1)中部大学の武田邦彦氏が、日馬富士の暴行事件に関する話をしていたが、その中で日本の相撲、そして日本文化について語った部分が印象に残ったので、その延長の形で日本文化を考えてみた。武田氏の動画から得た文章はイタリックで書いた。それ以外は今回のオリジナルな分析である。https://www.youtube.com/watch?v=JSIHkwix5ME&t=533s
大横綱の双葉山は「待った」をしなかったという。相手が幾分早く立ったとしても、待ったをせず、堂々と横綱らしく受けて立つ相撲だったのである。
西洋の対決型のスポーツでは、試合の場では格の上下などはなく、細かく定められた同じルールの下で試合をする。そして、ルール違反に当たらない技を総動員して双方が戦い、その結果としての評価は勝ち負けが全てである。しかし相撲の場合、力士に細かく別れた格があり、試合の前に紹介される。試合は、ルール違反の判別には同じルールが適用されるが、格上の力士は格上らしく戦わなければ、評価が落ちる。つまり、評価は勝ち負けだけでなく、独特の“美学”が持ち込まれる。
西欧のスポーツでは、スタートは審判が宣言するが、相撲では対決姿勢を取るところまでは審判つまり行司に足されるが、試合の開始は対決者同士で決める。行司は、その後対決が正当かどうかを審判する。(補足1)つまり、相撲は西洋のスポーツに似ているが、しかし、ルールが全てではない日本的スポーツである。相撲の歴史を考えれば、神へ奉納する真剣勝負的な伝統行事なのだろう。
その原点から考えれば、現在の日本相撲協会は営業を重視した会社的経営に徹している。そして、モンゴル出身の力士に対して、上記の日本相撲のエッセンスを殆ど敎育していない。何故なら、白鵬は横綱になりながら、そして、圧倒的な強さを誇りながら、奉納相撲にふさわしくない相撲の美学に反する勝ち方をしているからである。
立ち会いに“エルボー”で相手を失神させるような技や、殆ど毎回の様に顔面パンチを用いて、自分優位の体制を取ろうとする。それは双葉山の受けて立つ相撲とは180度異なる。また、真剣勝負であるべきにも拘らず、モンゴル力士を含めてかなりの力士たちが、八百長相撲(モンゴル語でナイラ)を疑われている。(補足2)日本の古い奉納相撲を全く無視したような相撲を取らせる協会の姿勢は、この際厳しく批判されるべきである。このあたりで、公益法人という資格は剥奪すべきだと思う。
2)武田氏のその話の中で、日本文化の「清濁併せ呑む」という特徴が紹介されていた。中でも印象的だったのは、動画の6分10秒位から始まるインドの社会学者の話の紹介である。その社会学者が、「日本には性産業が無い様に見えて在り、それでいて社会は健全に見えるのが素晴らしい」と発言したというのである。
武田氏はこのインドの学者の話について、それ以上は言及しなかったが、上記双葉山の相撲なども合わせ考えると、日本文化の特徴が見えてくるように思うのである。つまり、近代日本は、個人を同一のルールで縛ることを建前上取り入れているが、それは日本文化の世界とは本質的に矛盾するのである。
日本文化の特徴は、人は分をわきまえて行動し、社会が全体として調和的に動くことをよしとしているのだと思う。ナチスの全体主義とは全くことなる、全体主義的文化と言えなくもない。別の表現を用いれば、日本は国家でありながら一つの生命体を構成するのである。インド学者の指摘した様に社会全体が、生物として必然としている人間の全てを、各個人がその”分”を弁えて行動することで受け入れるのだろう。
一方、西洋社会のあり方は、人間の中の汚い部分を違法の中に押し込め、犯罪者を同時に生み出すことで処理している。つまり、人を善人と悪人の二種類にわけて、この世を神の子である善人の棲家として、醜悪なる部分を悪人或いは異教徒の仕業として罰するのである。それは、全体から美しい部分或いは上澄み(“表社会”)を取り、その“人工社会”を正義の支配する社会、神の意志を実現した社会と定義するのである。その正義や平和は、その上澄み社会のみでは永続的に実現可能でないなどとは、およそ想像すらできないだろう。
3)西欧の社会で語られる人権、平等、自由、自然保護、動物愛護などは、その人工社会の概念であり、それを振りかざして異なったタイプの社会の国家を攻撃する姿は、まさに中世の異教徒弾圧的風景である。善悪は神の領域であり、従って、かれらには迷いはない。つまり、社会が表と裏で全体を為し、表だけでは安定に存在できないという考えは、想像すらできないだろう。
一方、日本社会では“悪人”に対しても一定の棲家を与えている。日本には「盗人にも三分の理」という言葉がある。また、幡随院長兵衛に始まるとされる侠客やヤクザなどは、西洋の悪人とはかなり実体が異なるだろう。ヤクザは西洋的観点からは、現代法に反する行為を日常的に行う悪人という範疇に入るが、しかし現在でも“裏社会”を仕切っているようである。
