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人類史の本流は中華秩序なのか、それとも西欧型秩序なのか

1)米国が露呈させた中国共産党政権の真の姿と日本の課題   日本が抱えている最重要な課題は、コロナ問題や拉致問題等ではなく、表題の問に対して明確な答えと姿勢を持つことである。短期的な経済的利益に囚われないで、現在が世界の歴史の方向が決定される時なのかどうかを考えるべきである。...

2022年1月29日土曜日

日銀の円安政策で今後も日本人は食っていけるのか?

日銀黒田総裁の円安政策は、日本の輸出企業の急場凌ぎには役立ったが、その後の日本経済の停滞脱却を邪魔しているのでは無いのか? 本来の企業努力をせずに、不採算の原因を放置し、新たな投資に向かわずに収益は溜め込み、伝統的人事からも脱却できずに来たのが、総体としての日本の低迷ではないのか?

201212月に野田佳彦から安倍晋三に首相が交代し、その経済政策の一環として、黒田東彦日銀総裁(20133月から)による大規模な金融緩和が行なわれた。デフレの日本経済を一応救ったのだが、「物価上昇率の目標2%」(円安誘導の口実)は、2022年現在まで達成できなかった。

 

確かに2010年以降、円高不況の中にあり貿易収支もほぼ一貫して赤字であった。

https://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_eco_balance-trade

 

製造業が外国企業に国内外で負ける様になると、収入の減った国民は益々節約して、デフレに苦しみうようになる。そこからの脱却には、企業は生産性向上や新規製品の開発等により、国際競争力をつけなければならない。

 

その為には、不採算部門の整理(補足1)、生産性向上の為の設備投資、新製品開発のための研究投資などがなければならない。それらは並行するもので、不採算部門の整理がなければ、その他の投資は出来ない。
 

不採算部門の整理には、余剰人員の解雇が必要だが、それには解雇された人たちの新しい職場への再就職が可能でなければならない。そこで日本の低い労働流動性が問題になる。つまり、日本の会社経営や労働慣行などの文化が、経済構造の改革をやりにくくしているのである。以上から、このデフレの問題は財政増加などのマクロ経済政策だけでは解決しない。(補足2)

 

一方、輸出で利益を得なければ、一定量の食糧、原材料、エネルギーなどの輸入が出来ない。デフレで給与も上がらないので、国民は消費において益々防衛的になる。不況に備えて貯蓄をする遺伝子を強く持っている日本人に、インフレを持ち込むことは至難である。これまで政府の財政支出で、帳尻を合わせてきたが、それも限界に近くなっていた。

 

国内だけで経済が回る国なら、企業の供給能力は通常減退することはほとんどないので、一時的な不況からの回復などの目的に限らず、必要な額だけ政府が紙幣(国債でも良い)を発行して使えば良いだろう。(MMT理論)このような財政出動による経済回復を主張する人に、元内閣参与の藤井聡氏と経済評論家の三橋貴明氏がいる。日本は、自国で経済は回らないので、通貨発行量増大による国内物価の上昇の他に、相当な円安からのインフレが重なる

 

食糧やエネルギーを輸入しなければ4−5000万人程度しか生活できない日本は、輸出産業を育て、その輸出で得た金でそれらを調達しなければならない。年間5兆円程度の食糧の輸入と20兆円程度のエネルギー源の輸入をしなければ、日本の政治と経済は維持できないので、これ以上の円安は非常に不利である。

 

因みに、竹田恒泰氏はテレビで屡々(先週の「そこまで言って委員会」でも)、日本のgdpに占める貿易収益は0.2%程度であり、日本の経済は貿易依存ではないと言ってきた。しかしそれは根本的に間違いであるのは、上の議論で明らかである。しかし、同席していた元経済産業省官僚で、内閣にも関係してきた石川和男氏は、これについて全く議論しなかった。(補足3)

 

