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人類史の本流は中華秩序なのか、それとも西欧型秩序なのか

1)米国が露呈させた中国共産党政権の真の姿と日本の課題   日本が抱えている最重要な課題は、コロナ問題や拉致問題等ではなく、表題の問に対して明確な答えと姿勢を持つことである。短期的な経済的利益に囚われないで、現在が世界の歴史の方向が決定される時なのかどうかを考えるべきである。...

2021年8月27日金曜日

米国民主党政権は米国崩壊を目指しているのか?

オバマ政権は、メキシコ国境からの不法移民を結果的に米国内で釈放する政策を行なってきた。それを揶揄する言葉が“Catch and Release”(スポーツフィッシング用語)である。トランプは、多量に犯罪者などが不法移民として流入するので、その政策を中止した。それが”Remain in Mexico”政策である。バイデンが大統領になると、彼は直ちにそのトランプの政策を取り消した。

 

1昨日(2021/8/25)の動画で「カナダ人ニュース」さんは、オバマ政権が結果的(或は意図的)に、国際犯罪組織閲覧リストに記載されている不法流入者を米国内で釈放してきたと、米政府内から内部告発があったという話を紹介している。

 

 

カナダ人ニュースさんの解説によれば、メキシコ国境を超えたところで不法入国者を逮捕し、裁判の日付を通知した後に、米国内で釈放していたのだそうだ。彼ら不法入国者は、裁判に出廷する筈はないので、行方不明になった後、米国内で人身売買や麻薬ビジネスで生きていくことになるというのである。

 

トランプ政権は、米国に入国させるからいけないのだと考えて、不法移民を試みる者をメキシコ内に止める政策を実行した。大統領府からのRemain in Mexico政策のアナウンスメントは、以下のサイトに公表されている。https://www.federalregister.gov/documents/2018/04/13/2018-07962/ending-catch-and-release-at-the-border-of-the-united-states-and-directing-other-enhancements-to

 

大統領就任直後に、バイデンが廃止したこの政策の復活を、テキサスなど国境の州が訴えていた。最近、連邦最高裁でテキサス州勝訴の判決があり、米国で大きく報道されている。Supreme Court requires Biden to revive Trump's 'remain in Mexico' immigration policy; https://www.reuters.com/world/us/us-supreme-court-requires-biden-revive-trump-era-remain-mexico-immigration-2021-08-24/

 

バイデンが復活したオバマ政権時の“Catch and Release政策”は、現役のギャングにも適用されていたという。現役のギャングの場合は、国際犯罪組織閲覧リストに名前が記されているので、Catch しても Releaseできない筈なのだが、それにも抜け道があったようだ。その抜け道とは「送還された場合、殺される」と恐怖の訴え(Reasonable Fearの訴え)をすることである。人道的措置として釈放してもらえたようだ。

 

その中にはMS13という恐ろしい国際犯罪者集団が含まれていると言及したのが、トランプ大統領の言葉であった。日本でも米国のこの恐ろしいギャングの紹介をするが、その大本についての追求が今ひとつである。https://www.sankei.com/article/20180612-J4ALHYB3DZMONBBQW3HZ6JOLIE/

 

2)陰謀論的延長

 

このようなオバマ政権やバイデン政権の移民政策は、まるで米国の崩壊を目指しているように思える。それが表題の意味である。このようなバイデン政権と、グレートリセットを主張するWEF(世界経済フォーラム)の人たちは連携しているのだろうか? つまり、グローバリストの一員として、バイデンは働いているのだろうか?

 

最近のアフガニスタンからの米国軍の無計画に見える撤兵も、実は計画的に実行されたものかもしれない。中国は、一帯一路の線上にあるアフガニスタンから米国が居なくなることは、先ずは歓迎だろう。バイデンは、自由と民主主義を守る独立国家群のリーダーと目される米国に対する信用を、意図的に崩壊させるつもりなのだろうかと疑う。台湾も日本も韓国も、非常に危ない状況に近づきつつあるのだろうか。(以上)

 

2021年8月16日月曜日

今朝は、以下の動画を見て台湾の歴史を勉強しました。
https://www.youtube.com/watch?v=WtuOKVyYGgg

 

 

 カバーの写真はhttps://www.spintheearth.net/taiwan-flag/から借用しました。

 

① ”台湾統治に苦しんだ明治政府は、米国に売り渡すことを考えた”という話で、異文化の朝鮮統治がより一層困難だったことが良くわかる。そこで、セオドア・ルーズベルトが、フィリピンは米国が支配するが、朝鮮は日本に任そうと考え、日本併合を推奨したことを思い出した。

http://www.bunan.jp/bunanblog/wp-content/uploads/2018/04/%E6%97%A5%E9%9F%93%E4%BD%B5%E5%90%882.pdf

