昨日の小笠原地震は、琉球大の木村教授が予測していた。M8.5の地震が小笠原付近で2012±3年の範囲で発生すると、ホームページの地図に書かれている。http://kimuramasaaki.sakura.ne.jp/Site2/Home.html
また、他のサイトにある様に、木村教授は昨年7月のテレビタックルで、この地震を予測していたらしい。予測された震央は、ホームページの地図によると若干北側にずれているが、大きさを含めてかなりの精度であたっている。木村教授の方法により、近く発生する地震の震源位置と大きさについて予測出来ることが、改めて証明されたように思う。HPの予測地図から、今後警戒すべきは九州南部(奄美島東方)と北海道東部ということになる。
木村教授の方法では、気象庁の発表する微小地震を地図上にマッピングし、その分布から予測するらしい。その方法で、東日本大震災の予測にもほぼ成功している。地震の2−3ヶ月前に近畿や中部で放送された“たかじんのそこまで言って委員会”において、木村教授により今後数ヶ月の間に大きな地震が東北沖で発生するだろうとの予想がなされた。あまりにも切迫していたので、司会の辛坊治郎氏が「本当ですか?」と何度も確認したことをはっきり記憶している。
また、今回の関東での揺れ(地震)を、測量学の村井俊治・東大名誉教授らが予測したとの記事がネットに掲載されている。http://www.news-postseven.com/archives/20150113_295720.html
村井教授は、地盤の動きを正確に観測して予測するそうである。
木村教授は地質学が専門であり、村井教授は測量学が専門である。両氏とも地震学が専門ではないが、これだけ地震予測の実績があるのだから、政府もこれらの方々の予測を正式に採用にして、対策を練るべきではないだろうか。
注目の投稿
人類史の本流は中華秩序なのか、それとも西欧型秩序なのか
1)米国が露呈させた中国共産党政権の真の姿と日本の課題 日本が抱えている最重要な課題は、コロナ問題や拉致問題等ではなく、表題の問に対して明確な答えと姿勢を持つことである。短期的な経済的利益に囚われないで、現在が世界の歴史の方向が決定される時なのかどうかを考えるべきである。...
2015年5月31日日曜日
安保法制の議論:今週の時事放談の感想
今朝のゲストは自民党の高村正彦氏と元民主党の藤井裕久氏である。放送内容は、安保法制に関する議論であった。藤井氏は集団的自衛権行使に反対であり、国際問題があれば時間はかかるが、国連を中心に解決すべきだと主張する。高村氏は国連で解決出来ればよいが、安保理事会の常任理事国に拒否権があるので、当事国が常任理事国であれば国連は無力であると主張する。
明確には言えないだろうが、中国が絡んだ紛争を考えている以上、藤井氏の考えは机上の空論に聞こえる。藤井氏は日米同盟だけでなく同盟全体に関して否定的である。その理由として、セルビアとオーストリアの戦闘から、同盟関係を導火線にして第一次世界大戦となったことをあげている。
しかし、その考え方は間違いである。戦争でも化学反応でも、メカニズムとエネルギー(注1)の両方から考える必要があることを、文系秀才の藤井氏は判っていない。戦争の防止は、メカニズムを無くすることでは出来ない。戦争に向かうエネルギーの蓄積がある限り、遅かれ早かれ戦争になる。つまり、オーストリアの皇太子がサラエボで暗殺されなくても、別の火花がそのエネルギーを戦争という形で解放しただろう。
また、藤井氏は仮想敵国を考えることは危険であると指摘している。同盟関係は仮想敵国を想定して結ばれる場合が多いだろうが、仮想敵国はあくまで仮想なのだ。それを想定しては危険であるというのは、国家は戦略を立ててはならないという議論に等しい。日本が第二次大戦であのような悲惨な敗戦に至ったのは、戦略が十分で無かったからであるとの議論が大勢を占めていると思う(注2)。藤井氏はどう考えているのだろう。藤井氏や多くの野党の議論は、突詰めれば非武装中立論に至る。「丸腰の人間に襲いかかる悪人は居るだろうか?居る筈はない。」という考えである。何と言うナイーブな人たちだろうか。
