―― 人口減少に正しく対応するとは何か ――
はじめに
われわれは単に日本列島に住んでいる個人の集合ではない。長い歴史の中で形成されてきた日本という共同体の構成員である。そこには共通の言語があり、文化があり、生活習慣があり、それらを前提として社会が成り立っている。
少子高齢化によって、この共同体の人口構成はいま大きく変化している。働く世代が減り、高齢者の比率が増えている。しかし、だからといって「減った人数を外国から補えばよい」と単純に考えることには疑問がある。
社会は機械ではない。足りなくなった部品を別の場所から持ってきて差し込めば、それで元通りになるというものではない。異なる言語、文化、宗教、生活習慣を持つ人々を大規模に受け入れるなら、教育、行政、医療、住宅、地域社会なども、それに対応して変化しなければならない。
外国人が悪いという話ではない。人口という数字だけを見て、共同体の構成員を単純に交換可能な労働力として扱ってよいのかという問題である。
さらに重要なのは経済の問題である。人口構成が変わったのであれば、その人口構成に適した産業構造へ日本社会の方を変化させなければならない。
ところが現在行われていることは、しばしばその逆ではないだろうか。日本人労働者が足りなくなったら外国人労働者を入れ、それによって人口が多かった時代に作られた産業構造を維持する。
私はここに、日本経済がなかなか成長しない大きな理由の一つがあるように思う。尚、本記事をアップしようと思ったのは、以下の海外Yぱぱラジオさんの動画解説を視聴したからである。
https://www.youtube.com/watch?v=ly2YRVODJSE
1.人手不足ではない、その賃金では人が来ないと考えるべき
人が足りなければ賃金が上がる。これは市場経済の基本原理である。時給1000円で人が来なければ1200円にする。それでも来なければさらに上げる。そこで人が集まるなら、それがその仕事に必要な労働力の価格である。
高い賃金を払えば経営できないというのであれば、問題は人手不足ではない。その賃金では成立しない事業か、労働生産性向上に向けた投資不足かのどちらかである。
社会に必要な仕事なら、商品やサービスの価格を上げるか、機械化や大規模化などに向けた投資をする事業者によって継続される筈である。これが本来の市場調整である。
しかし、国内で人が集まらなくなるたびに、より低い賃金でも働く人を海外から連れてくれば、この調整は途中で止まる。企業は賃金を大きく上げなくてもよく、機械を導入しなくてもよく、経営者に変化もない。その結果は、日本の低賃金に変化はなく、労働生産性も設備投資も増加しない。低迷の30年とは将にそのような30年ではなかったのか?
こうして「人手不足」は解消されるどころか、かえって永続する。問題は外国人の雇用ではない。高度な技能の技術者や、日本にない発想を持つ研究者や経営者などが日本で能力を発揮することは、歓迎すべきである。
2.農業とコンビニに見る産業構造の問題
日本の農業を見ると、この構造がよく分かる。日本各地で、農家が小規模な農地で経営を続けてきたが、高齢化で継続できなくなるという話が聞かれる。そこで「農業は人手不足だから外国人労働者が必要だ」という議論になる。
しかし、本当にそうなのだろうか。高齢農家が引退するのであれば、農地を意欲ある農家や農業法人に集約すればよい。分散していた農地を一つの経営体が耕し、大型農機や自動化技術を導入すれば、一人が耕せる面積は大きく増える。それが産業構造の変化である。
ところが、今の農業形態をそのまま残し、その労働力だけを外国人で補充すれば、農業は変わらなくて済む。土地集約も機械化も経営規模の拡大も遅れる。その結果、古い農業構造と、その周囲に形成された流通、金融、補助金、業界団体などの既得権益層まで温存されることになる。
コンビニも同じである。店員が集まらないから外国人が必要だという。しかし人が集まらないのであれば、まず賃金を上げるべきである。それで経営できないなら、24時間営業をやめる店が出てもよい。セルフレジや無人化を進めてもよい。近接店舗を統合してもよい。
一店舗を少ない人数で運営できるようにする。これが生産性向上である。人手不足とは、本来こうした技術革新や産業再編を起こす力なのである。その圧力が生じるたびに安い外国人労働力で埋めてしまえば、いつまでたっても昔の仕事の仕方を続けることになる。
