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人類史の本流は中華秩序なのか、それとも西欧型秩序なのか

1)米国が露呈させた中国共産党政権の真の姿と日本の課題   日本が抱えている最重要な課題は、コロナ問題や拉致問題等ではなく、表題の問に対して明確な答えと姿勢を持つことである。短期的な経済的利益に囚われないで、現在が世界の歴史の方向が決定される時なのかどうかを考えるべきである。...

2018年1月25日木曜日

西部邁さんの安倍批判は非現実的

今月21日に評論家の西部邁氏が多摩川に身を投げて死亡した。最近、チャネル桜などでしばしば、氏の話を聞いていたのでやっぱりと思った。「相当痛みがキツかったのだろうか」とか「精一杯生きて、日本の政治やマスコミの批判などやって欲しかった」という思いも同時に心の中に生じた。

1)ここで、西部氏と村本大輔という芸能人との対談で、西部氏が話した内容について批判しようと思う。死した後も議論をふっかけられるというのも、西部さんなら嫌な気がしないように思う。この対談、西部氏は相当楽しんだようで、予定をだいぶ超えて3時間に及んだと何処かに書いてあった。 https://dot.asahi.com/aera/2017121300053.html?page=4

その議論のなかで、村本は「芸人はもともとオオカミ。でも、途中から犬になるのです。最初は絶滅したオオカミのように魅力的なところがあったのに、テレビに出だすと首輪をした犬になってしまう。」と言った。

それに対して西部氏は、「インテリも同じ。自分の昔の原稿を読むとオオカミとして書いている。それがわずかと思うけど少しずつおとなしくなっている。ワンワンに読んでもらうためにね。」と答えた。

村本氏の芸能人についての言葉は、2-3年前のピース又吉による芥川賞受賞作の「火花」のなかで、漫才師「徳永」の姿勢として描写されているので、意外性は全くない。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2015/08/blog-post_18.html

西部氏の言葉の前半も「インテリ」の定義によるが、「インテリ=学者」と考えるのなら、その通りだろう。(補足1)しかし、後半の言葉は無知蒙昧の大衆の対義語としてインテリを用いているのだろう。西部氏の持つ優越意識、大衆蔑視、劣等感の混合から生じた言葉に聞こえる。本を購入してくれた読者を馬鹿にしたことばである。又吉氏の小説では、漫才師徳永は自分の漫才と大衆受けする漫才の間で苦しんだが、学者と大衆の間で苦しむ姿は西部氏の言葉の中には無い。

なお、学者が論文を書く場合、仲間或いは同業者を対象に書き、同業者の審査を経て学会誌に掲載される。あくまで仲間を対象に文章(理系では実験をした上で)を書くのが学者の仕事であり、それは専門書の場合も同様である。上記のような言葉は口から出ない筈である。それが啓蒙書でも、将来仲間になり得る若い人を対象に書くのだから、そのような言葉はあり得ない。

人を狼型と犬型の二種類に分けて、犬(大衆)用に本を書いたというのなら、それは芸の世界と同じであり、決して客を犬呼ばわりしてはいけない。そしてその金儲け(芸人なら入場料)が目的の行為を、学者たる自分が恥じて居るのなら、普通の学者連中がそうであるように、黙っているだろう。それでも犬用に書いたというのなら、単に目立つようにベンツの高級モデルを下町にある自宅の前に路上駐車させるのと同じ類の行為だろう。

2)西部氏は以前、「60年安保闘争のとき安保反対を叫んでいたが、学生たちは安保条約をまともに読んでいなかった」と言っておられた。出典を示せないのは残念だが、非常に印象的だったので明確に頭の中に叩き込まれている。あれは、感覚的反米闘争であり、現実的闘争ではなかったと思う。

岸政権の安保改定は、少なくとも条約の改善であった。また、当時米国支配の中から抜け出ることは不可能であり、もしそれをクーデターでも起こして実行したのなら、日本国により多くの悲劇をもたらしたと思う。

西部氏は、村本氏との対談で安倍総理と安保法制について以下のように語っている。
安倍さんとは彼が最初に総理を辞めた後、1年間研究会を開いて正しい保守についてレクチャーをしていました。そのうえで気に入らないことを言わせてもらえば、日米同盟の下で安保法制をつくったことです。
僕は安保法制自体には何の問題もないとの立場で、自衛隊が行く必要のある特殊事情があるなら、地球の裏側でも行け、鉄砲も撃てと思う。だけど、それを米国のような国とやるな。米国は北朝鮮の核武装はけしからんと言っておいて、自分たちの友好国のイスラエルなどには、どんどんやれと言っているような国です。


安倍さんにレクチャーしたことを述べた上で、「気に入らないことを言わせて貰えば」というのは、先生が生徒の習熟度に関して採点するという趣旨で使っているのだろう。それは、上記の狼と犬を持ち出した発言を思い出させる。その様な形で安倍政権の政治を批判するのは、間接的だが安倍総理を選んだ国民に対して失礼だと思う。

西辺氏の米国に関する記述はその通りだと思うし、それは伊藤貫氏を招いての議論でも、下記の講演などでも明らかである。https://www.youtube.com/watch?v=_5uUlM_w0_4&t=3s 尚、その他の伊藤貫氏の講演も非常に勉強になる。(補足2)

憲法改正及び集団的自衛権を持つことは、独立して普通の国になる第一歩であるので、保守系の政治家なら誰もが考えることだろう。そして、そのような第一歩がようやく安倍政権になって踏み出せる可能性が出て来たように思う。岸信介総理の時代には、そして、その後の池田、佐藤、中曽根など保守本流の長期政権でも為し得なかったことである。現実問題として、他のだれがそれを実行出来るのか?

真の保守とは、現実主義でなくてはならないと思うのだが、保守を看板にする西部氏の上記言葉は、単に理想論を述べただけで現実性がない。例えば、「総理候補の岸田氏や石破氏ならこのように外交ができるから、安倍総理の間の憲法改正などには反対だ」というのならわかる。しかし、思想家西部氏の考えは、安倍総理は理想の総理からかけ離れているので、安倍総理の下での集団的自衛権法制化には反対だったと言っているように聞こえる。

しかし、日本国は、米国、中国、ロシアに囲まれて、どこかと同盟関係を結んで生きる道を選ぶ以外に道はない。(補足3)その3カ国の中で同盟国として選ぶ場合には、米国が依然として選択肢のトップにある。その上で、中国やロシアとの友好の道も、将来の同盟も視野に入れつつ考えるのが政治家の使命であり、それを安倍政権は行っていると思う。それも国民のバックアップがあってこそ可能なことである。石破氏や岸田氏では、そのようなバックアップはないだろう。何故なら、政治家と政治屋は狼と犬の関係にあるからだ。

補足:
1)インテリとは知識階級のことであり、対義語は大衆である。
2)慶応大学で行われた昨年の講演などでは、米国の現状とトランプ政権との関係が良く分かる。https://www.youtube.com/watch?v=Y_oD0ZWfWz4&t=4225s
3)伊藤貫氏は講演で、近代西欧はウエストファリア体制を維持してきた。その根本は、独立国は互いの内政には介入しないで節度を保とうと言う考えであると説明している。現在、米国、ロシア、中国、ヨーロッパ、インドの5大政治勢力があり、米国一極集中していた世界の覇権が、この5グループに移りつつある。そのなかで、どこかと同盟関係を築く方向で、日本は将来の安定した位置を探るのである。それは、毛沢東が自宅に田中角栄を招いた際に言ったことと同じである。その時インドは眼中になかったかもしれないが。

2018年1月20日土曜日

中川一郎の死の謎(2)とドブ板選挙:日本の政治文化

国の政治家はどのような仕事をするのだろうか? そんな疑問が、内藤國夫著「悶死 中川一郎壊死事件」を読んだ時心に浮かんだ。教科書に記述があれは、「政治家の仕事は、国家の政策と予算を議論及び決定すること」と書かれているだろう。国民の議論がそこまでなら、氷山にぶつかるかもしれない日本国という船を救えないと思う。

1)一週間ほど前に、たまたま中川一郎の死の謎を議論したyou—tube動画を見た。その動画は、14年後の検証というふれこみでテレビ朝日から放送された「驚き桃の木20世紀」(1997/4/18放送)からの抜粋である。しかし、中途半端な推理は逆に謎を深めるだけだったので、その批判文を数日前にブログにかいた。先ず、それに補足することで表記の私の持った問題意識を説明したい。( 13日投稿の記事参照) 

中川一郎の死の謎をもう少し追求すべく読んだのが、上記内藤國夫氏著の本である。この本でも、最終的な真理は闇の中という結論なのだが、一定の枠の中に問題を追い詰めている。つまり、中川、中川の妻、鈴木宗男筆頭秘書のいわば“三角関係”と日本の政治の特殊性が、中川を死に導いた原因である。(補足1)テレビ朝日が上記番組で紹介したCIAやソ連の工作などとの関連は、中川の死のドラマを一般にも面白くするために、番組が持ち込んだものだろう。

この件は、次のように考えると説明可能だと思う。中川とその筆頭秘書である鈴木宗男の作る政治家チームは互いの弱点を補って優秀な政治チームとなった。しかし、そのチームが日本の政治で頭角を現すに伴って、周囲の欲望と期待は、坂道を転げる雪だるまのように大きくなった。坂道を転げる雪だるまは、最後は分解してしまうように、中川は自分で死を選ぶことになったのだと思う。つまり、中川一郎個人の実力を超えるスピードで出世街道を走ってしまったと言うことになるだろう。

中川の仕事は国の政治であるが、地元の期待に答えることもそれと同様或いはそれ以上に、大切に考えなければならないのが日本民の政治家の宿命である。その欲望と期待は、後援会を構成する有力者の私的な利益とも絡んだ地域のものであり、その政治チームでは担いきれないものが多かった。そして、その地元にとって不満足な処理をするのは、秘書の役割であった。そこで地元後援会周辺が、秘書の鈴木を中川との間の障害として憎んだ。そして、次に彼等が利用しようとしたのが中川の妻貞子である。妻は、中川の分身として自分も偉くなったと勘違いするのは、想像に難くない。地元後援会周辺の声が中川に届かないのが、筆頭秘書である鈴木宗男の出しゃばりの所為と考えて、夫の仕事上の分身を夫から切り離そうとした。それが、夫婦仲が険悪になる原因だったのだろう。(補足2)