現在、日本は西欧的法治国家を標榜している。その一方で、上記インド人学者が素晴らしいとして評価したことや、例えば都市部再開発などにおいて、地上げと悪の汚名をセットで受け持つそれらの人々(裏社会の人々)を、単に処罰するだけで良いのかという疑問が残る。https://www.youtube.com/watch?v=kr1rvu5vR40
21世紀の世界は混乱の世界だろう。そこで、行き詰まるのは西欧型社会である。神の論理と人間の本質の間の”ずれ”を、強引に退けるには犠牲者(生贄)が必要である。人の力が科学の力を借りて非常に大きくなった現在、その考え方では多大な犠牲者が必要となるかもしれない。それは人類の破滅に繋がる可能性すらあると思う。
インド人の学者が感心した日本の風俗などは、西欧の論理を用いれば二枚舌を用いているとか、悪に対する姿勢が毅然としていないなどの非難の標的となる。それは、人を全て同じ平面に並べた上で、人の性質を善と悪に分けるという、西欧の信仰に毒されているということではないのか?西欧的神の論理を原理としないで、人の“醜悪なる部分”も含めて全人格を受け入れる日本型社会(東洋型社会?)を世界が考えるとしたら、21世紀の世界を考える良い材料、或いは刺激になるのではないだろうか。
補足:
1)始まる前なら、力士は対決姿勢を一旦解除することを提案できる。それが「待った」である。双葉山は、相手が先に両手をついて試合を一方的にスタートしても、遅れを承知で手を付いてその試合開始に同意したのである。何れにしても手をつかなければ、試合は始まらない。
2)そもそも貴ノ岩暴行の原因(或いは誘因)に、横綱白鵬をボスとするモンゴル力士グループが、真剣勝負をする貴ノ岩に反感を持っていたことと、その真剣勝負で白鵬を破り稀勢の里の優勝をアシストした相撲があったという。
注目の投稿
人類史の本流は中華秩序なのか、それとも西欧型秩序なのか
1)米国が露呈させた中国共産党政権の真の姿と日本の課題 日本が抱えている最重要な課題は、コロナ問題や拉致問題等ではなく、表題の問に対して明確な答えと姿勢を持つことである。短期的な経済的利益に囚われないで、現在が世界の歴史の方向が決定される時なのかどうかを考えるべきである。...
2017年12月31日日曜日
2017年12月28日木曜日
日本国は背骨の無い軟体動物である:貴ノ岩暴行事件をプローブ(検針)にして見た日本
1)「日本国は日本国民一人一人が支えている」と言えば、恐らく殆どの人が同意するだろう。しかし、日本国を支えているとの自覚は日本人にはあまり無いだろう。それが、貴ノ岩暴行事件に対する多くの人の反応を観ての感想である。
日本国を、一つの細胞にたとえると、壁に囲まれた色んな組織が見えるだろう。その壁の強さに順番があり、それを知ることが小学校以来教えられている「社会科」の最も基本的なテーマである。しかし、日本国民の殆どがそれを学んでいない。
日本国は、国民つまり個人により構成されている。その背景には、国土や歴史などがある。その個人は独立しており、他人が入り込めない領域を持つ。今用いている喩え話では、その個人を壁に囲まれた侵すことのできない領域を持つ存在と見ているのである。
近代国家では、その個人という領域が国内において外から明確に見え無ければならない。そして、その次に強い壁として、国家を取り囲む壁が存在する。これら二つの存在は、相互依存的である。国民の居ない国家はないが、国家無くしては個人の生存は危ういからである。国家を細胞に喩えたのは、それが世界における生存の基本的単位だからである。
勿論、個人は移民などとなって異なる国家を構成することもあるが、その場合はその新しい国家なくしては、その個人の存在は危ういのである。
その次に目立つ壁に囲まれた存在は、個人と同様、親族である。親族がそのように国家により認められているのは、互いの協力が国家の成立と安定に寄与するからである。親族の壁の中に手をいれる場合、国家の力も遠慮すべき場面がある。(補足1)
更に、もう少し弱い壁でつくられた色んな組織がある。法的人格が認められた存在の「法人」の壁も見える筈である。更に、法的人格は無いが、開放的或いは閉鎖的な個人が結びついた色んな組織がある。(補足2)
日本相撲協会は、その法人の一つである。相撲協会の人たちは、自分達の組織を「内部」と意識しているかもしれないが、それは国家あっての組織であり、国家の法の執行が当然優先される。法人は個人のあつまりであるが、その個人間には明確なすき間或いは空間がなければならない。その空間は国家の空気(つまり法秩序)が満たしている。(補足3)その部分を、公(おおやけ)という言葉で表現することもできるだろう。
