2014年4月28日月曜日

韓国船舶事故について

 チェジュ島に向かった韓国船の沈没は悲惨な事故であった。そして、その経緯が明らかになるにしたがって、あの事故は人災であったということになりつつある。人災を裏付ける情報は、スムーズには出てこなかったが、昨日の首相の辞任により明白になったと思う。この辞任は、行政が国民の安全を重視する方向で機能していなかったことを、韓国政府が認めたことを意味しているのである。今までの報道から、規制された重量の3倍以上を積載していたこと、そして、それを隠すために出港時にバラスト水を外に排出していたことが、事故の直接的原因であったと私は理解する。そして、このような過積載はこの海運会社の日常的な出来事であったにも拘らず、行政がそれを矯正できなかったことが明らかになったのである。
 洋の東西を問わず、当事者が都合の悪いことを隠すのは、よくあることである。しかし、ルールと真実を重んじる文化は西欧には存在する。例えば、米国の国家安全保障局で働いていたスノーデン氏(ロシアに亡命)から、ドイツ首相の電話を盗聴した記録を手に入れ、それを基に記事を書いた新聞社に2014年のピューリッツア賞が与えられたこと等は、それを証明している。一方、日本を含む東アジアの国々に、そのような文化は存在するだろうか?明らかにNOである。(注1)韓国国民の一部は、自国を三流国家と称することで、この事故とそれに対する拙い対応の責任が国家にあると批判している。
 この行政の機能不全状態は、そのまま、我日本国にも当てはまるのではないだろうか。そして、都合の悪いことは隠し、議論が沸き上がり自分の政治家としての地位が危うくなるかもしれないことは放置するのである。例えば、憲法9条をどう読んでも、自衛隊が合法であるといえない。一方、国家に軍隊がないのは、歴史を見ても判る様に、スシにネタがないようなものである(注2)。そして、当然の帰結として、なし崩し的に軍隊を持つようになったが、その法的根拠を60年間整備してこなかったのである。

注釈:
1)西欧文化の出発地ともいえる、地中海地方の歴史を書いた世界最初の歴史書ヒストリアは、実際にあったことを記録に残す趣旨で書かれている。一方、東アジア最初の歴史書史記は秦の始皇帝の正統性を示す為に書かれている。日本書紀も、史記を見習って、大和朝廷の正統性を主張する目的で書かれている。(岡田英弘著、歴史とはなにか、文芸春秋刊)つまり、中枢がご都合主義をとるのである。そして、70年も前のことを歴史問題と称して、講和条約締結後に政治に持ち込むのである。東アジアは三流国家の集まりである。韓国だけではない。
2)仙谷氏が自衛隊を暴力装置といっただけで、袋だたきに会う国である。「国家は軍隊という暴力装置を持つ」のは常識だと思うが、一旦国民の一部に議論が起こると、途端に政治家は自分の椅子を意識して、萎縮してしまうのである。橋下市長だけが唯一例外のように見える。

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