中川の妻は、美人であり人並み以上の頭脳を持っていたが、その能力は上記のような環境で夫の中川を助ける方向ではなく、潰す方向に働いたのである。中川は睡眠のために抗うつ剤を妻から受取り、アルコールとともに常用することになった。元々見かけとは逆に繊細な神経を持つ中川は、総裁予備選での惨敗とそれによる派閥の減少を一時的な現象であると知性で理解する一方、沈み込む感情と荒んだ身辺の環境とを持て余したのだろう。(補足3)

秘書鈴木を切れば “評価の高い政治チーム”は破壊されるし、鈴木を切らなければ家庭が破壊されるのである。家庭の破壊は、人気商売の政治家の命取りになる。デッドロックである。

その中川の自殺の場面では、直接的或いは間接的に中川夫人や後援会の中心人物が重要な役割をしている可能性もある。しかし、真実は道警を巻き込んだ死因隠しにより闇の中に葬られた。(補足4)謎の死の方が、将来の総理の死として相応しいのかもしれない。尚、前回紹介したテレビ朝日の放送は、新たにソ連の中川への工作を取り上げて面白く番組を作り上げたのだろう。(13日のブログ記事参照)

2)次に日本の政治家のあり方について少し書きたい。ドブ板選挙という言葉がある。各戸の前の側溝を跨いで直接有権者一人一人に会って支持を訴える選挙戦術である。現在、戸別訪問は禁止されているので、徒歩で街頭を回り通行人に握手を求める等も、ドブ板選挙の範疇に入る。

ドブ板選挙を推奨した元首相田中角栄の言葉に、「歩いた家の数しか票は出ない。手を握った数しか票は出ない。」がある。現在では角栄の影響を強く受けた小沢一郎などの政治家が、自グループの候補者にドブ板選挙を積極的に勧めている。(補足5)上記田中の言葉は、田中の鋭い感覚と経験からくるのだろうが、政治そのものには無関心な大衆の本質を形容した言葉とも考えられる。

日本の政治を現す言葉「地盤、看板、カバン」がある。この、地盤を固めるために田中はドブ板選挙が有効であると主張したのである。地盤とは、後援会組織である。看板とは有名であること、そしてカバンは選挙資金である。政治化二世、芸能人、スポーツ選手などが有力候補となるのは、このことばから自明である。政治家が地盤を利用して当選するのなら、その地盤が政治家を利用しようとするのは当然である。

その日本的政治の遺物は至る所に見つかるだろう。例えば、中川一郎に政治家の道を開いた大野伴睦の銅像が新幹線岐阜羽島駅近くに作られている。その駅が大野伴睦の働きで出来たからである。その地盤は、大野伴睦の死後息子により、息子の死後、その妻により夫々継承された。

上記本の第二章にこのような記述がある。「中川事務所で秘書たちが休めるのは、年に10日前後しかない。平日には他の事務所では考えられないほど、凄まじい数の陳情客や来客、それに殆ど鳴りっぱなしの電話で忙殺される」(p58)国家と世界のことを考えるべき国会議員の事務所が、地元の陳情客の対応に忙殺されるのである。しかも将来の総理大臣候補の事務所こそが、そのような情況に追い込まれる。

多くの政治家(特に自民党の政治家)たちは秘書たちと共に、コネを利用しようとする地元の人たちへ対応する日常にありながら、天下国家のことを考えるべき総理大臣の椅子を目指すのである。それは、優秀なる政治家そして総理総裁を一億の国民から選び出すという民主政治の理想形とは、程遠い政治文化である。カバンは政治資金規正法と政党助成金により相当存在感が薄くなったかもしれない。しかし、地盤と看板とは依然威光を放っている。

米国やヨーロッパ等でもそれぞれ独特の政治文化が存在するだろう。欧米など先進国でも民主政は形式的に成立しているに過ぎない。完全な民主政治など世界の何処を探しても存在しない。その形式的民主政のトップランナーの米国では、支配層が大衆は愚鈍であるとの前提で動いているのである。それを思わず口にしてしまったのが、米国のブレジンスキー元大統領補佐官である。 https://www.youtube.com/watch?v=Us9hLRvZ5uc

著名な政治学者であったブレジンスキーは、政治に目覚めた大衆を恐れた。それは、上記サイトでの発言を見れば分かるように、自分たちが政治の実権を失うからである。しかし、大衆が政治に目覚めれば、別のメカニズムで世界の政治が混乱する可能性があると私は思う。政治に目覚めた大衆は、個を主張し始めた羊の群れのように統制を失って迷走するのである。(補足6) 

インターネットは個人に処理能力以上の情報を供給する。そして、基礎的知性を持たないままで、偏った分野において詳細な情報を獲得する人が多くなるだろう。その結果、人間は太古に獲得した協調的社会からも放逐されて、大声で噛み合わない主張を繰り返すバラバラの集団となる可能性がたかい。最終的に生き残るのは、中国のような独裁制を残した国ではないだろうか。

補足:

1)一般に何かが生じたとして、それを「原因と結果と背景」で記述するのはなかなか困難である。例えばサーカスの綱渡りで落下死亡する事故があったとして、その原因を昨夜の疲労に求めることも可能だが、観客の一声に気持ちが揺らいだのかもしれない。また、物理学者なら地球の引力に根本原因を求めるかもしれない。昨夜の疲労も、足の水虫も、靴の出来具合も、観客の様子も、全てを記述して始めて、その事故を知ることになる。しかし裁判では、上記「原因と結果と背景」のパターンに事故或いは事件を押し込むことが不可欠である。

2)自殺の2年後に出た「文藝春秋」85年1月号には貞子夫人が死の引き金は鈴木氏だとし、「鈴木、よくも、この俺を刺したな!!お前に、俺は殺された。俺は死ぬしかない」と怒鳴り、20~30回殴り続けた、といった内容の手記を発表。また、中川一郎の長男である中川昭一氏の妻の中川郁子氏が、貞子さんが明かしたのと同じ光景を目撃したと、「文藝春秋」2010年10月号の中で「義父中川一郎、昭一『親子連続怪死』の全真相」に書いているという。これらの文章を読んでは居ない。しかし、より客観的視点で書かれた上記単行本を読んだ私は、彼女らの手記は信憑性に欠けると思った。14年目に放送されたテレビ朝日の放送も、上記手記を否定するのには十分だろうとさえ思う。 確かに鈴木宗男が参議院選に出るといったときに中川一郎に殴られたという話は、上記内藤國夫の本の7章に出てくる。しかし、その参議院選の話は年内(1982年)に解決している。さらに、上記本には参議院選へ立候補するように鈴木を仕向けたのは、後援会の工作であったと書かれている。尚、上記中川郁子氏の手記に対する鈴木宗男氏の反論が新潮 2010年11月号に掲載されたという。何方が正しいのかは、明白だろう。https://www.j-cast.com/2010/10/18078488.html?p=all

3)向精神薬をアルコールと共に飲むのは絶対タブーである。自殺をしてしまった背景として、その影響が大きく存在すると思われる。

4)縊死が完全に自発的だったのか、それとも強い教唆によるものなのか、半ば強制的だったものなのか、その疑問が残る。それは死体の状態を側近で長い間の友人であった佐藤尚文氏らが、中川の死体を人に見せないようにしたからである。自宅に戻した後も、普通なら棺から出して北枕に寝かせ通夜を行うのだが、一切棺から出さず顔もあまり見せないようにした。更に、荼毘を繰り上げて行う工作を、佐藤尚文、中川貞子、鈴木宗男が行い、死の翌日午前10時に荼毘に付された。(内藤國夫著の本、第8章)縊死の場合、首に二重跡がのこる場合、何らかの異常がそのプロセスにあった証明となる。しかし、内藤の本にもその跡が一重だったか二重だったかなどについての記述はなかった。死因隠しに協力した北海道警察の幹部はその後処分された。

5)日本改造計画の前書きに、グランドキャニオンに垣が設置されていないことを紹介している。予め垣を施して、事故を防いて個人の自由を侵害する日本と大違いだ。そして、個人の自立こそ真の民主主義社会の成立に不可欠だと書いている。この本を読んで、小沢ファンになった人がおおいだろう。しかし、小沢氏の推奨するドブ板選挙とは思想的に正反対ではないかと戸惑ったのだが、この本には数人のゴーストライターがいたということで納得した。

6)大衆の政治に於ける目覚めは、小沢一郎著の「日本改造計画」でも民主政の必須条件である。そして、民主政治のトップランナーの国の重鎮であるブレジンスキーの考え方は、それを否定している。しかし、大衆が本当に政治に目覚めれば、民主政が上手く機能するか? 答えはNOだと思うし、ブレジンスキーもそう考えているだろう。つまり、本来高度な専門職である政治が、大衆が如何に政治に目覚めたとしても、大衆の手の届くところには降りてこないのである。それは、政治よりも単純な物理学や化学、生物学や医学を考えても同様である。つまり、民主主義政治は、理想形に近づけば近づくほど、弱点をさらけ出すことになると思う。(補足6は1/21早朝追加)

2018年1月19日金曜日

雑談2題

1)フローとストック: フローとストックという言葉がある。流量と蓄積量という意味で使われる事が多い。会社の場合、一年間どれだけお金を稼いで、それをどこに投資したり長期債務の返済にあてたりしたかを示した書類をキャッシュフロー計算書という。そして営業純益というフローが蓄積されたのが、利益剰余金というストックである。

国家の場合は、プラスのキャッシュフローは税収や国営事業の益金などと国債発行により調達した金額である。マイナスは、社会福祉や軍備など様々な事業に用いた金額である。ストックは、固定資産や国債残高など債務である。ストックを仕分けた表が、貸借対照表であり、これまでの金の出処が債務(liablities)であり、その金がどのような形で存在しているかを示すのが資産(assets)である。債務=資産が貸借対照表の基本式である。

