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2025年2月5日水曜日

フジテレビ性加害問題と日本の途上国化について

1)日本の労使関係:封建的会社組織(補足1)

 

日本の労働者と会社(使用者)との伝統的関係は、入社式や永年勤続表彰(今はまれかもしれない)の慣習でも分かるように、封建的な特徴を持っている。雇用された労働者は、雇用主である会社の仕事を中心に生活設計をしなければならない。会社と雇用者との関係は、主人と家人の関係でに似て、会社が必要とすれば、誰であっても玄関掃除までもすることが期待された。

 

しかし現代、高度な産業技術社会となり、労働者の多くは高度な専門的知識と技量を必要とする場合も多い。そのような環境での経済発展を考える場合、日本はこの伝統的労使関係を変えなければならない。何故なら、この労使関係では本当に優秀な人の雇用や、その継続が困難となるからである。

 

そして、労働者を測る物差しとして、専門的な優秀さの尺度だけではなく、人間的とかいう全人格を対象にする尺度が同等に働く状況を排除しなければならない。そもそも、会社の組織からして近代社会に不適合な場合も多い。その例は最後のセクションで触れる。

 

現在の労使関係では、本当に優秀な人材の多くを定年という区切りで失うことになる上、若くして“裏切って”他国に職を求めるかもしれない。また、雇用を最優先するあまり会社が傾くことになっては元も子もない。更に、そのような雇用文化の中で国全体の技量が低下する危険性もある。

 

つまり、現在の高度な機能体的会社においては、労使関係を①封建的なウェットな労使関係から②経営者と労働者の間のドライな労働契約の関係に改めなければならないと思うのである。後者の労使関係は、人間的関係というよりも労働提供の契約関係である。

 

この労使関係では、優秀な人材には高い給与を支払う必要があるので、労働者間に大きな給与格差が発生する可能性が高い。その結果、人件費は全体として相当高くなるだろう。労働者が年齢以外ではほぼ均一である時代には労働組合が大きな存在であったが、本質として労働者ごとに報酬が大きくことなる時代となれば、その意味が低下するだろう。(補足2)

 

労働者はそのような給与差の中で、機能体である会社内で円滑に連携をとる必要がある。その様に労働者が多層均になれば、仕事上で発生した人格的人間関係は消えるだろう。人格的人間関係は仕事とは無関係にプライベートに求めることが全てとなる。欧米では、アフターファイブの飲み会はほとんどないだろう。


 

2)就学と就職の人生における意味

 

封建的な労使関係では、就職はその後の人生の大半を決定する重大事となる。一旦優良企業に入社すれば、その後の人生は安泰となると考えられ、日本人の大半はこの人生モデルを主軸として結婚や教育などの人生における諸要素を考えていると思う。学歴の役割は、(テレビのクイズ番組で役立つ人を除けば)就職した時に終わる。

 

一方、契約的労使関係が主流になれば、労働者は自分の技量と知識を会社に売りつけなければならないし、会社の経営者はより高い技量と豊富な知識を獲得すべく候補者を評価しなければならない。その結果、上に述べたように全体として人件費が上昇し、会社に労働生産性のための投資を促す筈。

 

労働者側では、自分の技術を高める努力を現在の会社で仕事(フルタイム)を得る前になされなければならない。そのために、大学も学歴獲得のためではなく、明確な目標をもって実力養成のために選び勉学に努めなければならないだろう。
 

そのようになれば、現在の大学等の教育機関も大きな影響を受け、入学試験の人生における比重もそれほど大きくはなくなるだろう。学歴社会と封建的労働環境は1:1の関係にあると思う。

 

このように考えた場合、世界での経済的地位を向上させるには、西欧が作り上げた近代技術社会に文化的に適応しなければならないことを意味し、簡単ではないことが分かるだろう。政治家もそのような点をよく考えて、労働問題、教育問題、経済政策等を立案すべきである。現在のように世襲政治家が財務省を批判するだけでは、日本は近い将来途上国となるだろう。

 

尚、②の契約的労使関係の会社では、会社の上層部であるCEOなども労働者と言えるかもしれない。所謂サラリーマン社長である。会社は株主の所有であるから、日本でも株主は会社の経営に対して注文をつけることが普通になるだろう。

 

ただ、株の大半は所謂機関投資家と呼ばれる者、多くの場合投資会社や各種基金等なので、それら大株主によって会社経営者が選定されることになる。最近、各会社経営者が利益の株主還元を重視するのは、このような事情が背景にある。

 

株主は、会社が破産すればその責任を株が紙屑となることで取らなければならないが、労働者もサラリーマン社長もそれ程大きな損はない。(補足3)

 

(補足1の街頭演説でもちいられたスライド;演説主は高い株主還元率を批判している)

 

社長等経営者は、一般労働者と株主の間に立つ存在であり、本来、封建時代の“殿様”(或いは天皇と呼ばれる存在)の様にはなり得ない。日本ではそのような例が多々見られるのは、会社の人事が封建的に進められてきたからである。


