来ないレベルの兵を戦争に送った」という記述が上記小説にあった。
2)米国のルーズベルト大統領が戦争をしたかったというのは事実だろう。それを抑えることが出来なかったという意味で会うr。
その原因は、戦争をマクロに見る最高幹部からミクロにみる現場将校までの命令系統の間での相互の情報交換が上手く出来なかったことだと思う。言葉が一方的に上から下に流れるだけでは、兵士の状態や環境に変化があっても、うまく対応できない。最高幹部は現場を知らないという批判があるが、それは現場から事実がリアルタイムで伝達されなかったのが重要な原因の一つだろう。
下から上には、上が期待する通りの情報ならスムースに進むが、期待を裏切る情報は上手く伝達出来ず、時として粉飾して伝達される。それでは、上層部が把握している筈の広い視野から現場の状況を改善することは出来ない。つまり失敗から学ぶことが出来ないので、同じ失敗を繰り返すことになる。
日本には「沈黙は金」という諺がある。また、人の仕事などに対する姿勢として、黙って努力することに最高の価値が置かれる。それが、職人的な仕事には高いレベルを維持できたが、相互の情報伝達が必須の組織的な仕事では、強い団結力の割には成果がでない理由だろう。
2)その原因は、日本の話し言葉は①情報を伝えるためだけではなく、②人間関係の再確認の証を常に付け足して使われることにあると思う。そして、その人間関係は、その人の業績以上にその後の人生を決定することになるのである。
英語での二人称代名詞youは情報(話)の受け取り手の意味であるが、日本語になると、②の意味をつけ加えるために、あなた、あなた様、貴殿、おまえ、きみ、など多様である。もちろん、英語圏でもそのような用法はあるだろうが、日本語で特に顕著である。
言葉だけなら問題は小さいが、その人間関係の再確認の重要性に対する過剰な意識は、話の内容に影響する。それが大きな問題となる。つまり、上下で或いは上を挟んだ三者で、精密な情報交換により問題の共有がなされないのである。
日本軍の例を出すと、あの対米戦争の開始に対して海軍は反対意見が多数だった。山本五十六が言ったように、半年くらいなら戦いになるが、それ以上は負ける方向に進むことがわかっていたからである。それにも拘らず、そして米国での野村大使らの努力で戦争を避ける方法もあったにも拘らず開戦となったのは、陸軍と海軍の間で対米戦争という問題が共有されていなかったからである。(補足2)それは恐らく、天皇という一段上の人にたいする関係を陸軍が過剰に意識して、天皇の判断を誤らせる情報を伝えたからだろう。
そのような言語環境にあるため、人事はもっぱら人間関係や出自によって行われ、能力は大きな要素ではない。
最近話題になった一つの例を挙げる。週刊誌で、「学者としては全く実績のないM女史が何故、ある大学の学部長になり、有識者代表として日本国の重要問題である天皇の退位に関する会議に参加するのか?」と報道された。その関連記事のサイトを下に示す。 http://www.excite.co.jp/News/society_g/20160929/Litera_2592.html
学歴詐称についての疑いは晴れた様だが、学者としての実績については全く評価に変化はないようだ。天皇陛下の退位を議論するレベルの学者でないが、人脈の凄さだけは確かなようである。日本とはそのような国なのである。
==以上は素人の見解です。===
補足:
1)「空母から離艦はできるが、着艦は出来ないレベルの兵を戦争に送った」という記述が上記小説にあった。
2)米国のルーズベルト大統領が戦争をしたかったというのは事実だろう。それを抑えることが出来なかったという意味で会うr。
2016年10月5日水曜日
トランプ氏の節税は合法であり、それ自体は非難の対象にならない:今朝の読売編集手帳のインチキについて
今朝の読売新聞の編集手帳は、米国大統領候補ドナルド・トランプ氏が税金を長期に亘って逃れていた事実を批判するために、西武の創業者堤康次郎が死後相続税のかからないように工作していた事実を書いている。しかし、それは誤解を招く内容である。
トランプ氏の場合は巨額の損失を出したので、次年度以降にその持ち越しにより所得税免除を受けていただけである。これは合法的であるが後ろ指さされることであると、この編集手帳の主は言いたいらしい。その話の筋を通すために上記堤康次郎氏のケースを引き合いに出したのである。しかし後者の場合、私は違法行為が含まれると思う。つまりこのコラムは、堤康次郎の違法で卑怯な行為の黒いイメージをトランプ氏の行為にかぶせようとした悪質な内容だと思うのである。
具体的には、堤康次郎氏は持ち株を他人名義にするなどして、相続税の納税額がゼロになるよう生前に対策を済ませていたという。その話を息子の堤清二氏が康次郎氏と親交のあった池田勇人首相に話した時、池田首相は「清二君、それは無理だよ」と言下に叱責されたというのである。
この編集手帳の主は、叱責の意味を理解しながら、読者を騙してトランプ氏の評判を日本においても下げようとしている。池田首相は、「違法だ」という意味で「無理だよ」と言った筈である。なぜなら、株を他人名義にするのは贈与であるから、贈与税の申告と納税がなければならない。それは通常相続税より高くつくので、堤康次郎氏は明らかに政界での高い地位に隠れて、違法行為を働いた筈である。