この両方、ストックとフロー、をみなければ国家財政の健全性は議論できないというのが、西部邁氏と藤井聡氏(内閣参与)の話であった。https://www.youtube.com/watch?v=6D3AX75K78w&t=113s そして、その話があまり良くないとしてコメントを書いたのが、数日前の記事である。その第一の理由は、西部邁氏は国民の貯蓄と国家(財務省)の債務をごちゃ混ぜにして議論していること、更に(それは西部氏の考えと同じなのだが)、藤井氏らの財政拡大派の意見は要するに国民の貯蓄はインフレで消失しても構わないという考えが根本にあるからである。

因みに、このフローとストックの関係は、色んな場面で出てくる。食べた食物がフローで、それが脂肪となったり筋肉となったりするのがストックである。フローの大きさは欲望により決まるとすれば、食べる前の食欲と食べている時の満足感は食べる速度(フロー)に比例する。数学の言葉で言えば、フローをFとすれば、ストックはFの積分であり、食べている時の満足感は、Fの微分だろう。 

それは人間関係でも言えるだろう。良い付き合いと、それにより築き上げた良い関係は、フローとストックの関係となる。(勿論、マイナスの関係も同様である)男女間、同性間、友人間、家族間、会社の付き合い、近所の付き合いなど、色んなバリエーションがあるが、夫々にフローとストック、フローの微分などを考えると、意外と人間関係の理解が深まる可能性がある。

フローとストックは、時間による微分或いは積分の関係にある。つまり、フローの積分がストックであり、ストックの微分がフローである。同様に、距離による微積分の関係もある。多くの文系の方が理解していないかもしれないのが、力とエネルギーの関係である。ある物体に働いた力を動いた距離で積分したのがエネルギーである。

このように理系の基礎的知識は、社会現象においてもその理解の助けになると思う。以上、下らないかもしれない雑談でした。

2)次に、非常に重要な日本の政局について書くが、この文章は米国の人向きではない。それは、最近の小泉元総理の脱原発の動きが気になるという話である。この動きは、日本から核武装の可能性を永久に排除する米国の策略に、”国賊小泉”が協力しているという事だろう。そしてこの政治運動は、米国が北朝鮮の核廃絶を諦めて、中距離核を残し和平の道をとる(と予想される)ことと関係していると思う。http://www.mag2.com/p/news/347302?utm_medium=email&utm_source=mag_news_9999&utm_campaign=mag_news_0119

米朝和平のとき、核武装の話が日本国内で出るだろう。その声が大きくなり実際にその選択を日本国民が考える前には、日本からプルトニウムを無くさなければならないと米国は考えていると思う。オバマ同様トランプも、日本が蓄積しているプルトニウムを引き取ると言うだろう。(補足1)

勿論、北朝鮮の和平後すぐに核武装の動きが日本で具体化する恐れはない。国民の多数は、原爆を落とした米国よりも原爆そのものが憎いという、訳の分からない知的情況にある。日本人の殆どは、原爆が数十万人を殺したという情報から、その決断をした一人の人間の存在を、そしてそれが「友邦」米国の大統領であるということが、どうしても信じられないのである。(補足2)

それはまた、唯一神を信じない日本民族の宗教観から来ているのだろうし、そのような宗教文化は他民族から酷い仕打ちを受けた記憶に乏しい民族のものだろう。原爆を戦争の道具としてではなく、霊を持った存在のように感じてしまうのは、短く言えば太古からの平和ぼけが原因の一つだとおもう。(補足3)

それどころか、中途半端な知識を得たために、国民は原子核や放射線などの言葉にまで強烈なアレルギーを示す。それが抜けるには、北朝鮮或いは中国やロシアによる核兵器を用いた脅しや攻撃が具体的になるまで、相当の時間がかかるだろう。米国や周辺諸国は、その時までにプルトニウムが持てないように日本を導いておけばよいと考えているだろう。

日本国が将来に亘って存在するためには核武装は必須であるという、伊藤貫氏や片岡哲哉氏(「核武装なき改憲は国を滅ぼす」の著者)の考えは正しいと思う。例えば、これも西部邁氏が登場する動画だが、伊藤貫氏らとの討論を聞いて貰いたい。https://www.youtube.com/watch?v=2JV_UPDjW0U&t=665s

もう一つの狙いは、安倍政権潰しである。小泉元総理の脱原発の動きが定着した場合、その是非を問うのが次回の総選挙の争点になる可能性が高い。その場合、自民党の中の国会議員を父祖からの家業だと考える層が、安倍おろしに動くからである。

米国は、安倍政権の長期化を警戒し始めたのだろう。小泉と細川は国賊である。細川は祖父近衛文麿と同じく、日本潰しを扶ける役割を買って出たのだ。

(過激な言葉使いで申し訳ありません。「素人のくせに」という反対意見を期待しています。)

補足:
1)原爆にはウラン型とプルトニウム型がある。高純度のウラン235を得るには、遠心分離機を何段にも用いてやらなければならない。それよりも、原発から得られるプルトニウムの化学処理による抽出の方が簡単だろう。勿論、完全爆発がプルトニウムの方で難しいが、それは技術の問題である。
2)戦勝国米国が敗戦国日本に進駐したとき、日本国民の多くはむしろ歓迎した。それは、大切な家族を兵隊に取られ無駄死にさせずに済むからであった。その後の米国の政策は計算しつくされており、日本国民は全て(私も含めて)親米にした。その日本国民の意識は、米国だけでなく、戦時日本政府(それを敢えて薩長政府と言いたい)と、戦後吉田自民党政府の三者の合作である。
3) I CANとういグループが、核保持国の核兵器独占のための工作を請け負っているのか、それとも日本人的な核兵器アレルギーなのか分からない。善意に解釈すれば、日本人と同じように平和ボケの一種なのかもしれない。平和が長く続けば当然平和ボケも多くなるのが人間の常だからである。ただ、ノーベル財団があるスウェーデンで、戦争に備えよという声が上がっているというのだから、ノーベル財団には皮肉の一つも言いたい気持ちでいっぱいだ。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180118-35113335-cnn-int

2018年1月15日月曜日

日本はプライマリー・バランスに拘らなくて良いのか?:藤井聡内閣参与と西部邁氏の議論について

藤井聡内閣参与の西部邁氏との討論を見た。税収内で国家の予算を組まなければならないという考え、つまりプライマリー・バランス(補足1)の黒字化、を重視する財務省などの姿勢に対する反対論を展開している。しかし、素人の私にもその正確さは低く感じられたので、ここに少し書く。https://www.youtube.com/watch?v=6D3AX75K78w

1)最初に西部邁氏が、財政拡大策を用いて経済成長を目指すべきだという考えのあと、「この4半世紀の間、フロー(つまりプライマリーバランス)だけを考えていては駄目であり、ストックも考えるべきであると、大蔵省の幹部クラスに言ってきたが、誰も聞いてくれない」と言っている。しかし、株をやっている町中の男性を捕まえて聞けば、「ストック(貸借対照表:BS)だけを考えては駄目だ、フローが大事だ」と言うだろう。

つまり、資産の数値化には注意を擁するのである。預貯金ならそのまま数値化が可能だが、米国債など債券になれば数値化が多少或いはかなり困難になってくる。(補足2)そして、道路や湾岸施設などになると、それを数値化してどれだけの意味があるのか。国でも会社でも、資産の数値化には大きなバラツキがあるだろう。会社の場合、公認会計士がチェックしていても、東芝だけでなく不正会計がかなりあった。(補足3)国家(財務省)の作ったバランスシートをチェックする法的根拠やチェック方法を国会がもたないとすれば、更に信用できない。

元財務官僚で最初に日本政府のBSを作ったと公言している高橋洋一氏が、「現在発表されている日本政府のBSに、国の徴税権も資産として加えれば、債務超過ではない。国の徴税権は、税収の15倍ほど(補足4)つまり900兆円位の純資産として計上できるからだ」と言っている。しかし、今日気がついたのだが、これは資産の二重計上である。つまり、財務省の作った貸借対照表(BS)にある有形固定資産(つまり道路や湾岸施設など)があるから、その中で企業等の経済活動が可能であり、徴税ができるのである。

勿論、プライマリーバランス(PB)を死守する必要はないし、国家のバランスシートの拡大は経済発展とともに大きくなるのは当然である。そして、現在の日本が従来型のデフレ下にあるのなら、確かに財政拡大策は必要だろう。一時的な財政拡大が破綻に繋がるほど日本のバランスシートは悪くない様である。(日本政府と米国政府のバランスシート:https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43416690.html

従って、国家の防衛に不安があるのなら、そこに予算を倍付けたとしても、それは当然の決断である。しかし、地震に備えて防潮堤を築くなどの国土強靭化は、地震が予測出来ない以上、無駄遣いである。そのような無駄使いができる情況には、日本はないと思う。尚、国債の信用と日銀のバランスシートについては、昨年ブログで紹介した。 https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43424501.html

2)現在のデフレ的経済情況は経済のグローバル化による先進国に共通した現象であり、従来型不況ではない。日本は現在殆ど完全雇用にあり、企業は最高益を上げているところも多い。財政拡大で偏った部門、例えば建設業、に需要を起こしても、人手不足が深刻化して政府が外国人労働者受入枠を拡大するだけで、消費財での継続的な需要拡大に繋がらないのではないだろうか。

政府が議論すべきは、如何にして国民が感じる将来への不安を減少させ、国民の貯蓄性向を減少させるかということだろう。企業の設備投資を増加させて労働生産性を向上させるのは、企業が独自に判断することであり、国家が口出すことではない。企業も自社の実力と将来に不安を感じているので、設備投資や新規展開を控えているのだろう。将来に向けて考えるべきは、日本の企業の体質や能力の改善である。

米国(マイクロソフト、アップル、フェイスブックなどナスダック銘柄)で為し得たことが何故日本では為し得ないのか?創造性、革新性、攻撃性に欠ける日本文化がその主要な原因の一つであると思う。ダイソン型扇風機のアイデアが東芝の研究現場にあったのに、何故それが取り上げられなかったのか?何故、日本の大胆な経営が外国から帰化された人たちによって主に行われているのか?何故、ダイエー、日産、シャープ、東芝が潰れ、外国の支配下に入るのか?それらが本当の日本の問題である。

