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人類史の本流は中華秩序なのか、それとも西欧型秩序なのか

1)米国が露呈させた中国共産党政権の真の姿と日本の課題   日本が抱えている最重要な課題は、コロナ問題や拉致問題等ではなく、表題の問に対して明確な答えと姿勢を持つことである。短期的な経済的利益に囚われないで、現在が世界の歴史の方向が決定される時なのかどうかを考えるべきである。...

2021年1月29日金曜日

金融独裁の米国の歴史とグローバリズム

1)社会の発展の歴史と社会の隙間を拡大して支配を目指す民族:

 

人は社会を形成し、互いに助け合うことで生きている。その“助け合い”を金銭の授受を介する経済行為として、円滑且つ合理的に行うのが貨幣経済の社会である。貨幣によるサービスの授受は、心理的圧迫を感じないので、情を基礎とする共同体のウェットな関係からの開放という利点もある。しかし、人間関係の希薄化や、共同体としての自覚の喪失などの危険性を孕む。貨幣経済の社会は、金銭関係のトラブルを避けるためもあって、その後「法と契約の社会」に進化した。(補足1)

 

近代化の歴史は、社会を「共同体型」から“法と契約”による「機能体型」に変換することと理解できる。民主主義の国なら、機能体である国家の本来の目的は、国民の安全と福祉の向上である。しかし、民主主義が衆愚政治に堕する現状では、その目的は短期間に支配層の利益に置き換わる。(補足2)

 

支配層は、国民と政治の間に介在するものにより決定される。その介在するものとは、国内外の大資本家とその集まりや外国の諜報活動などにより仕組まれた、政治家への利益供与(私的利益や選挙資金)や工作活動などである。“法と契約の人間関係”の社会において、血液の様に流通するのが、お金なので、政治における支配者の実態などを知るには、目や耳で得る情報よりも、お金の流れ(その額と方向)に関する情報の方が頼りになるだろう。

 

この情の支配から金銭の支配への社会の変革は、米国で最も進んでいる。それは、既存の共同体に入りにくい離散の民が、英国やヨーロッパから米国に移住して、全米を金融で支配した結果である。このユダヤの民の英米における活躍に関して、東住吉教会の高原氏が、同志社大における講演で解説している。異なった視点からではあるが、非常にがわかりやすく参考になる。https://www.youtube.com/watch?v=n2WzaNFKP80 

 

このマイノリティである民族が、マイノリティーの権利拡大の要求を掲げて米国を支配し、その後米国を中心に世界支配を目指す思想がグローバリズムである。一つの地域でマジョリティに属した人でも、グローバルに活動する時、大半の時間をマイノリティとして生活することになるので、マイノリティの権利が大幅に拡大できれば、経済活動において、そして続いて政治において、国境の壁は徐々に意味を失うだろう。

 

尚、この法と契約の社会から最も遠いのが、日本の伝統社会である。近代社会となっても、例えば、会社員は会社というコミュニティの一員であり、その中の一つのセクションも、一つの共同体的性質を帯びる。入社式は、その会社の一員として共同体に参加するための儀式であり、アフター5の飲み会も会社の延長上にある。この世界の時代の流れに取り残されたのが、経済低迷の原因である。(補足3)

 

2)マイノリティの権利拡大から世界支配の戦略

 

その一方、金銭を媒介とした法と契約の社会では、人情の希薄化と荒む社会いう基本的問題を孕む。その共同体を破壊する現在の資本主義社会の危険性は、クラシックな課題だった。日本でも「家族という病」という本を書いた人がいる。本末転倒を正常だと信じる病的な頭脳の人の著作である。

 

上記離散の民は、個人の間に隙間を生じた“法と契約の社会”がむしろ棲みやすい。彼らの一流の知恵が、米国の政治を支配するために用いたプロパガンダが、マイノリティーの権利拡大であり、ポリティカル・コレクトネスであった。(補足4)

 

個人の尊厳を保ちながら、互いに協力するのが民主社会のあり方であるが、それには所得の再配分が必要である。しかし、上記グローバリストたちは、資本の論理を前面に出して、民主社会の本来の目標を放棄し、自分たちの世界戦略を優先している様に見える。米国のマジョリティにとっては政治の歪曲である。それは、金融資産の偏在の結果であり、且つ原因でもある。(補足5)

 

金融資産を資本の論理のままにして制限を設けなければ、巨大化した金融資本は人間社会を支配するようになる。現在、グローバリスト (固有名詞)の目指しているのは、金融資本(儲け)を最大化するという(微分)方程式で動く機能社会である。それは高度な社会を実現しつつあるが、人間社会の本来あるべき共同体という基本を無視する社会となっている。(補足6)

