2016年4月2日土曜日

監禁された女子中学生と日本国家の類似点

1)女子中学生監禁事件、「なぜ逃げられなかったのか」という「理由」を明らかにすることは、この犯罪の実相に迫る上で欠かせない。少女は、検査入院していた病院を28日に退院していて、東京・中野区の寺内容疑者のアパートから逃げた理由について、「両親と会いたいという気持ちが高まった」と話しているという。警察は、“情報提供を求める両親の姿を伝える報道を、インターネットなどで少女が目にして、逃走を決意した可能性もある”とみているらしい。 http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00320101.html

これが事実であるとした場合、少女の発言内容は重要である。つまり、その犯人との生活が日常化しており、その生活を異常に感じる感覚が、監禁が長期になるに従って弱くなっていったのだと思う(補足1)。ストックホルム症候群という言葉で説明できるのかもしれない。つまり、暴力的に監禁したのだが、生活をともにし時間が経過するに従って、心理的連帯感が生じたのである。

2)ここから突飛なことを言い出すが、是非読んでいただきたい。つまり、この少女の置かれていた状況と現在の日本国の状況が似ていると言いたいのである。

米国に占領されたあと、独立国として再出発するべき最初の段階において、日本国は国家機能の大きな部分である「防衛と外交」を、米国に「日米安保条約」という形で渡した(補足2)。日本は、独自の外交ができなくなったのだが、その状況は自由に外出できない少女の状況に似ているのである。「少女は、途中で逃げ出すことができただろう」と対応するように、「日本は、安保条約を止めることが1970年にできたのである」。

しかし少女は逃げなかったし、日本は“日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約”の解消を通告しなかった。そして、日本と米国の間には“奇妙と言えなくもない連帯感”が生じた。その結果、独自軍を持つことに反対或いは無関心な勢力が、国会において多数を抑えた。彼らにとって、米国大統領候補のトランプ氏が言及している“日米安保条約の解消と核兵器の保持容認”など論外である。官房長官も、「米国の大統領にだれがなろうとも、日米安保体制を中核とする日米同盟は、我が国外交の中核をなす」と言い出す始末である。米国大統領が日米安保条約を止めると言った場合、どうしてそれを日本外交の中核とするのか? http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42722848.html

安保条約は、独自に核兵器を持たなくても良い(米国の視点では、核兵器を持たさない)ことと対になっている。そのことを明確に指摘した文献として、例えば米日財団のジョージ・パッカード氏による安保改定50周年セミナーの予稿集がある。http://www.nids.go.jp/event/other/just/pdf/03.pdf その講演でパーカード氏は、安保条約は永遠には続かないことを強調している。いろんな昨今の情況もあるが、その理由の第一は、日米安保条約は二つの主権国家間の条約から出発したわけではないことである(補足3)。 

従って、核保持反対は安保解消反対とほとんど同義である。この反核兵器の感覚を、田中宇氏の今日のブログ記事http://tanakanews.com/160402trump.htm にあるように、自民党多数も民主党などと共有しているのである。つまり、日本政府はストックホルム症候群になっている。上記日米安保改定50周年セミナーでは、興味ある講演が多いのだが、日本人の講演においてこの条約の廃止が全く触れられていないことを、指摘しておきたい。

3)核兵器に対する強固な忌避感情は日本人に特有である。その理由の一つは、広島と長崎における被曝体験である。その結果、核兵器を落とした米国ではなく、その原因となる戦争に踏み切った日本政府を、そして核兵器そのものを憎んでいるのである。この核兵器を憎む、或いは、聞いただけで恐怖を覚えるというのは、言霊に怯える民族の遺伝子の所為である。しかし長くなるので、井沢元彦氏の文献を引用することで、この文章を閉じる。(井沢元彦、「なぜ日本人は、最悪の事態を想定できないのか—新言霊論」、祥伝社新書2012)

補足:
1)ある社会学の教授⁉による”女子中学生監禁事件、「なぜ逃げられなかったのか」という「理由」を問うことは暴力である”という記事もある。http://bylines.news.yahoo.co.jp/sendayuki/20160330-00055993/ しかし、私にはトンチンカンな考えに思える。
2)防衛は外交を決める基本要件である。防衛を米国に頼った以上、自主外交は存在しない。
3)つまり支配下にある少女と拉致犯人との約束のようなものである。講演要旨の中から抜粋する。
But I would suggest to you that we cannot simply assume that it will survive into the indefinite future. I say this for the following reasons:
● The original treaty that entered into force in 1952, predecessor tothe current treaty, was negotiated between a victor nation and a vanquished,occupied nation, not between two sovereign states.
安保条約は未来永劫続かないことをあなた方に言いたい。その幾つかの理由は以下の通りである。その第一:1952年の元の条約は勝利した民族と占領された民族の話し合いの結果持たれたもので、二つの主権国家の間のものではないことである。 日本の国会議員はパッカード氏の講演要旨全文を読むべきである。

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