Voice 3月号の巻頭討論「ユーラシアの地政学」を読んだ。テレビでおなじみの佐藤優氏と宮家邦彦氏の対談をまとめたものである。二番目のセクションからは面白く読ませていただいた。二番目からのセクションタイトルは、「プーチンの思惑」、「日豪関係の重要性」、「韓国との付き合い方」、「中国こそ韓国の脅威」、そして「21世紀のグレート・ゲーム」である。例えば、最後のセクションでは、宮家氏が”やはり日本人にとって大切になるのは、四方を海に囲まれた我国が地政学的に如何に恵まれているか、翻って各国が地政学的にどんな状況にあるのか、という想像力でしょうね。”と発言している。この点は本当にその通りであると思った。
しかし、最初のセクション「反知性主義の病理」には一部納得し難い箇所があり、その点に絞って感想を書く。最初に佐藤優氏が、“日本の言論界では反知性主義が席巻しだしている"として、ヘイトスピーチを行い、排外主義的な書物を出版する人たちを非難している。この点には同意するが、そこからの二人の意見には同意しかねる。佐藤氏の反知性主義の定義は、「客観性や実証性を無視もしくは軽視して、自分が望む様に世界を理解する態度のこと」である。そして、”反知性主義は学歴の高い人でも陥る危険がある。外務省をやめた途端に反米主義者になったり、陰謀論者になる人がいて情けないですが、日米同盟は日本の外交に欠かせない要件です。この点が崩れた人の本は読まなくて良いでしょう”と発言している。
私はこの部分の発言で、この人の限界を見た気がする。“外務省を止めたとたんに反米主義者になった人”と非難しているのは、孫崎享氏なのだろうか。また、陰謀論者になった人とは馬淵睦夫氏なのだろうか。両氏の本を読んだが、非常に示唆に富んだ内容であり、日本の戦略を考える上で役立つ筈だと思った(注釈1)。
もちろん、日米関係は日本外交に欠かせない要件であると思う。しかし、孫崎享氏の考えを反米主義として、馬淵睦夫氏の分析を陰謀論として葬ることでしか、彼らと対峙出来ない人は、そもそも外交専門家としては貧弱に思える。そのような姿勢で、夫々自国の利益をしたたかに追求する外交の場に臨むのは、自国の手足を縛ってしまうようなことになると思う。勿論、現場に居る人は米国の思惑と推理できることがあっても、それを本に書くことはできないだろう。しかし、退職したのなら、国家機密保護の原則にふれない範囲で自由に発表してよい筈である。
続いて宮家氏が、“我々が対峙しているのは、歴史学ではなく、現実としての国際政治です。過去の価値ではなく、現代の価値で戦っている、ということです。現代の価値とは、自由、民主、法の支配、人権、人道という普遍的価値を意味します。こうした普遍的価値に背を向けて、過去の価値体系で議論しても、国際政治の場では何の意味もありません。”と発言している。
表舞台で、これらを普遍的価値と看做すのは当然だろう。しかし、日本が関係を大切にすべき国家である、米国を始めとする西欧諸国が、本当に「自由、民主、法の支配、人権、人道」で動いているのか? 現代的価値というが、その現代は何時から始まったのか?第二次大戦後なのか、それ以前なら何時頃なのか?それを明らかにしなければ議論にならないと思う。そして、何よりも、米国のCIAやM何とかという英国の秘密情報機関、米国と結びつきが強い、イスラエルのモサドなどが、その現代的価値を重視して動いているのか?
