2016年4月4日月曜日

”リオ会議で最も衝撃だったスピーチ”について

1)地球サミット2012 (リオ会議)でのパラグアイ大統領の挨拶が衝撃的だとして、昨夜のテレビ番組のMrサンデーで取り上げられていた。早速、日本語訳のサイトがあったので見てみた。http://hana.bi/2012/07/mujica-speech-nihongo/

ムヒカ大統領が指摘するのは: この地球は、現在の西欧型消費社会では全世界の人口70億人を養うことができないこと; 現在の資本主義経済は、大量消費を駆動力にして“無駄に”資源を浪費していること; そして、世界中の人たちはその社会の仕組みに疑問を持たない上に、それをグローバルに広げてしまっていること、などである。

“我々は幸せを求めているのであって、大量消費を求めているのではない。残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄の議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?”とムヒカ大統領は問いかける。

ムヒカ大統領は結論として、“水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということです”と主張する。

テレビでは最も衝撃的なスピーチという紹介だったが、このムヒカ大統領の指摘と疑問は昔から言われていることであり、特別新しいことではない。2004年にノーベル平和賞をもらったケニアのワンガリー・マータイ氏は、モッタイナイという言葉を利用して、大量消費社会を批判した。その原因を我々の生活スタイルと社会システムに求めたところは、表向きにはマータイ氏の主張と異なるが、それは既にだれしも気づいていることだと思う。

それを解決するシステムとしては、既に“共産主義社会”(補足1)という考えが人類にプレゼントされている。しかし、不均一に経済発展し、且つ、既に定員越えの地球では、物理的に採用不可能である。更に、物理的に可能な情況下でも、人間の遺伝子が、食欲や性欲と同様に労働欲をもっていない以上、そして、他人の幸せを自分の幸せと同等以上に考えられるように作られていない以上、その導入は無理である。具体的な社会像がない限り、ムヒカ大統領のスピーチは先進国批判以外の何物でもない。

2)この種の思想の標的になって具体的な攻撃があった場合、大きな打撃を受けるのは、資本主義社会の恩恵をどこの国よりも受けている日本国である。日本の人口は明治初頭で3500万人位であった。人口増加の問題解決のために日本政府は、外国への移住推奨と植民地の獲得という解決法をとった。しかし、それは失敗に終わった。

その歴史や現在の食料自給率(約50%)やエネルギー自給率(原子力を除くと、約5%)を考えると、”ムヒカ大統領式”の近代的な耐久消費材や住居を諦め、且つ、抑制した消費生活をおくる生活パターンでも、日本国内で養える人口は、その明治初頭の値以上ではないだろう。そこで、明治以降西欧先進国に倣って、資本主義経済における発展を戦後の国策として採用した。それは、現状成功していると言える(補足2)。

我々日本人が、十分な食料を得、水洗トイレとユニットバスを使い、一人一部屋の住居に済み、冷暖房を用いて暮らすためには、資本主義経済の競争で世界の市場のシェアを一定以上獲らなければならない。その結果としてのみ、十分な食料とエネルギーを海外から得るために、”日本円”の価値を一定以上に保つことが可能なのである。

人は社会において、より良い待遇を求めて他人と競争し、より良い暮らしを求めて働く意欲を生み出す。そのような競争における敗者、個人、部族、そして、民族を切り捨てて来たのが人類の歴史のミクロな姿であると思う。現在でもそれは続いており、地球温暖化や地球環境破壊の防止における国際協調は、エネルギー消費を増加させないという経済競争の枠組設定であり、経済における国際協調の枠組み設定ではない。

「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄の議論は、そもそも歴史上も遺伝子上も存在しない。残念だが、人間を含めて生命の本質は自分の子孫を残す生存競争であると思う。世界の指導者たちは、“友好”とか“協調”という言葉は、競争や攻撃の為の時間稼ぎに使われてきたことを忘れてはいないだろう。現実主義の世界の指導者たちから無視されても、ノーベル平和賞はもらえるかもしれない。

補足:

1)大量消費を抑えるような協調を、国レベルが単位となって国際的に行うには、共産主義社会しかないだろう。他にあれば教えて欲しい。ムヒカ大統領は共産主義運動の再開を言っているのだろうか。
2)保育所の抽選落ちた女の人が、「一億総活躍社会をめざす筈じゃなかったのか?日本死ね」などと不満を言って話題になった。しかし、彼女は、現在日本の経済情況は既に諸外国と比較して非常に恵まれており、それは我々の祖先が必死に頑張って築きあげたものであることを、全く知らないのである。

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