今回の事件は、法人の壁の外で行われた私的犯罪である。貴乃花親方のすべきことは、相撲協会が如何なる取り決めをしていても、国家の組織である警察に連絡することであり、その捜査に協力することである。その結果、法人の業務に支障が出ると考えられるのなら、その事実について法人が知らされていないのなら、何らかの手段で報告する義務があるだろう。
しかし、その義務を果すことが、警察の捜査を妨害する可能性があると常識的に考えられれば、その義務違反で貴乃花親方が処分される理由はない。その常識として、「犯罪捜査は、犯行現場にいた人たちが互いに連絡を取り合うことを嫌う。そこで、捜査当局は関係者の夫々を隔離する」などが考えられる。
犯行の現場に最も近い相撲協会の担当理事が、そのように判断して事件の報告を直接理事長にせず、警察を経由して知らせたのなら、それは正しい判断である。
今朝の「とくダネ!」を観ていたが、元検事以外の人たちは、全く上記社会科の基礎がわかっていなかった。貴乃花親方処分はすべきでないという人はいたが、それも「犯罪を切掛として、貴乃花親方の協会内規違反が生じたのだから、処分すべきでない」というものであった。
2)因みに、①個人が国家に優先するただ一つの存在であり、そしてその個人が国家を支えていることを、日本人は意識していない。また、②国家が個人以外のあらゆる組織に優先することを、日本人は理解していない。更に、③国民が支える国家以外の強い壁は、その外には全くないということも理解していない。つまり、世界は国家と国家が互いの利益を追求する野生の世界であることを理解していないのである。
①や②は、③を原因としている。その原因は、ヨーロッパのように、国家間での悲惨な戦争を繰り返して、その結果、主権国家という概念に到達したという歴史を日本は持たないことである。この主権国家から、市民が支える国民国家になり、奴隷解放から民主国家になったのである。そして、民主国家の基本は個人主義である。
この個人主義や国民国家という考えは、西欧の伝統の中から生じたのだろうが、それを取り入れる決断を日本国が明治の時代にした。それは、日本国が独自に決断したと言って良いと思う。明治維新については、英国の企みであると言う人も多いだろう。しかし、それでも、その後の日本国の運命は日本国が背負うのであるから、外国の力と知恵を利用して、日本国が独自に成し遂げたと考えるべきであり、その覚悟を持つべきである。
それを、日本国は2,600年前から連続して存在するという風に考えようとするから、「明治維新という過ち」という解釈が出てくるのである。
(編集:17時20分) 補足:
1)親族間が庇い合うことを、国家もおおめに見る。例えば、犯人隠匿や証拠隠滅の罪は、親族の犯罪においては罰せられない場合もある。(刑法105条)
2)閉鎖的な組織として、高校の同窓会や米国の「ドクロと骨」のような組織がある。開放的な組織として、俳句の会や短歌の会などもある。
3)国内から個人の壁が明確に見えなければならないと上に書いた。換言すれば、国家以外の組織から個人が自立していることが、近代国家成立の要諦である。この個人間の空間から公を排除する組織がある。それらは、ヤクザであり、テロ組織である。相撲協会がヤクザ的組織になってはならない。
日本国を、一つの細胞にたとえると、壁に囲まれた色んな組織が見えるだろう。その壁の強さに順番があり、それを知ることが小学校以来教えられている「社会科」の最も基本的なテーマである。しかし、日本国民の殆どがそれを学んでいない。
日本国は、国民つまり個人により構成されている。その背景には、国土や歴史などがある。その個人は独立しており、他人が入り込めない領域を持つ。今用いている喩え話では、その個人を壁に囲まれた侵すことのできない領域を持つ存在と見ているのである。
近代国家では、その個人という領域が国内において外から明確に見え無ければならない。そして、その次に強い壁として、国家を取り囲む壁が存在する。これら二つの存在は、相互依存的である。国民の居ない国家はないが、国家無くしては個人の生存は危ういからである。国家を細胞に喩えたのは、それが世界における生存の基本的単位だからである。
勿論、個人は移民などとなって異なる国家を構成することもあるが、その場合はその新しい国家なくしては、その個人の存在は危ういのである。
その次に目立つ壁に囲まれた存在は、個人と同様、親族である。親族がそのように国家により認められているのは、互いの協力が国家の成立と安定に寄与するからである。親族の壁の中に手をいれる場合、国家の力も遠慮すべき場面がある。(補足1)
更に、もう少し弱い壁でつくられた色んな組織がある。法的人格が認められた存在の「法人」の壁も見える筈である。更に、法的人格は無いが、開放的或いは閉鎖的な個人が結びついた色んな組織がある。(補足2)