藤井氏は、新たな安保法制の下では自衛官のリスクが増加すると指摘している。しかし、自衛軍(自衛隊を英訳すれば、self-defense forceとなり、それを再度和訳すれば自衛軍となる)なら、出動する事態が生じれば、犠牲が増えることを誰も否定できない。そして、高村氏が指摘するように、そのような事態が備えを持ったことで防止できれば、国民全体のリスクが大きく減少すると反論する(注3)。
中国南シナ海埋め立てと武器導入とそれに対する米国の警告など、東アジア及び南アジアは危険が近づきつつある。それに対して、米国が“知らんぷり”をすることは原理的に可能である。その延長上にあるのは、尖閣諸島だけでなく沖縄や奄美諸島の中国による占領だろう。現政権が考えているのは、日本が巻き込まれることではなく、米国を巻き込むことだろう。
藤井氏は、中国の巨大化には同意するものの、孔子などを産んだ偉大な国として、中国を見ている。しかし、中国が共産党一党独裁の国であること、その中心部分が権力抗争と腐敗にまみれていること、などへの言及は今回の議論では一切なかった。確かに高村氏が指摘するように、中国は“この1年で日本と上手くやりたいという雰囲気が高まっている”のは事実だろう。しかし、微笑外交と脅迫外交の使い分けは、覇権国家の常識である。私は、中国が日本に対してBig Stickを振りかざさない様に米国との関係を密にすべきだと思う。http://ja.wikipedia.org/wiki/棍棒外交
注釈:
1)このエネルギーは化学反応として解放可能なエネルギーと言う意味で、フリーエネルギーと呼ぶ。化学反応で解放されるエネルギーは、フリーエネルギーの減少分である。(P.W. Atkins著の物理化学参照)この化学反応を戦争に置き換えたのが、上記議論である。
2)クラウゼビッツの第一編に戦争の政治的行為としての本質が書かれている。以前のブログにも書いたが、日本は大学でクラウゼビッツのクの字にも触れない世界でただ一つの主要国だそうだ。(伊藤憲一著、新・戦争論17ペイジ)
3)この論理は、クラウゼビッツの「武力による決定の担保の原理」が根拠だと思う。伊藤憲一著の新・戦争論に、その説明が書かれている:武力を行使してみればどうなるかという結果が、予め相当程度確実に交戦者双方に見通される場合、つまり武力による決定の担保がある場合には、敢えて武力を行使するまでもなく、政治的な解決が出来る筈である。
<理系人間の素人の意見ですので、反論等歓迎します。>
明確には言えないだろうが、中国が絡んだ紛争を考えている以上、藤井氏の考えは机上の空論に聞こえる。藤井氏は日米同盟だけでなく同盟全体に関して否定的である。その理由として、セルビアとオーストリアの戦闘から、同盟関係を導火線にして第一次世界大戦となったことをあげている。
しかし、その考え方は間違いである。戦争でも化学反応でも、メカニズムとエネルギー(注1)の両方から考える必要があることを、文系秀才の藤井氏は判っていない。戦争の防止は、メカニズムを無くすることでは出来ない。戦争に向かうエネルギーの蓄積がある限り、遅かれ早かれ戦争になる。つまり、オーストリアの皇太子がサラエボで暗殺されなくても、別の火花がそのエネルギーを戦争という形で解放しただろう。