これら日本のマスコミの間違った主張を好んで放送する体質と、日本の議論を忌避する文化は、共に日本病の中心的病原である。

 

 

2)円安地獄

 

日本の通貨は現在非常に弱くなっており、途上国であった国々に負けようとしている。その結果、日本は食糧の国際入札で中国に買い負けているという。これ以上の円安が進むと、日本人は満足に食えなくなるのだ。

 

日本の通貨は「最弱通貨」と呼ばれて久しい。ドル弱含みでも円がそれを上回るほどに弱い。日銀で言えば白川方明総裁時代(20082013年)の2000年代の円高(主に民主党政権)と2010年代の黒田東彦総裁時代(2013年~)の円安(いわゆるアベノミクス)でどちらが正しかったかは難しいところだが、緊縮財政と国債買い上げ(当初は金融緩和のはずだったのに……)による円安が現在の買い負けの一因であることは確かである。(下のnewsポストセブンの記事より引用)

https://news.yahoo.co.jp/articles/9d90b806b9f27fa6033160652cc84a1fd51526e2

 

冒頭の図にある通常の為替レートでは上記意見を理解には役立たない。何故なら、2000年からの20年間、対ドルレートは120円前後で変化していないからである。


しかし、この20年、米国の消費者物価は約50%増加している。それでも同じ対ドルレートだということは、実質的に円の価値が2/3になったということである。

(米国の物価=>https://ecodb.net/country/US/imf_cpi.html) 

 

このように他国の物価なども考慮した実質的な為替レートを実質実効為替レートという。日本円の実質実効為替レートの変化を下図(左)に示す。その右の図は、いくつかの国でのこの1年間の実質実効為替レートの変化である。

 

 

これを見れば、何故中国人が東京近郊のタワーマンションを買い漁り、インタビューした報道記者にその理由を「日本の不動産は安いから買うのです」と語る理由がわかるだろう。そして、上記Yahoo!ニュースにある食糧を買い負けする日本の実態が理解できるだろう。

 

20年以上続いているデフレ不況は、当初円高不況だったかもしれないが、2000年からは日本企業の国際競争力の減少が不況の原因だと言うことがわかるだろう。この点について、経済評論家の野口悠紀雄氏が以下の様に指摘する。

 

物価上昇率が低い日本では、自動的に円高になっていかなくてはいけない。ところが産業界の声に応えて政策当局が為替市場に介入して無理やり円安に抑えてきた。95年頃から実質実効為替レートが下がってきているのもそのためだ。

 

この問題は財政出動で解決できないのは自明である。内閣参与の藤井聡氏と経済評論家の野口悠紀雄氏が公の場で日本経済の問題点について議論すれば、1時間でどちらが正しいか明らかになる。日本の為には経済評論家を名乗る者は、その地位を賭けて議論すべきである。

 

既に上に書いたが、この議論の無い日本文化は、日本病の中心的病原である。https://times.abema.tv/articles/-/10012645

 

 

補足:

 

1)日産がルノーにより買収され、カルロス・ゴーン氏が日産の経営を立て直した。彼は国内の完成車工場3拠点を閉鎖するなどの大ナタを振るった。傘下部品メーカーの保有株を売却して「系列解体」を断行するなど、日本の文化に無い改革を行った。

 

2)経済評論家の三橋貴明氏や安倍内閣で内閣参与だった京大の藤井聡氏らが、まるで財政拡大で簡単にデフレ脱却ができるようなことを言ってきた。(https://president.jp/articles/-/46005?page=1)私は、その主張に非常に違和感を感じてきた。

因みに、労働流動性の改善の鍵は、同一労働同一賃金の実現である。

 