 

② この動画の最初に語られた、日本の嘘をつかない文化は世界の例外であるとの説明に同意せざるを得ない。ただ、言葉は共同体の中で、それを信じることを条件に、発達したことを指摘しておきたい。私は、言葉と共同体である民族や国家と宗教は三位一体として、進化したという多分オリジナルなモデルを信じている。

 

③ コメント欄に、「台湾出身で日本で受験生していますが、自分の国の歴史を初めて真面目に勉強出来ました。とてもわかりやすくてありがたいです。」というのがあった。それに対するコメント(コメントに対するコメント)に、「台湾の小学校の教科書は勿論、子供向けの歴史漫画でももっと詳しく書いてるけど、初めてと言うって事はかなり幼い頃に日本に移住したのでしょうか?」というのもあった。

 

そこで、私は、「いまそかりさんのコメントへの返信としてmeroppa1さんが、小学校の教科書にも子供漫画にももっと詳しく書いてあると言っています。茂木先生、本当に2.28事件(これを避けて書いたものは、台湾の歴史とは言えない)についても詳しく書いてあるのでしょうか?」と、動画の主に質問した。答えが来るかどうかはわからない。2.28事件(中国本土から来た役人の圧政にたいする反抗事件。そこから、国民党による大虐殺事件に発展した)については、動画を見てください。

 

ーーー 以上 ーーー

 

 

 

8月15日が終戦の日と呼ばれるのは何故?

815日は、終戦の日と呼ばれ、毎年全国戦没者追悼式が挙行される。この終戦の日という呼称は、日本政府の内向けプロパガンダ用語である。何故なら、一連の戦争は日本国政府が日本国民を徴用して行ったにも拘らず、「戦争が終わった」という第三者的表現を用いているからである。

 

敗戦なら、自分の国の問題であり、その政権担当者の責任が当然問題になる。しかし、戦争が終わった(終戦)という姿勢なら、「平和になって、お互いに良かったね」で済ませることが言葉の感覚上可能である。

 

 

今年の式典での菅総理の式辞も、以下のような文章が挿入されている。

 

祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦場にたおれた方々。戦後、遠い異郷の地で亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、各都市での爆撃、沖縄における地上戦など、戦乱の渦に巻き込まれ犠牲となられた方々。今、すべてのみ霊の御前にあって、み霊安かれと、心より、お祈り申し上げます。

 

菅総理は、戦乱の渦という天然災害風の言葉を用い、日本国政府の行為者としての責任を不明確にし、国内での責任問題の多くを無視できる様にしている。(補足1)

 

更に追加すれば、8月15日は対米戦争終結の日ではない。その日は、ポツダム宣言受諾の通知を連合国に送ったと昭和天皇がラジオ放送を通じて全国民に通知した日である。しかし、戦争はその日に終わった訳ではないのだ。日本が降伏した日等については、次のセクションで少し詳しく振り返る。

 

日本のマスコミは、毎年この大事なことには一切ふれず、戦争責任については議論しないという政府方針に盲従するのみである。

 

2)日本降伏の通知

 

日本国が、対米(対連合国)戦争において、ポツダム宣言の受諾を連合国側に通知すべく、中立国(スウェーデンとスイス)に依頼した日は1945811日であった。そこから連合国側に渡ったのも、多分同じ日だろう。その前日の810日には、短波放送(国際放送)で受諾の意志を英語と日本語で放送している。

 

しかし、政府内(軍を含む)では、徹底抗戦の動きやクーデターの計画などもあり、一応ポツダム宣言受諾が統一意志となったのは、14日の御前会議の後である。そして、レコード板に録音された天皇によるポツダム宣言受諾決定の言葉が、日本国内で放送されたのが815日である。

 

只、日本は講和するべきだとの意見が東條閣内で出たのは、ウィキペディアによると、1944年7月にサイパン島での戦いに日本軍が負けた時であった。国務大臣岸信介(当時軍需次官兼務)により東條英機首相に出され、それが東條内核の総辞職につながった。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%99%8D%E4%BC%8F

 

その後、小磯國昭内閣から鈴木貫太郎内閣(4月7日〜817日)へと政権が移り、鈴木貫太郎はポツダム宣言受諾を連合国側に通知した後、東久邇宮稔彦王に総理の椅子(817日〜109日)を譲った。東京湾に浮かんだミズーリ号上での終戦協定調印がなされたのは、92日である。米国は、この日を戦争が終わった日としている。