それらは、PBに対する考え方で解決する筈がない。経済のグローバル化と共に、独特な労働市場や社会構造に関する文化も根本的原因の主要な部分である。巨額の財政出動とそれによる大幅なインフレは、国民や企業の貯蓄の実質的評価を下げる働きがあり、それは益々それらの経済活動を消極的にするだろう。

また、資源や食料を外国に頼る日本は、円は基軸通貨ではないので、経常赤字になる可能性が予想されたら行き過ぎた円安は防がなければならない。そのため、財政もPBを意識しなければならない。円の価値は、現在日本国債の信用に裏打ちされている。国債の信用低下は、突然の利息上昇と円安を招くことになり、デフレどころか資源価格や食料価格の上昇による大幅なインフレとなり、国民は食えなくなる。

藤井氏の書いた本の表題「プライマリー・バランス(PB)の大嘘」は、日本語的に可怪しい。表題であっても、もうちょっと日本語の正しい使い方が出来る人でないと、意見を聴く気にならない。

3)最初に、会社でも国家でもストックよりもフローが大事だと言う主旨のことを書いた。例えば家計の話をすると、30代に家を買ってローンを組むことは普通である。その年は大赤字であるが、それが許されるのは返却の目途が立っているからである。返却の目途が立っているということは、キャッシュ・フローが黒字だということである。

ここ40年ほど日本の財政収支は赤字である。http://ecodb.net/country/JP/imf_ggxcnl.html また、現在日本の経済は斜陽であると私は感じている。その原因には色々あるが、上にも書いたように日本文化にまで遡る必要がある。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43514249.html この様な時、借金をよりふくらませる方向で予算を組む場合には、明確な理由が必要であると思う。

その是非を議論するには、財政赤字を最少にすること至上命題と考える財務省と、そんなことを気にしている場合ではないと考える、防衛省、経産省、文科省、総務省などその他の省が議論をして折り合いをつけ、その議論の仕上げを国会でやるのが正しい筈である。従って、西部邁氏が財務官僚の幹部を非難する根拠はなく、非難すべきは内閣と国会だと思う。

現在を簡単にデフレというが、今年の物価上昇率は+0.37%である。宅配便の値上げや郵送料の値上げ、時間給の上昇など、現在インフレの気配が出ている。過去20年程のデフレ的経済情況は経済のグローバル化による先進国に共通した現象である。高橋是清の財政政策の猿真似で解決できるのか疑問である。最近の動画で、藤井氏は韓国の経済も財政をどんどん拡大すれば良くなると言っていた。私は、藤井さんの経済の知識を全く信用しない。

追補:西部邁氏の主張の中で、「日本国民の金融資産が1,700兆円あるので、国債残高を差し引いても700兆円あまる」とい話がある。しかし、国家財政と日本国民の金融資産とを合算するわけにはいかない。また、日本国債は円建てであり、殆ど全て日本国内で売られているという話があった。それは、国家財政の破綻を防ぐことは、可能であることを意味している。その場合、激しいインフレになり、国民の金融資産の価値が激減することになる。新円を発行して、旧円と交換することで、実質的に国民の金融資産の国家財政への移転ということになるような気がする。

今回の議論は筆者の専門分野内ではありません。厳しい反論や意見等期待します。(追補以下は21:30加筆)

補足:
1)プライマリー・バランスは、一般会計における歳出額から公債費と税収を引いた収支のことである。
2)トランプ大統領になって、米国の財政破綻の危険性すら議論されている。https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/03/post-4693.php
3)ストックの評価が難しいのは、ソフトバンクの貸借対照表を考えれば分かる。https://biz-kyoyo.link/mba-finance/franchise-softbank/
4)税額の17倍と言ったかもしれない。

2018年1月13日土曜日

東西冷戦の被害者?中川一郎の自殺について

たまたまyoutubeで中川一郎の自殺(1983/1/9)について考察した動画を見た。恐らく、1997/4/18放送の「驚き桃の木20世紀」というテレビ朝日の番組から作った動画だろうと思う。この番組は見ていなかったので、メモとしてその概略(+α)をここに残そうと思う。真実に程遠いと思われる図式を紹介していると思うので、コメントを最後に付け足した。 https://www.youtube.com/watch?v=SIvAg7o2R1A

1)政治家中川一郎と彼の当時の状況:

中川一郎は1925年3月9日生まれ、1947年北海道庁職員になり、1953年に大野伴睦北海道開発庁長官の秘書になる。1959年に12年間の役人生活を止め、大野伴睦の秘書を経て、1963年大野伴睦の勧めで北海道五区から立候補し衆議院議員になった。1977年福田赳夫内閣で農林大臣、次の鈴木善幸内閣で科学技術庁長官を務めた。

石原慎太郎や渡辺美智雄らと青嵐会を結成したのは、1973年のことである。青嵐会の政治目標は、自主独立の日本をつくることだったようである。1979年自由確信同友会(事実上の中川派)を結成し、自民党に属してそのチャンスをまった。1982年秋の自民党総裁選が行われ、勝つ見込みはなかったが、石原などの強い要請で立候補した。(補足0)

当時自民党では、田中角栄がキングメーカーとして君臨していた。それに対抗していたのが福田赳夫で、角福戦争と呼ばれた時代である。田中角栄は中曽根康弘を推していたが、対立する福田赳夫が対抗策を考えていた。

福田派のプリンスと呼ばれた安倍晋三を総理にしたかったが、国会議員の選挙で勝ち目がないと考え、党員党友が票を持つ総裁選予備選(補足1)を行うことを考えた。福田は予備選を行う為には党則では四人の立候補が必要だったため、頭数を揃えるだけの目的で中川に推薦人を貸し、立候補させた。

地元以外の各地に出向き演説をした際に、中川は予想外の人々の熱気を感じた。「それを総理総裁も無理ではないかもしれないと感じたとしたら、それは経験のない中川の誤解だった」と石原慎太郎は語る。蓋を開けてみれば、それら国民の人気は、自民党党員と党友の票には直接繋がらず、最下位となった。その結果を非常に深刻に受け取ってしまった中川(石原談)は、自分には総理総裁の道は永久に来ないと思い込んだのかもしれない。

中曽根内閣が発足した夜、福田邸を訪れて激しい口論になったという。(補足2)その後、福田赳夫との間の関係が険悪になっていき、櫛の歯が抜けるように何人もが中川派を離れた。翌年の1月8日、の派閥の新年会で周囲の観測では尋常な姿ではなかったという。(補足3)5分間ほどの挨拶ののち、周囲に勧められてホテルの自室に戻った。「もうダメだ、俺は今日が限界だ」と漏らしたという。翌朝夫人により浴室で首をつった姿で発見された。中川をベッドに移したのち救急車を呼んだのは、古くからの友人で側近の佐藤尚文氏と秘書である。

病院での検死の後、中川の周囲(おそらく佐藤尚文氏や秘書)の依頼で、警察は嘘の死因と死亡時刻を発表した。佐藤氏は、「死因をそのまま発表するのが、可哀想だという気持ちだった」という。4日後、結局本当の死因と死亡推定時刻がリークされて新聞紙上にでた。

2)動画の後半で、此の時期に中川が抱えていた別の問題が紹介されていた。それは、ソ連側の工作の対象に中川がなっていたことである。 ソ連側の資料(1982年8月29日のソ連中央委員会書記局121会議録)に、イワン・イワノビッチ・コワレンコというスパイ(ソ連共産党中央委員会国際部副部長)を日本に派遣し、中川に対日交渉の窓口になるように抱き込むプログラムの記述があったのである。

コワレンコへの直接取材でその工作は以下のように進行したことがわかった。最初彼は田中角栄に近づこうと考えたが、ロッキード事件で不可能になった。そこで他の接触すべき日本のリーダーを探した。コワレンコは青嵐会の「日本は自主独立で平和な国になるべきである」という主張を重視し、中川と会うことにした。(補足4)総裁選立候補から10日後の1982年9月10日、ある筋の紹介で中川と赤坂の料亭で会い4時間ほど話した。そして高いポストを持つ日本人である中川の口から初めて、「ソ連と有効平和関係を持ちたい」という言葉を聞いたという。

会談の翌日、コワレンコはソ連大使館からクレムリンに、ソ連との善隣有効関係を結ぶべきとの考えを持っていると打電した。その話は、青嵐会の無二の同志(石原氏談)である石原慎太郎氏も知らなかったとのことである。中川との話の中で、コワレンコは「日本はサハリン油田の開発にも将来参加することができる」との考えを伝えた。

石原氏は、「アメリカの手の届かないところで日本の技術と資本で原油開発ができるとなれば、アメリカは日本を押さえておく手立てを失うことになるので、反対しただろう」と述べている。(補足5)ソ連大使館は中川の死の5日後、「中川は、CIAの手先に米国に不都合な人間として消された。米国は中川が総裁になって、独自の政治路線を出すことをおそれたのだ」とクレムリンに打電した。

コワレンコもそのように取材に答えている。「ただ、CIAは誰を使ったのかわからない」と言っている。石原も、わからないが、そのような話が本当ならDIA(米国国防情報局)は大きな関心をもっただろうと言っている。CIAは(朝日放送の)取材要請に文書で回答してきた。それによると、中川一郎に関する情報は、国防および外交上の機密に関するため、いかなる情報も公開できないと回答してきたという。(補足6)

解説の森田実氏は、「中川氏をよく知っている人は、このコワレンコの話を荒唐無稽な話として受け取るだろう」と話をしている。(補足7)そして、「日本の政治が米国の対ソ戦略の中に組み込まれていた。中川氏は農林大臣であったので、日ソ漁業交渉の際にソ連と人脈ができるので、ソ連が中川に接触を求めたのは事実だろう」と続けた。「否定する明確な根拠がないのは恐ろしいことだ。真実はきっちり残すべきだ」と語った。