3)エネルギーの半分が民需だとしても、現在の為替レートで合計15兆円を輸出入や金融収支などで稼がなければ、日本人は生きていけないのが現実である。それには、輸出産業の国際競争力を維持し、円の価値を守らなければならないのである。テレビ番組「そこまで言って委員会」での「日本のGDPに占める貿易収支は、わずか0.2%であり、日本は貿易にほとんど依存していない」という竹田氏の意見は間違いだが、それより腹立たしいのは、それについて経済評論家の須田慎一郎氏が明確な反論をしなかったことと、上記元経済産業省の官僚が黙っていたことである。
(1/29/5:00 編集後、最終稿)

2022年1月26日水曜日

借り物の歴史を歩んだ末の呆然自失:ある人生相談と東大前傷害事件

119日の読売新聞「人生案内」の欄に、自分は他人との比較でしか幸不幸を判断できない。そんな自分が嫌になるという相談が寄せられていた。家庭環境、学力、学歴、男女関係、容姿、身体能力など他人と比較して、優れている人が居れば嫉妬が収まらず、自分より劣った人を見つけて優越感を満たすというのである。

 

実例として、成人式で帰郷した際、高校の同級生は難関大学に通っている人が多いので劣等感に苛まれたが、中学の同級生にあって優越感に浸ることができましたという体験を話している。この相談に対し、ある精神科医が以下のように答えている。

 

いつも優越感を抱けるように努力するのではなく、「価値判断そのものを意識的に止めること」に努めることです。大事なのは、相手を意識せず、一生懸命にやること。一人で自分の道を歩むことです。あなたにもそのような生き方を進めたいと思います。(回答の中心部分を抜粋、編集、引用)

https://www.yomiuri.co.jp/jinsei/20220118-OYT8T50083/

 

この悩みは、程度の差があっても、多くの人が共有すると思う。優れた才能を持ち、体型と容姿に優れ、力強く前を向いて歩く人を羨ましく思った経験は、恐らく95%以上の人が持つのではないだろうか。能力の優れた人と見られている人も、自分の無能を嘲笑う人物に怯え、その人を消し去りたいと思っているかもしれない。

 

上記回答の「大事なのは相手を意識せず、一生懸命にやること」は、自分自身の問題に集中してはどうですかの意味だろう。しかし、質問者からの「他人に負けた自分に、一体何が出来るのでしょうか」という嘆きの言葉が聞こえて来そうな気がする。また、「一人で自分の道を歩むことです」には、「それがどこにあるのかわからないのです」という言葉が返されるだろう。

 

多分、この質問者には、どこかの大学に入学し、学べることをしっかりと学び、就職して家庭を持つなどの当面の課題は見えている筈である。しかし、それが自分が満足できる道ではなく、一流の大学に入り、一流の仕事に着き、相当の収入を得て結婚するなどの“一流人生パターン”しか、頭の中に無いのだろう。

 

上の回答には、それを捨てさせる程の力はないだろう。何故なら、人と比較して優越感をもったり劣等感に苛まれたりするのは、人の大事な本能のひとつだからである。(補足1)他人との比較の本能を捨てては、人間を捨てることになる。捨てるべきなのは、後生大事に抱えているその一流人生パターンである。

 

 

問題は、この一流人生パターンの正体を理解したとき解決するかもしれない。それを明らかにするのが本稿の主題である。ただそれは難問の類に入るので、どこまで説得力のある文章が書けるかは分からない。

 

1)高度成長期の人生パターン

 

この“一流人生のパターン”への強いこだわりは、東アジア(中国、韓国、日本)に共通している。それは、低い経済力の国から外国の政治経済科学文化を輸入して、短時間に高度成長を成し遂げた国の若者が憧れる共通の人生パターンではないだろうか? その人生パターンは、経済を担う人材の育成を急ピッチで進めなければならない国家と、貧しさからの脱却が第一の目標である国民の視点が一致した時に生じたものであり、現在でも国民の多くが共有しているだろう。

 