3.企業には安くても、日本社会にとって安いとは限らない
もう一つ忘れてはならないのは、外国人労働者の受け入れには企業の人件費以外の費用もあるということである。異なる言語や生活習慣を持つ人々を大規模に受け入れれば、日本語教育、学校教育、行政手続き、医療、住宅、地域社会との調整など、新たな社会的費用が必要になる。
もちろん外国人も税金を払い、社会保険料を払い、消費者として経済に貢献する。したがって外国人受け入れが一方的な財政負担であると言うべきではない。しかし、企業が低賃金労働者を利用して得る利益と、その結果として社会全体が負担する費用は別の勘定である。
企業にとって安い労働力が、日本国全体にとって本当に安いのか。この視点が必要である。そして「少子高齢化だから外国人労働者が必要だ」という議論を突き詰めてみると、結局は「今まで通りでいたい」という要求に行き着くことがある。
今まで通りの農業を続けたい。今まで通りの店舗数を維持したい。今まで通り安い外食や宅配を続けたい。しかし、それを支える日本人労働者が減った。ならば外国から連れてくればよい。これでは人口だけを入れ替えて、産業構造は変わらない。
しかも産業構造の周囲には必ず既得権益が存在する。産業構造が変われば、利益を失う人々がいる。だから改革は進まない。しかし政治家が既得権益へのサービスを優先し続ければ、日本社会全体が衰退する。目先の支持を守る代わりに、国の将来を失うことになる。
4.人口減少に正しく対応するとは何か
必要なのは人口減少を恐れることではない。人口減少という現実に正しく対応することである。日本人が減る。ならば少ない人数でも豊かに暮らせる国を作る。人手が足りない。ならば賃金を上げる。高い賃金では成立しない。ならば機械化する。小規模では採算が合わない。ならば規模を拡大する。
それでも成立しない事業は退出し、そこから人材と資本がより生産性の高い分野へ移る。こうした変化こそ、人口構成が変わった日本社会に必要なのである。
われわれが守るべきなのは、現在ある企業の姿でも、現在ある業界団体でも、昔から続いている仕事の仕方でもない。守るべきなのは、日本という共同体に暮らす人々が、次の世代にも豊かに生きられる社会である。
その目的のために産業構造を変えるのであって、産業構造を維持するために社会の構成そのものを変えるのではない。この順序を取り違えてはならない。
あとがき――優秀な人間が日本を去らなくてよい国に
今回この記事を書くきっかけになったのは、既に紹介したようにYouTubeで「海外Yぱぱラジオ」という名前で配信されている方の動画である。海外から日本社会を観察し、「人手不足」の正体を低賃金労働力と産業構造の問題として非常に明快に説明されていた。
動画からうかがえる思考力や観察力を見る限り、非常に能力の高い方だと私は感じた。この方がなぜ日本を離れ、海外で生活することになったのか、その詳しい事情を私は知らない。ただ私は、自分自身がこれまでブログで何度も書いてきた「このままの日本には将来が見えない」という感覚と、どこかでつながっているのではないかと想像した。
もちろんこれは私自身の推測である。しかし本当に考えなければならないのは、その推測が当たっているかどうかではない。能力のある人間が、日本を離れた方が自分の能力を発揮できると考える社会でよいのかということである。
日本に必要なのは、外国から低賃金労働者を探してくることよりも、日本にいる人間がその能力を最大限に発揮できる社会を作ることではないだろうか。
政治家が第一に考えるべきなのは、そのような国をどう作るかである。既得権益層に利益を配り、現在の産業構造を温存することで票を得る政治を続ければ、その代償を払うのは次の世代である。社会全体を弱らせることで自分の利益を守ることは、結局は自らの首を絞め、さらにその子孫の首まで絞めることになる。
日本が目指すべきなのは、安い労働力が豊富な国ではない。一人一人の能力が十分に発揮され、その能力にふさわしい報酬を得られる国である。そのような日本を作ることこそ、人口減少に正しく対応するということなのだと思う。
追記: 本稿の作成にあたっては、動画の論旨の整理、文章構成および表現の推敲についてChatGPTの協力を得た。