此の時期の日本は、東西冷戦の渦の中に巻き込まれていたのである。そして、中川も渦の中にいたのは事実だろうが、どれほど深く巻き込まれていたかは明らかではない。

3)放送では、北見での死の前日の姿を映している。その中では、中川の姿に深刻な様子は見えなかった。その後、旭川で友人の佐藤尚文氏と合流して、札幌に向かった。「中川はとにかく死ぬと言うのだ。俺の政治生命は終わった、死ぬと言うのだ」、「そこで奥さんと二人で一生懸命元気をつけた」と語った。

直前、午前3時半から午前4時過ぎまで、最後の言葉を友人と電話でかわしていた。北海道庁勤務時代で友人だった石原二三朗氏である。その時石原氏は、「“総裁選挙なら何度でもできることだし、色んな人が解決してくれるので、あまり気にしない方が良い”と言った。そして、それは(中川は)納得していたのですよ」と語った。

そして、「電話を切る直前に、“おーおー”という中川の声を聞いた。だれかが近くに来た時の中川の癖であった。そこで、電話を切った。午前4時を回っていたとき、だれかと会ったと思う」と石原氏は言った。

この重要な言葉について、深く追求されていないのは不思議である。警察がそれを無視したのなら、他になにかがあるだろうと思う。あるいは、適当な理由を見つけて、話を小さくまとめて中川の死を警察として処分したかったのかもしれない。

石原二三朗氏は中川自殺と関係があるかもしれない以下のような話をした。総裁選の数年前、二三朗氏はその同じホテルで中川と会った。当時中川の札幌事務所長とともに不動産会社を経営していた石原氏は、その会社の解散を依頼されたという。中川は、自らの政治生命のためと話した。そしてその時、中川は「総裁になれなかったら、俺はこのホテルで死ぬ」と言ったという。石原二三朗氏は、その時中川は軽く言っただけだと思ったと語った。

動画の最後で、石原慎太郎氏は「あれだけの男が自分で死ぬというのは、それだけの重いものがあっただろう。自分の推測を語る気はないが、彼は政治家として自分で責任ととったのだろう」と語る。更に、「上草義輝氏は、この世の中にただ一つの真実を知る人間が数人いる筈ですから。」と不自然に言葉を切った場面が挿入されている。他に上記、佐藤尚文氏と中川一郎の後をついだ中川昭一氏の言葉が紹介され、動画は終わった。

4)おわりに:

この動画を繰り返し見て、上記文章を書いた。そして、この番組が非常に不真面目につくられていると感じた。重要なヒントの多く無視して、ストーリーのほとんどを中川の友人で側近の佐藤尚文氏の証言に沿って作っているからである。そこには、重要な政治家の死の真相を追求することにより、日本国にプラスになる何かを掴みたいという姿勢のかけらもない。

この放送では、未完の推理小説を視聴者に紹介する娯楽番組に終始している。 北海道庁時代からの友人で 死の 約30分まえまで話していた石原二三朗氏の言葉にあったように、そして二人の弟たちが語ったように、総裁選で落選しただけでは中川の自殺の動機として十分ではない。

番組(動画)で無視した重要なヒントとか異常な取り扱いを以下に羅列する。①友人の石原二三朗氏の証言にある、自殺推定時刻午前5時の30分ほど前に、中川が誰かと部屋であっている可能性;②同じ中川派の参議院議員の上草義輝氏は、この世の中にただ一つの真実を知る人間が数人いる筈と言ったこと、③同じく石原慎太郎氏も独自の推理を持っているが言えないと言ったこと、④警察による検死を病院で簡単に済ませ、司法解剖しなかったこと、⑤司法当局は、現場を即時に抑えることを怠ったこと、⑥翌日早々に火葬したこと、⑦第一発見者の中川夫人や秘書であった鈴木宗男氏などの重要な人物との関連をほとんど詮索していないこと、などである。

現場近くに居た人間からの聞き取りなどで事件の真相が全く掴めないのなら、一旦網を大きく広げてヒントを探すことが謎解きの原則だと思う。

補足

0)動画では、立候補を決断したのは、沖縄戦で死亡した大田実海軍中将の慰霊式の際であった。その時中川は「私は神になった」と言ったという。
1)自民党の規定では4人以上の立候補者が出た場合に、党員・党友による予備選挙を行い、予備選挙で1位と2位の候補を対象として党所属国会議員による本選挙を行う。その候補として、福田派の安倍晋太郎、河本派の河本敏夫が出ることになったが4人目がいなかった。そこで福田は、兼ねたから総理を目指すと噂のあった中川に立候補を勧めた。党則では立候補には50人の推薦人が必要だが、中川派は僅か14名しか居なかったため、福田派の応援36名を得て立候補した。
2)上記動画では、福田は推薦人を中川に示す際、「本気になるなよ」と念を押されたとの語りが挿入されている。それが事実なら、最下位落選後福田と口論になる理由はない。何かが隠されているのか、それとも中川はその時すでに精神的に異常に追い詰められていたのかもしれない。
3)友人で後援会員の佐藤尚文氏は、背広が濡れるほどの汗をかいていたと証言している。
4)この会食については、公安調査庁もそれを把握していた。(元公安調査庁、菅沼光弘氏談)
5)独自の資源外交を展開しようとして失脚した政治家に田中角栄がいる。同じ理由で、中川がサハリン石油の開発に乗り出せば、同じ虎の尾を踏むことになる。http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20111004/223006/
6)何故か全文が見えない形で動画に出している。以下の写真参照:
7)荒唐無稽というのは、コワレンコの話した内容の内、“中川を殺したのはCIAである”という部分だろう。

2018年1月10日水曜日

戦略を持てない国日本、訳のわからない国日本

今日三つの小文を他サイトでブログ記事として書いた。それを連続的に掲載する。私にも理解できない国とその政治家や評論家についての愚痴である。

1)文在寅の中国圏入りの決断:慰安婦問題で再び日本攻撃する真意



YOU TUBE動画を用いて、有本香氏が慰安婦問題に関する韓国政府の姿勢変更を攻撃している。その論理には辟易とするので、コメントを投稿した。その要旨を以下に書く。 https://www.youtube.com/watch?v=qw1CWqplhZI

韓国政府や米国議会は、有本さんの主張は全てわかっている。日本政府が直接的に、強制連行による戦地売春婦(慰安婦)の調達や、戦地売春宿(慰安所)の経営などに関与している筈はない。韓国人学者である朴裕河氏の「帝国の慰安婦」を読めばわかることである。同様のことを韓国政府も行っている。朝鮮戦争の際、米軍向けに慰安所を設置したことである。日本の慰安婦として名乗り出た人の中には、朝鮮戦争の慰安婦だったとその発言から思われるケースもある。

日本政府の直接関与がなかったということは、例えば、旧日本軍に属していた韓国人兵士を対象に米軍が行った聞き取り結果でも分かる。太平洋地区で戦地売春婦、つまり慰安婦だった人は全員、親や親族から業者に売られたか、或いは自分の意志で参加した女性だった。その事実を韓国政府や米国議会は知っていて、あのような主張や議会決議をしたのである。

慰安婦問題は、韓国や米国にとっては日本を操縦するための道具でしかない。そこがわからないのなら、政治家もコメンテーターもこの問題に対する議論に寄与できないだろう。つまり、今回の韓国の日韓合意見直しは、韓国が日米韓の枠から脱して、中韓朝の枠をつくりそこに入る覚悟を決めたという文政権の表明なのだと思う。そこでどうするか?それを考えて話すべきである。

因みに、ウソを外交の道具に用いるのは英米が20世紀から多用し始めたことだろう。偽証は聖書にあるとおり、キリスト教の神も賛成しない。従って、このような手法がキリスト教圏で古くからあった筈はない。

現在の英米などの指導者は宗教を信じていないので、“日本教”を信じる日本の政治家達より戦略が自由である。つまり、悪を為すことに平気である。米国では、素人が政治を知り過ぎたら、100万人でも説得するより殺す方が簡単だと言った人が、重鎮として座っていたのである。昨年なくなったが。

動画の十分すぎから、韓国の慰安婦問題は、中国の意図であるという意見があった。しかし、慰安婦問題に中国が参加し始めたのは最近のことである。日本が韓国に手こずっているのをみて、利用できると思ったのだろう。

韓国の味方をして、慰安婦問題に協力したのは米国である。そんなことは、慰安婦像がどこで増えてきたかを見ればわかりそうなものだ。そしてまた、一昨年の日韓合意は、オバマ元大統領に脅されてやったことだと思う。それは、安倍総理のそれ以前の主張などから明らかである。オバマ元大統領の説得と脅しの根拠は、「北朝鮮に日米韓が協力して対抗するため」だろう。オバマ氏にとっては一石二鳥の成果だったと思う。

韓国政府は、そんな日韓合意など中国圏に入ると決めれば無視し、更に慰安婦問題を利用しようと考えるのは、今までのやり口を見ていれば分かることだろう。

2)アメリカのポチ、小泉元総理の反原発



米国は北朝鮮の核を全廃できないので、中距離核まで持たせ、そこを和平交渉の落とし所とするだろう。その際、厄介な問題となる可能性は、日本で核武装論が高まることである。当面は、日米安保と米国の核の傘で説得可能だが、東アジアでの覇権を完全に中国に渡して撤退する場合、日本で独自に核保有すべきという意見が高まるだろう。

米国が中国の核兵器以上に恐れるのが日本の核兵器である。現在日本が持っているプルトニウムを徐々に米国に移送しておけば、そして東アジアから撤退する時に日本に原発がなければ、日本は独自核をもてないだろう。

何故中国以上に日本を恐れるのかは、以前も書いた通りである。それは、米国は日本を降伏させるのには不要だったにも拘らず、原爆投下を日本の二都市を対象に実験的にしたこと、及び、中国は米国が助けた国であるということである。第二次大戦中には蒋介石を助け、日本との戦いを勝利に導いた。その後は、共産中国を助けた。ルーズベルトは共産主義者を側近にかかえていたし、彼自身も共産主義に理解があった。そして、米国はマッカーサーが北朝鮮とそれに協力する中国軍を叩くと言った時、彼をクビにして、其れを防いだ。