本音があるのなら、もう少し本音を出して話して欲しい。本音があっても出せないのなら、そのような発言をしないで欲しい。世界が上記現代的価値で動いていると思う人が多くなるのは、日本の有権者を全体的に幼稚にしてしまう。
佐藤氏による反知性主義の定義は、「客観性や実証性を無視もしくは軽視して、自分が望む様に世界を理解する態度のこと」であった。諜報機関が裏で活動することも多い外交の世界では、当然秘密裏に(宮家氏の定義した)”現代的価値”を無視したことが起こり得て、それが外交を考える上で鍵となることも多い筈である。サイエンスではないので、客観性や実証性に縛られると、非常に外交における思考の幅を狭めてしまうと思う。
陰謀論を披露する人々だが、二つに分類出来ると思う。真面目な陰謀論者と陰謀で陰謀論を語る者である。真面目な方は、例えば上に挙げた馬淵睦夫氏である。彼が著した「国難の正体」は、私を含め素人の読者には非常に参考になる本である(注釈2)。もちろん、それを100%信じるのは反知性主義かもしれない。しかし、そのような考え方を披露するのは、反知性主義では決して無いと私は思う。
陰謀で陰謀論を語る者とは、「東日本大震災(地震)は、地震兵器で某国がひき起した」などと語る人である。“陰謀で陰謀論を語る人”は、真面目な陰謀論者を抱き込んで、一緒にゴミ箱に捨てられる役を引き受けているのだろう。もちろん、そのような陰謀があるかどうか客観性も実証性もない。しかし、外交とはそのような世界ではないのか?
注釈:
1)1)孫崎享著「アメリカに潰された政治家たち」と馬淵睦夫著「国難の正体」は、有益な本だと思う。そのような考え方があることを、日本人は知るべきである。
2)このように具体名を挙げると、「馬淵さんはちょっと極端な意見を述べただけで、反知性主義者ではありません」と反論されるかもしれない。しかし、彼らには反論の資格がない。何故なら、彼らは反知性主義者の具体名を挙げていないし、且つ、外務省を退職した馬淵睦夫氏が書いた「国難の正体」は、あるグループの陰謀をのべたものであるからである。
注目の投稿
人類史の本流は中華秩序なのか、それとも西欧型秩序なのか
1)米国が露呈させた中国共産党政権の真の姿と日本の課題 日本が抱えている最重要な課題は、コロナ問題や拉致問題等ではなく、表題の問に対して明確な答えと姿勢を持つことである。短期的な経済的利益に囚われないで、現在が世界の歴史の方向が決定される時なのかどうかを考えるべきである。...
2015年2月28日土曜日
中一殺害事件に関して:
中学一年生殺害事件についての報道がいろいろなされている。何の為に報道しているのか疑問に思うものが多く(注1)、大きな犠牲を払っても何も学ばないのは情けない。
犯人と思われる高校生3人が昨日逮捕されたが、ほとんど黙秘しているようだ。今朝のウエイクというテレビ番組でもその件に触れ、“主犯と思われる男が、「人を殺してみたい」と言っていた”との証言を、友人関係の中から得ていることが報道されていた。
以前の投稿(2/21のブログ参照)で、「人を殺してみたい」という人間は、幼少時に健全なる親子関係を経験していないだろうと書いた。健全なる親子関係とは、親から愛情を受けて育てられていることを実感しながら、社会に生きる為の基本ルールを教わることである。
気になるのは、最近そのような幼少期を持てないこどもたちが増加してはいないかということである。もし増加しているとしたら、それは“社会を構成する基本ユニットは家庭であるべきである”という意識が、社会からそして行政から無くなりつつあることが原因ではないのか。
行政は、男女共同参画と称して、家庭を基本ユニットとする伝統的枠組みを敢えて破壊しようとしている。また、グローバル経済の中で、多くの人が国内外で右往左往している様に見える。そして、成人全ての人生の中心に仕事があり、“家庭とそこで生まれる子供”を中心に置くべきであるということを、日本政府も日本社会もほとんど忘れている様に見える。
個人を社会の基本的構成員として考えるのは、神を精神の中心に置くキリスト教社会の伝統であると思う(注2)。そこでは、男女二人が神にたいする誓いでもって家庭を築くという、伝統も同時に存在する。その後者の伝統が無いにも拘らず、前者の形だけ丸呑みで受け入れようとしている現在の日本社会の姿勢に、基本的問題があるのではないだろうか。
注釈:
1)推理小説を紹介する様な報道は控えてもらいたい。1人の将来ある若者が殺されたのだから。 2)キリスト教などでは、唯一神と人は一対一で信仰という”契約関係”を結ぶ。そして、神の像や崇拝の為の物体など神と人の間に介入するものの存在を、厳しく禁止している。(モーセの十戒)