日本相撲協会は、その法人の一つである。相撲協会の人たちは、自分達の組織を「内部」と意識しているかもしれないが、それは国家あっての組織であり、国家の法の執行が当然優先される。法人は個人のあつまりであるが、その個人間には明確なすき間或いは空間がなければならない。その空間は国家の空気(つまり法秩序)が満たしている。(補足3)その部分を、公(おおやけ)という言葉で表現することもできるだろう。
今回の事件は、法人の壁の外で行われた私的犯罪である。貴乃花親方のすべきことは、相撲協会が如何なる取り決めをしていても、国家の組織である警察に連絡することであり、その捜査に協力することである。その結果、法人の業務に支障が出ると考えられるのなら、その事実について法人が知らされていないのなら、何らかの手段で報告する義務があるだろう。
しかし、その義務を果すことが、警察の捜査を妨害する可能性があると常識的に考えられれば、その義務違反で貴乃花親方が処分される理由はない。その常識として、「犯罪捜査は、犯行現場にいた人たちが互いに連絡を取り合うことを嫌う。そこで、捜査当局は関係者の夫々を隔離する」などが考えられる。
犯行の現場に最も近い相撲協会の担当理事が、そのように判断して事件の報告を直接理事長にせず、警察を経由して知らせたのなら、それは正しい判断である。
今朝の「とくダネ!」を観ていたが、元検事以外の人たちは、全く上記社会科の基礎がわかっていなかった。貴乃花親方処分はすべきでないという人はいたが、それも「犯罪を切掛として、貴乃花親方の協会内規違反が生じたのだから、処分すべきでない」というものであった。
2)因みに、①個人が国家に優先するただ一つの存在であり、そしてその個人が国家を支えていることを、日本人は意識していない。また、②国家が個人以外のあらゆる組織に優先することを、日本人は理解していない。更に、③国民が支える国家以外の強い壁は、その外には全くないということも理解していない。つまり、世界は国家と国家が互いの利益を追求する野生の世界であることを理解していないのである。
①や②は、③を原因としている。その原因は、ヨーロッパのように、国家間での悲惨な戦争を繰り返して、その結果、主権国家という概念に到達したという歴史を日本は持たないことである。この主権国家から、市民が支える国民国家になり、奴隷解放から民主国家になったのである。そして、民主国家の基本は個人主義である。
この個人主義や国民国家という考えは、西欧の伝統の中から生じたのだろうが、それを取り入れる決断を日本国が明治の時代にした。それは、日本国が独自に決断したと言って良いと思う。明治維新については、英国の企みであると言う人も多いだろう。しかし、それでも、その後の日本国の運命は日本国が背負うのであるから、外国の力と知恵を利用して、日本国が独自に成し遂げたと考えるべきであり、その覚悟を持つべきである。
それを、日本国は2,600年前から連続して存在するという風に考えようとするから、「明治維新という過ち」という解釈が出てくるのである。
(編集:17時20分) 補足:
1)親族間が庇い合うことを、国家もおおめに見る。例えば、犯人隠匿や証拠隠滅の罪は、親族の犯罪においては罰せられない場合もある。(刑法105条)
2)閉鎖的な組織として、高校の同窓会や米国の「ドクロと骨」のような組織がある。開放的な組織として、俳句の会や短歌の会などもある。
3)国内から個人の壁が明確に見えなければならないと上に書いた。換言すれば、国家以外の組織から個人が自立していることが、近代国家成立の要諦である。この個人間の空間から公を排除する組織がある。それらは、ヤクザであり、テロ組織である。相撲協会がヤクザ的組織になってはならない。
一昨年の日韓合意についての韓国文政権の検証について
韓国政府は一昨年、日本政府との間で、所謂慰安婦問題を最終的且つ不可逆的に解決するという合意を行った。韓国は、その後朴政権から文政権に代わり、その合意プロセスを検証した結果、”被害者”の立場を十分汲み取っていないという結論になったとし、それを元に今後の対策を考えると言っている。
また、「世論に配慮する半面、韓国政府は日本に対して否定的な検証結果が日韓関係に悪影響を及ぼすことも懸念している。このため、検証結果が発表されても、合意への韓国政府の立場は早期には示されず、先延ばしとなる可能性が高い」と日本との関係を蛇足的に報じている。 http://www.sankei.com/world/news/171226/wor1712260030-n2.html
韓国政府が国内の作業として、何をやっても日本政府に何か要求しない限り、問題にはならないのだから、今の時点でこのようなことについてグダグダ日本国内向けに報道する理由はない。you tube 動画では、三橋貴明氏が「日韓合意は安倍政権の愚策であり、韓国は何を言おうと放っておくべき」という意見をだしている。https://www.youtube.com/watch?v=aPNNCN6x3ZQ