高度経済成長が終わったあとも暫く、国民はそのパターンの価値基準から解放されない。今後は発想が豊かな人、感性に富んだ人が必要であるという時代になっても、暫くは定型の一流人生パターンから若者が抜け出せない時期が続くのである。

 

この東アジア共通の症状の原因は、高度成長は自分たちが達成した歴史ではなく、借り物の歴史だということである。それを解消するには、先ず自分達の歴史の詳細を再検討することだろう。一方、西欧諸国にはこのような社会問題化の発生は無いだろう。何故なら西欧は、古くはギリシャの哲学に始まり、ニュートン以来の近代自然哲学(科学;補足2)、ワットの蒸気機関に始まる産業革命などの近代文明に至るプロセスを自前の歴史の中に持つからである。

 

そして、例えば近代技術を結集した工場のベルトコンベアーの前で働く人の心情も、西欧では自分たちの問題として昔から考えている。チャップリンのモダン・タイムズはその結果生まれた名作である。多くの均一な工業製品を能率的に作るには、ベルトコンベアの前に人を配置するのが良い。その場合、その並んだ人の頭も均質化してしまうのでは? その危惧も、近代工場建設の後、直ぐに考えただろう。

 

西欧の近代化は、キリスト教による均質な善人の集合からは生じず、宗教改革やルネッサンスという個としての人間の復興(ギリシャ文明などの復活)の結果であり、国民を強く支配下におく中世〜近代の東アジアには産まれる筈のない歴史である。その事実を真摯に受け止め、自分たちの歴史の中に、西欧近代文明を解析的に接続しなければ、日本の将来はない。

 

2)個の確立が近代西欧文明には不可欠:

 

西欧の歴史は、ユーラシア大陸西部で、地理的文化的に広い分野の中で進行した。多くの地域で、変化の種が生まれ、それが広い地域で磨かれて成長した。科学はギリシャの哲学に始まるが、英国での力学から、独仏伊などヨーロッパ全域が参加する形で量子力学などの現代科学に発展した。ちなみに、量子論は半導体工学の土台である。

 

近代の科学と技術の歴史も、政治の歴史も、同じヨーロッパという舞台で相互作用的に進行した。その中で、個としての人間の復活があったと思う。個の主張と社会との協奏関係樹立が、西欧近代文明だと思う。例えば力学の発展は、学会というソサエティーの中でのニュートンやフックなどの「個の主張」の協奏の産物である。(日本化学会は、Japan Chemical Societyである。)

 

民主主義の要素として、個の自立と主張があることは周知である。つまり、民主主義の定着には、民主主義という政治制度の導入だけでなく、個の自立と主張の文化が背景として不可欠なのである。市民革命を経験しない場合、その定着には何か別の市民革命に類似する役割がなくてはならないだろう。(補足3)

 

この膨大な積み忘れた荷物を持つ日本がまともな近代文明の国となるためには、近代史の総括を、西欧の歴史を参考にして行うべきだと思う。その仕事には、大学こそ先頭に立つべきなのだが、現状その大学への入学が重荷となり、個人が潰されそうになっている。それがこの読売新聞の人生相談欄に投稿した青年であり、東大前で殺傷事件を起こした名古屋の私立T高校の生徒である。

 

文部科学省の天下り機関となった大学では荷が重すぎるのなら、大学の完全私立化、完全に法だけで決定する私学支援という形で、大学制度を改革すべきだろう。更に、大学は各自の入試を廃止し、授業についていけない学生を、学期毎に退学処分すれば良い。そのような授業をする自信の無い教授は、大学を去るべきだ。T大入学などではなく、T大卒(そして各大卒)にブランド力を持たせるべきだと思う。

 

3)東大前での高校生による殺傷事件

 

「生きるのは自分だ」という本来の人間の精神(自然或いは野生の人間)を取り戻さず、“資本主義的高度経済社会の家畜”(文明の家畜)の価値観で洗脳されたままの人が多いのは、東大前での殺傷事件のコメントを見てもわかる。(補足4)