知的文化の象徴である大学でも、欧米の伝統と日本のそれとは大きく違う。今年一月に米国の大学に移った、経済学の伊藤隆敏教授の講義前(大学院)の準備は、学生の名前と顔を覚えることだった。議論を教授と学生達の間で、明確に個人を特定して進めるためである。(モーニングサテライトにて放送;写真は伊藤教授のコロンビア大ではないが、同じくアイビーリーグの一つであるコーネル大)
犯人と思われる高校生3人が昨日逮捕されたが、ほとんど黙秘しているようだ。今朝のウエイクというテレビ番組でもその件に触れ、“主犯と思われる男が、「人を殺してみたい」と言っていた”との証言を、友人関係の中から得ていることが報道されていた。
以前の投稿(2/21のブログ参照)で、「人を殺してみたい」という人間は、幼少時に健全なる親子関係を経験していないだろうと書いた。健全なる親子関係とは、親から愛情を受けて育てられていることを実感しながら、社会に生きる為の基本ルールを教わることである。
気になるのは、最近そのような幼少期を持てないこどもたちが増加してはいないかということである。もし増加しているとしたら、それは“社会を構成する基本ユニットは家庭であるべきである”という意識が、社会からそして行政から無くなりつつあることが原因ではないのか。
行政は、男女共同参画と称して、家庭を基本ユニットとする伝統的枠組みを敢えて破壊しようとしている。また、グローバル経済の中で、多くの人が国内外で右往左往している様に見える。そして、成人全ての人生の中心に仕事があり、“家庭とそこで生まれる子供”を中心に置くべきであるということを、日本政府も日本社会もほとんど忘れている様に見える。
個人を社会の基本的構成員として考えるのは、神を精神の中心に置くキリスト教社会の伝統であると思う(注2)。そこでは、男女二人が神にたいする誓いでもって家庭を築くという、伝統も同時に存在する。その後者の伝統が無いにも拘らず、前者の形だけ丸呑みで受け入れようとしている現在の日本社会の姿勢に、基本的問題があるのではないだろうか。
注釈:
1)推理小説を紹介する様な報道は控えてもらいたい。1人の将来ある若者が殺されたのだから。 2)キリスト教などでは、唯一神と人は一対一で信仰という”契約関係”を結ぶ。そして、神の像や崇拝の為の物体など神と人の間に介入するものの存在を、厳しく禁止している。(モーセの十戒)
知的文化の象徴である大学でも、欧米の伝統と日本のそれとは大きく違う。今年一月に米国の大学に移った、経済学の伊藤隆敏教授の講義前(大学院)の準備は、学生の名前と顔を覚えることだった。議論を教授と学生達の間で、明確に個人を特定して進めるためである。(モーニングサテライトにて放送;写真は伊藤教授のコロンビア大ではないが、同じくアイビーリーグの一つであるコーネル大)
2015年2月25日水曜日
ISISはCIAが作った:米国元将軍が言っている
CNNのニュースに出演した米国の元将軍(陸軍)が、「ISIS(イスラム国)はシリアのアサド政府と戦わす為に、我々の友人及び同盟国がお金を出して作った」と言っている。https://www.youtube.com/watch?v=QHLqaSZPe98
別のサイトでは、著名な週刊誌The Nationの“The CIA is training syria’s rebels:Uh-Oh. Says a top Iraqi leader” と題する記事を見せて、その中に書かれた”CIAはヨルダンに秘密基地を持ち、その中でシリアの反乱軍を訓練して、ISISやアルカイダと一緒にアサド政権と戦わせている“とある、 https://www.youtube.com/watch?v=P9U6nSoeuPc
このサイトでは、更にフランスで起こった自爆テロに関して、CBSはunder wear bomber(自爆テロリストだろう)は二重スパイだと報道し、Guardianはunder wear bomberはCIAで働いていたと報道している。
引用されているCNN, The Nation, CBS, Gardianなどは全て有名な米国のマスコミである。それらが、このような本質に切り込んだ、そして自国に不利になるかもしれない、報道を行なっているのに、何故、日本のマスコミは何も言わないのだ。
政府からもらった情報をそのまま掲載したり放送したりして、国民から視聴料や購読料をとっている。泥棒同然ではないか。情けない国の情けないマスコミだ。