また、藤井氏は仮想敵国を考えることは危険であると指摘している。同盟関係は仮想敵国を想定して結ばれる場合が多いだろうが、仮想敵国はあくまで仮想なのだ。それを想定しては危険であるというのは、国家は戦略を立ててはならないという議論に等しい。日本が第二次大戦であのような悲惨な敗戦に至ったのは、戦略が十分で無かったからであるとの議論が大勢を占めていると思う(注2)。藤井氏はどう考えているのだろう。藤井氏や多くの野党の議論は、突詰めれば非武装中立論に至る。「丸腰の人間に襲いかかる悪人は居るだろうか?居る筈はない。」という考えである。何と言うナイーブな人たちだろうか。
藤井氏は、新たな安保法制の下では自衛官のリスクが増加すると指摘している。しかし、自衛軍(自衛隊を英訳すれば、self-defense forceとなり、それを再度和訳すれば自衛軍となる)なら、出動する事態が生じれば、犠牲が増えることを誰も否定できない。そして、高村氏が指摘するように、そのような事態が備えを持ったことで防止できれば、国民全体のリスクが大きく減少すると反論する(注3)。
中国南シナ海埋め立てと武器導入とそれに対する米国の警告など、東アジア及び南アジアは危険が近づきつつある。それに対して、米国が“知らんぷり”をすることは原理的に可能である。その延長上にあるのは、尖閣諸島だけでなく沖縄や奄美諸島の中国による占領だろう。現政権が考えているのは、日本が巻き込まれることではなく、米国を巻き込むことだろう。
藤井氏は、中国の巨大化には同意するものの、孔子などを産んだ偉大な国として、中国を見ている。しかし、中国が共産党一党独裁の国であること、その中心部分が権力抗争と腐敗にまみれていること、などへの言及は今回の議論では一切なかった。確かに高村氏が指摘するように、中国は“この1年で日本と上手くやりたいという雰囲気が高まっている”のは事実だろう。しかし、微笑外交と脅迫外交の使い分けは、覇権国家の常識である。私は、中国が日本に対してBig Stickを振りかざさない様に米国との関係を密にすべきだと思う。http://ja.wikipedia.org/wiki/棍棒外交
注釈:
1)このエネルギーは化学反応として解放可能なエネルギーと言う意味で、フリーエネルギーと呼ぶ。化学反応で解放されるエネルギーは、フリーエネルギーの減少分である。(P.W. Atkins著の物理化学参照)この化学反応を戦争に置き換えたのが、上記議論である。
2)クラウゼビッツの第一編に戦争の政治的行為としての本質が書かれている。以前のブログにも書いたが、日本は大学でクラウゼビッツのクの字にも触れない世界でただ一つの主要国だそうだ。(伊藤憲一著、新・戦争論17ペイジ)
3)この論理は、クラウゼビッツの「武力による決定の担保の原理」が根拠だと思う。伊藤憲一著の新・戦争論に、その説明が書かれている:武力を行使してみればどうなるかという結果が、予め相当程度確実に交戦者双方に見通される場合、つまり武力による決定の担保がある場合には、敢えて武力を行使するまでもなく、政治的な解決が出来る筈である。
<理系人間の素人の意見ですので、反論等歓迎します。>
2015年5月30日土曜日
習近平氏の二階氏訪中団大歓迎について
自民党の二階氏が3000人を引きつれて5月下旬中国を訪問し、習近平氏と会談した。今日の週刊ニュース新書は、その二階氏とホストの田勢氏との「今後どうなる?日中関係」というタイトルでの話合いだった。先ず、二階氏から習近平氏の好意的な対応が話された(注1)。その後、最近の中国と日本の市民レベルでの交流などを混ぜて、日中の関係改善の兆しについて話が進んだ。ただ、二階氏や田瀬氏は、日中の外交関係と日中の市民関係とを一緒にして議論していたのは、政治家と評論家の話として不思議に思った。
また、二階氏が北京の大学で講演を行い、「日本人ほど戦争が嫌いな人種はいないのだ」と話したという話に、田勢氏が「それを信じてもらえるだろうか」などと応答していた。安倍総理によって発表が予想されている70年談話や安保法制へも話は進んだが、短時間の番組なのであまり本質的な議論にはならなかった。田勢氏は、安保法制の議論が今一つ国会で熱くなっていないと言及したが、国民の大半が同意できるような議論は元々不可能だろうと思う。
