日本は今、激しい「食料戦争」の渦中にあるという。NEWSポストセブンというメディアが、著作家の日野百草氏の或る商社マンから聞いた話を掲載している。その商社マンは、「国の通貨が安いまま戦うのは厳しい。牛肉など多くの食糧で買い負けている」と言ったという。
https://www.news-postseven.com/archives/20220101_1717680.html?DETAIL
政治経済に関心が薄かった頃、円高は避けるべき悪い状況であるとの感覚で、円高不況という言葉で使われていたという記憶がある。その感覚では、12月23日の経団連の会合に於る日銀総裁の言葉、「為替が円安に動くと、経済と物価をともに押し上げる基本的な構図に変化はないとして、プラスの効果のほうが大きい」は、素直に納得できる。
しかし、現在の日本においては、円安誘導で経済を維持する手法は発展途上国の経済モデルであると思う。そして、高度成長期の日本に固執する知恵のない人たちに迎合する金融政策だと思う。このままでは日本には、若い新鮮な頭脳による新規技術や新規産業の波は起こらず、円安で食糧戦争に敗戦することになる。円安に動くと、輸入品の価格上昇で、日本人は食糧やエネルギーの値上がりで生活が大変になるのである。
今の日本社会の、文化、慣習、制度のままで、現在の経済レベルをできるだけ維持するには円安誘導は理解できる。その延長上にあるのが、三橋貴明氏や元内閣官房参与の藤井聡氏らのMMT容認論である。(補足1)それは日本の経済や財政を破壊すると思う。
1)輸出依存の日本
資源も土地もない日本が、現在の人口を養うのは、外国との貿易無くしては不可能である。その日本国の基本問題の抜本解決を目指したのが、明治の改革と大陸進出である。しかし、世界経済の拡大と同期した国際政治の大きな渦を読み違え、最終的に米国に叩かれた。(補足2)その事実と歴史を先ず思い出すべきである。
現在、日本人がこの狭い日本で豊かな食住生活が可能なのは何故か? それは日本の工業製品の国際競争力が比較的高く、その輸出で得た外貨で食糧が輸入出来るからである。つまり、日本の経済は基本的に輸出に依存しており、その競争力を維持する視点から、日銀総裁が円安を歓迎するのである。
蛇足かもしれないが、その点をもう少し説明したい。日本が得意の何かを製造し、それを①外国に輸出して外貨つまり米ドルで代価を受け取る。(補足3)②その米ドルを、商社などが日本円で買取る。 ③その米ドルで食糧、原料、エネルギー源などを買い付けるのである。日本の経済はこの①、②、③の順番で回るプロセスをエンジンにして、回っているのである。このプロセスの始まりは、①の輸出である。つまり、日本経済は輸出あるいは貿易に死活的に依存している。
人気テレビ番組「そこまで言って委員会」などで元皇族の人が、日本の経済は貿易依存ではなく内需依存であると頻繁に発言してきた。それは、上記理由から間違いであると言って良い。単にGDPの構成の中の(輸出–輸入)の金額が1%前後であることを、誤解しての発言だろう。
本当の内需依存形の国は、上記順番に無関係に国の経済を維持できる国である。米国では現状で、生活用品の全てを国内で確保できる。一方、オーストラリアやカナダのような国は、現状は貿易に依存しているが、20年程度あれば、全てを国内で調達可能になるだろう。(補足4)
しかし、日本の貿易依存は、食糧とエネルギーの入手にかかわるもので、それらを諦めることは死を意味する。同じ貿易依存でも、その違いを知るべきである。日本では同じ状況を、「食の安全保障」と政治の一項目のように言っているが、最初に書いた日本の歴史を考えれば、最大且つ中心的な政治の課題である。