 

このサイパン陥落からの1年間の日本の消耗は大きい。何故、もっと早く敗戦を受け入れ、講和に動かなかったのか? それを多くの角度から検討すべきである。個々の賠償を議論する為ではなく、日本国をまともな主権国家とするために、これら近代史の総括をすべきである。問題解決が新たな問題を生むことも多くなり、明治時代からの政治と外交全体に関する常識がひっくり返ることになるかもしれない。しかし、それを行わなければ、今後の国際環境を生き残る体制建設は無理だろう。

 

最終的に戦争が終わったのは、講和条約が発効した日である。主な国々とは、1952428日がその日である。ただ、ソ連との戦争状態は、日ソ共同宣言の1956年まで法的には継続している。日ソ共同宣言が、ソ間との講和条約と見なされている。(これは、単なる宣言ではなく、両国間で批准書を交換している。)(補足2)https://toyokeizai.net/articles/-/80286

 

このように戦争終結の日自体も簡単には決定できない。しかし、8月15日を戦争が終わった日にすることは大きな欺瞞である。世界中のどの国もそれを日本の敗戦の日とはしていないからである。日本政府は、戦争の歴史の議論を避け、それを誤魔化すためにこの日を終戦の日としているのだ。

 

3)明治憲法と昭和憲法の問題

 

日本は、一年前に敗戦必至と軍需担当の岸信介が考えた時から、1年以上消耗戦を続けた。国民一般の視点から見れば、悲劇の蓄積に見える。それは、政府内で立場の共有が成されず、まともな意見の交換が為されなかったことが原因であると私は考える。つまり、権力が天皇にあるのか、軍隊にあるのか、それとも内閣にあるのか解らない状況にあったのではと想像する。

 

その様な場合、状況が不利になればなるほど無責任体制に向かう。そして、米国とソ連がヤルタ会談で密約をしたらしいことも、全く権力中枢の共有となっていなかった。(補足3)19458月まで、内閣構成員の多くが、ソ連に停戦の仲介を期待していたという愚かな状態だった。

 

明治以来の大日本帝国憲法は、国家の形態として天皇の独裁制を規定している様に読める。しかし、天皇独裁は現実ではなく、実質的には内閣が多くを取り仕切っていた筈である。国家がまともに機能しなかったのは、全てを取り仕切る権力の在り処を内閣総理大臣にするように、憲法を改正出来なかったからだろう。(補足4)

 

つまり、薩長のクーデターによる新政府が、日本国内で十分な支持を得るように天皇親政の制度にした。天皇の影に隠れる様に存在する国務大臣の各々が「輔弼」と憲法第55条に書かれているように、天皇に進言する形で政治をすすめる。内閣総理大臣は憲法上、無任所国務大臣のような存在であった。そのような手法は、戦時下には能率よく機能する筈がない。

 

本来は、夫々の国務大臣を内閣総理大臣の下におき、内閣総理大臣が天皇に助言(輔弼)する形に国の形を変更すべきだったと思う。それと、「憲法第11条の天皇は陸海軍を統帥す」という、軍が天皇に直属するという規定も改定し、内閣総理大臣の下に置くことで一応体制が整うだろう。そのような憲法改正が出来なかったことに、敗戦の原因の一つがあったと思う。

 

なお、輔弼とか統帥とか、訳の分からない言葉で憲法を書いている事自体が、まともな国家でないことを示している。権力の在り処が明確でない体制で戦争に負けたのだから、その責任を明確にできないのは当然だろう。戦後は、権力そのものを否定する憲法をGHQに強制された。それは日本の政治のあり方が、マッカーサーが米国議会で証言したように、未だ12歳の子供の状況だったからだろう。(補足5)

 

 

4)終わりに

 

終戦記念日という言葉の無責任な響きに、国民は気付いていない。そのような言葉を用いるのは、以上のような議論を封じる目的があってのことだと思う。「敗戦の日と呼ぶのは自国の恥を晒すようで、面白くない」という意見は理解できる。それなら、再出発の意味を込めた名前をつければ良い。「日本の明日を考える日」でも良いし、何か別の再出発を印象つける名詞を冠につければ良い。

 

その日には、日本の敗戦の歴史を復習し、そこから何を学ぶべきかを国民全てが考えることにすれば良い。そして明治以前からの近代史を、国民がもっと詳細に学ぶべきである。その様な事態を避けたいというのが、現在の日本政府の方針の様である。その理由のひとつは、大日本帝国から現在の日本政府まで連続しているからだろう。

 