今朝のヤフーニュースによれば、中国は最近埋め立てて国際問題になっている南シナ海の島に、武器を配備し始めたことで問題を更に大きくしている(産経新聞5/30配信;ウオールストリートJ電子版28日)。このような世界の情況と比較して、あまりにもナイーブな議論だった。習近平氏は、「押してもダメなら引いてみな」という戦略で、太平洋への勢力拡大を目指して、日本と米国の連携にクサビをいれるべく、先ず日本の与党の分断に動いていると解釈すべきだと思うが、そのような認識は両者から示されなかったと記憶する。
安倍政権をどのように攻撃するか?を念頭におくと:今回、友好姿勢を先ず強調し、それを”本来の日中関係”として背景にセットする。次に、70年談話か何かのチャンスがあれば、安倍政権を強く批判する。その際に、背景にセットした日中友好関係が、”安倍氏でなければあの様な日中友好関係が可能だった”と反安倍勢力の拡大に役立つのである。「いったん上げてから、ドスンと落す」古典的な習近平主席の手法に、二階氏は協力しているのだ。
その戦略に乗らない為には、70年談話を工夫すべきである。4月中旬ブログに書いた様に、 http://blogs.yahoo.co.jp/mohkorigori/56905762.html 村山談話の中心部分をそのまま読み上げ、それを安倍政権も踏襲するという形で、過去の戦争中の出来事に対する日本政府の姿勢を話すのが良いと思う。そうすれば、何度も何度も現在形で謝罪をするという不自然さと、発表する安倍総理とそれを聞く日本国民の抵抗感を減少させられる。
5月15日には、8人のスタンフォード大学の研究者が、それぞれ、「自らが首相であれば何を述べるか」をテーマに「太平洋戦争終結70周年に考える」を作成し、そのブックレットを公表した。その”米国の学者8人、「私なら70年談話をこう語る」”の中で、米国スタンフォード大学のダニエルスナイダー教授によって書かれた案と、上記ブログの案は村山談話の復唱を提案する点で良くにている。
あとがきでの、「イツカ向コウデ」と題する長田弘氏の詩(注2)は、この番組を見た収穫だった。この詩は、今回の週刊ニュース新書の総括の様だった。番組の討論はあまり内容がなかったが、この総括だけ完璧に思えたのは不思議だった。
補足:経済的関係を悪くして日本資本が中国から逃避するのを避けたいという本音はあると思う。伊藤忠の新たな投資や、最近のヤフー日本とアリババの協力など、本音で大歓迎だと思う。
注釈:
1)習氏は23日夜、北京の人民大会堂で開かれた交流式典に突然姿を見せ、「 “朋(とも)あり遠方より来る、また楽しからずや”。3000人余りの日本各界の方々が遠路はるばるいらっしゃり、友好交流大会を開催する運びになった。われわれが大変喜びとするところだ」と孔子の言葉を引用しながら笑顔であいさつした。http://www.sankei.com/world/news/150526/wor1505260011-n1.html
2)長田弘氏は5月3日胆管ガンでなくなったとのことである。紹介された詩の全文を以下に再録する。
人生は長いと、ずっと思っていた。間違っていた。おどろくほど短かった。 きみは、そのことに気づいていたか?
なせばなると、ずっと思っていた。間違っていた。なしとげたものなんかない。 きみは、そのことに気づいていたか?
わかってくれるはずと、思っていた。間違っていた。誰も何もわかってくれない。 きみは、そのことに気づいていたか?
ほんとうは、新しい定義が必要だったのだ。生きること、楽しむこと、そして歳をとることの。 きみは、そのことに気づいていたか?
まっすぐに生きるべきだと、思っていた。間違っていた。ひとは曲がった木のように生きる。 きみは、そのことに気づいていたか?