そこで私は、以下の内容のコメントを投稿した。つまり:私は日韓合意直後に、あれは米国の圧力によるだろうとブログに書いた。韓国が蒸し返すだろうという理由ではなく、ウソに基づいて父祖を侮辱する合意だから反対したのである。安倍総理の独自判断なら、総理は無知だと言わざるを得ないとも書いたと記憶している。
チャネル桜の水島氏も日韓合意には大反対だった。理由は私の反対と同じである。しかし、合意直後に櫻井よしこさんが、快挙だと言ったのが気になっている。つまり、櫻井さんなどの安倍応援団の意見を聞いて、総理は判断した可能性もある。それについてもブログで攻撃した。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2016/01/20151228.html
三橋氏は安倍総理と直接話しが出来るようなので、直接聞いてブログ読者に公表して欲しい。ただ、三橋氏は慰安婦問題について話すのなら、事実について先ず語るべきである。何故なら、慰安婦が韓国の主張の様に日本軍が強制的に性奴隷にしたと、視聴者が思うからである。
慰安婦問題については山ほど議論したが、その中でこの日韓合意については、以下にも書いている。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42593794.html そこでは田中宇氏の分析「オバマ大統領の圧力でなされたのだろうが、その圧力の理由は北朝鮮の核問題に関する日米韓の結束を確実にするためである」を紹介している。
補足:
1)この当時書いたブログで引用した櫻井よしこ氏の動画は削除されていた。類似の生きているサイトは:
http://www.nicovideo.jp/watch/sm28027280
https://www.youtube.com/watch?v=vN8chjUne68 等。
また、「世論に配慮する半面、韓国政府は日本に対して否定的な検証結果が日韓関係に悪影響を及ぼすことも懸念している。このため、検証結果が発表されても、合意への韓国政府の立場は早期には示されず、先延ばしとなる可能性が高い」と日本との関係を蛇足的に報じている。 http://www.sankei.com/world/news/171226/wor1712260030-n2.html
韓国政府が国内の作業として、何をやっても日本政府に何か要求しない限り、問題にはならないのだから、今の時点でこのようなことについてグダグダ日本国内向けに報道する理由はない。you tube 動画では、三橋貴明氏が「日韓合意は安倍政権の愚策であり、韓国は何を言おうと放っておくべき」という意見をだしている。https://www.youtube.com/watch?v=aPNNCN6x3ZQ
そこで私は、以下の内容のコメントを投稿した。つまり:私は日韓合意直後に、あれは米国の圧力によるだろうとブログに書いた。韓国が蒸し返すだろうという理由ではなく、ウソに基づいて父祖を侮辱する合意だから反対したのである。安倍総理の独自判断なら、総理は無知だと言わざるを得ないとも書いたと記憶している。
チャネル桜の水島氏も日韓合意には大反対だった。理由は私の反対と同じである。しかし、合意直後に櫻井よしこさんが、快挙だと言ったのが気になっている。つまり、櫻井さんなどの安倍応援団の意見を聞いて、総理は判断した可能性もある。それについてもブログで攻撃した。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2016/01/20151228.html
三橋氏は安倍総理と直接話しが出来るようなので、直接聞いてブログ読者に公表して欲しい。ただ、三橋氏は慰安婦問題について話すのなら、事実について先ず語るべきである。何故なら、慰安婦が韓国の主張の様に日本軍が強制的に性奴隷にしたと、視聴者が思うからである。
慰安婦問題については山ほど議論したが、その中でこの日韓合意については、以下にも書いている。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42593794.html そこでは田中宇氏の分析「オバマ大統領の圧力でなされたのだろうが、その圧力の理由は北朝鮮の核問題に関する日米韓の結束を確実にするためである」を紹介している。
補足:
1)この当時書いたブログで引用した櫻井よしこ氏の動画は削除されていた。類似の生きているサイトは:
http://www.nicovideo.jp/watch/sm28027280
https://www.youtube.com/watch?v=vN8chjUne68 等。
2017年12月26日火曜日
民間企業の技術革新による生産性向上は、国家の財政拡大でスイッチオンできるのか?