2)日本国民は、自国経済が円安に進み、貧しい途上国へ向かうことを自覚すべき
国の貿易依存性を記述するパラメータには、貿易依存度と輸出依存度がある。前者は輸出と輸入の合計額の対GDP比であり、後者は輸出額のみのGDPに対する割合である。既に述べたように、輸出−輸入がGDPの構成要素として入る。(補足5)
輸出は、輸入で得た外貨で行うので、通常両者の金額は近い。従って、GDPの計算の際に、それらの金額は互いに消し合い、一見その寄与は小さいように見える。しかし、貿易額全体(輸出+輸入)の対GDP比の推移は、その国の経済の性格を見る上で一つの重要因子である。米国は上に述べたように、何でも国内で調達できる国であり、18%と先進国中最低である。
その他の先進国では、ドイツ66%、イタリア45%、フランス41%、英国34%と日本の25%よりかなり大きい。エネルギーはほぼ完全に、そして食糧は60%を海外に頼る日本が、先進国では、何でも国内で調達できる米国の次に小さい世界184位の貿易依存度である。(貿易依存度ランキング)
発展途上国で資源などの少ない国では、貿易依存度は高くなり得ない。それは輸出しなければ輸入ができないからであり、資源の少ない途上国には輸出するものが少ないからである。そこの国民は、常にある程度飢えており、人口は長い歴史の中で飽和状態になっているのが普通である。
これらから、食糧戦争での円安による敗戦は、途上国型の国に日本は近づきつつあることを示しているのではないだろうか。つまり、かなり屁理屈的で円安誘導に対する批判を回避して、やっと輸出ができる国になりつつあるのではと、日本の将来を憂う次第である。
3)輸出と輸入の70年間の変化:
下に日本の輸出入額の推移を示す。このグラフから、日本経済の変化を読み取ることができると思う。
1980年ころまでは、輸入額が輸出額を上回ることもあるが、ほぼ同じ額である。急増する輸出入は、荒廃の中から欧米先進国のレベルに急速に近づく日本の姿が想像される。輸出で得られた外貨は、全て輸入に使われた時代である。それらは、食糧やエネルギーの他、インフラや工場設備などの物品輸入だった可能性が高い。(上図の下のグラフ)
1985年ころから輸出が輸入をかなり上回っており、円高にするように外国からの圧力が強い時代である。1980年代、日米の自動車貿易戦争が熾烈になり、日本車がハンマーで叩きわる場面がテレビで報道されたこともあった。https://www.webcartop.jp/2018/12/307898/(図上のグラフ)
リーマンショック(2008年秋)の翌年、輸出入が大きく落ち込み、元のレベルへの回復には数年を要した。2013年から2020年まで、輸出入の額はほぼ一定であり、輸入が輸出を上回ることも多くなった。(図上のグラフの右端部分)日本製品の国際競争力が低下したことを如実に示している。
日本経済の国際競争力の全容は、資本収支や金融収支なども見る必要があるだろうが、傾向の理解には上の図の理解で可能だろう。つまり、日本の工業は国際競争力を失う途上にあり、今後更なる円安に進む危険性が高い。そして、最初にある商社マンの言葉として引用したように、食糧やエネルギーの確保が、円安で困難になることが想像される。
日本が中国などの発展してくる途上国と競争して、これ迄同様の生活水準を維持するには、国民すべてが、戦後60年までの慣性に頼っては生活ができないことを自覚し、非効率な社会慣習、例えば社会での低い労働流動性や会社や役所に於ける情実人事など、の解消を実現する必要がある。デジタル化も必要だが、先ずはそれが遅れる原因、その原因を放置する慢心でカバーした怠惰を追放すべきである。
4)財政支出拡大は日本経済を救うのか?