サヨナラ、友ヨ、イツカ、向コウデ会オウ。
また、二階氏が北京の大学で講演を行い、「日本人ほど戦争が嫌いな人種はいないのだ」と話したという話に、田勢氏が「それを信じてもらえるだろうか」などと応答していた。安倍総理によって発表が予想されている70年談話や安保法制へも話は進んだが、短時間の番組なのであまり本質的な議論にはならなかった。田勢氏は、安保法制の議論が今一つ国会で熱くなっていないと言及したが、国民の大半が同意できるような議論は元々不可能だろうと思う。
今朝のヤフーニュースによれば、中国は最近埋め立てて国際問題になっている南シナ海の島に、武器を配備し始めたことで問題を更に大きくしている(産経新聞5/30配信;ウオールストリートJ電子版28日)。このような世界の情況と比較して、あまりにもナイーブな議論だった。習近平氏は、「押してもダメなら引いてみな」という戦略で、太平洋への勢力拡大を目指して、日本と米国の連携にクサビをいれるべく、先ず日本の与党の分断に動いていると解釈すべきだと思うが、そのような認識は両者から示されなかったと記憶する。
安倍政権をどのように攻撃するか?を念頭におくと:今回、友好姿勢を先ず強調し、それを”本来の日中関係”として背景にセットする。次に、70年談話か何かのチャンスがあれば、安倍政権を強く批判する。その際に、背景にセットした日中友好関係が、”安倍氏でなければあの様な日中友好関係が可能だった”と反安倍勢力の拡大に役立つのである。「いったん上げてから、ドスンと落す」古典的な習近平主席の手法に、二階氏は協力しているのだ。
その戦略に乗らない為には、70年談話を工夫すべきである。4月中旬ブログに書いた様に、 http://blogs.yahoo.co.jp/mohkorigori/56905762.html 村山談話の中心部分をそのまま読み上げ、それを安倍政権も踏襲するという形で、過去の戦争中の出来事に対する日本政府の姿勢を話すのが良いと思う。そうすれば、何度も何度も現在形で謝罪をするという不自然さと、発表する安倍総理とそれを聞く日本国民の抵抗感を減少させられる。
5月15日には、8人のスタンフォード大学の研究者が、それぞれ、「自らが首相であれば何を述べるか」をテーマに「太平洋戦争終結70周年に考える」を作成し、そのブックレットを公表した。その”米国の学者8人、「私なら70年談話をこう語る」”の中で、米国スタンフォード大学のダニエルスナイダー教授によって書かれた案と、上記ブログの案は村山談話の復唱を提案する点で良くにている。
あとがきでの、「イツカ向コウデ」と題する長田弘氏の詩(注2)は、この番組を見た収穫だった。この詩は、今回の週刊ニュース新書の総括の様だった。番組の討論はあまり内容がなかったが、この総括だけ完璧に思えたのは不思議だった。
補足:経済的関係を悪くして日本資本が中国から逃避するのを避けたいという本音はあると思う。伊藤忠の新たな投資や、最近のヤフー日本とアリババの協力など、本音で大歓迎だと思う。
注釈:
1)習氏は23日夜、北京の人民大会堂で開かれた交流式典に突然姿を見せ、「 “朋(とも)あり遠方より来る、また楽しからずや”。3000人余りの日本各界の方々が遠路はるばるいらっしゃり、友好交流大会を開催する運びになった。われわれが大変喜びとするところだ」と孔子の言葉を引用しながら笑顔であいさつした。http://www.sankei.com/world/news/150526/wor1505260011-n1.html
2)長田弘氏は5月3日胆管ガンでなくなったとのことである。紹介された詩の全文を以下に再録する。
人生は長いと、ずっと思っていた。間違っていた。おどろくほど短かった。 きみは、そのことに気づいていたか?
なせばなると、ずっと思っていた。間違っていた。なしとげたものなんかない。 きみは、そのことに気づいていたか?
わかってくれるはずと、思っていた。間違っていた。誰も何もわかってくれない。 きみは、そのことに気づいていたか?
ほんとうは、新しい定義が必要だったのだ。生きること、楽しむこと、そして歳をとることの。 きみは、そのことに気づいていたか?
まっすぐに生きるべきだと、思っていた。間違っていた。ひとは曲がった木のように生きる。 きみは、そのことに気づいていたか?