 

3)古いタイプの会社とそこでの人間関係

 

現在、国際的競争に晒される先端的業種での労使関係は、殆ど上述の②のタイプに近くなって来ているだろう。そうでなければ、高い国際競争力など維持できないだろうと思う。

 

その一方、国際的競争下にない業種では、恐らく①の封建的労使関係のままだろう。労働者を大事にする会社と言えば聞こえが良いが、それは現在のドライな人間関係になりつつある社会全体に陰湿な人間関係の島或いは蛸壺のような空間をあちこちに作っている。
 

最近、テレビのニュースにおいて話題になっているフジテレビという会社もそのような会社の一つだろう。その他にも芸能関係や放送関係での性被害のテレビ報道が多く、視聴者の一人としてウンザリしている。

 

そのような番組では、性加害者と考えられる有名人を袋叩きにして、報道する側と視聴者の側の両方で鬱憤晴らしをしている様で、非常にみっともなく見える。テレビ放送の中身が日本の文化の反映だとすれば、日本全体の恥だろう。報道関係者には、放送法第一条を良く読めと言いたい。

 

ここ一か月ほど話題となった上記フジテレビの件では、女性アナウンサーには容姿を含めての技術・能力だけでなく、本来労働契約にないことが要求されたことになる。将に全身全霊で会社に尽くすことが要求されたのだろう。その陰湿な労使関係は封建体制そのものである。
 

その風通しの悪い会社の中心に40年間その会社の天皇と呼ばれた87歳の絶対権力者が存在するようだ。https://www.mbs.jp/news/feature/specialist/article/2025/01/104943.shtml


その放送局の持ち株会社に対して、アメリカの投資ファンドは、企業統治に欠陥があると指摘した上で、取締役相談役を務める上記87歳の方の辞任を求める書簡を送ったようだ。https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250204/k10014711631000.html

 

この放送局は、フジメディアホールディングスという親会社が運営する筈なのだが、そこの経営者もフジTVの「天皇」には手が出せなかったのである。

https://news.yahoo.co.jp/articles/c13c87be8a52386ecbb95f0ee0171cb98837fc7f
 

勿論、その殿様にどの程度の責任があるかは不明だが、そのことが暗示する古い封建的人間関係で、この会社と放送局が成り立っていたことは事実だろう。中世では、女性はcommodityと見なされていたのだが、その時の文化が現代日本の純粋にdomesticな会社には蔓延しているのだろう。
 

性加害者の人物は、その中でその放送局に自分の出演を独占的に約束し、その対価として賃金とその特殊サービスとを受け取っていたのだろう。問題の本質は、その人物が有徳の人物では無かったことにではない。徳などはヒトという動物の表面にある薄皮一枚でしかない。(補足4)その会社の労使関係が、近代的ではなく古い封建的体制にあったことである。
 

つまり、この問題はフジテレビだけでなく日本全体の問題である。このような観点からこの件を論じたTV報道等を見たことが無い。つまりそのような労使関係は、日本中に空気のように存在していても多くの人には見えないのである。これでは日本という国が途上国化するのは時間の問題なのだ。


 

補足:
 

1)この記事を書く動機となったのは、ある政党党首の街頭演説のyoutube動画に対してコメントしたことであった。その動画は:https://www.youtube.com/watch?v=R8ITX_2bpQQ

 

そのコメントは:

参政党を応援する者ですが、経済についての議論は慎重になされた方がよいと思います。賃金が上昇しないのは、労働者と経営者の関係において労働者が弱いからです。それは一生会社に奉職するというタイプの日本文化の弱点です。毎年4月の入社式(その文化の象徴)なんて、バカげています。この文化を乗り越えて、労働の流動性と同一労働同一賃金の厳守が達成されれば、労働者個人は自分の資質向上に努めることがより強く要請されますが、会社と賃金交渉を他社と天秤にかける形で可能となります。労働生産性の向上には、会社の投資と労働者の資質向上の二つが必要です。

 

2)この文章の意味は職種ごとに細かく給与を設定するという意味である。その算定にあたって、一定のルールが定められているべきなのは言うまでもない。

 

3)最近、〇〇ホールディングスという名前の会社が多くなった。それは持ち株会社であり、複数の会社を一段上から経営する。更に、その持ち株会社にはより大きな存在として機関投資家が存在する場合もある。それら機関投資家には、〇〇基金や△△銀行や別の大会社などが存在する場合が多い。なお、フジテメディアホールディングスの在米株主によって、フジテレビの天皇と呼ばれた人物を解雇するよう要求書が経営者に提出された。

 

4)このことは、国家が歴史の中で作り上げた国際法などの文化と相似的である。本来野生の原理で動く国家がつけている薄皮一枚に過ぎないことを、イスラエルによるガザにおける民族浄化が教えてくれる。しかし日本国民の殆どはそれを学んでいないのは、この低レベルで外国支配のTVの所為である。

 

 

 

(2月6日早朝全面的に編集、補足4を追加)


 

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