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2021年4月27日火曜日

近衛文麿は日本の敗戦を策謀したのか?

1)林千勝氏の対米戦争に対する理解:

 

昨日、非常に興味ある講演をyoutubeで聞いた。近代史研究家の林千勝氏による「近衛文麿にみる大日本帝国敗北の教訓」である。近衛文麿は、風見章などの共産主義者(或いは社会主義者)を利用して、大日本帝国を敗戦に導き、昭和天皇の退位から近衛家支配の日本を考えていたというのである。

 

この内容は既に、林氏による「近衛文麿の野望と挫折」に書かれているだろう。その書評にも興味ある意見が書かれているので、参照すべきだろう。

 

林氏の講演では、近衛文麿は日本で共産革命を起こそうとした訳ではないが、革命を目指す風見章ら共産主義者を、上記近衛の野望の為に利用したというのである。その状況証拠として、敗戦後に天皇退位を画策したり、占領軍に取り入ろうとしたなどの不可解な行動があるという。林氏は、近衛は自殺したのではないと言っている。

 

 

つまり、東京裁判で近衛の考え方を聴取して裁くことになれば、それは米国の東京裁判のシナリオに狂いを生じるというのである。Fルーズベルトの側近であったアルジャー・ヒスだけでなく、Fルーズベルト自身にも、共産主義の影があったからである。

 

ゾルゲ事件の尾崎秀実(コミンテルンのスパイ)は、近衛の側近であったことまでは周知である。日米ともに、その中枢が共産主義により深く染まっていたのである。(補足1)林氏のモデルなら、尾崎秀実の正体は、近衛文麿も承知の上だった可能性が高い。

 

近衛文麿の自殺で、東京裁判は米国のシナリオどおりに行われることになった。それを可能にした近衛文麿の自殺は、上に書いたように、実は自殺ではないと林氏が言う。勿論、本来は気の弱い近衛文麿だろうから、自分のシナリオが潰れたことを知れば、充分自殺の動機となった可能性もある。

 

戦争をしないとの公約で大統領になったフランクリン・ルーズベルトにとって、真珠湾攻撃はまるで自分たちが仕組んだような効果を発揮し、(補足2)対日戦争を可能にした。その結果、日本の敗戦は確実だと、政府や軍の重鎮だけでなく当の山本五十六も理解していた。山本五十六は、「半年や一年は暴れてみせる」と言ったのだが、戦争に勝てるとは言っていないのである。

 

昭和12年から14年にかけての日本陸軍などの解析では、米国との戦争は無理だと結論付けていた。更に、打開策を検討した陸軍は、秋丸機関(陸軍省戦争経済研究班)をつくり、英米に勝てる戦略を練った。その結果、主戦場をインド洋にし、英国を叩くことを主な戦略として戦う案を作ったという。

 

米国は当時厭戦の国であり、Fルーズベルトは世論を説得することに手間取り、なかなか動けないだろう。そこで英国を叩いてしまえば、尚動きにくくなるだろう。もし、米軍が太平洋に出て来た場合は、マリアナ諸島あたりで待ち受ける戦略を取るというのである。勿論、日本優勢の間は講和のチャンスがあるかもしれない。

 

また、満州から中国の本土(漢民族による元々の支配域)へ侵攻することには、軍の首脳には反対意見が多かった。東南アジアへ進むことが主目的であったにも拘らず、支那事変の泥沼にはまったのは、何故なのか。象徴的なのは蒋介石が逃げ込んだ内陸部の都市である重慶の爆撃だった。

 

これは国際条約に違反する民間人虐殺であり、米軍が終戦近くになって行った日本の大都市爆撃に対する躊躇を取り除いただろう。その動機は、蒋介石を叩くことで中国の共産主義運動の応援になるからでは無かったのか。(補足3)何故、負ける戦争に日本は突っ走ったのか? その謎に答えるには、以上の疑問を含めて、戦後歴史の総括が必要である。

 

その一つのモデルとして、この林千勝氏のモデルは非常に有用であると思う。ただ、その総括をしないのは、現在の日本政府は戦前の日本の延長上にあることである。何度も書いてきたが明治以降の近代史の総括が、日本復興の近道である。

 

2)ここで一言:

 

 日本文化の欠点は、このような全く新しい見方が出てきた場合、それを100%否定する勢力と熱狂的に賛同する勢力に分かれ、その間には感情的対立しか生まれないことである。採るべきは科学的な姿勢であり、それは、自分に反対の言論を歓迎する姿勢である。両者の議論が、自分やその議論の相手を、目標に対する正しい理解に導くからである。

 

日本のyoutube動画、具体例を出して恐縮だが、例えばチャネル桜の議論や松田政策研究所チャンネルの議論(補足4)などを視聴すると、それらは議論というより仲間内の談笑に近いことを強く感じる。

 

林千勝氏のこのモデルは、正しいかもしれないし、正しくないかも知れない。しかし、今後の議論の出発点になり、日本の歴史研究を、あの対米戦争に対する合理的な理解まで進めて欲しい。更に、日本国民の多くが、その成果を踏まえて当時の世界と大日本帝国を理解することにより、日本の将来の方向を探しあてて欲しいと思う。

 

日本文化について、あのカルロス・ゴーン氏が言っていた言葉が印象にのこっている。「フランスでは、トップが何かを決めた時、議論が起こるが、日本ではトップが何かを決めたら、議論は終わる」恐らく、議論が終ったあとに間違った方向に進むのだろう。オープンな議論こそ、国家を正しい方向に進める。

 

(18時、少修正あり)

 

補足:

 

1)当時の国際共産主義運動を、現在の共産主義に対する評価を念頭に評価するのは間違いである。当時は、将に、国際共産主義運動の黄金期だったので、その雰囲気とソ連革命や毛沢東の台頭などを念頭にして、当時の日本や米国での共産主義運動を考察する必要がある。

 

2)米国ほど秘密の多い国はない。それは権力の二重構造が原因だろう。9.11の爆撃を告げられたジョージ・ブッシュJRの、何も無かったかのように落ち着いた行動などもその一つである。

 

3)毛沢東は、日中国交回復の際に、日本に礼を言ったことはよく知られている。軍人の一部は、終戦後も共産軍に参加して、蒋介石と戦ったこともその理由だが、毛沢東が言ったのは、それよりも支那事変全体に関してのものだろう。

 

4)ここでの新型コロナ肺炎を日本の風邪と同等と見る多くの番組には辟易とした。反論を書いたが、現在ではその動画は削除されている。

 

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