サヨナラ、友ヨ、イツカ、向コウデ会オウ。
2015年5月25日月曜日
3000人の訪中団を率いた二階氏の習主席とのみっともない握手
自民党の二階氏が3000人を引きつれて中国を訪問し、習近平氏と会談した。習近平氏は安倍晋三政権の歴史認識を暗に批判する一方、訪中団のメンバーを「正義と良識のある日本人」などと褒めたたえたという。http://saigaijyouhou.com/blog-entry-6602.html
先ず二階氏には、上記サイトにある、みっともない写真が恥ずかしくないのかと言いたい(注1)。
周近平氏の思惑は容易に想像がつく。つまり、日本の世論や与党自民党を分断することで、安倍氏の目指す戦後の枠組みからの脱却を妨害し、同時に日米関係を分断することである。米国が日本との同盟関係を新しいステージに進める覚悟をすれば、日本は憲法の改正と自衛軍保持などを実現し、まともな国になることが出来るだろう。
しかし、従来の日米関係なら、日本の憲法改正は米国の賛意をえられないだろう。何故なら、戦後も安保条約下でも一貫して、日本国は米国の仮想敵国の一つだったからである。(注2)勿論、米国は日本が自衛軍を持つことに正面から反対はできない。しかし、中国や韓国の日本の歴史認識攻撃を裏から支援する形で、日本の憲法改正を妨害することになると思う。繰り返しになるが、日本国の異常DNAとでも言うべき憲法の改正が、戦後70年間出来なかったのは、米国が日本を信頼していなかったからだろう。
同盟関係にない隣国の弱体化は、何時の時代でも国益に一致する。日本の弱体化は、国際的に孤立させること、米国との同盟関係を崩すことで加速できる。中国が日本政府の歴史認識を執拗に攻撃する理由の一つは、日本を国際的に孤立させ、日本が米国の国是である人権、自由、平等などに反する国であると印象つけることにある(注3)。特別に日本軍の過去の行状が悪かったと腹を立てているのではない。そのように宣伝することで、中国人民の腹を立てさせることは出来ても、指導者達はその効果だけを冷静に計算しているだけである(注4)。
二階氏は、中国首脳のその戦略に100%協力しているように見える。安倍総理の親書を、会合の最中にカメラの前で、参加者の目に見える形で手渡したという。総理の親書は、二階氏のどのようなことばより重いことを忘れている様では、日本のしかも与党の政治家としては、あるまじき行為であると思う。
習近平主席が、自分を心底から歓迎していると勘違いしているとしたら、政治家としての知性に欠ける。中国の戦略は一つである。その一つの戦略から、現内閣への厳しい姿勢と、二階氏らに対する宥和的な姿勢が出てくるのである。そして、習近平主席の日本に対する姿勢が最近若干宥和的なのは、日米の関係が以前考えていたよりも、強固であると判ったからである。そして、戦略は不変である。二階氏は、自分が歓待されている原因が、習近平主席が憎々しげに言及する安倍総理の対米関係改善であると判っているのだろうか? そして、日本の与党を日本の国論を分断するという目的を持った笑顔であることが判っているのだろうか?