 

この事件、悍ましく腹立たしいのだが、寂しく悲しくも感じられる。程度の差があっても、その憧れを抱きつつ教育を受けて就職し、真面目に働いた結果が今日の日本を築いたのだから。「今はもうその時代は終わった。これからは、自分で自分にあった人生パターンを生きて、21世紀の成熟した日本を築き上げなければならない」と言っても、彼は「そんな話は学校で聞いていない」とつぶやくだろう。

 

この17歳の若者は、「勉強がうまくいかず事件を起こして死のうと」思ったと供述したという。それに対して、「何とゆがんだ考えか。1年先の受験を思い悩んだのか。それでも人を傷つけるなど言語道断だ」と怒るのでは、問題の在処がわかっていない。https://nordot.app/855205736528478208

 

当の本人は、ただ呆然と一流人生パターンの上に残った人たちを羨む眼差しでいるのみだろう。(補足5)もし幼少期から自分の頭を使って生きている親の姿を見ていれば、つまり、小学校或いはそれ以前から多様な人間の姿を学んでいれば、多くの人はモダン・タイムズ風の均一価値観の人材養成システムのバカらしさに気づくだろう。

 

そして若者は、それを拒否して自分で大切な筈の自分の人生を歩むだろう。自然に帰れば目的は自ずと見える。日本の心優しい人は、「あなた方は未だ敗者ではないのだ、二番目でも良いのだ」と言って、慰めるかもしれない。しかし、その慰めは本質的解決にはむしろ邪魔になるのだ。

 

「人を個人として見る視点」を、日本の人たちは未だ獲得していない。そして、人は集団の中にあってこそ人間になるという思想に縛られているのである。成人式には振袖を着て、卒業式には羽織袴を着るという若い女性の姿が大半なのは、誰かの思いつき(これもベルトコンベイヤーの一部)にその他の千万人単位の女性が載せられたのである。その光景を不自然だと感じる人がほんの一握りという、日本の惨状である。

 

個としての視点とは、自分がこの肉体の主であり、それ以外の人間や自然は、その背景に過ぎないという思想から生じる。日本は、自己主張を蔑み、集団の中への埋没を良しとする家畜文化を維持している。個の解放の鍵への言及はタブーとなっている。日本人は、本当の和は混乱の結果産まれるということが分かっていない。多様性の中にこそ民族生存の鍵があるという考え方が分かっていない。

 

近代文明は、「飢え、戦争、災害」という有史以来の3大問題から人を解放した。生物としての人は、人類の将来に向けての生存を目的にプログラムされている。従って、これらの問題が解決されたとき、人遺伝子は満足である。つまり、その時(近現代)の準備を生物である人は持っていない。それを人間の知恵で、文明の中に築き上げねばならない。

 (翌朝、編集して最終版とする; 社会科学の素人ですので、議論歓迎します。)

 

補足:

 

1)生物である人間が、自分と他人を比較して優劣の判断をするのには、二つの理由がある。一つは、生物界で群れを作って生き残る為に、優れたリーダーを選ぶこと、そしてリーダーの下に結集することである。もう一つは、一部重なるのだが、良い子孫を残す生殖のためである。自分が群れの中で一番優れた能力を持つのなら、その群れのリーダーにならなくてはいけない。他人が自分より優れているのなら、そのリーダーの指示に従って群れの生存を図る必要がある。他人との比較、優越感や劣等感は、この生物としての人間の遺伝子の発現である。

 

2)日本では科学技術という言葉で、近代文明の担い手に言及する。しかし、西欧の自然科学はアリストテレスの自然哲学などギリシャ時代に誕生したが、その応用である近代の産業技術は、産業革命以降が主なる発展の時代である。この2000年を一瞬で飛び越えて、日本など東アジアは近代文明を輸入した。それを象徴する例を挙げる:アトムはギリシャ哲学のデモクリトスが作った概念だが、原子は明治時代に作られた翻訳語である。もちろん、東アジアには長い技術の歴史は存在する。火薬や紙などの発明は中国の方が早いという反論は、アメリカを発見したのはアメリカ原住民であるという話と同じである。つまり、近代技術はそれら中国の発明の延長上には無い。

