(1)人間が農業を始めたことが文明発展の大きな一歩だった。(注1)農業は生物学的には、野生生物をその遺伝子の変異と交配を利用して改造し、利用することである。動物の場合は、野性動物を家畜化して利用することになる。家畜化された動物にはおおくの場合、原種が自然の中で生きている。豚の原種としては猪、犬の原種としてはオオカミが対応するだろう。生活環境が激変しても、人間だけ不変であると考えるのは科学的ではない。人間も文明発展により変化する筈である。これを家畜化と呼ぶには違和感が残るが、現象の本質的理解には役立つ。(注2)
動物は、家畜化によりその性格が大きく変化する。例えば、オオカミは獰猛な性格をしているが、家畜化された犬は性格が穏やかになり、人間に忠実に奉仕する様になる。その変化の原因は、食物として野性動物を捕獲する必要がなく、人間から定期的に食物が与えられるからであると考えられる。同じ変化が狩猟採取生活から農業により定期的に食物を手に入れることが可能になった人類に起こる筈だ。勇猛果敢な性格から、農作業に適応して協調的な性格に変化した筈である。
ダーウィンらの進化説によると、生物の形質は突然変異と自然選択で変化する。家畜は人工的生殖と人為選択で変化するため、形質変化は早い。人間の場合、直接的なものの他に、生殖への人為的なファクターが入り易い。例えば、結婚に至る諸条件が社会の変化により影響され、その結果、子孫は新しい条件(環境)に適応するように変化するだろう(注3)。
まとめると:文明の発展の第一段階である農業の発明により、食料の定期的な調達と定住生活、及び、集落をつくることによる緻密な人間関係の発生という、生活環境に大きな変化が起こる。そして、家畜の形質変化よりは緩慢ではあるが、その環境に適応すべく人間の性質が変わると考えられる。その変化は遺伝子からのもので、オオカミから犬への変化に対応する。
(2)その後、鉄器などの製造技術が産み出され、経済は都会を必要とするようになった。大都会では見知らぬ人が密集してすむことから、法律と警察司法制度の整備がなければ安心して生活できない。大きくなった人間の集団は、国家としての形をとり、人々は階級に分類されるようになる(注4)。その階級をまたぐ人間関係は、農業が定着したときの人間関係よりも複雑になる。そこで生きる為に必要なのが、善悪と正邪の倫理観である。そして人は、より組織化された社会という生存環境に適応した存在に変化(進化)しただろう。
近代技術文明は、人を飢えや疫病から解放し、寿命を倍以上にした。しかし、マルサスの予想に反して、人口爆発よりも人口減少の時代を迎えた。この先進国に共通した繁殖能力の減少は、文化的なものであり生物学的な形質変化ではないかもしれない。しかし、数世代経れば、形質変化となるだろう(注5)。
20世紀までの社会では、私(プライベイト)と公(パブリック)という二つの峻別された空間で人が生きるように訓練された。また、多くの人が“会社人”という公私の中間に位置する空間も体験するようになった。この場合、人はそのような場所に出かけていって、公や会社という舞台に立つ。
公の空間では私の空間と比較して、感覚よりも論理が優先される。論理を学び、万人に共通の価値観を探し、それをルールとして作り守る智慧を得るようになる。そしてそのような能力に優れた者が社会で重要な位置を占める。生物としての人も、そのように変化(進化)する筈である。
(3)近年の電子機器の発展は、人間の生息環境に激変をもたらしている。映画などの娯楽も各家庭でTV画面を見て楽しむことができ、世界の情報はリアルタイムでパソコン上に表示される。食料もネット注文で配達され、ゴミは百歩ほど歩くだけで処分できる。最近は仕事も家で出来る人が多くなりつつある。あと10年ほどで、殆どの人は、テレビと携帯電話やパソコンを用いて、全てをこなすことが出来る様になる可能性が高い。
そして、公という空間が無くなり、殆どの人は“私の空間”に住む様になる。奇怪なる髪型や服装で町に出る人が現在以上に増加するだろう。電子機器の中に生きる人間にとって、電車内も地下街も表通りも“私の空間”になるだろう。そして、人類が培った公私の別の文化も徐々に消えて、人々の考え方は自分勝手になり、利己的に振る舞う様になるだろう。(注6)その現象を国家の政治という側面からみれば、民族主義(右翼)者が増加することになる。その変化は、グローバル化した経済により小さくなった地球が、燃え易くなることを意味している。
そして、それは終末の時を迎える準備かもしれない(注7)。
注釈:
1)ジャレド・ダイヤモンド著、「銃、病原菌、鉄」参照。
2)森岡正博著、「無痛文明論」、トランスビュー刊、2003
3)例えば、“もてる”タイプが社会の状況により異なる。近代文明社会では、女性の好みは、力強いタイプから社会的地位が期待できるタイプへ移るだろう。
そんなに速く進化が起こる筈はないと思う人が圧倒的多数だろう。しかし、注釈5)にもあるように、2−3世代で進化は起こりうるのだ。要するに、進化論は信じるに足るとしても、そのメカニズムは殆ど判っていないのだ。
4)社会構造と経済構造の関係は、唯物史観が説得力を持つ。つまり、下部構造(経済的構造)は上部構造(政治・文化的構造)を規定するという説である。
5)そんなことあり得ないと言う人が大半かもしれない。しかし、鳥類にはそのような早い進化の例がある。ガラパゴスフィンチという鳥がいる。この鳥は干ばつにより得られる餌に変化が生じたため、2-3世代でくちばしの長さが10%ほど延びたという。これは自然科学者が長期観察で発見した最初の進化であるとされている。http://ja.wikipedia.org/wiki/ガラパゴスフィンチ
6)豊かな生活が努力なしに与えられれば、人は傲慢になる。それが最近の中学生殺人事件など凄惨な事件が多発する理由である。世界に充満したエネルギーは、人を益々私的に、別の言葉で言えば、単分子化またはガス化するだろう。それは自然科学の真理としてよく知られたエントロピー増大の原理が予測することである。それは当然、遺伝子的にサイコパス的な人を増加させるだろう。
(3/13;最後の部分の修正、注6追加)
7)戦後70周年の記念談話に中国首相が注文をつけている。戦後の東京裁判やその後のサンフランシスコ平和条約、1972年の日中共同宣言、78年の日中平和友好条約と積み重ねて来た戦後の処理は、いったい何だったのか。衆愚を虚偽とごまかしにより導き、隣国を核兵器により脅し、自分達の利益を得ようとする自分勝手な姿に、世界滅亡の予兆を感じる。核兵器を持つべきと考えて将来の日本の指導者として期待されていた、中川昭一元大臣の後を継いだ奥方の情けない姿を見るにつけ、日本から逃げられるものなら逃げたい。(カナダのバンクーバーが良い。)(3/16追加)
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