 

その結果として生じた金融独裁国家は、共産主義独裁国家と同様、非人間的国家の典型である。前者を米国が代表し、後者を中国共産党政権が代表する。今回の米国での大統領選は、人間的国家を目指したトランプ政権を、民主党やSES(上級執行官)を操る金融資本が違法選挙で潰すという手法で、民主国家への回帰を妨害した。独裁国家では、三権分立や法治の原則などは存在しない。

 

3)終わりに:

 

なかなかグレート・リセットの議論に進まないが、今回ここで終わる。

一言でグレート・リセットを評価すれば、グローバリストの新た戦略に過ぎない。しかし、同じグローバリストであるが、習近平とジョージ・ソロスで対立が生じている。https://www.nikkei.com/article/DGXKZO56076600W0A220C2TCT000 この対立は、本物なのか出来レース的なものなのかわからない。何れにしても、次期米国政権には、トランプではなくポンペオの就任が反グローバリストにとっては、最高のシナリオだろう。

(18:00 表題変更; 一部編集;翌朝数カ所、日本語の修正あり)

 

補足:

 

1)現在では共同体として最後に残る夫婦関係や親子関係までもが、法と契約によって規定され、機能体社会に組み込まれる。米国では子の進学費用は、子の自己負担となっているし、最近では同性間の結婚も法により認められている。

 

2)インターネットの時代になり、政治が専門家だけのものではなくなった。そこに、民主主義が衆愚政治から脱する可能性がある。それをいち早く危惧したのが、米国のブレジンスキーである。つまり、ユダヤ人脈による米国の支配を脅かすのは、インターネットをメディアとする真の民主主義の出現である。トランプはそれに注目して、国民との直接的対話を目指した。フェイスブックやツイッターがそれを妨害したことは、重大な反民主主義的行動である。

 

3)日本が法と契約の社会に最も遠い先進国であることは、日本の経済低迷とかんけいしている。このことは昨年「日本の生産性をダメにした5つの大問題について」と題する記事として書いた。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12564206453.html

 

4)現在の国家は、複数の共同体を束ねて一つの共同体とするプロセスを、複数回繰り返して出来た。その共同体の融合には、強圧的な方法(非民主国)もあるが、民主国では新しい理念の創生を必要とする。日本の場合は、天皇が果たした役割が大きい。米国の場合は、独立のときの統合の理念がある。その共同体としての国家に、故意にマイノリティとマジョリティという形で分断線を組み込むのは、国家の転覆の危険を犯す卑怯なやり方である。

 尚、ユダヤ資本家が日本に憎しみを持つ原因が長い間わからなかった。第二次大戦時など、関東軍の一部跳ね返り(https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12466516004.html)を除いて、最もユダヤ人に優しかったのは日本であった。それにも拘らず、何故ユダヤ資本家が日本を憎むのか。勿論、桂ハリマン協定の破棄など、満州利権も一つの原因だろうが、本当の原因は、彼らの持たない“人類のふるさと”的共同体を、未だ日本が持つからだろう。

 

5)私の定義では、善悪とは共同体社会の言葉である。人間社会のあり方は、共同体の善悪を維持した機能体である。 https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12647466031.html 

 

6)その米国金融資本が利益を最大化するために作り上げたテーマは、脱炭素或いはグリーン・ニューディールである。

2021年1月26日火曜日

人はどこまで残酷になり得るのか?(再録)満州北朝鮮でのソ連兵

最近閲覧があった記事で再録が適当だと判断したものです。2016/1/31に投稿したものです。

 

1)1月30日のNHK教育テレビで五木寛之さんの対談番組があった。そこで、戦争直後平壌から引き上げるときの一家の様子を話しておられた。それはご本人の口から話すことができるまでに、長い期間を要すると思われる残酷な光景だった。その後間も無く亡くなられたお母さんを除いて、一家は日本に引き上げて来た。
 
「悪人ほど、日本にたどり着き生き残ることが出来たのだ」という五木さんの言葉は知っていた。しかしその詳細は知らなかった。ソ連兵が家に踏み込んできたときのことを、その番組で初めて聞いた。彼らの姿は、ほとんど野獣のそれであり人間のものではない。
 