 

3)日本では大正デモクラシーを押し潰して、軍国主義に走った。軍国主義が悪いとはいえない場合もあるだろうが、昭和以降に民主主義の獲得はこの歴史の総括と理解が国民になくてはならない。

 

4)東大理3から、一流の医者或いは医学者になる一流のパターンが、幻の中に遠ざかることに気づいた名古屋の私立高校生が、東大前の歩道で3人を刺傷した事件があった。その少年(17)が、事件時に現場周辺で自分の高校名や偏差値を叫んでいたという。

https://news.yahoo.co.jp/articles/1befac98e24225b7ea7c3d4b175ddfd969bbf969

 

5)この視点でテレビ報道の「東大王」なるクイズ番組とその参加者を批判した記事が茂木健一郎氏により書かれている。その記事の通りである。https://news.yahoo.co.jp/articles/938eb65dff2d6933cc55092185431b9ea03f7fab

2022年1月24日月曜日

ウクライナの危機は日本の危機?

米国国務省は、在ウクライナ大使館員とその家族の国外退去を月曜日にでも始めるようにと命じたようだ。(補足1)ロシアのラブロフ外相と米国ブリンケン国務長官の話し合いは今後も続くものの、国務省は最悪の事態を想定しているようだ。

 

https://www.youtube.com/watch?v=qRU_4ovEOcM

 

大変なことになりつつある。

 

ウクライナを反ロシアにするため、米国は以前から働きかけている。2014年、選挙で選ばれた親ロシアのヤヌコビッチ政権がクーデターで崩壊し、新たに親米政権が打ち立てられた。当時副大統領だったバイデンが対ウクライナ政策を担当しており、このクーデターに米国の関与があったと考えられている。ロシアに圧力を掛けるためであり、そして弱体化させるためである。

 

この政変は、ヤヌコビッチの汚職がひどいので国民の不満が爆発した結果だという風に日本では理解されているが、それは真の姿ではないだろう。このあたりの関係は、大前研一さんが解説しているので、引用する。https://president.jp/articles/-/53674

 

今回の騒動は、昨年秋、ウクライナとロシアの国境付近(ロシア側)にロシア軍が10万人ほど結集したことで我々が知ることになった。ロシアの目的は、ウクライナのNATO加盟の動きを牽制するためである。ウクライナがNATOに加盟すれば、そこに配備される米軍のミサイルの脅威にロシアが曝されるからである。これは、米国とロシアをひっくり返せば、ケネディ政権の時のキューバ危機にそっくりである。

 

ウクライナのNATO加盟は、2014年から計画されていたことだろう。そして、バイデン政権が昨年秋に何か新たな動きを始めたのだろう。現在、対中国で西側自由主義圏が結束しているときに、何故ややこしいことをバイデンは始めるのかと思う人が多いだろうが、バイデン政権は本来中国の味方であり、対中強硬姿勢はかなりの部分”見せかけ”の可能性が高い。(補足2)

 

実際、バイデンは119日、「ロシアによるウクライナ侵攻が「小規模」なら西側諸国の対応も小規模にとどまる」と発言し、ロシアのウクライナ侵攻をむしろ勧めているようにも見える。つまり、バイデン政権は、“悪人プーチン”に責任を押し付ける形で、紛争を引き起こそうとしているのだろう。https://www.bbc.com/japanese/60078342

 

プーチンがウクライナに軍を派遣した場合、ウクライナの米国大使館員の命が危なくなるので、早めにウクライナから逃げた方が良いというのが、今回の大使館員の退避である。プーチンは、この米国の動きからウクライナがNATOに加盟して米軍兵器を導入する事態が益々近づいていると感じるだろう。つまり、この動きもプーチンのウクライナ侵攻を誘う一環と考えられる。

