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2016年4月9日土曜日

北朝鮮の核武装と日本と韓国の反応

1)韓国は、北朝鮮が核攻撃をしてくるとは思っていない。北朝鮮から流れてきた水爆開発のニュースにも韓国国民は冷静だった。しかし、韓国大統領は中国に米国のミサイル防衛システムの配備を脅しに用いて、北朝鮮の核への対処を要求している。佐藤優氏の動画参照:https://www.youtube.com/watch?v=16YLCwFN0CE

この韓国民一般の”北朝鮮は韓国を核攻撃しないという認識”と大統領の中国への要求との認識のズレは、上記佐藤優氏の話によると、韓国における核装備の声の高まりにパク大統領がどう対処すべきか、中国へ探りを入れているとして説明されるようだ。つまり、韓国政府や議会の近辺で、北朝鮮の核の脅威を理由にして、韓国も核装備をしたいという声が大きくなっているのである。

本音はパク大統領も同じで出来れば核装備したいだろうが、それを実行するのに超えるべき高い外交的バリアーは容易に想像できるため、中国に「貴国も我が国が核装備を検討することを好ましく思わないでしょう」と探りを入れていると解釈される。核武装は、国家のトップに重大な決意と、核大国への工作がなければ不可能だということである。

核不拡散条約(NPT)の第10条には、国家存亡の危機が説明できれば、条約を脱退して核装備する権利を認めている。したがって、北朝鮮が”水爆”まで製造しているというのは、それを理由に核兵器保持を強引に進める韓国にとってのチャンスであると考えたのだろう。韓国の政治家と国民はまともな感覚を持っており、日本よりも上だと思う。

この動画で、佐藤氏の「韓国民は北朝鮮の核保持を民族の誇りだと思っている」という把握は重要である。北朝鮮が核兵器を持っているのだから、韓国は統一朝鮮が出来た時に核武装できるだろうと考えている人も多いだろう。いずれにしても、韓国は核武装するだろう。その時慌てても、日本には核武装のチャンスはないだろう。日本は目覚めるべきである。

韓国の棚ぼた的核保持の可能性の有無はともかく、この最後のチャンスと思われる機会を(既に遅すぎるかもしれないが)日本こそ真剣に考えるべきである。中国、ロシア、北朝鮮の核兵器に包囲され、それらの国の棍棒外交から国益をどのようにして守るかを深刻に考えるべき時である。しかし、平和ボケの日本人は牧場の腐りかけた柵さえ越えられない羊のような情けない姿になっている。

明治以来、日本はいち早く西洋と対峙できる国家を建設すべく、多くの血をながして改革を成し遂げた。不平士族もそれを撃つ政府軍の血も、国家の形を確立するための貴重な犠牲であった。太平洋戦争はその大きな成果の賞味期限が切れているのに、継続して体制改革を行わなかったのが原因だろう。(補足1)明治維新の頃からの歴史を視野に入れて、国民は国家の形をもう一度考えるべきだと思う。

2)木曜日のBSプライムニュースでは、石原慎太郎、堺屋太一、渡辺昇一の三氏がゲストであった。その堺屋太一氏の「一旦どこかが核兵器を使ったら世界核戦争になる」「そんなことはありえない。従って核武装など必要ではない」という発言や、 石原慎太郎氏の「日本のロケット技術は素晴らしい。核兵器を持とうと思えば瞬間的に持てる。」発言など、楽観的なのかピンボケなのかわからない。両人とも米国の核の傘など存在しないということを知りながら、なぜこんなバカバカしいことを言うのか。

ロケット技術と核兵器の技術は違う。完全に核分裂の連鎖を起こすには、TNTと核物質の配置など、爆弾の幾何学的形をシミュレーションで一応決めても、ロケットに乗る程度に小型化するには、実験が数回必要だと言われている。瞬間的に持てるなんて、ミスリーディングなことを言う人(国粋主義者には超楽観主義者が多い)は、無責任な評論家だと思う。米国からの技術供与がなければ短期間での核兵器開発などできないのだ。(補足2)

米国は、過去何度か日本に憲法改正と核武装を勧めたという。(片岡鉄哉、「核武装なき改憲は国を滅ぼす」、ビジネス社)米国は自軍の負担軽減を考えたのだが、日本にとっても一人前の国に戻るチャンスであった。それに乗らなかったのは、自民党官僚政治家特に佐藤栄作の無能なところだと思う。

米国からの改憲と核兵器保持の進言であるが、上記本では小泉内閣の時にもあったと書かれている。しかし、可能性があったと信じても良いと思うのは、ニクソンが大統領の時が最後だったと思う。

ニクソンは1953年に来日した際、日本に非武装を押し付けたのは失敗だったと言った。(上記本35頁、補足3)そのニクソンが大統領になった時、時の総理の佐藤栄作に憲法改正と核保持を進言したと書かれている。佐藤はそれを拒否したという。これは佐藤元総理の首席秘書官が出版した日記にも書かれているとのことである。(補足4)

この時、日米繊維交渉で日本側が譲歩をすれば、核武装と憲法改正は可能だったと思う。それ以降の米国からの核保持提案は、十分能力のある政治家が政権を担っていた訳ではないので、日本側の敷居が高いことを織り込み済みでの提案(義理的及び儀式的提案)ではないかと思う(補足5)。日本がまともな国になるのは、例えば北朝鮮からの一撃を三沢かどこかに食らわないと無理だろう。

補足:

1)どのような成果でもそれを味合う喜びは、賞味期限内で終わらせなければならない。明治憲法で天皇を権力の前面に出したのは、倒幕と明治維新を成し遂げる上で必要だった。しかし、軍部と内閣を分離した国家の形は、明治時代の中期以降に憲法改正をして改めるべきだったと思う。それができなかったのが、太平洋戦争の原因だったと思う。
日本人は、与えられた条件下での最適化問題を解く能力に優れるが、ゼロからの思考や無限の空間で自分の位置を定めるような問題に弱いのである。明治維新も所詮、強制された改革だったのだと思う。
2)ウィキペディアによると、2006年の政府の内部文書には「小型核を持つまでに3-5年かかる」と書かれているとある。https://ja.wikipedia.org/wiki/日本の核武装論
3)これは常識だろう。しかし、本などに書かれた詳しい記述が手元にない。ネットのブログにはたくさんあるので、一つだけアドレスを紹介したい。 http://d.hatena.ne.jp/ken3jyo/20130611/1370899687
4)片岡氏の本に引用された文献は、楠田實日記(中央公論社、2001年、776頁)である。楠田實は1967-1972の間佐藤栄作の首席秘書官だった。
5)小泉元総理や福田康夫官房長官では、強制されたのならともかく、核武装などできる筈がない。なお、1996年片岡氏がフーバー研究所に居た頃、CIA高官と日本が核武装すべきときがきたという結論を得、「日本の核武装」について討論する国際会議を開こうと、日本の首相経験者数人を招待するために来日したことがある。しかし、誰一人としてこの企画に賛同するものは居なかったという。(上記片岡氏の本の第2章参照) また、2006年に北朝鮮が核実験を行った時、G.W.ブッシュが大統領の下で国務長官だったC.ライスは急ぎ来日して、安倍総理と会談した。この時にはテレビなどを見ていても、核保持を日本に許すような雰囲気は全くなかった。

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