韓国側の米軍難民キャンプにたどり着くまでの詳細は、読売新聞のサイトに五木さんからの聞き取りを纏めた形で掲載されている。http://www.yomiuri.co.jp/matome/sengo70/20150804-OYT8T50215.html
しかし、そこには病床の母親がソ連兵に踏みつけられた時に血を吐き、気味悪く思ったソ連兵が布団ごと外に投げつけたことは、書かれていない。(追補1)
 
収容所に入れられ悲惨な生活を送る中、長男の五木さんはソ連軍の宿舎で仕事をもらい、食料を少しもらうことで生き延びた。ソ連兵との共存という悲惨な環境は、収容所に入れられた日本人も非情な姿に変えた(補足1)。
 
一家(父親、長男である五木さん、を含め4人)は、一年ほどして38度線を越えることが出来、米軍の難民キャンプにたどり着いたのは1946年の秋である。その間の出来事を一言で集約すれば、まさに「悪人ほど生き残る」であった。
 
2)今回の主題は、「人はどこまで残酷になり得るか」である。「悪人ほど生き残る」という五木さんの言葉を突き詰めると、私は、「人間は全て野獣と同じ状態になり得る」と思う。一定の豊かさごとに、善という衣を“野性の心”に着けていくが、その生命を保障する豊かさがなくなると、元の野性に戻るのだと思う。ただ、不器用な人や決断力の鈍い人は、その生命の保障が無くなったことに気付くのが遅れ、その衣を脱ぎ捨てる前に、一歩先んじた人間に滅ぼされるのだと思う。
 
豊かになり生命の危険がなくなると、一枚一枚その善の衣を着る。しかし、その衣の中には依然として野獣としてのヒトが存在するのである。ヒトが人間と呼ばれ、人と人の間に共有する温かい空間を作るのは、野獣とは異なる人の(本質ではなく)習性に過ぎない。

 

その善の衣を着た姿を見て、自分の姿だと信じるのは、善と悪を知る為にそう信じたいからだろう。アダムが”善悪を知る木の実”(普通、知恵の木の実というが、それは正しくない)を食べて、自分の裸の姿を恥じたのは、まさにこのことを言っているのだと思う。
 
歴史上にはいくらでも野獣と化した人の姿がある。過去の戦争の際、阿鼻叫喚の地獄と化したところは、数え切れないだろう。人はそれから目を逸らすのは、自分の裸の姿から目を逸らすことである。つまり、アダムの子孫だということである。自分はそのような悪人ではないし、悪はなさないと主張する人は、単に無知か厚顔なだけである。
 
 
補足:
1)その光景は、最近読んだ「大地の子」の中のある光景と全く同じであった。「大地の子」の主人公の在留日本孤児と養父母とが、国民党支配の長春が包囲された際、解放軍支配のチャーツ(関門)が開くのを待つまでの光景である。共産党軍はチャーツをなかなか開こうとせず、中立地帯は地獄の様相を示す。長春では結局15万人が餓死するのである。
追補:
1)この時のことは、今日買った本「運命の足跡」(幻冬社、2003;15-24頁)に書かれていました。
2)補足への追補:チャーツでの悲惨な出来事を引用する場合、遠藤誉さんの著書「チャーズ」に言及すべきだと思います。いつか読みたいと思っています。

2021年1月25日月曜日

日本だけが何故世界の敵なのか? 国連憲章敵国条項

1)国際社会の形成までの歴史に関する私の復習:

 

現在、地球上の200程の国家は、原則として野生の原理の支配下にある。例えば、自国の安全と将来が完全に保障されるような状況なら、中国は台湾や日本を自国領とするだろう。その情況が日本人には一切理解されていない様に思う。

 

そのような国際関係或いは民族関係は、大航海時代以降20世紀以前では常識だろう。その恐怖が、国を作り民族団結の礎となった。20世紀にはいり、国家の経済力の上昇、武器の性能の向上などにより、戦争の悲惨さを増すことになったので、①戦争を避けるべきだという共通認識や、②非戦闘員の殺害などは避けるべきだという思想が、欧米諸国を中心に生じた。

 

それらが、パリ不戦条約(1928年)やハーグ陸戦条約(1899年)として具体化した。これら二つの条約には、英米仏独日伊、そしてインドやソ連など、ほとんどの主要国が参加した。不戦条約では自衛戦争は例外とされていることや、アフリカやインド東南アジアなどが植民地であったことなどの問題を内包するが、地球上の国々を法の支配下に置く試みとして、期待された。

 