敗戦を、まともに敗戦と呼ぶことから、日本の戦後の復興と国家組織の再構築が可能となる。その障害に天皇制がなるとは思えない。天皇の国事行為を国会の開会宣言など重要なものに限定し、大幅に縮減すべきだと思う。そして天皇を政治利用する機会を減らして、最終的に江戸時代までの形に戻せば良いと思う。そのために天皇の住処を、京都御所などに移すのは、日本の政治をまともにする上で良いアイデアであると私は思う。

 

(17時50分、編集、補足3を追加、補足番号変更)

 

補足:

 

1)過ちを犯したのが当時の政権なら、その延長上の政権まで、何の責任もとらず今尚日本を統治しているのは何故なのか?それを明らかにしないで、「犠牲となられた方」という表現をその惨劇責任者の筆頭候補が使うのはおかしい。日本は敗戦後、革命的な政治的変容を遂げるべきだった。それを成し得なかったことが、今尚国家として体をなしていない原因だと思う。

 

2)中華民国(台湾;国民党政権)とは19524月、インドとの間では19526月、ビルマとの間では195411月に、それぞれ平和条約を締結し、いずれも賠償請求権は放棄された。中華人民共和国とは、1972年に日中国交を回復し、日華平和条約は破棄された。そして、1978年には日中平和友好条約が締結された。https://www.y-history.net/appendix/wh1602-014_1.html

 

3)ヤルタ会談は1945年2月にクリミヤ半島のヤルタをF. ルーズベルトとW. チャーチルが訪問してスターリンと3人で行われた。何故、ルーズベルトとチャーチルが遠路クリミヤを訪問する形で会談するのか、日本からみて極めて怪しげな動きである。諜報機関がまともなら、何かあると嗅ぎ取るのが自然である。

 

4)内閣総理大臣を権力の元締めとすることで、天皇の国家元首としての権限は小さくなる。しかし、それがまともな立憲君主制の姿だと思う。従って、憲法における天皇に関する記述は、現憲法のものが良いと思う。内閣総理大臣を、会社のCEOのヘッドハンティングのように首相公選性で決定すれば、尚良い。

 

5)巨体を持った精神年齢の小さい存在は、将来厄介な存在になり得ると考えたのかもしれない。それ以降、日本はマトモな国になっていない。未だ12歳児のままである。

2021年8月13日金曜日

デルタ亜種の新型コロナ対策を何故ワクチンに完全依存するのか?

追補:(8月14日午前9:40) 英国が用いたワクチンの半分以上はアストラゼネカ製だという指摘をもらいました。しかし、英国の40%以上はファイザー社製のワクチンが用いられ、それらを合わせてワクチンのデルタ株への効果は全くゼロでした。(https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000779400.pdf

 

更に、イスラエル首相はファイザー社のワクチンは予想ほど効かないと言っていますので、やはり結論は同じで、十分に警戒すべきです。https://news.yahoo.co.jp/articles/a7b94d86fa8dff07b82620b537f801beb68de320

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日本の新型コロナ肺炎(covid-19)デルタ株のエピデミック(流行、補足1)はいよいよ本格的になりだし、これまでの準備期間中にさしたる医療制度改革をしなかった付けを払う時期となったようだ。東京では中等症でも入院できない事態が生じ、在宅のまま死亡するケースが多くなりそうである。

この難局を乗り越える切り札と政府が考えているのが、ワクチン接種である。しかし、このワクチン接種による新型コロナを諦めた国がある。英国である。7月12日の本ブログに、英国の今年2月からの感染者の予後に関するワクチン接種効果の分析を紹介したが、その直後に英国が新型コロナに関する様々な規制の撤廃を決めたことが報じられ、それも追加で紹介した。

 


7月29日、英国のこの判断について、JIJI.comは英、“規制解除後に感染減少 「驚きの逆転」、政府は警戒”と題して、表題通りの驚くべき事実を紹介する記事を書いている。そして、今日、カナダ人ニュースさんのyoutube動画を見て、再びこの問題に関して書くことにした。

そして、7月12日の記事を読み、引用した英国の規制撤廃の記事は発信元の時事通信の記事としてはそのまま存在すること、また、ワクチン接種効果を分析した英国のデータも、引用した当時のものであることを確認した。https://www.jiji.com/jc/article?k=2021071300143&g=int

現在の英国の感染状況は、上記JIJI.comの記事の通りである。下に、その統計をいつものようにworldmetersから引用させてもらった。感染者数は7月17日をピーク(54000人)に減少し、7月24日から今日まで、ほぼ一定の日に30000人位の感染者となっている。


