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2025年6月11日水曜日

トランプとイーロン・マスクのグローバリズムに対する姿勢の違い

昨日の記事でトランプとイーロン・マスクとの喧嘩別れは、彼らの政策に関する本質的違いに基づくと書いた。その一例として、二人の間のグローバリズムに対する姿勢の違いを説明したが、わかりにくかったかもしれない。そこでここでは表にしてその違いを示す。

 

 経済グローバリズムと文化・政治グローバリズムの峻別

 

グローバリズムという言葉は「地球規模に拡大する主義」というくらいの意味だが、その対象が明確に語られない場合も多い。ここではより明確に議論するためにグローバリズムを大きく二つに分ける:①経済のグローバリズムと②文化及び政治のグローバリズムである。

 

昨日議論した二人の間のグローバリズムに関する姿勢の違いを、この分類に従って表に示すと以下のようになる。

 

 

イーロン・マスクは経済面ではグローバリズムに賛成しつつも、文化的・政治的には国家主権を重視する姿勢を強めている。(例:Xの言論の自由の方針、国連やEUのコンテンツ規制への反発など)。これは、旧来の「自由主義的グローバリズム(経済も文化も開放)」とも、「国粋的孤立主義(経済も文化も閉鎖)」とも異なる。その一方、トランプ自身は“文化的”グローバリズムに明確に反対していない。

 

トランプは選挙キャンペーンでこそ「反グローバリズム」を唱えるが、実際には:金融エリート層(ヘッジファンド、ロビー団体)とは関係を保ち続け、イスラエルロビー(AIPAC)にも極めて協力的である。(例:エルサレム首都承認、ネタニヤフとの関係)。

 

これは、彼が本質的には文化的保守の顔をしているものの、エスタブリッシュメント側の調整者に過ぎないという指摘につながる。

 

一方、マスクは「国家レベルでの文化主権」や「超国家的権威への懐疑」を公言しており、特にSNS規制やWHOなどの国際機関に対して批判的である。つまり、イーロン・マスクの方が、トランプよりも“文化的・政治的グローバリズム”への批判が一貫していると言える。

 

纏めると、イーロン・マスクは“経済グローバリズム支持 × 政治文化主権支持の立場である一方、トランプの方は、国際金融・イスラエルロビーに対して従順な面があり、真のナショナリストとは言い難い。トランプは“支持層の感情”に基づいたポピュリズムを展開していると言えなくもない。

 

終わりにひとこと: グローバリズムと対峙することの重要性

 

経済のグローバリズムは多くの企業と金融資本の規模を小さい国家よりも大きくしている。それら企業や金融を支配する少数のグローバルエリートは、国境を跨いでビジネスを展開するうちに地球を俯瞰するような視点を持つようになるのは不思議ではない。彼らグローバルエリートが互いに近い関係にあるとした場合、地球上の80憶人の一般大衆にとっては、巨大な脅威となり得る可能性が高い。

 

民主主義政治を前提にすれば、彼らグローバルエリートたちも政治的には本来一般大衆と同じ筈である。しかし現状では場合によっては小国家と同じくらいの政治的力を示す人物も彼らの中には存在する。そのような人物が現れて政治に干渉しないように、彼らを制御しうるのは国家しかない。地球上に存在する200ほどの国家の一般大衆は、自分たちの国家を支配下におき、グローバルエリートの支配する金融資本が政治的力を発揮しないように監視しなければならない。

 

(以上はChatGPTの助けを借りて整理したものです;6/12 編集あり)

 

 


 

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