 

米国支配層は中国よりもロシアが憎い。それは米中国交回復の時から明確である。表で中国を非難しながら、裏ではどう助けるかを考え、このような作戦を思いついたのかもしれない。上記動画にあるように、ウクライナ政府は米国の反応は過剰であるという声明を出している。このことからも、紛争を起こしたいのは、ウクライナやロシアではなく、米国バイデン政権だと解る。

 

今回の騒動の裏に、ロシアによる工作があるという考えを英国が発表しているが、それはその通りかもしれないが、英国から米国の作戦に対する援護かもしれない。兎に角、全てロシアが悪いという類の理解では、日本は外交を誤ると思う。

 

ロシアは現在、中国の味方のように見えるが、実際は潜在的敵国である。従って、米国が中露の連携を断つような顔をして、中国の味方をするチャンスである。それは、属国の日本を中国にプレゼントし、東アジアから撤退するという米国の筋書きで考えれば、日本の危機が近いことになる。

https://www.youtube.com/watch?v=T9tqsZUpNmU

 

2)余計な話として追加

 

因みに、バイデン政権の背後に何か強力な勢力が動いているようだ。その一つはグローバリストたちだが(ジョージソロスという個人レベルではなさそうだ)、彼らは伝統的なWASP主導の米国の息の根を今止めようとしているように見える。

 

例えば、バイデン政権は米国に大量の不法移民を招き入れる政策をとっているように見える。その光景は、我那覇真子さんがメキシコ国境で取材し、動画で流している。

 

 

最近のHaranoTimesの動画は、その不法入国を目指すキャラバンを、米国に到着するまで国連が面倒を見ていることを報じている。本当に恐ろしい動きが国際社会の表面にまで現れているのだ。

 

 

 

(11:30 編集あり;15:30 動画引用追加と少し編集)

 

補足:

 

1)FOX は国務省が命じたと報道し、CNNなどは大使館から要請があったと報道している。報道機関を色分けする場合、これは良くわかる傾向である。

 

2)米国バイデン政権の対中国の動きは複雑である。台湾を応援するように見えているが、その裏でオバマ政権の時の国務長官のケリーがしっかり中国と話し合っている。ケリーの義理の息子(デバン・アーチャー)とバイデンの息子(ハンター・バイデン)は、ウクライナと中国を舞台にして投資会社をつくり、多大のお金をウクライナと中国から受け取っている。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12536039832.html

2022年1月20日木曜日

新型コロナ対策のチグハグ

政府の新型コロナウイルス対策を議論する有識者会議「基本的対処方針分科会」の尾身茂会長は19日の会合後に取材に応じ、繁華街への人出を減らす「人流抑制」から、飲食店などの「人数制限」へ対策をシフトすべきだとの考えを示した。

https://mainichi.jp/articles/20220119/k00/00m/040/105000c 

 

この考えを受けて、岸田総理も「人流抑制から人数制限へ」と発言している。

 

ここで確認しておくべきは、人流制限にしろ人数制限にしろ、感染者からそれ以外の人への感染伝搬をどう防ぐかを議論していることである。(補足1)従って、上記方針変更が、オミクロン株における感染様式の変化と整合性がなければならない。

 

本稿の主旨は、オミクロン株が空気感染とも言える微細な唾液粒子によるエアロゾル感染(補足2)が、主なる感染経路であるとの科学的な報告と、今回の政府の方針転換は整合性がないことの指摘である。

 

 

人の流れがあっても大声を出さなければ問題ないと言えるのは、デルタ株以前の感染についてこそ言えることである。つまり、大粒の唾液粒子を介する感染なら、濃厚接触者(補足3)から感染が出る筈であり、隔離すべきは感染者と濃厚接触者ということになる。