それを知ったなら、池田勇人総理は追徴課税を税務当局に指示しなければならない。それを怠ったのは、堤康次郎氏が同じ自民党の大物議員(衆議院議長もつとめた)だったからであり、清二氏はその息子で池田首相と懇意にしていたからだろう。その事実が広く知れた場合、そのままに放置すれば首相という自分の地位も危うくなるから、池田首相は叱責したのだろう。その話は清二氏が読売新聞に連載した回顧録に記載されているという。そして、「いくら理屈の辻褄があっていても、非常識はいかん」と池田首相が言ったというが、そんな回顧録を書くだろうか。(補足1) 世の中に非常識だが合法だと言い切れることは、税金に関しては非常に少ないと思う。
一方、トランプ氏の場合は損金の次年度以降への持ち越しであり、報道された範囲では完全に合法であり、道義的責任も全くない。(補足2)大統領候補としてマイナスになるのは事実だろうが、だれでもどこの会社でも利用している筈である。以上、編集手帳の主が堤康次郎氏の件で事実を書いていると仮定して批判した。
新聞はインチキが多い上に、肝心なことをほとんど書かない。読売新聞などは、政治ニュースにおいては完全に米国とその下の日本政府の御用新聞状態である。一般に、日本のマスコミの発表するものは、独自取材などの努力がたりないのか、非常に内容が貧弱である。
補足:
1)堤康次郎氏の遺産は現在の貨幣価値では、おそらく数百億というレベルだろう。それを少しづつ非課税の範囲で贈与して、その額に積み上げるのは不可能である。もし、贈与税を支払って贈与をし、その結果相続財産がなかったのなら、「無理だよ」とか「辻褄があっていても、非常識はいかん」などの発言は出ない筈である。
2)年ごとの収入がプラスになったりマイナスになったりする事業の場合、プラスの時だけ普通の税率で課税したのでは、収入が安定してプラスである事業との間で不公平が生じる。そのため、例えば株取引のような場合には、損金は一定期間内で翌年の利益にたいする控除に使える。このような控除にいちゃもんをつけるのは、おかしい。単に、揚げ足取りにクリントンがやっているだけであり、それに同調して従来のレジームで利益を得てきた層の一員であるマスコミが、反トランプのプロパガンダに利用しているだけだと思う。ただし、新たに不法行為が出れば別である。
トランプ氏の場合は巨額の損失を出したので、次年度以降にその持ち越しにより所得税免除を受けていただけである。これは合法的であるが後ろ指さされることであると、この編集手帳の主は言いたいらしい。その話の筋を通すために上記堤康次郎氏のケースを引き合いに出したのである。しかし後者の場合、私は違法行為が含まれると思う。つまりこのコラムは、堤康次郎の違法で卑怯な行為の黒いイメージをトランプ氏の行為にかぶせようとした悪質な内容だと思うのである。
具体的には、堤康次郎氏は持ち株を他人名義にするなどして、相続税の納税額がゼロになるよう生前に対策を済ませていたという。その話を息子の堤清二氏が康次郎氏と親交のあった池田勇人首相に話した時、池田首相は「清二君、それは無理だよ」と言下に叱責されたというのである。
この編集手帳の主は、叱責の意味を理解しながら、読者を騙してトランプ氏の評判を日本においても下げようとしている。池田首相は、「違法だ」という意味で「無理だよ」と言った筈である。なぜなら、株を他人名義にするのは贈与であるから、贈与税の申告と納税がなければならない。それは通常相続税より高くつくので、堤康次郎氏は明らかに政界での高い地位に隠れて、違法行為を働いた筈である。
それを知ったなら、池田勇人総理は追徴課税を税務当局に指示しなければならない。それを怠ったのは、堤康次郎氏が同じ自民党の大物議員(衆議院議長もつとめた)だったからであり、清二氏はその息子で池田首相と懇意にしていたからだろう。その事実が広く知れた場合、そのままに放置すれば首相という自分の地位も危うくなるから、池田首相は叱責したのだろう。その話は清二氏が読売新聞に連載した回顧録に記載されているという。そして、「いくら理屈の辻褄があっていても、非常識はいかん」と池田首相が言ったというが、そんな回顧録を書くだろうか。(補足1) 世の中に非常識だが合法だと言い切れることは、税金に関しては非常に少ないと思う。
一方、トランプ氏の場合は損金の次年度以降への持ち越しであり、報道された範囲では完全に合法であり、道義的責任も全くない。(補足2)大統領候補としてマイナスになるのは事実だろうが、だれでもどこの会社でも利用している筈である。以上、編集手帳の主が堤康次郎氏の件で事実を書いていると仮定して批判した。
新聞はインチキが多い上に、肝心なことをほとんど書かない。読売新聞などは、政治ニュースにおいては完全に米国とその下の日本政府の御用新聞状態である。一般に、日本のマスコミの発表するものは、独自取材などの努力がたりないのか、非常に内容が貧弱である。
補足:
1)堤康次郎氏の遺産は現在の貨幣価値では、おそらく数百億というレベルだろう。それを少しづつ非課税の範囲で贈与して、その額に積み上げるのは不可能である。もし、贈与税を支払って贈与をし、その結果相続財産がなかったのなら、「無理だよ」とか「辻褄があっていても、非常識はいかん」などの発言は出ない筈である。
2)年ごとの収入がプラスになったりマイナスになったりする事業の場合、プラスの時だけ普通の税率で課税したのでは、収入が安定してプラスである事業との間で不公平が生じる。そのため、例えば株取引のような場合には、損金は一定期間内で翌年の利益にたいする控除に使える。このような控除にいちゃもんをつけるのは、おかしい。単に、揚げ足取りにクリントンがやっているだけであり、それに同調して従来のレジームで利益を得てきた層の一員であるマスコミが、反トランプのプロパガンダに利用しているだけだと思う。ただし、新たに不法行為が出れば別である。
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