この図をよく見れば、新型コロナの感染ピークが4つあり、新しいピーク程死亡率が小さいことがわかる。英国のワクチン接種率は7月上旬、2回接種完了者が人口の50%を超えたと思われる。デルタ株が流行しだしたのは6月の始め頃だとすると、それほどの感染予防効果はワクチン接種には無いことが判るだろう。

実際、50歳以上の死亡率が非接種群で5.6%(1267人救急訪問者の内71名が死亡)である一方、摂取群では2.2%(5234人救急訪問者の内116名が死亡)になっている。勿論、この数字は直接比較出来る数字ではないとしても、ワクチン接種の明確な効果が見えてこない。

英国のジョンソン首相は、最初自然免疫を目指す方針をとっていた。その方針に英国が戻ったのは、全く新しい型のウイルス病の対策を、ワクチン接種に完全に頼るのは危険だからだろう。自然現象である疫病の制御を、政府が100%責任を持つことなど不可能であることを悟ったのだろう。

2)ウイルスも存続を賭けて変異している

上記サブタイトルは、良く引用される言葉を言い換えただけである。ウイルスが宿主を短期間に死に追いやれば、ウイルス自信も消え去ることになる。その結果、ウイルスは感染力を増し最大限の増殖を“目的”として変異する。東アジアに存在する「ファクターX」を突き破る強力なタイプでありながら、運動性に富む若い世代に対して低毒性の変異種ができたのである。

そのように考えると、ワクチンという”思慮の浅い”方法で、SARS-CoV-2というウイルスの絶滅を目指すのは愚かなことかもしれない。何故なら、それが失敗したときには手痛い反撃を食らうからである。つまり死亡率の高い新型ウイルス病が発生したとき、最善の対策はロックダウンであり、ワクチンではないということである。

中国は武漢のロックダウンを春節が始まる前に行わないで、春節(補足2)に入ってから行った。その長期休暇で、国内外に患者をばら撒いた後に、街をロックダウンしたのである。ロックダウンの日付を春節後に予告の上で設定したことは、世界の人類をこのような境遇に追い詰めた。

 

また、それまでの日数を稼ぐかのごとく、WHOや有力な学者を巻き込んで、人ー人感染はしないと内外に宣伝したことも、中国を追い詰めるトランプ大統領の再選防止のためではないかとなど、悪意に解釈する様に人を誘導する。李文亮医師の命を賭けた訴えを退けた中国政府の罪は重い。https://www.bbc.com/japanese/55967868

ワクチン接種を地球規模で行うことは、地球規模でそれらワクチンに耐性を持つウイルスを培養するようなものである。東アジアでは、当初新型コロナCovid-19の流行はあまり激しく無かった。ダイヤモンド・プリンセス号の船内での感染を最小限に出来なかった日本は無策を攻撃されたが、流行はそれほど大きくはならなかった。

そして、その低い流行に抑える新型コロナ防護壁として謎のファクターXが仮定された。最近、その正体が日本人の60%が持つHLA-A24細胞免疫であるという説が、東大から発表された。https://www.cell.com/cell-host-microbe/pdf/S1931-3128(21)00284-5.pdf

このアジア人が持つ新型コロナからの防護壁を破ったのが、デルタ型変異ウイルスだというのである。実際、台湾、タイ、マレーシアなどでは、2021年6月から急激に感染が広がっている。もしワクチンがつくられなければ、これらの国を含めて東アジアでは大流行には成らなかっただろう。(補足3)

 

今現在でも、ワクチンに効果があるとして、新型コロナ対策としてワクチンに全幅の信頼を置くのは、製薬会社の利益など何か別の利益を考えているのかと疑ってしまう。



台湾での毎日の新規感染者数:

2020年3月に小さいピークがあるが、本格的な流行は2021年6月に入ってからである。よく似たパターンがタイにも見られる。インドネシアやマレーシアも、2021年6月からの感染ピークが圧倒的に2020年のそれらよりも大きい。

 

補足:

 

1)新型コロナ肺炎のパンデミックを世界的流行と訳すことに抵抗を感じるのは私だけだろうか。流行とは、ファッションの流行などに使うとしても、疫病のepidemicに何故「流行」という言葉を使うのか。

 

2)春節は中国の旧正月である。

 

3)昔の江戸の火消しを思い出す。火消しの人たちは、火事を遠巻きに家を鳶口などで破壊して防火ゾーンを作り延焼を防ぐのである。ワクチンは、この例の延長で言えば、人の浅知恵で中途半端に水をかけて、消火するようなものなのだろう。それで失敗すれば、江戸の街全体が火に包まれることになるかもしれないのだ。