三橋貴明氏のyoutube上での講義「お金とは何か?失業率と戦争、基軸通貨」第6回を視聴した。“安い賃金の外国人を受け入れたら、日本の未来はない。技術革新による生産性向上が明るい道”と主張する講義である。それを見ての感想を書く。
https://www.youtube.com/watch?v=6-HCaOWRRi8
1)三橋氏は、「日本のデフレ経済を脱却するには、財政拡大による景気刺激が必要である」と、1929年の大恐慌と比較して主張している。そして、三橋氏の友人の藤井聡氏(内閣参与の土木屋)は、国土強靭化計画を主張して、経済立て直しを主張している。(補足1)
国土強靭化政策は、例えば巨大地震に備えて、数十メートルの防潮堤を作るなどの馬鹿げた話だろう。他への波及効果はむしろマイナスではないだろうか。(補足2)最近、十勝沖地震の危険性を喧伝しているのは、その藤井という土木屋の安倍総理への影響力を利用して、ゼネコンなどが画策しているのだろう。 講義の中で「安全」に金を使うのは良いとおっしゃるが、使う金に限りがある場合、そんな簡単な理屈では困る。日本人の伝統には、災害から正面対決して克服するという愚かな考えはない。30mの岸壁をつくっても、もし史上空前の地震があって津波がそこを越えれば、岸壁を築くことなく逃げることを考えた場合の方が、はるかに被害が小さい。彼らは、安全への投資には明確な限度がないということを知らない。
また三橋氏は、日本は内需依存型の国だと常々発言している。確かに、GDPの内訳からはその通りだろう。しかし、全てマクロの数字で考えるのは非常に危険だと思う。日本は、エネルギー自給率6%、鉄鉱石やボーキサイトなど資源の自給率0%、食料自給率35%(程度)の国である。従って、日本は基本的に貿易立国である。
現在景気がよくないと判断し、しかも1929年の世界不況と同じような原因と考えて、内需拡大で景気浮揚を考えるのは、分析も対策も間違っているのではないのか。
大規模な内需拡大を財政で行えば、現在健全な国債に対する信用も悪化するだろう。一旦国債に不安が生じれば、日銀は大部分の資産を国債でもっているのだから、円の信用低下から円安と大きなインフレにつながると思う。日本国債は円建てであるので、そして、財務省が日銀の株をほとんど持っている現在、その償還は確実である。また、円安による実質賃金低下とそれによる国際競争力の増加、および円安による国債の実質的減少により、円安とインフレは一定のところで歯止めは掛ると思う。
最終的に国民の銀行預金の実質的な目減りという形で、日本の財政や金融は、新しい均衡点に落ち着くと私は考える。しかし、国民は大部分の預金を目減りという形で失うだろう。
尚、高橋洋一氏が初めて作ったと自慢する国家の貸借対照表を正しく見れば、財政状況は健全であり、PM(プライマリーバランス)にこだわりすぎるのはよくないというのはわかる。そして、景気浮揚の為に生産性の向上を図るべきだという意見も机上の議論としてはわかる。しかし、その方法はもっと根本から考えなくては駄目である。
2)20世紀後半の(第何次か分からないが)産業革命時においても、日本にはグーグルもインテルもアップルもテスラもマイクロソフトも発生しなかった。その日米の差は、何なのか?
日本では、ダイエーという先端を走った企業の破綻に始まり、凄まじい小売業の再編、伝統的に強かったシャープ、東芝などの破綻、三菱重工の停滞、最近では三菱マテリアルなどの不正があった。この流れは、三橋氏の考えるほど単純な方法で克服はできないだろう。そこを問題視しないで、PMにこだわる財務省ばかりを槍玉にあげる意見には賛成できない。
グーグルやテスラはあまりにも遠いので、身近な家電を考えて見る。日本のシャープ、東芝、ソニーなどのテレビは、韓国や中国のブランドであるLGやハイセンスのテレビの倍の値段である。日本で売れても、外国で売れる筈がない。一方、扇風機や掃除機のような小型製品でも、最新式のものは全てヨーロッパで生み出された。
友人どうしだという安倍総理に近い藤井聡内閣参与や三橋貴明氏(補足3)など、財政拡大で景気浮揚を考える人たちは、マクロ経済政策では解決できそうにないこれらの現実を全くみていない。
その原因などについては、これまで何どもいろんな面から議論してきた。(補足4)日本の教育、雇用、(その改善が一向に進まない)日本の政治(補足5)、その背景にある日本文化などに本質的な原因があると私は思う。例えば、日本の大企業においても、経営のトップ層にはまともな人材がいないのではないのか?