植民地を確保しながら不戦を誓う先進国を、発展途上の国は強国の共同エゴイズムと見ただろう。更に、植民地が十分確保出来ていない先進諸国は、侵略の定義が曖昧なので、軍事行動を自衛戦争として正当化することも可能だった。極東国際軍事裁判で日本の戦犯が裁かれる際、これらの条約が背景にあった。インドのパル判事は、パリ不戦条約は法とは言えないという立場で「平和に対する罪」で東條以下を裁くことに反対した。(ウイキペディアの不戦条約参照)

 

国際間に広がる条約締結の主旨には、国際機関の設立と国際法及び国際裁判、更に、国際警察の設立へ進むべきだという人類の理想が含まれていると思う。最初の試みである国際連盟は、米国大統領ウイルソンの努力により設立されたものの、孤立主義の伝統を持つ米国は加盟しなかった。更に、その後も主要国が相次いで脱退するなど、脆弱な組織でしかなかった。

 

現在、国際間の平和維持機関として存在するのが、第二次世界大戦の戦勝国を中心に発足した国際連合(UN, United Nations)である。国際連盟が持たなかった「国際警察」的機能として、加盟国の軍備を用いる所謂“多国籍軍”(国連軍)の編成が、憲章42条として含まれている。

 

ただ、国連も上記パリ不戦条約同様に、特定の民族或いは国家のエゴイズムを達成するための道具になり得る。それでも、国際法や国際倫理を持つことの重要性に対する同意形成として、その維持に各民族や各国家の努力が大事だろう。その背景にあるのは、恐らく各国の持つ神に対する畏敬の念だと思う。つまり、世界平和への人類の意思は、宗教心の発露以外ではあり得ないだろう。

 

2)国連の敵国条項

 

国連は、戦勝国及びその後継国を安保障理事会の常任5カ国(以下常任理事国)を核にして、出来ている。常任理事国に政治体制の全く異なる国を含むなど、肝心な時に機能不全を起こす可能性がある。更に、世界大戦終結後75年を経てもなお、敵国条項がその憲章に残っている。(補足1)

 

これらの欠陥を修正しなければ、国連は常任理事国の中で力のある国の戦略的道具として利用されるだけで、世界20世紀前半に生まれた「法の支配による地球規模の人権尊重と世界平和」を実現する理想から、退行する21世紀となる可能性が高い。

 

主要国の中で、敵国条項により敵国と呼ばれうるのは、厳密に言えば唯一日本だけだろう。元々ドイツもイタリアも所謂枢軸国であり、国連憲章上は敵国と呼ばれる資格があるが、ドイツもイタリアも第二次大戦時の国ではなくなっている。しかし、日本だけが、第二次大戦前と同一の国であることがその理由である。

 

日本国憲法は、第45代の吉田茂内閣の時、大日本帝国憲法の手続き(第73条)に従って改正され、公布(1946/11/3)施行(1947/5/3)された。更に、その憲法の既定に従って、国家元首だった昭和天皇は、引き続き国家の象徴として天皇の地位を継承している。日本国と大日本帝国が連続関係にあることは、日本が連合国に無条件降伏した訳ではないことの必要十分な証拠である。

 

ドイツは、連合国に無条件降伏し、第二次大戦後分割統治された。その憲法は、ワイマール憲法の延長ではなく、ドイツ基本法として制定され、現在に至っている。イタリアは、敗戦後日本やドイツに宣戦布告しているので、完全に枢軸国としての国家体制が途切れ、その後新しく憲法も制定している。(補足2)

 

敵国条項(主に国連憲章53条)は、「安保理事会の承認なしに、地域的取り決めによる軍事的な行動(enforcement action)は禁止する。ただし、敵国の侵略政策の再現に対するものは例外とする。敵国とは、第二次世界戦争中にこの憲章のいずれかの署名国の敵国であった国である」と読める。

 

ただ、日本、ドイツ、イタリアなどの枢軸国も加入している現在、この文章は死文化していると考えるのは正当な解釈だとも言える。(補足3)そして、日独伊の協力もあって、1995年の第50回国連総会では憲章特別委員会による旧敵国条項の改正削除が、賛成155、反対0、棄権3(キューバ、リビア、北朝鮮)で採択され、同条項の削除が「約束」された。

 

しかし、その約束は果たせられておらず、敵国条項は憲章から削除されていない。つまり、敵国条項は現在も明確に生きている。その実質的な対象は、第二次世界大戦時から連合国(united nations)側の敵国として、連続線上にある唯一の国、日本である。(補足4)この情況に対して、2009年の麻生内閣のときに、当時衆議院議員だった岩国哲人氏により国会で質問された。しかし、その答弁は一言で言えば「努力する」という具体性の無いものだった。

 

この件を議論している文献として、2015年の東洋経済の記事「戦後70年、いまだに敗戦国扱いされる日本:国連とは第二次大戦の「連合国」の意味である」がある。https://toyokeizai.net/articles/-/78407?