最近のテレビでは、財政拡大が日本経済を成長に導くという議論を多く聞く。その主導役には元内閣官房参与の藤井聡京大教授や経済学者の三橋貴明氏を中心にしたグループが居るだろう。(補足6)
日本は円建て国債が発行可能なので、国はそれで財政を拡大し需要不足を解消するべきであると主張する。それによって経済の循環が正常になり、デフレが解消され、他の西欧諸国なみに成長するという考えである。私は、その危険な方法でも、日本経済は嘗ての活力をとりもどさないと思う。
日本の低迷は、技術力の低迷や、新規投資をする知恵と勇気の欠如であり、国民一人一人の実力の無さに起因する。日本の会社でも、有能な経営者が新鮮且つ精緻な思考で会社を引っ張れば、高い生産性と収益性を実現し、結果として高い給与を出している。補足に例を上げる。(補足7)
例えば、自動車会社日産の経営が傾いたのは、経営者が採算の取れない部門を整理する能力が無かったからだと言われ、実際フランスルノーから送られたカルロス・ゴーンは、定石通りに行って黒字化を果たした。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12556307937.html
つまり、日本の低迷は横並びと長幼の序などを重視する日本文化にある。そこに手を入れる工夫をしないで日本経済の復興はない。有能な政治家の出現が必要だ。それには、現内閣に60%ほどの支持を与える日本国民の政治に於ける関心と参加が、現在以上格段に向上しなければ無理な様に思う。
最後に参考にした文献を追加しておく。
世界の貿易依存度:https://www.globalnote.jp/post-1614.html
日本の低過ぎる輸出依存度:https://www.jftc.or.jp/shoshaeye/angle/angle2007078.pdf
補足:
1)米国民主党左派のバーニーサンダースの経済ブレインであるケルトン教授は、MMT (modern monetary theory) 理論を提唱している。それは、自国通貨で借金(国債)ができる国は、財政赤字や政府債務の大きさを気にせず、継続的に財政出動できるという理論である。多くの学者はその考えに賛同していないのは、物価の上昇がすぐ起こると予想するからだろう。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12500444209.html
2)日本の右派は、「ロシアが朝鮮半島を占領して、次のターゲットとして日本を狙う。そこで対露防衛のために、無防備で防衛意識の無かった李氏朝鮮を足場にすべく半島へ進出した。その結果、中国清と衝突したが、それに勝利することが出来た。米国の黙認を得て朝鮮を併合した後、満州を独立させた」のように主張するかもしれない。しかし、本当の意図は、日本人が満足に食っていくための領土拡大だったと思う。そして、ロシアの極東進出も満足に食っていくためだった。これらの戦争の本質は、生物界の生存競争である。
3)現在の貿易における決済通貨は、米ドルである。それは米国の国力と、米国金融を支配するユダヤ資本の成果である。それを脅かすことは、個人では死を、国家では米国による成敗を意味する。イラク戦争とイラクが石油決済をユーロにしたことの関係は、米国による月旅行の捏造等とともに、日陰の世界での常識である。そして、日陰の世界の方が日の当たる世界よりも大きい。
4)オーストラリアやカナダも現状では、パソコンや自動車などの工業製品は輸入に頼っている。資源や農産物を輸出して得た外貨(米ドル)がなければ、それらは現状入手できない。その意味では、貿易に依存している。しかし、それはその方が便利だからであり、死活的な国家の問題ではない。
5)ここで、資本や金融の収支が十分なプラスなら良いなどと、無責任な茶化しを入れないでほしい。日本の一流会社は既に4割ほど、外国の所有である。尚GDPは、民間消費(C) + 民間投資(I)+政府支出(G)+輸出(X)-輸入(M)で表される。貿易額は、輸出−輸入の形でしかGDPに算入されないが、GDPを一定額以上に保つエンジンの役割を持つ。
6)彼らは、一昨年に米国左翼の学者ニューヨーク州立大のステファニー・ケルトン教授を日本に招き、財政赤字はそれほど気にする必要がないという彼らの考えの裏書をさせている。しかし、ケルトン教授のMMT理論は、米国でも正統な経済学からは遠いし、長期には成立しないだろう。
https://www.nicovideo.jp/watch/so35413400
7)東証一部上場のキーエンスという会社がある。株価総額が17兆円をこえる会社に成長した、FA(FA=工場自動化)センサーなど検出・計測制御機器大手である。株価総額では、日立製作所の3倍に近い会社である。平均年収(給与)が1750 万円ほどで、30才の時の年収が1500 万円をこえる。
0 件のコメント:
コメントを投稿