それに米国人の多くは、中国人の方が日本人よりも分かりやすい様である。日本人は未だに理解不能なのだろう。そこで、日本を弱体化しておくことが、これまで戦後75年の基本的な米国の戦略だった。

いよいよ、多極化の時代になり、米国も日本を抑えるため東アジアに米軍を展開しておくことができなくなった。瓶の蓋がもたなくなったのである。そこで、育てておいた米国のポチである小泉元総理をけしかけて、日本から永久に核保持の能力を奪おうと考えているのである。 https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20180110-00000040-jnn-pol

細川元総理は何も理解できないレベルの人間なので、小泉が勝手に抱き込んだのだろう。まあ、細川氏レベルが総理大臣になる国だから、米国が日本は理解できないと思うのは当然かもしれない。

3)理解出来ない日本:華美になる成人式は日本国の消滅を予言するかのようだ



成人式当日に貸衣装会社がもぬけの殻になり、かなりの数の女性が被害にあった。二年前から予約をし、数十万円を支払った振り袖が予約通りに着ることが出来なくなったという。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180109-00010001-biz_shoko-bus_all

上記記事の中の文章:
「娘の振り袖を注文し、代金90万円はすでに支払った。他の業者より営業のダイレクトメールが早く届き、担当者の対応も良かったので契約した。早くしないと(着付けの)良い場所や時間を押さえられない」と言われ、契約を急がされたという。女性(母親)は眼に涙を浮かべながら、はれのひ(貸し衣装会社の名前)に渡された「お振袖お預り証」を見せてくれた。

どう思いますか? 成人式なんか下らない。テレビのニュースでは、参加者の多くは臨時の同窓会の感覚で出席すると証言していた。そんな式典に数十万円の貸し衣装を着て、”仮装行列”をする若者と彼らを擁する民族の愚かさを笑いたい。しかし、その一瞬あとに虚無感が私を襲う。何故なら、私もその民族の一員だからだ。

私が市町村長なら、「成人式は作業着で来てください」と通知を出し、成人式のバッジを胸に付けさせ、「何でも良いから、町に出て、奉仕作業をしてくるように」と言い渡す。勿論、自由参加方式でやる。誰も来なくても、通知は出し続ける。(次の選挙で落ちるだろう。)

大人(何歳からか分からないが)になるということは、社会を自分たちが支えるということである。その覚悟をつける日に親から数十万円の貸し衣装の金を出してもらって、仮装行列をして何になる。

勿論、GDPを上げる役割はあるだろう。それは、会社が夜逃げをして、別のところで衣装を調達した人が出れば、その分GDPの上昇に寄与する。馬鹿な親には、そのような景気浮揚策に協力してもらうのも良いだろう。

しかし、そうとばかりは言っておれない。10年程前、娘に卒業式で羽織袴を着る風習に抵抗してもらった(半ば強制だったのか?)。それに娘は耐えてくれた。しかし、それ以上は無理だろう。「無駄な抵抗はよせ」日本の空気は直接心の臓に脅しをかけてくるのだ。

2018年1月9日火曜日

南北対話の後:ハシゴを外される日本?

国際問題評論家の田中宇氏がブログで、朝鮮半島の軟着陸のシナリオを考察している。それによると、中国とロシアは、北朝鮮が核開発を現状凍結することを条件に軟着陸させる可能性を議論している様だ。http://tanakanews.com/180107korea.htm  韓国の文在寅政権はそれを最初から望んでおり、今日その第一歩である南北対談が行われる。会談の内容が注目される。 

田中氏は、韓国は北朝鮮に気をつかって話をオリンピックに限定し、核軍備などについての話はしないだろうと予測している。日本政府は、北朝鮮が核廃棄に向けた政策に変更しなければ、南北会談は意味がないと声明を出しているが、そんな話になる訳がない。トランプ大統領も平和に向けた会談を歓迎すると表明しているが、これは正直な言葉だろう。米国は戦争などやりたくはないのだから。 

北朝鮮の南北対話継続の条件は米韓軍事演習を止めることであり、差し当たり直近の演習は延期された。米国は、演習延期はオリンピックを平穏に行うためだとしているが、今回の話し合いの結果次第で、韓国は永遠に延期するだろう。最終的に南北の同盟関係に発展すると思われる。 

米国は、4月に演習を行うと表明しているが、それは日本で核武装を考える層に対するフェイントかも知れない。最終的には、米国の核の傘と日米安保は万全だという米国政府の声明と、日本のそれに対する盲従的発言で、米国は一件落着とするだろう。それが、先週末に書いた私のブログの内容である。 

最近、米国の世界での存在感が、GDPのシェア低下も示す様に明らかに低下している。その結果、米国一極の世界は終わり、世界は多極化の方向に進んでいる。そんな中米国は、東アジアでの覇権をそう遠くない将来、放棄するだろう。その際、後に核武装した日本を残したく無いのである。 。https://www.wsj.com/articles/does-trump-want-a-nuclear-japan-1504549899

この一年間、東アジアで米国が時間を取って行ってきたことについて、北朝鮮との対立の図式でしか考えない日本人は愚かである。米国が慎重に検討してきたことは、北朝鮮の核戦力を現状で承認した場合、日本が核武装に踏み出すかどうかを見極めることだったと私は思う。そして、米国が期待するのは、通常兵器やミサイル迎撃システムを米国から沢山買い込み、米国との軍事的協調関係を深めれば、北朝鮮の核と対峙できると盲信する日本である。 

その日本を極東の孤児(本人が気付かない形で)として残せば、日米安保条約が「金のなる木」として極東に残り米国にとって万々歳である。実際、そのようになりつつあると思う。

韓国の文在寅政権と違って、日本は最後まで米国から自立出来ないだろう。それは、日本の核アレルギーを醸成することに協力的な池上彰氏など評論家諸氏を含めて日本のマスコミの米国への協力と(昨日のブログ参照)、日本の政治家の事なかれ主義の結果である。

  以上のように考えるのだが、一つだけ疑問が残る。それは「ロシアはそのシナリオで満足なのだろうか?」というものである。中露の友好は、米国一極時代の遺物となる筈だが。。。。東アジアの覇権は中国が握る。時間が経てば、朝鮮半島への影響力をロシアは失うだろう。ロシアの経済は、停滞を続けシベリアでの人口分布は、中露国境において急勾配を為す。千島や樺太は、ロシアの最果ての地で終わるだろう。

それなら、プーチンといっても大した政治家ではない!!!??? (語句編集あり、18時)

2018年1月8日月曜日

核兵器禁止条約は可能か? 池上彰の核廃絶を訴えるインチキ番組について

1)昨夜、東海テレビの池上彰緊急SP「なぜ世界から核兵器がなくならないか」を午後9時から(後半部分)見た。そこで、中南米及びカリブ海諸国の核兵器禁止条約(トラテロルコ条約;1967年署名)を紹介していた。その他にアフリカやオセアニアも同様の条約を成立させているとのことであった。

このトラテオルコ条約の成立に尽力したメキシコの外交官のアルフォンソ・ガルシア・ロブレスは、1982年のノーベル平和賞を受賞している。この人の他に、世界から核兵器を無くする為の条約締結に努力すると発言したオバマ前米国大統領、今年のI CANなども、核兵器禁止関連でノーベル賞を受賞した。

アルフォンソ・ガルシア・ロブレス氏以外の上記人たちは、本当に核兵器廃絶が可能であることを信じ、それに貢献したいと思って運動したのなら、ノーベル賞を辞退すべきであった。そうでなければ、ノーベル賞を貰うためにやったとか、有名になるためにやったのではないか、という疑いをかけられるだろう。彼らが多くの人達がなるほどと頷く核兵器廃絶の方向を具体的に示さない限り、”彼らの核廃絶”は絵に書いた餅である。その絵に書いた餅で、一億円を超える賞金を手にした彼らを誰が信じるのか?それ(ノーベル賞辞退)をしなかった以上、十分知的なかれらは核廃絶など出来ないことが分かっていた筈だと私は思う。

トラテオルコ条約も、核の脅威に晒されれば崩れるだろう。その証拠の一つに、その条約締結の切っ掛けになったのはキューバ危機だが、そのキューバはその条約に加盟していないことが挙げられる。この様な言い方はしたくないのだが、核兵器を持つ能力の無い国々が現状を維持しようと約束したにすぎない。条約は撤退可能であり、日本など核の脅威に晒された国は、この条約を過大評価すべきでないと思う。

その後番組は、昨年の核兵器禁止条約に何故日本は参加しなかったのかについて、日本政府を批判する内容で進行していた。それは池上氏の単なる私的利益か政治的意図を持ったプロパガンダだと思う。何故なら、日本は既にNPT(核拡散防止条約)に参加している。非核保持国にとってNPTは核兵器禁止条約と同等の意味を持つ。核保持国を放置して、非核保持国の手足をNPTの他にもう一つの条約で二重に縛って得をするのは、現在の核保持国である。NPTの全文は以下を参照。http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/B-S51-0403.pdf

核兵器禁止条約は核保持国が互いに締結するのなら意味があるが、核保持国を除いてそのような条約の話をして、何の意味があるのか。菅官房長官の核兵器禁止条約に何故日本は参加しなかったかと問われた時の発言を、その主旨で受け取れば当然のものである。(補足1) 馬鹿とインチキ野郎(池上氏)の共演にはうんざりである。その様な議論を真面目にするのなら、西部邁や伊藤貫を参加させろと言いたい。

2)大きな仕事は何事も、緻密な計画を立てなければ不可能である。そしてそのスタートは、環境などの条件整備で始まるだろう。次に、実現のための材料や道具を揃えて、最後に計画書に沿って実行する。

核保持国らは互いに核保持を前提に外交関係を築いてきたので、いきなり核廃絶しろと条約書を突きつけても、参加出来る訳がない。昨年のような核兵器禁止条約の先頭に立つ国連も、その意味では一部の人間のプロパガンダ機関になっているという感じである。

現在ナショナリズムの方向に揺り戻されているが、グローバル化は核兵器廃止を含めて世界平和を目標に進められた計画と見ることができる。つまり経済のグローバル化の次の段階として、政治のグローバル化を進め、世界政府の樹立により世界平和を実現するのである。経済のグローバル化は、先ず戦争の原因である貧困を世界から撲滅することを目的として進められたと考えられる。世界政府という権威とそれに付随した権力が出来れば、核兵器の一元管理ができ、核の脅威からほぼ解放されるだろう。