別のサイトでは、著名な週刊誌The Nationの“The CIA is training syria’s rebels:Uh-Oh. Says a top Iraqi leader” と題する記事を見せて、その中に書かれた”CIAはヨルダンに秘密基地を持ち、その中でシリアの反乱軍を訓練して、ISISやアルカイダと一緒にアサド政権と戦わせている“とある、 https://www.youtube.com/watch?v=P9U6nSoeuPc
このサイトでは、更にフランスで起こった自爆テロに関して、CBSはunder wear bomber(自爆テロリストだろう)は二重スパイだと報道し、Guardianはunder wear bomberはCIAで働いていたと報道している。
引用されているCNN, The Nation, CBS, Gardianなどは全て有名な米国のマスコミである。それらが、このような本質に切り込んだ、そして自国に不利になるかもしれない、報道を行なっているのに、何故、日本のマスコミは何も言わないのだ。
政府からもらった情報をそのまま掲載したり放送したりして、国民から視聴料や購読料をとっている。泥棒同然ではないか。情けない国の情けないマスコミだ。
2015年2月24日火曜日
名演説の力: 昨夜のテレビ番組の感想
昨夜、池上彰氏が戦後の世界を変えた言葉について、その背景やその後の歴史の変化について紹介していた。面白く、且つ、為になる番組だったが、同時に強い不満感も持った。
その番組では、素晴らしい演説が紹介されていた。例えば、人種差別に反対するキング牧師の演説では、 “I have a dream that one day on the red hills of Georgia, the sons of former slaves and the sons of former slave owners will be able to sit down together at the table of brotherhood.”(私には夢がある。それは、いつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の息子たちとかつての奴隷所有者の息子たちが、兄弟として同じテーブルにつくという夢である。)を筆頭にして、多くの形での人種差別をあげ、”I have a dream that "という同じ形の文章で繰り返し、その撤廃を聴衆に強く訴えている。そして、それらが心に刻み込まれるように工夫された名演説である。(http://aboutusa.japan.usembassy.gov/j/jusaj-majordocs-king.html) (注釈1)
ケネディー大統領の演説も非常に有名である。その中の「そして、同胞であるアメリカ市民の皆さん、国があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるかを考えようではありませんか。また同胞である世界市民の皆さん、アメリカがあなたのために何をしてくれるかではなく、人類の自由のために共に何ができるかを考えようではありませんか。」が特に有名であるが、それだけでなく世界のリーダーとしてなされた演説全体を味わうべきだと思う。http://www.jfklibrary.org/JFK/Historic-Speeches/Multilingual-Inaugural-Address/Multilingual-Inaugural-Address-in-Japanese.aspx
しかし、このような名演説を味わうときに、同様に重要なことは、キング牧師やケネディー大統領が凶弾に倒れたことである。その事実を深刻にそして同時に考えるべきだと思うのは、世界を動かしているのは、このような名演説を携えて登場する知性と勇気に満ちたリーダーなのだろうかという疑問が残るからである(注釈2)。
例えばケネディー大統領の暗殺の場合、明らかに綿密に計画されたものであると考えられる。そして、それを裏付ける様に、弟のロバートケネディーもその後暗殺された。上記疑問は、ケネディー大統領が暗殺されたことだけでなく、それ以上に、その暗殺とその謎に対して米国が十分な調査とその報告を行なっていないことから生じるのである。
冒頭に書いた強い不満感とは、昨夜の番組は片方の視点でしかこれらの名演説にふれていないからである。つまり、「世界を変えた名言から知る戦後70年」というサブタイトルをつけながら、「本当に名言は世界を変えたのか?」という疑問について何の答えも用意していなかったからである。