http://news.livedoor.com/article/detail/10149270/
注釈:
1)習近平氏が主席になる前に箔を付ける意味で、天皇と会見した際、彼は頭を殆ど下げず天皇陛下と対等の姿勢をとった。そのような場面など二階氏の頭には、うかばないのだろう。
2)北朝鮮が原爆実験したとき、素早く日本を訪問して日米安保を確認する儀式を行なった、ライス国務長官の姿を思い出す。日本国を同盟国として、信頼していないことが明らかである。米国がイザとなれば日本を防衛するという覚悟が明確でないから、その心中を見透かされる可能性をライス氏は恐れたのである。つまり、イスラエルなら賛成するが、日本が原爆を持つことには大反対なのだ。オバマ氏が、日本からプルトニウムを引き取りたかったのも同じ理由である。
3)もう一つの目的は、もちろん、自国民の不満の方向を逸らすことである。
4)何故そのようなことが言えるか? 彼ら指導部は、もっと近い過去(1968-1977)の大躍進運動や文化大革命の際、自国民にどのようなことが起こったかを知っている。例えば、M主席の写真が掲載された新聞紙を、人の見える前で再利用(芋かなにかを包んだ)して、当局により虐待された老婆のことが、ワイルドスワンズに書かれている。
周近平氏の思惑は容易に想像がつく。つまり、日本の世論や与党自民党を分断することで、安倍氏の目指す戦後の枠組みからの脱却を妨害し、同時に日米関係を分断することである。米国が日本との同盟関係を新しいステージに進める覚悟をすれば、日本は憲法の改正と自衛軍保持などを実現し、まともな国になることが出来るだろう。
しかし、従来の日米関係なら、日本の憲法改正は米国の賛意をえられないだろう。何故なら、戦後も安保条約下でも一貫して、日本国は米国の仮想敵国の一つだったからである。(注2)勿論、米国は日本が自衛軍を持つことに正面から反対はできない。しかし、中国や韓国の日本の歴史認識攻撃を裏から支援する形で、日本の憲法改正を妨害することになると思う。繰り返しになるが、日本国の異常DNAとでも言うべき憲法の改正が、戦後70年間出来なかったのは、米国が日本を信頼していなかったからだろう。
同盟関係にない隣国の弱体化は、何時の時代でも国益に一致する。日本の弱体化は、国際的に孤立させること、米国との同盟関係を崩すことで加速できる。中国が日本政府の歴史認識を執拗に攻撃する理由の一つは、日本を国際的に孤立させ、日本が米国の国是である人権、自由、平等などに反する国であると印象つけることにある(注3)。特別に日本軍の過去の行状が悪かったと腹を立てているのではない。そのように宣伝することで、中国人民の腹を立てさせることは出来ても、指導者達はその効果だけを冷静に計算しているだけである(注4)。
二階氏は、中国首脳のその戦略に100%協力しているように見える。安倍総理の親書を、会合の最中にカメラの前で、参加者の目に見える形で手渡したという。総理の親書は、二階氏のどのようなことばより重いことを忘れている様では、日本のしかも与党の政治家としては、あるまじき行為であると思う。
習近平主席が、自分を心底から歓迎していると勘違いしているとしたら、政治家としての知性に欠ける。中国の戦略は一つである。その一つの戦略から、現内閣への厳しい姿勢と、二階氏らに対する宥和的な姿勢が出てくるのである。そして、習近平主席の日本に対する姿勢が最近若干宥和的なのは、日米の関係が以前考えていたよりも、強固であると判ったからである。そして、戦略は不変である。二階氏は、自分が歓待されている原因が、習近平主席が憎々しげに言及する安倍総理の対米関係改善であると判っているのだろうか? そして、日本の与党を日本の国論を分断するという目的を持った笑顔であることが判っているのだろうか?
http://news.livedoor.com/article/detail/10149270/
注釈:
1)習近平氏が主席になる前に箔を付ける意味で、天皇と会見した際、彼は頭を殆ど下げず天皇陛下と対等の姿勢をとった。そのような場面など二階氏の頭には、うかばないのだろう。
2)北朝鮮が原爆実験したとき、素早く日本を訪問して日米安保を確認する儀式を行なった、ライス国務長官の姿を思い出す。日本国を同盟国として、信頼していないことが明らかである。米国がイザとなれば日本を防衛するという覚悟が明確でないから、その心中を見透かされる可能性をライス氏は恐れたのである。つまり、イスラエルなら賛成するが、日本が原爆を持つことには大反対なのだ。オバマ氏が、日本からプルトニウムを引き取りたかったのも同じ理由である。
3)もう一つの目的は、もちろん、自国民の不満の方向を逸らすことである。
4)何故そのようなことが言えるか? 彼ら指導部は、もっと近い過去(1968-1977)の大躍進運動や文化大革命の際、自国民にどのようなことが起こったかを知っている。例えば、M主席の写真が掲載された新聞紙を、人の見える前で再利用(芋かなにかを包んだ)して、当局により虐待された老婆のことが、ワイルドスワンズに書かれている。
登録:
投稿 (Atom)