 

この記事には、中国はこの敵国条項を持ち出して、日本を牽制していると書いている。前セクションで、「世界平和への人類の意思は、宗教心の発露である」と書いた。無宗教で、利益を最優先する文化の国中国には、そのような意思は全くない。

 

ここ10数年、中国共産党政権は、南シナ海での国際条約を無視した軍事基地建設や、中小国への軍港設置、更にはウイグルなどの自治州などで「ホロコースト」(米国前国務長官の発言)、英国との条約を無視した香港の直接支配と人権活動家の弾圧などを行った。

 

そして、トランプ政権の4年間に、中国は世界の脅威として確認されるようになった。安全保障を、国連を中心とした外交と日米条約に頼る日本は、今こそ分担金の+ーを表に出してでも、敵国条項削除に再度努力すべきである。

 

(最終稿:1/26早朝)

 

補足:

 

1)この敵国条項の“敵国”だが、英語では“enemy state”である。外務省では“enemy state”を“旧敵国”と翻訳して、国民を誤魔化している。下記サイトの最後の方を見ていただきたい。

 

日本政府は、日本国民を代表する国民による統治者ではなく、何処かの傀儡政権であることが疑われる。(明治維新以降の近代史の謎を暴くことで、それが明らかになる筈;1/26早朝)

 

2)ドイツとイタリアの憲法制定に関する詳細なプロセスは、あまり勉強していません。何か抜けた所があれば、ご指摘いただきたい。

 

3)日本政府がこの部分を死文化しているとする根拠は、国連結成当初敵国と見做された国も国連に加盟を許されたからである。1973年までに、憲章は3回改正されたとウィ小ペディアには書かれているので、死文は削除するように改正できない筈はない。常任理事国の中に拒否権を行使する国が出てくることを予想して、憲章改正案を出さないのかもしれないが、やってみるべき。

 

4)松江市議会議員、貴谷麻以さんのブログを引用します。

 

 

2021年1月23日土曜日

ファイザー社の新型コロナ用ワクチンは効くのだろうか?

注意: 以下は専門外の者による分析であり、今後国が計画している新型コロナのワクチン接種に関する政治的意図は全くありません。また、ワクチン接種するかどうかの個人的決断の材料とされても、責任は持ちません。以上のことに同意される方のみ、お読みください。

 

日本政府は、新型コロナワクチンを米国ファイザー社から7000万人分購入して国民に摂取するようだ。そのワクチンは、現在流行している変異種に効くのだろうか? 壮大な無駄遣いにならないだろうか、心配である。

 

ワクチン接種の政策は、人口の大部分に免疫をつけ、その集団免疫でその後の流行を防止する感染症対策である。その集団免疫だが、その集団を構成する人の多くが実際に病気に感染して獲得した場合でも、同様或いはそれ以上の効果がある筈である。実際にそれを目指した国がある。北欧の国スウェーデンである。

 

老齢者と基礎疾患を持った人以外には活動を制限しないで経済への悪影響を避けただけでなく、他の西欧諸国のように都市封鎖やマスク義務化などの新型コロナ防止策をとらなかった。その方が短期に経済的損害もなく乗り切れると考えたのである。

 

昨年の晩春、スウェーデンの担当者は第一波の段階でほぼ集団免疫ができたと考えていた。2020424日のJIJICOMの記事によると、スウェーデン保健当局の疫学者、アンダース・テグネル博士は最近、地元メディアに「首都人口の多くが免疫を獲得し、感染抑止に効力を発揮し始めた。数理モデルは5月中の(集団免疫)達成を示している」と解説したと書かれている。https://www.jiji.com/jc/article?k=2020042300702&g=int

 

因みに、上記スウェーデンの対コロナ対策を、集団免疫を目指した訳ではないという意見もある。一応、感染は避けた方が良いという姿勢だったからである。つまり、テグネル博士の意見は、副産物として集団免疫が手に入るという考えであり、集団免疫獲得を主目的とした訳ではないというわけである。言葉の定義で、何とでも言い訳は可能である。

https://www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp/topic/3743

 