何故、発想力豊かな人材が、経営者のトップになり得ないのか?そこを考えるべきだと思う。カンフル的な財政拡大を考える経済評論家やそれを内閣参与に抱える政府は、思い通りに国を動かすことになれば、結果として国を潰す可能性が高いと思う。
財政健全化を勧めているのは、財務省(補足6)だけではない。IMFもそのように発言している。三橋貴明氏、高橋洋一氏、上念司氏、藤井聡氏らが、財政均衡を主張する人たちを非難しバカにするのは、何時も相手が居ないところにおける大衆向けのパーフォーマンスに見える。総理は気をつけてもらいたいと思う。
補足:
追加補足:日銀の今までの金融政策は勿論成功をおさめた。この点誤解を受けないように追加します。(PM 5:25)
1)藤井氏は、韓国の経済についても、政府がどんどん金を使えばよいのだと言って居た。従って、その方は経済には無知だと私は考えている。
2)景観を害して、観光客の足が遠のくとか、漁に出にくくなり漁獲量が減少するなど、マイナスの効果が出る可能性がある。
3)最近の動画で、三橋氏は安倍総理と食事を共にしたと言っていた。
4)ダイソンの扇風機は、一旦機内に空気を吸い込んでから吐き出すタイプである。このタイプはすでに東芝の技術者が考案していた。 それを何故育てられなかったのか?日本の経営者が優秀であれば、採用できていただろう。また日本が、仕事の命令系統では上司と部下であっても、そこを離れれば対等に口がきけるという社会なら、そのアイデアは別のお偉方に流れて、製品化だれていたかもしれない。本ブログの12/9; 12/11の記事参照
5)内閣が参与や有識者会議などの外部の人間を多用するのは、民主主義の原則から考えて問題がある。日本は、三権分立の国であったことはなく、長く官僚独裁で動いてきた。それに行き詰ったので、安倍政権が考え出したのが“行政の独裁”だろう。大きな派閥を持たないことを逆手に取って、全ての基本方針を上記内閣参与や有識者会議などを用いて内閣で打ち出すのである。
6)高橋洋一氏は、あるyoutube動画で、財務官僚を東大阿法学部出身だと揶揄して居た。そんな威勢の良い姿勢は、仲良しの総理や大衆には勇ましく見えるかもしれない。しかし、それは財務官僚と対峙した場面で言ってもらいたい。
1)三橋氏は、「日本のデフレ経済を脱却するには、財政拡大による景気刺激が必要である」と、1929年の大恐慌と比較して主張している。そして、三橋氏の友人の藤井聡氏(内閣参与の土木屋)は、国土強靭化計画を主張して、経済立て直しを主張している。(補足1)
国土強靭化政策は、例えば巨大地震に備えて、数十メートルの防潮堤を作るなどの馬鹿げた話だろう。他への波及効果はむしろマイナスではないだろうか。(補足2)最近、十勝沖地震の危険性を喧伝しているのは、その藤井という土木屋の安倍総理への影響力を利用して、ゼネコンなどが画策しているのだろう。 講義の中で「安全」に金を使うのは良いとおっしゃるが、使う金に限りがある場合、そんな簡単な理屈では困る。日本人の伝統には、災害から正面対決して克服するという愚かな考えはない。30mの岸壁をつくっても、もし史上空前の地震があって津波がそこを越えれば、岸壁を築くことなく逃げることを考えた場合の方が、はるかに被害が小さい。彼らは、安全への投資には明確な限度がないということを知らない。
また三橋氏は、日本は内需依存型の国だと常々発言している。確かに、GDPの内訳からはその通りだろう。しかし、全てマクロの数字で考えるのは非常に危険だと思う。日本は、エネルギー自給率6%、鉄鉱石やボーキサイトなど資源の自給率0%、食料自給率35%(程度)の国である。従って、日本は基本的に貿易立国である。
現在景気がよくないと判断し、しかも1929年の世界不況と同じような原因と考えて、内需拡大で景気浮揚を考えるのは、分析も対策も間違っているのではないのか。
大規模な内需拡大を財政で行えば、現在健全な国債に対する信用も悪化するだろう。一旦国債に不安が生じれば、日銀は大部分の資産を国債でもっているのだから、円の信用低下から円安と大きなインフレにつながると思う。日本国債は円建てであるので、そして、財務省が日銀の株をほとんど持っている現在、その償還は確実である。また、円安による実質賃金低下とそれによる国際競争力の増加、および円安による国債の実質的減少により、円安とインフレは一定のところで歯止めは掛ると思う。
最終的に国民の銀行預金の実質的な目減りという形で、日本の財政や金融は、新しい均衡点に落ち着くと私は考える。しかし、国民は大部分の預金を目減りという形で失うだろう。
尚、高橋洋一氏が初めて作ったと自慢する国家の貸借対照表を正しく見れば、財政状況は健全であり、PM(プライマリーバランス)にこだわりすぎるのはよくないというのはわかる。そして、景気浮揚の為に生産性の向上を図るべきだという意見も机上の議論としてはわかる。しかし、その方法はもっと根本から考えなくては駄目である。
2)20世紀後半の(第何次か分からないが)産業革命時においても、日本にはグーグルもインテルもアップルもテスラもマイクロソフトも発生しなかった。その日米の差は、何なのか?