大衆が仮に、知性と勇気をもったリーダーを選ぶことが出来れば、世界が平和と繁栄に向かうという前提が成立するかどうか?それがイエスでなければ、大統領の名演説も現実の政治の中ではなく、人文科学(文学など)のなかでのみ意味を持ち、且つ、民主主義は実際に政治を動かす勢力の隠れ蓑の意味しか無いことになる。少なくとも、その疑問に答える努力が番組内でなされなければ、視聴者である選挙権者に誤解を与えることになる。
注釈:
1)この同型文を繰り返して演説する方法は、20年程前にフランクリン・ルーズベルト大統領が日本の真珠湾攻撃を非難する演説をラジオで行なった時にも用いられている。http://ameblo.jp/shinjiuchino/entry-10933130759.html 既に大統領は、無線傍受により攻撃を知っていたが、日本の不意打ちを強調して反日感情を全米に醸成する目的で、“Last night, Japanese forces attacked Hong Kong. Last night, Japanese forces attacked Guam.” と“昨晩、日本軍はXXを攻撃しました”を繰り返す方法を用いている。真珠湾攻撃の経緯を知っている日本人にとっては、これを聴いた時に米国民が抱いた反日感情の強さと同じ程度に、ルーズベルトの狡猾さに腹立たしく思うだろう。
この演説は、キング牧師のものとは全く歴史的な役割が異なるが、聴衆に訴える手法は同じだろう。また、米国の政治的な強さは、裏舞台での緻密な戦略立案の後に、このような演説で国民の力を結集出来るルーズベルトのような政治家が存在することだろう(又は、だったのだろう)。
因に、日本の民主党があれほど無様な姿を晒したのは、舞台裏(裏舞台ではなく)の協力が得られなかったからだろう。別の言葉で言えば、自分達が人形でありながら、自分の意志で動こうとして舞台裏に嫌われたのだろう。
2)キング牧師の演説の最初の方にこの様な文章が出てくる。文章、しかも憲法という形で書かれた”ことば”でも、100年間実現しないことについて、不渡手形という強い表現で非難している。
”100年前、ある偉大な米国民が、奴隷解放宣言に署名した。今われわれは、その人を象徴する坐像の前に立っている。この極めて重大な布告は、容赦のない不正義の炎に焼かれていた何百万もの黒人奴隷たちに、大きな希望の光明として訪れた。それは、捕らわれの身にあった彼らの長い夜に終止符を打つ、喜びに満ちた夜明けとして訪れたのだった。 しかし100年を経た今日、黒人は依然として自由ではない。100年を経た今日、黒人の生活は、悲しいことに依然として人種隔離の手かせと人種差別の鎖によって縛られている。”
”われわれの共和国の建築家たちが合衆国憲法と独立宣言に崇高な言葉を書き記した時、彼らは、あらゆる米国民が継承することになる約束手形に署名したのである。この手形は、すべての人々は、白人と同じく黒人も、生命、自由、そして幸福の追求という不可侵の権利を保証される、という約束だった。
今日米国が、黒人の市民に関する限り、この約束手形を不渡りにしていることは明らかである。”
その番組では、素晴らしい演説が紹介されていた。例えば、人種差別に反対するキング牧師の演説では、 “I have a dream that one day on the red hills of Georgia, the sons of former slaves and the sons of former slave owners will be able to sit down together at the table of brotherhood.”(私には夢がある。それは、いつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の息子たちとかつての奴隷所有者の息子たちが、兄弟として同じテーブルにつくという夢である。)を筆頭にして、多くの形での人種差別をあげ、”I have a dream that "という同じ形の文章で繰り返し、その撤廃を聴衆に強く訴えている。そして、それらが心に刻み込まれるように工夫された名演説である。(http://aboutusa.japan.usembassy.gov/j/jusaj-majordocs-king.html) (注釈1)
ケネディー大統領の演説も非常に有名である。その中の「そして、同胞であるアメリカ市民の皆さん、国があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるかを考えようではありませんか。また同胞である世界市民の皆さん、アメリカがあなたのために何をしてくれるかではなく、人類の自由のために共に何ができるかを考えようではありませんか。」が特に有名であるが、それだけでなく世界のリーダーとしてなされた演説全体を味わうべきだと思う。http://www.jfklibrary.org/JFK/Historic-Speeches/Multilingual-Inaugural-Address/Multilingual-Inaugural-Address-in-Japanese.aspx