 

また、サブミクロンサイズの微細粒子相手では、マスクの効果はマスクの種類に大きく依存するので、マスクをしていれば安心という通説には警告を与えるべきである。実際、どうして感染したのか不思議であるという証言が感染者から多く聞かれている。

 

この微細コロイド粒子を介する感染については、一昨年の7月に詳細に議論した。ここでは声を出すだけで、微細コロイド(エアロゾル)粒子が放出されることなど、科学的研究についても紹介している。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12614123518.html

 

更に、オミクロン株では濃厚接触者に限らず感染するとした場合、濃厚接触者のところで線引きをして隔離の対象とし、同じ空間に居た大勢の人に制限を加えないという対策では、デルタ株以前のような効果は見込めない。同じ空間に居た全ての人を隔離するのでは、直ぐに我々の社会がその機能を喪失してしまうだろうと言うのなら、欧米のように濃厚接触者の隔離を諦めるべきである。

 

 

同様に、空気感染に近いタイプの感染症防止を念頭に対策するのなら、「人流制限に意味がなく人数制限に意味がある」という主張は成立しない。人数制限すべきなら、人流制限もすべきである。

 

もし、オミクロン株の被害がそれほど大きくならないで最終的にパンデミックが終るのなら、それはこれら日本政府の対策によるのではなく、一重にオミクロン株の弱毒性のおかげと言える。つまり、政府の対策は、ほとんど経済活動の弱体化と米国製薬会社等への利益運搬に寄与するするだけだろう。

 

2)旧型ワクチンの接種を推進する理由は何か?

 

冒頭に紹介した記事によれば、政府分科会は、ワクチン接種証明や検査の陰性結果を基に行動制限を緩和する「ワクチン・検査パッケージ」を停止する国の方針を了承した。尾身氏は、停止する理由を「オミクロン株で(ワクチンの)感染予防効果がかなり低くなっている」と説明した。

 

そして、パッケージ再開の条件は、ワクチンの3回目接種が進み「当初と同じようにワクチンが非常に有効だとわかったときだ」とした。これらの発言もふざけた話である。

 

今回、3回目接種に用いる予定のワクチンは、オリジナルなウイルスのスパイクタンパクを鋳型にして作られている。この古いタイプのワクチンによる感染予防効果がかなり低くなっていると把握しているのなら、このワクチン接種を推し進める理由は何なのか? 

 

3回目のワクチン接種は、ワクチンの副作用とオミクロン株への効果をできるだけ明らかにしたのちにしてもらいたい。これでは国民の多くが、これまでのような効果が期待できないにも拘らず、米国のワクチン製造会社への忖度もあって接種を進めるのだろうと思うだろう。

 

(16:00、補足3の追加、2、3の文章の小さい修正)

 

補足:

 

1)この当たり前のことの確認から、議論を開始する必要があるという正にその点が、政府と政府有識者会議の不十分な体制を証明している。

 

2)感染者一人が話すことで、エアロゾル状のウイルスを含んだ微粒子が放出され、それが部屋の中に広がる。同室の人は数メートル離れていても、同じ空気を吸うだけで感染の危険性がある。必ずしも濃厚接触が感染の条件ではない。アクリル板を用いた飲食店などでのシールドや、アクリル性のHフェイスガードは、感染防止の意味が従来株に比較して相当減少することも十分考えるべきである。

 

3)念のため、濃厚接触者の定義を書いておきます。(16:00に追加)
・患者と同居あるいは長時間の接触(車内・航空機内等を含む)があった者
・適切な感染防護(マスクの着用など)なしに患者を診察、看護もしくは介護をした者
・患者の気道分泌液もしくは体液などの汚染物に直接触れた可能性のある者
・その他:手で触れることのできる距離(1 メートル)で、必要な感染予防策なしで患者と 15 分以上の接触のあった者