新型コロナ肺炎のデータをまとめたWorldmeterというサイトからデータを取得して、少し考えてみたところ、そのある程度出来た筈の集団免疫は、第三波(昨年10月ごろからの流行)の流行抑制にほとんど効果を示さなかった事がわかった。

 

つまり、データは、第一波で出来た筈の集団免疫が、第三波の時の変異ウイルスへの感染には効果がなかったということをサジェストしているのである。それは、第一波の際の病原ウイルス(SARS-C0V-2)を用いて製造したワクチンは第三波以降の変異株(SARS-Cov-2の変異株)の感染防止には効果がないことを示しているだろう。

 

2)データによる説明

 

下図は、集団免疫形成を目指したスウェーデンと、各個人の感染をできるだけ防止する対策をとった隣国ノルウェーでの毎日の感染者数と累積死者数の経過を示したグラフである。ここで、スウェーデンの人口は約1013万人、ノルウェーのそれは544万人で、約倍半分の関係にある。

感染者出現の時間プロファイルは、両国とも良くにている。しかし、絶対数に大きな差がある。

第三波が始まる前の930日までの(累積罹患者数、累積死者数)を両国で比較すると、スウェーデンとノルウェーの順で、(93838, 5852) 及び (14027, 274)であった。スウェーデンの人口当たりの被害は、ノルウェーの(12.46, 39.9) 倍だった。ノルウェーの40倍程度の死者数を出して、経済的被害を押さえつつ、集団免疫の獲得をまった。

 

そして、日本の第三波に相当する流行期間を昨年101日から2021120までとすると、この間の(累積罹患者数、累積死者数)は、スウェーデンで(4490005040)、ノルウェーで(45860269)であった。スウェーデンの第三波の人口当たりの罹患者数や死者数は、ノルウェーの (18.23, 34.9)倍である。

 

マークを付けた部分を見てもらうと分かるように、スウェーデンのノルウェーと比較しての第三波の相対的罹患率は18.23倍で、集団免疫の全くない第一波と第二波(非常に小さい;補足1)での12.46倍よりも大きい。つまり、スウェーデンが9月末までに付けた筈の集団免疫は、ノルウェーとの比較だが、全く第三波の感染防止には役立っていない。

 

同様の比較をフィンランドを対照国に選んでおこなってもほとんど同じである。もし、特別の事情がなければ、第一波のウイルスへの免疫は、第三波のウイルスの感染防止に役立たなかったということになると思う。(補足2)

 

もし、ファイザーからワクチンを購入するのなら、どの時点でのウイルスを原料に作ったのかを確認するなど、その効果のチェックを厳密に行うべきだと思う。もし、第一波の時のウイルスを培養して、作ったものなら、現在及び将来の流行防止には、役立たないことになる。

 

日本政府は、遠慮なくファイザーにその件を確認すべきだと、私は素人ながら思う。

 

日本のマスコミは、英国や南アフリカの変異株を特別視しているが、英国とフランスの流行プロファイル(図1のようなもの)は、ほとんど同じで、英国の変異株を特別視するのは不思議である。(

補足2)ウイルスは頻繁に変異を繰り返すので、インフルエンザでもA型のワクチンはB型には十分効かない。新型コロナのワクチンも、混合型のワクチンでなければ、大きな効果が期待できない可能性がある。

 

因みに、ファイザーの株価は11月下旬から10%以上急騰して12月初旬にピークを形成し、その後下落している。何を意味しているのかは、各自お考えください。;

 

追補:

 

最初のセクションの最後の文節で、「変異株に効果がない」を「変異株の感染防止に効果がない」に修正。Covid-19に感染しても80%は軽症または無症状である。それらのケースでも感染拡大には寄与する。従って、第一波のCovid-19に感染したひとで、軽症で治癒した人は、第三波に感染しても二度感染したと自覚或いは検出されるケースは稀かもしれない。

(20:00、追補し最終版とする。)

 

補足:

 

1)第一波で大きな被害を出した英仏伊西など各国では、8月の第二波は相対的に無視できる程度の流行しかしなかった。それは米国のニューヨーク州でも同じである。しかし、それらの国や州でも、第三波は第一波の大流行の有無とは無関係に、大流行している。

 

2)米国ニューヨーク州では、第一波で大きな被害を出したので、8月を中心とする第二波の流行はほとんど起こらなかった。しかし、第一波であまり大きな被害を出さなかったジョージア州では、第二波の流行は大きかった。(下図、12月3日の記事から再録)それは日本も同様である。このあたりは12月3日の記事で議論した。

 

 

(12:35 編集あり。補足2を追加)