元米国務長官のヘンリー・キッシンジャー氏が、ダボス会議でウクライナ問題の現実的解決法を提案した。これについては、25日のブログに紹介した。つまり、「ウクライナは、ロシア侵攻の日以前に支配下に無かった領域をロシアに割譲すべきだ」とダボス会議で発言したのである。(補足1)
キッシンジャー氏の考えは、「平和は諸国の力の均衡の結果としてもたらされる」という現実主義の考え方をロシアとNATOという二つの極を持つヨーロッパに適用した場合、ウクライナは緩衝地帯の宿命から逃れられないという地政学的考察に基づくのだろう。そのFreddy Grayという英国の方の解説を25日のブログ記事に紹介した。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12744727488.html
ダボス会議の出席者は、その講演の数時間後に同じ問題に対する全く異なる提言を、ジョージ・ソロス氏から聴くことになった。ソロス氏は、ウクライナにおける2004年と2014年の政変に深く関わってきたこと等、米国の政治に深く関与して来たことで知られる世界的投資家である。(補足2)
Wall Street Journal(以下WSJ)の25日の社説記事によると、ジョージ・ソロス氏は「世界の文明を救うためには、ウクライナのロシアに対する戦いを勝利に導かねばならない。そのためにウクライナが必要なもの全てを西側諸国はウクライナに提供しなければならない」と講演で喋ったのである。(補足3)https://www.wsj.com/articles/dueling-approaches-to-world-order-war-ukraine-putin-russia-china-davos-kissinger-soros-foreign-policy-peace-11653509537
2)Wall Street Journal のオピニオン:
この二人の発言について、上記WSJの社説(オピニオン)が以下のように解説している。
「この二人のナチスから米国に逃れたユダヤ人移民によるこの戦争の解決方法の提案は大きく異なるが、事態の把握という点ではおおむね一致している」。
二人が一致している点: 米国の価値と利益は、欧州の平和擁護を米国の外交の主目的とする。そして、二人は自分自身をヨーロッパ文明の擁護者であると考えている。また、この件が世界のシステムにショックを与え、長期の軍事的混乱となることを恐れている。更に、米国にとってロシアは二番目の問題であり、長期的に中国との関係が最重要課題だとしている。
両者の具体的処方が大きくことなるのは、彼らが守るべきと考える秩序と文明の側面が異なることによる。
ソロス氏の考えはバイデン政権のと同じである。
二人の意見が異なる点:
ソロス: 今般の世界政治の動向を民主主義と全体主義の抗争と捉え、プーチンのウクライナへの攻撃は、国際秩序の基礎原理に対する攻撃であり、その排斥が必須だと考える。もし、プーチンの企みが通れば、 国際政治は「強きは出来ることを何でも行い、弱きは苦しみに耐えるのみ」というジャングルの法則に支配されることになる。
これに対してキッシンジャー氏の現実論的考えは、ソロス氏の理想主義からずっと遠い。
キッシンジャー: 世界には多くの異なったタイプの国家が存在する。米国がやるべきは、力のバランスを築き上げ維持することである。力の均衡は、我々と同盟国の自由をより小さいコストと危険性で守ることになる。
ロシアと中国を民主主義に改宗させる使命は、我々(米国)に無い。我々は、ライバルである大国の権利と利益を認め(尊重し)なければならない。平和維持のために、ロシアがヨーロッパの国家制度の重要な一員であり、未来においてもそうあり続けることを認識しなければならない。
WSJの社説は、どちらも完全に上手く行くという方法ではないとして、史実を引用して解説している。最後に、今後の世界の困難について述べている。
ウクライナは、西側、経済、そして軍事からの多大な支援なしには、長い戦争と戦うことはできない。ウクライナが生き残りの戦争に持っているすべてを費やすとき、その通貨はどうなるのか? 米国もEUも十分な経済援助など出来ないだろう。世界中で食糧不足や飢餓を引き起こし、政情不安が世界に広がったとき、欧米諸国は対応出来るだろうか?
3)私の考え:
WSJの社説氏は、ジョージソロス氏を恐れているのか、結論を誤魔化している。これまでの米国のウクライナへの関与、つまり2004年のオレンジ革命や2014年のマイダン革命と呼ばれる政変から一貫してウクライナの政変を支援してきたのは、米国のジョージソロス氏らが支持する勢力であった。(補足4)
その最終段階で、世界を第三次大戦の惨禍に導いてでも、ウクライナにロシアを叩かせようとするのがソロス氏の考えであり、その正当化が上記弁明である。キッシンジャー氏は、世界の惨禍を避けるために、それを諦めさせる提言を行ったのである。二人の考えは併立させて議論するものではない。
つまり、ロシアが全体主義国家かと言えば、そうではない。投票で大統領を選ぶ国であることには、米国と変わりはない。そして、財閥が政治的な力を持つことや、諜報機関を動かして政敵を排除することもあるという点も、米国と同じである。
米国の現政権は、上記ソロス氏のモデルに基づく「プーチン・ロシアの殲滅こそ世界平和の条件である」と言う思想を、同盟国に強要しているのである。
補足:
1)この考えは、バイデン政権の考え方から遠く且つ非常に大胆な提言なので、びっくりした。ただ、キッシンジャー氏はトランプ政権誕生後暫く相談役だったので、考えてみれば全く意外という訳ではない。なお、以下に引用するWSJの記事はこの領土割譲の範囲を2014年以前の支配域(クリミヤとドンパス地域の一部)としている。
2)ウクライナへの上記関与の他、ここ2−3年のホンジュラスから米国へ向かう不法移民キャラバンを支援してきたのが、ソロス氏のオープンソサエティ財団(open society foundations)である。
3)この喋り方は、ジョージ・ソロス氏が今回のロシアつぶしの主人公に聞こえる。その通りであることが知れても、構っておれないという位の熱(傲慢さ)を感じる。
https://www.youtube.com/watch?v=VaSwl8B_A7Q (5月30日の及川氏)
4)ソ連時代には、ウクライナはロシアとともにソ連の中核を為した国である。そして、NATOが対ソ連の軍事同盟として創られ、現在は対ロシアの軍事同盟である。それらを考えれば、2004年のオレンジ革命、2014年のマイダン革命などと呼ばれるウクライナの政変から今年2月24日までのウクライナでの軍備増強は、NATO(主に米国)とウクライナの反ロシア勢力が結託した、ロシアに敵対するフロントラインの構築に他ならない。
この事情は、2月9日に「豊島晋作のテレ東ワールドポリティックス」で、帝政ロシアの時代からのヨーロッパの歴史を振り返る形で解説されている。