勿論、経済だけに集中していたのでは、先進国での貧富の二極化が起こり、その企みは成功しないことが明らかになってきた。現在、そのような見方で経済のグローバル化を見る人は少ないだろうが、ロックフェラーの回顧録ではそのように書かれている。http://www.kanekashi.com/blog/2015/05/4175.html

私なら以下のように考える。核兵器の廃絶は、それが出来てしまった以上、それより強力な兵器が実現するまでは不可能である。また、テロリスト(必ずしも米国の定義と同一ではない)が核兵器をつくれる情況では、むしろ廃絶すべきではない。目指すべきは、核兵器の脅威を最低にすることである。

現在、不完全ながら国際的な権力として、国連の安全保障理事会がある。それを改革して、世界政府に育てることが最も有力な核の脅威を最低にする方法だろう。そこで、常任理事国の枠を広げて、国連を第二次大戦の戦勝国連合から、真に国際的な権力へ成長させる。それが、世界平和を目指すのなら、最初にすべきことだと思う。

この段階では、亡命政府的な世界政府だが、革命の最初のステップとして、亡命政府の樹立は考えられるステップである。その次に為すべきは、国連常備軍を設立することだろう。そこにいくらかの核兵器を世界の数カ所で管理するのである。それはテロリストや異常な指導者に率いられた国の出現に備えるためである。

その段階で始めて、現在数千発持つ米国やロシアなどの核兵器の廃絶を要求できるだろう。つまり、世界中の国家が核兵器廃絶条約を結ぶことが可能となると思う。

昨年のような核兵器禁止条約は、幼稚園児に量子力学を理解しろという類のものである。国連において真面目顔で核兵器禁止条約を議論していた人たちは、ステップ・バイ・ステップという原始時代に人類が得た知性すら無くしてしまったのかと言いたい。世界の全ての国が参加する核兵器禁止条約を議論する時間があるのなら、北朝鮮問題をどうするか議論すべきであった。前者を実現する知性と覚悟があれば、後者はもっと簡単な筈である。

日本政府の「自衛のための核兵器保持は、憲法に違反しない」という国会答弁も、現在の国際環境から考えて当然である。池上氏は最後に、「核廃絶の為に我々が持つ力は、微力であってもそれは不可能ではない」とか何とか言っていたが、その具体的な道筋を話さない限り、今後も番組を欲しいと放送局の経営者に言っている類の台詞に過ぎない。

補足: 1)番組では、「自衛の為の核保持は憲法違反なのか」という質問を白真勲議員が国会でした場面が出ていた。それに対する内閣法制局長官の答弁は、憲法はそれを禁止していないであった。質問者は、元在日韓国人であり、民進党の国会議員である。https://ja.wikipedia.org/wiki/白眞勲 因みに以前、政治家とマスコミ人には日本在住三世以降の人間しか登用してはならないと法で定めるべきだとブログに書いたことがある。

2018年1月7日日曜日

外交のSCF理論:相手の言葉をそのまま信じてはいけない

1)人間が考えだした論理として、数学は殆ど完全である。殆どと言ったのは、数学が專門ではないので、知らない部分があるかもしれないからである。その数学の形式で、人間の言動や行動を表現すると、分かりやすくなることがある。(勿論、複雑になっただけであるという意見も人により出て来るだろう。)

例えば、言葉=f(x,y,z);行動=g(X,Y,Z)という関係式を立てる。数学を少しでも学んだ経験が有る人は、言葉=f(x,y,z)を見た途端に、その“数式まがい”を書いた人は、「全ての言葉は、それを発する人がそう思ったことを口にしたものである。」は、明らかに間違いであると言いたいのだと理解するだろう。

上式で、xはその人の欲望である。yはその人が置かれた情況である。zは聞き手である。つまり、上式の言葉=f(x,y,z)は、言葉は何かの目的を持って、それを達成するために、ある情況下で聞き手に何かを期待して、発せられるという意味である。

この式で、xと書いた言葉を発する人の目的だが、それも単純にはいかない。その目的パラメータ(補足1)xは、その人が頭の中で創り出したもので、本当にその人の欲望と一対一対応しないかもしれない。その人の置かれた情況のパラメータyは、本当の情況というよりは、その情況を発言者が考えて理解した情況である。(補足2)聞き手パラメータzは、あくまで話し手が理解している聞き手とその性質である。

2)上の文章は、最初に書いたように、当たり前のことをグダグダと複雑にしただけのような話であると受け取る人も多いだろう。しかし、韓国が主張する慰安婦問題でも、日本は韓国の主張を全く解析もせずそのまま受け取って、外交に反映してきたことを考えて欲しい。つまり、多くの右派の解説者などは、「韓国の言う慰安婦問題は事実誤認である」と主張しているのである。

しかし、事実は韓国も十分知っている筈だと私は言いたいのである。つまり、上式の言葉=f(x,y,z)において、日本政府や右派の評論家諸氏の大多数は、xというパラメータだけ、つまり韓国政府の慰安婦問題の理解とそこから生じる日本に対する要求、だけを考えていると思う。勿論、一部はy、つまり韓国の置かれた情況、も考えていると言っている。しかし、zつまり自分が韓国の要求にどう反応するかを、韓国に読まれていることを十分承知している人は殆ど居ないのだ。

ここで、自己無撞着場という言葉を紹介したい。英語でself consistent fieldという。量子化学を知っている人はSCF理論という言葉を思い出すだろう。外交で言えば、落ち着く所という意味である。対人関係では、落とし所という言葉が使われるかもしれない。

韓国の言葉=f(x,y,z)とすると、zは韓国が考える日本である。その日本は、韓国の言葉を受けて、日本の言葉=g(X,Y,Z)と言い返す。Zは日本の考える韓国である。外交は、gを受けて、韓国がzつまり日本に対する理解を少し改めて、つまりパラメータzを少し変更し、新たに発言をする。勿論その際、韓国自身のパラメータ(x,y)も変更されるだろう。それを受けて、日本は韓国の(主張など)に対する理解を少し改めて、パラメータZを変更する。(X,Y)についても韓国同様に少し変えるだろう。

その作業を繰り返して、最終的にパラメータ(x,y,z)と(X,Y,Z)が落ち着くところとして得られる。zは、韓国が理解する日本とその最終的主張であり、Zは、日本が理解する韓国と、その最終的主張である。その合意した事を互いに実行することで問題が消滅する。この最終的パラメータである(z、Z)で記述される外交的関係が、自己無撞着場(SCF)である。それが新しい日韓関係となる。(補足3)

慰安婦問題の場合、ややこしいのは、そこに米国が介入していることである。米国が、その時々の事情でこの問題に介入してくる限り、永久に自己無撞着的解決はできない。その典型が、一昨年末の日韓合意なのだろう。

補足:
1)パラメータとは例えば変数xに実際の数字を入れるのだが、その数値をパラメータという。
2)雪原で凍死者が裸で発見されることがあるという。寒さのあまり、生体が精一杯発熱をして、つまり“ほてる”という現象で、暑く感じて衣服を脱ぐらしい。それ程でなくても、人の心理は複雑であり、自分の欲望をそのまま理解できない場合も多い。
3)必ずしも問題はSCF的に解決するとは限らない。しかし、日韓はそのような関係では無いと思いたい。

2018年1月6日土曜日

北朝鮮と韓国の連邦制の動きについて

1)年が明けて、韓国と北朝鮮が対話を行うことになった。これは、北朝鮮による核兵器搭載のICBM開発に向けた時間稼ぎと見る人が多い。しかし、それは従来の米朝対立の図式での考えであり、もう古いと思う。米国による北朝鮮の空爆はないだろう。あまりにも被害が大きく、その割に利益が少ないからである。米国にとって北朝鮮は一貫して、戦略のための道具であったが、その利用も終わりに近いと思う。

これまで米国の犬的人物を使って北朝鮮空爆があると思わせているのは、日本を最後まで米国に引きつけておく為だろう。北朝鮮と米国との和平の時点で、ハシゴを外されて途方に暮れる日本の姿が目に浮かぶ。実際、トランプ大統領は南北対話を自分のかけた圧力の成果だといって自慢している一方、中央日報が報じた様に、日本が世界で唯一南北対話に冷淡である。http://japanese.joins.com/article/223/237223.html?servcode=A00§code=A10&cloc=jp|article|ichioshi(補足1)

戦後の米国の戦略は一貫していると思う。それは、冷戦時にはアチソンライン以東を米国の完全覇権下におくことであっただろう。その具体的な方法は、①日本を孤立及び無力化して米国隷属下に置くこと、(補足2)②日米戦争に関して米国の正義を確定すること、③中ソの対立を維持すること、などだと思う。

米国にとって日本は、戦後も一貫して仮想敵国である。それは、田中角栄に毛沢東が話した通りだと思う。(補足3)その日本に関して米国が想像する最悪のシナリオは、日本がノーマルな独立国となって、近隣との関係を築き核武装することである。それを抑えることは、米国の対日政策の根幹であり、日米安保条約で属国化することの目的である。また、日本の永遠の非核化は、米国と中国との国交回復の際にキッシンジャーが周恩来に約束したことである。
http://nippon-senmon.tripod.com/tairiku/chuugoku/kiken_na_nippon.html

しかし、米国にとっての東アジア最大の脅威は中国であり、それ故、中国と日本が協力関係をもつことを非常に嫌う。毛沢東はそれを熟知して、田中に本音の話をしたと思う。(上記補足)中国と日本の間に楔を打ち込むため、つまり日本を孤立させるために、いろんな方法を用いてきただろう。その一つの方法は、中国や韓国に反日思想を吹き込むことだったと思う。(補足4) 米国は対日戦争中の蒋介石支援を対中国支援にすり替えて、中国に対して長年の友人関係を演出しながら、中国を警戒している。独立国家間の関係とは、そのようなものだろう。

