2016年3月14日月曜日

「XXさせていただく」という日本語;政治家はそんな言葉を吐くな

テレビニュースで、自民党谷垣幹事長の「アダムズ方式を検討させていただきまして。。。」という言葉を聞いたのが、この文章を書くきっかけである。政治家でも誰でも、頻繁にこの「させていただく」という言葉をつかう。この種の遜った表現を用いないと、票や客が逃げるのかもしれないという意識が働くのだろう。

しかし、私はこの種の日本語が気になる。まともな政治家なら、そのような気を使って集める票など宛てにするなと言いたい。米国大統領候補のトランプ氏でなくとも、欧米では、立候補し政治家になって国家を率いていこうとする人間なら誰でも、普通は能動表現を用いる。上記例では、「私が(あるいは我々が)アダムズ方式を検討した結果、。。。」と堂々と言えば良い。

ケネディーの就任演説、”My fellow Americans, ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country.” 「あなた方国民に言う。国家があなた方に何ができるかを尋ねるな。あなた方が国家に何ができるかを尋ねなさい。」を思い出す。

近年、テレビやインターネットで、政治家の言葉が瞬時に多方面に伝達される時代になった。その時代の変化と日本語の特殊な言語文化が、「何々させていただく」という表現を矢鱈と多くしたのだと思う。このような受動的表現(補足1)は、行為者の明確な意思を現わさないという点で、人々や国家を率いるリーダーの言葉としてふさわしくない。「リーダーは遜った立派な人格の人がなるべきだ」という、伝統的な考え方を破壊すべきである。

この特殊な日本の言語空間の特徴は、個人の責任に触れないような表現に満ちていることである。

先ほどの金融政策に関するニュースでも、「日銀も慎重にならざるを得ないのではないか」のような表現を聞いた。その文章と「日銀は慎重になると思う」の違いは何かというと、自分の意見を明確にすることで生じるかもしれない責任を避けたいのである。そして、上の「何かおかしい」としてあげた文章の特徴は、責任回避を文章の中に含めているということである。

個人が明確に責任を取るような発言が普通になれば、日本社会は変化するだろう。政治家は、「君たち国民は、金がなくなったら麦飯を食え」と昔は言えたし、その程度の自信を昔の政治家はもっていたのだろう。

補足:
1)「XXさせていただく」は丁寧語かもしれない。その背後に「XXしたらどうか」という勧誘の文章が隠されているので、受動的表現とした。文法の詳細は、私は知らないので、この定義で「受動的表現」&「能動的表現」を理解してください。

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