しかし、このような名演説を味わうときに、同様に重要なことは、キング牧師やケネディー大統領が凶弾に倒れたことである。その事実を深刻にそして同時に考えるべきだと思うのは、世界を動かしているのは、このような名演説を携えて登場する知性と勇気に満ちたリーダーなのだろうかという疑問が残るからである(注釈2)。
例えばケネディー大統領の暗殺の場合、明らかに綿密に計画されたものであると考えられる。そして、それを裏付ける様に、弟のロバートケネディーもその後暗殺された。上記疑問は、ケネディー大統領が暗殺されたことだけでなく、それ以上に、その暗殺とその謎に対して米国が十分な調査とその報告を行なっていないことから生じるのである。
冒頭に書いた強い不満感とは、昨夜の番組は片方の視点でしかこれらの名演説にふれていないからである。つまり、「世界を変えた名言から知る戦後70年」というサブタイトルをつけながら、「本当に名言は世界を変えたのか?」という疑問について何の答えも用意していなかったからである。
大衆が仮に、知性と勇気をもったリーダーを選ぶことが出来れば、世界が平和と繁栄に向かうという前提が成立するかどうか?それがイエスでなければ、大統領の名演説も現実の政治の中ではなく、人文科学(文学など)のなかでのみ意味を持ち、且つ、民主主義は実際に政治を動かす勢力の隠れ蓑の意味しか無いことになる。少なくとも、その疑問に答える努力が番組内でなされなければ、視聴者である選挙権者に誤解を与えることになる。
注釈:
1)この同型文を繰り返して演説する方法は、20年程前にフランクリン・ルーズベルト大統領が日本の真珠湾攻撃を非難する演説をラジオで行なった時にも用いられている。http://ameblo.jp/shinjiuchino/entry-10933130759.html 既に大統領は、無線傍受により攻撃を知っていたが、日本の不意打ちを強調して反日感情を全米に醸成する目的で、“Last night, Japanese forces attacked Hong Kong. Last night, Japanese forces attacked Guam.” と“昨晩、日本軍はXXを攻撃しました”を繰り返す方法を用いている。真珠湾攻撃の経緯を知っている日本人にとっては、これを聴いた時に米国民が抱いた反日感情の強さと同じ程度に、ルーズベルトの狡猾さに腹立たしく思うだろう。
この演説は、キング牧師のものとは全く歴史的な役割が異なるが、聴衆に訴える手法は同じだろう。また、米国の政治的な強さは、裏舞台での緻密な戦略立案の後に、このような演説で国民の力を結集出来るルーズベルトのような政治家が存在することだろう(又は、だったのだろう)。
因に、日本の民主党があれほど無様な姿を晒したのは、舞台裏(裏舞台ではなく)の協力が得られなかったからだろう。別の言葉で言えば、自分達が人形でありながら、自分の意志で動こうとして舞台裏に嫌われたのだろう。
2)キング牧師の演説の最初の方にこの様な文章が出てくる。文章、しかも憲法という形で書かれた”ことば”でも、100年間実現しないことについて、不渡手形という強い表現で非難している。
”100年前、ある偉大な米国民が、奴隷解放宣言に署名した。今われわれは、その人を象徴する坐像の前に立っている。この極めて重大な布告は、容赦のない不正義の炎に焼かれていた何百万もの黒人奴隷たちに、大きな希望の光明として訪れた。それは、捕らわれの身にあった彼らの長い夜に終止符を打つ、喜びに満ちた夜明けとして訪れたのだった。 しかし100年を経た今日、黒人は依然として自由ではない。100年を経た今日、黒人の生活は、悲しいことに依然として人種隔離の手かせと人種差別の鎖によって縛られている。”
”われわれの共和国の建築家たちが合衆国憲法と独立宣言に崇高な言葉を書き記した時、彼らは、あらゆる米国民が継承することになる約束手形に署名したのである。この手形は、すべての人々は、白人と同じく黒人も、生命、自由、そして幸福の追求という不可侵の権利を保証される、という約束だった。
今日米国が、黒人の市民に関する限り、この約束手形を不渡りにしていることは明らかである。”
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