日本では、ダイエーという先端を走った企業の破綻に始まり、凄まじい小売業の再編、伝統的に強かったシャープ、東芝などの破綻、三菱重工の停滞、最近では三菱マテリアルなどの不正があった。この流れは、三橋氏の考えるほど単純な方法で克服はできないだろう。そこを問題視しないで、PMにこだわる財務省ばかりを槍玉にあげる意見には賛成できない。
グーグルやテスラはあまりにも遠いので、身近な家電を考えて見る。日本のシャープ、東芝、ソニーなどのテレビは、韓国や中国のブランドであるLGやハイセンスのテレビの倍の値段である。日本で売れても、外国で売れる筈がない。一方、扇風機や掃除機のような小型製品でも、最新式のものは全てヨーロッパで生み出された。
友人どうしだという安倍総理に近い藤井聡内閣参与や三橋貴明氏(補足3)など、財政拡大で景気浮揚を考える人たちは、マクロ経済政策では解決できそうにないこれらの現実を全くみていない。
その原因などについては、これまで何どもいろんな面から議論してきた。(補足4)日本の教育、雇用、(その改善が一向に進まない)日本の政治(補足5)、その背景にある日本文化などに本質的な原因があると私は思う。例えば、日本の大企業においても、経営のトップ層にはまともな人材がいないのではないのか?
何故、発想力豊かな人材が、経営者のトップになり得ないのか?そこを考えるべきだと思う。カンフル的な財政拡大を考える経済評論家やそれを内閣参与に抱える政府は、思い通りに国を動かすことになれば、結果として国を潰す可能性が高いと思う。
財政健全化を勧めているのは、財務省(補足6)だけではない。IMFもそのように発言している。三橋貴明氏、高橋洋一氏、上念司氏、藤井聡氏らが、財政均衡を主張する人たちを非難しバカにするのは、何時も相手が居ないところにおける大衆向けのパーフォーマンスに見える。総理は気をつけてもらいたいと思う。
補足:
追加補足:日銀の今までの金融政策は勿論成功をおさめた。この点誤解を受けないように追加します。(PM 5:25)
1)藤井氏は、韓国の経済についても、政府がどんどん金を使えばよいのだと言って居た。従って、その方は経済には無知だと私は考えている。
2)景観を害して、観光客の足が遠のくとか、漁に出にくくなり漁獲量が減少するなど、マイナスの効果が出る可能性がある。
3)最近の動画で、三橋氏は安倍総理と食事を共にしたと言っていた。
4)ダイソンの扇風機は、一旦機内に空気を吸い込んでから吐き出すタイプである。このタイプはすでに東芝の技術者が考案していた。 それを何故育てられなかったのか?日本の経営者が優秀であれば、採用できていただろう。また日本が、仕事の命令系統では上司と部下であっても、そこを離れれば対等に口がきけるという社会なら、そのアイデアは別のお偉方に流れて、製品化だれていたかもしれない。本ブログの12/9; 12/11の記事参照
5)内閣が参与や有識者会議などの外部の人間を多用するのは、民主主義の原則から考えて問題がある。日本は、三権分立の国であったことはなく、長く官僚独裁で動いてきた。それに行き詰ったので、安倍政権が考え出したのが“行政の独裁”だろう。大きな派閥を持たないことを逆手に取って、全ての基本方針を上記内閣参与や有識者会議などを用いて内閣で打ち出すのである。
6)高橋洋一氏は、あるyoutube動画で、財務官僚を東大阿法学部出身だと揶揄して居た。そんな威勢の良い姿勢は、仲良しの総理や大衆には勇ましく見えるかもしれない。しかし、それは財務官僚と対峙した場面で言ってもらいたい。
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