東アジアで米国の覇権を維持するために置かれたのが、在韓米軍及び在日米軍である。その米軍と諜報員の東アジア常駐に対して表向きの根拠を与えたのが、朝鮮戦争とその相手国の北朝鮮である。つまり、米国が東アジアを中国の覇権下におく時期になったと判断すれば、北朝鮮との敵対関係の意義は半減する。現在、北朝鮮の温存は中国と合意していると言われているので、敢えてそれほど大きな脅威でない北朝鮮の核兵器を取り除くために、戦争をする必要などないだろう。

ティラーソン国務長官の最近の発言などから考えても、北朝鮮の核保持を現在の状態まで認めることになると思われる。それは米国の支配層の本音である。オバマ政権で大統領補佐官を務めたコンドリーザ・ライス氏も「我々は北朝鮮の核保有を大目に見ることができる。冷戦中にソビエトの何千もの核兵器を大目に見てきたように」と言ったという。https://abematimes.com/posts/2877513

2)以上の様に考えると、文在寅韓国大統領の中国訪問は、相当内容の濃い話がされている可能性がある。日本では専ら、冷遇された文大統領という報道がされているのだが、それは日本を欺くためのものだろう。中国や米国が、日本がロシアとの関係構築に動く可能性を警戒して、日本の対米従属派の頭を操作しているのだと思う。ハシゴは相手が気付かない様に外さなければならないのである。
https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43252803.html
https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43335395.html

つまり、韓国は北朝鮮との連合体制構築のプロセスを、中国と話し合った可能性があると思う。米国と中国との間には、北朝鮮の核を現状で凍結することを前提に、北朝鮮との和平を目指す合意がある可能性が高い。その第一歩が、韓国により踏み出されたのではないだろうか。

韓国の動きには、日本は気付かない。何をするか分からない国という烙印を押しているからである。韓国は日本に対して、Madman theoryを使っている。敢えて今、慰安婦問題を同時に持ち出したのは、マッドマンを演じるためかもしれないし、北朝鮮に対日本戦術を教えるためかもしれない。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180104-00050055-yom-pol (補足5)

世界は今、米国一極体制から多極化に向かっている。米国支配層の考えは、上述の様に朝鮮半島は既に中国の受け持つ領域となっていると思う。米国は、その新しい東アジアの覇権図に向かって、米国にとって最も利益ある誘導を考えていると思うべきである。そのプロセスにおいて、米国が最優先するのは、上記③の中国とロシアの融和を阻止することだろう。政治的には、ロシアは米国の第一のライバルである。日本は友好国(属国)として保持したいだろうが、しわ寄せを吸収する役割を強いられると思う。既に述べた通り、日本のロシア接近についても米国は警戒していると思う。https://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/43473221.html

金正恩を気違いだと言うアホな評論家が多いが、非常に大雑把に言って、彼は(西部邁氏などもいうように)相当したたかな指導者だ。最近、金正恩はこれまでの方向を少しずつ変化させようと考えていると思う。具体的には、韓国との平和的統合を考えていると思う。北朝鮮の核開発は金日成が南北統一の為の道具として開発を始めた。しかし、それを完遂することは非常に困難であることを既に金正恩は知っている筈である。武力で南北統一をする時代でないことにも気付いているのである。

久しぶりに金正恩がテレビの画面に出て、灰色の背広姿に金日成や金正日のバッジを付けない姿を見せた。核大国となった旨の(ウソの)宣言を行ったのだが、その核兵器は朝鮮統一の目的とは必ずしも言えないことを暗示していると思う。また、人民服から灰色の背広への変化は、共産党一党独裁にも拘っていないことを示しているのではないだろうか。

3)蛇足:

戦後日本が真の独立国となる道としては、米国と双務的な同盟関係を築くこと以外のプロセスは考えられなかっただろう。田中角栄も同じ道を目指した筈である。歴代の自民党内閣は、短命内閣に終わるか、米国完全従属の道をとって長期政権となるか、だけを繰り返すことで終わった。長期政権の担当者となった人たちは、政治家としての能力と志が低かったのである。

困難な道だろうが、冷戦時なら独立国となることは可能だったと思う。しかし、そのチャンスを活かせなかったのは、日本の政治文化が諸外国からみて、あまりにも異質且つ低レベルだったからだろう。(補足7)つまり、日本ではリーダーを能力で選び出すメカニズムが働かないのである。それは、誰が優れているかを話し合う公の空間(peer reviewの空間;補足6)が無いからである。日本にある人間関係は、一対一の上下関係が定まった人間関係であり、公の空間は専ら「和」を演出する為に独占されている。(補足8)

そして、米国への隷属を金科玉条の如く守り通すべく作られた1955年体制である。自主憲法制定という自民党の党是は、日本の道路脇に多く見られる立看板のようなものだろう。(補足9)つまり、日本の真の独立は自民党の破壊、つまり分裂が無ければ不可能である。小泉政権と同様、安倍政権も最初は自民党を破壊する様な趣もあったが、70年談話や米国議会での演説以降、米国の傀儡的政権に見えだした。日韓慰安婦合意は、その象徴のような出来事であった。

北朝鮮問題は、日本にとって非常に厳しい国際環境の誕生という形で解決されるだろう。核保持国としての朝鮮連邦の出現である。それにも拘らず、米国の核の傘を相変わらず米国と日本政府は強調するだろう。私は素人ながら、そのように思う。尚、昨日柏原竜一著「北朝鮮発 第三次世界大戦」という本が届いた。今日、元気なら読む予定である。

以上、私的なメモとして背伸びをして書きましたので、批判など歓迎します。

補足:
1)小野寺防衛大臣が、テレビに出演して、「日米韓に核兵器を使えば、北朝鮮が無くなるほどの影響を受ける」と言ったそうだが、北朝鮮は核兵器を韓国や米国には使わない。日本に使えば、日本がなくなる程の影響を受けるだろう。米国を100%信用して言っているとしたら、馬鹿な大臣だ。
2)日本を孤立させる為に、尖閣、歯舞と色丹、竹島などの領土問題などを残し、中国や韓国に反日思想を起こした。また、正義の米国を確定するために、東京裁判という茶番を演じた他に、WGIPという洗脳を日本国民に施した。
3)毛沢東は、日本の敵として四つあげた。ソ連、アメリカ、EC、そして中国である。それら全てを敵にしては、日本は存立し得ない。中国と組まないかと言ったのである。http://www.marino.ne.jp/~rendaico/kakuei/phirosophy_higekisei.htm
4)韓国に李承晩政権を作り、反日政策を取らせた。米国で、『The Rape of Nanking: The Forgotten Holocaust of World War II』などの本が出版され、各地で慰安婦の像が建立された。本の出版や慰安婦の像は、米国が直接関係したことではないだろうが、それを許す雰囲気を察して一部が行ったことだろう。昨年日本で話題になった「忖度」は、関係者が権力者の本意を知っているから起こることである。
5)日本は、韓国は馬鹿だと決めつけている。しかし、何方が馬鹿かは結果が示すだろう。すくなくとも韓国は、米国と同盟下に在りながら独自の道を模索している。
6)自然科学が非常に高度に発達したのは、論文のpeer review、すなわち仲間内での審査制度があったからである。それは論文審査だけではなく、学会での議論を含めてのことである。
7)対米戦争における敗戦は日本を経済的な底に落とした。そこからある程度這い上がるまでに、差し当たりの経済優先は当然だろう。しかし、経済優先に専念することは、政治的サボタージュであったと思う。安易な道からの脱却は、利己的な人間にとって至難である。< 8)公の空間(表の空間)は、満場一致で和を演出する空間に過ぎない。大勢が参加する表空間で認知されないケースは、人格が低い場合である。人格とは、出自、学歴、職歴、受賞歴、風貌などに於いて減点方式で査定される一次元の数である。減点方式なのは、レベルの低い人間が指摘できるのは欠点だからである。従って、一旦二流の人間がトップにつくと、次には必然として三流の人間がトップになる。ただし、人格点は比較的高いだろう。それは最近の大企業の体たらくをみても、最近話題になった日本相撲協会の評議委員会などを見ても明らかである。
9)近くの小学校の脇に、「大人が変われば、子供が変わる」という立て看板があった。後で、追補として写真を載せる予定である。最も多いのは、「ゴミは自分で処理しましょう」という類のものである。
追補:

2018年1月3日水曜日

ローマ法皇の核廃絶運動

1)毎日新聞配信の記事:
フランシスコ・ローマ法王は、原爆投下後の長崎で撮影された「焼き場に立つ少年」の写真をカードに印刷し、「戦争が生み出したもの」との言葉を付けて広めるよう指示した。ローマ法王庁(バチカン)が1日までに発表した。法王はこれまでも核兵器廃絶を呼び掛けており、改めて平和を訴えた。 https://mainichi.jp/articles/20180102/k00/00m/030/062000c
米軍の従軍カメラマン、故ジョー・オダネルさんが撮影した写真は、バチカンの広報を通じて、毎年1月1月に祝われるカトリック教会による「世界平和の日」に先立って配布された。

2)現在世界で行われている核廃絶運動の結果として、核廃絶が実現することはない。それは世界中の国が、核攻撃を受けないために核兵器を保持すべきと考えているからである。その核武装の論理は、カダフィ、フセイン、そして、金正恩らにより証明された。神に祈っても、世界が平和になるわけではないことも同様である。

世界史において、多くの地域の植民地化に大きな力となったのはイエズス会であり、その多くはキリスト教圏の国々により戦争を経て成し遂げられたことは周知である。そして、その後世界の政治を支配し核兵器の多くを所持しているのはキリスト教圏の国々である。

戦争が生み出したものを議論するのなら、その前に何が戦争を生み出すのかについての考えを示すべきである。それがないのなら、その写真を利用すべきではないだろう。

武器は戦争の原因ではなく、単に道具である。従って、上記のような明確な説明がない限り、その運動は核保持国の核独占を支援する"核廃絶プロパガンダ"だと、核を持たない国は解釈するだろう。その種のプロパガンダは、非核保持国の少年が、非核保有国であるが故に将来核攻撃を受けて、同じ姿で焼き場の前に立つことに繋がると思う。