ファリード・ザカリア氏(Fareed Rafiq Zakaria)はインドで生まれ少年時代まで過ごした、米国の著名な国際問題評論家である。米国のイェール大学卒業後、ハーバード大学で博士号を取得した1992年に、28才でForeign Affairs の編集長(managing editor)になったと言う秀才である。
このザカリア氏のグローバリズムについての総合的な解説を、米国在住ブロガーのハンドルネームChukaさんが紹介している。その要約と元の動画をみた。https://ameblo.jp/chuka123 動画の英語は、日本人には比較的わかりやすい発音だが、字幕及びchukaさんの要約を参考に、その大筋を理解した。誤解や間違いと思われる箇所があれば遠慮なく指摘してほしい。
この動画は、2018年4月に行われたハーバード大学ケネディースクールでの大学創立記念講演である。表題は「グローバリゼーション2.0バックラッシュ(backlash)」である。グローバリゼーション1.0は、世界の途上国の経済を浮揚させた成功の部分を言うのだろう。https://www.youtube.com/watch?v=ZvwglFKGw_E
その反動(デフレと貧富の差の拡大)に苦しみだした先進諸国では、反グローバリズムの動きが、特に民族主義者を中心に出てきている。英国のブレグジットなど欧州連合の結合力にも陰りが出てきている。これらを演者は単にバックラッシュ或いは調整局面と捉えているように思うが、それは間違いだと僭越ながら素人の私は思う。
従来の米国支配層の側に立つザカリア氏は、現在現れているグローバリズムの弊害を反動(backlash)と呼び、当分はグローバリゼーションを修正しながら、人のグローバル化まで推進すべきだと主張するのだろう。
一方、トランプ大統領は明確にこれ以上のグローバル化に反対しており、これまでの自由貿易体制すら否定している。従って、両者の間には折り合いを付ける点はなく、単に敵対関係にあるといえる。それは、講演後の質問の時間に、トランプ大統領は止めるべきだと言っていることでも分かる。
以下、ザカリア氏の上記講演を私なりに紹介し、議論してみる。
1)ザカリア氏のグローバリゼーション:言葉の定義について
ザカリア氏は、この講演のなかでは、グローバリゼーションを文字通りの意味、地球規模化と定義し、特に途上国の視点から背景を大きくとって、その効果と「反動(バックラッシュ)」について議論している。
一方、日本でのグローバリゼーションの議論では、第二次大戦のころに始まったブレトン・ウッズ体制から、WTO(最初GATT)やIMFと言った国際機関の設立と、それを背景に世界での物品と資本の流れの自由化、様々な規制の撤廃を進めるネオリベラリズム的経済政策を意味する。これら二つのグローバリゼーションは重なる部分も多いが、その違いを意識しないと、講演の内容が分かりにくくなると思う。
ザカリア氏はグローバリズムの展開を、以下のフェーズに分けて考えている。
1)物品のグローバルな流れ。これは16世紀に背の高い大きな船の発明により可能になった。
2)19世紀に始まる資本のグローバリゼーション
3)20世紀のサービスのグローバリゼーション、特にインターネットを用いたものは劇的にそれを加速した。
4)人のグローバリゼーション、難民や移民の西欧や米国などへの流入を、ザカリア氏はグローバリゼーションと捉えている。(講演の36分)
このグローバリゼーションを進めるエンジンとして、互いに依存する3つの革命的出来事を挙げている。それは1990年ごろから急激に進んだ。
1)インフォーメーション革命:これは国際的な通信としては、短波放送、国際電信電話、衛星テレビ、インターネットなど普及である。特にインターネットの影響が大きい。
2)グローバルな貿易システム:19世紀に背の高い大きな船が発明され、物品の貿易が地球規模で可能になった。途上国も1990年ころからアメリカを中心とした貿易のネットワークに参加することになり、その結果飛躍的に経済発展を遂げた。1979年にGDP3%以上の成長を遂げたのは、31-32カ国であったが、2005-2006年には125カ国になった。2008年の金融危機後8年の現在でも、その数は85カ国である。
3)政治的安定化: 1991年末にソ連が崩壊し、冷戦が終結した。そして米国の一極支配が始まり政治が安定した。その結果、途上国がアメリカ主導のこの貿易システムに参加できるようになった。(補足1)
ザカリア氏は、政治の安定化という基礎の上に経済のグローバル化が進み、そこで情報の革命が展開されるようになったと言っている。その結果、途上国の経済は大きく成長し、世界から貧困が大きく減少した。ザカリア氏はこの部分をグローバル化の大きな利益であり、それがグローバリリゼーション1.0であり、本来のグローバリゼーションがこの延長線上にある筈だと考えているのだろう。
2)1990年以降の企業のグローバル化での成功パターンと「グローバル化のバックラッシュ」について:
バックラッシュという言葉は、意味が幾分曖昧である。辞書では「反動」と書かれているので、そのように以下用いる。ザカリア氏は、バックラッシュがグローバル化の副作用なのか、それとも本質なのかという問題には答えていない。それは、グローバリゼーションが①「従来の文明の自然な発展と地球規模の伝播」なのか、②「何者かによる明確な意図を持った政策」なのか?という疑問点をスキップして議論しているからである。
もし、①なら、各国が其々のパターンでグローバリズムを一旦後ろに戻すことで、正常な政治経済運営が可能となる。しかし②なら、その支配的な勢力は、グローバリズムを続けながら、ちょうど投資の時の借金を支払うように批判を部分的に抑えながら、従来路線を進めることになるだろう。この講演での不明瞭さは、ザカリア氏が従来のマスコミの中で生きている人物であること、つまり従来の支配者側の人物であると考えれば理解できる。
従って、グローバル化に反対するトランプに対する批判も、アマゾンに対する粗野な流儀を強烈に批判しながら、トランプは「グローバル化経済政策が、非常に多くの地方の町の個人営業の雑貨屋(moms and pops hardware store)を、強引に破壊するという不愉快な出来事の原因だと理解している」と真当に解説しており、中途半端である。(補足2)
後先になるが、最初の「バックラッシュ」の話は、Mackenzieの研究紹介から始まっている。[21:20] 以前は、景気回復から就業率の回復までは6ヶ月位だったが、1990年前半には15ヶ月に、2000年には25ヶ月になり、2008年頃には、明らかに景気回復してから就業率の回復までには64ヶ月かかるようになった。更に、労働の質もパートタイムが増えるなど悪化した。
この現象はグローバル化の本質であり、反動などではないと私は思う。つまり「資本と労働のデカップル」は、最初から経済のグローバル化を推進した勢力の目指したことである。ここで、私が3-4日前に書いたブログの内容を思い出してほしい。
米国クリントン政権(1993-2001)は、キャピタル・ゲインに対する税率を大きく下げたのである。このクリントン時代に大幅に税率を下げた主役が、財務長官だったロバート・ルービンやローレンス・サマーズだった。両者とも金融業と関係が深く、グローバリゼーションの加速に協力的だった。
また、米国を代表する企業500社(S&P500)の場合、1980年代では上げた利益の50%が株主還元に、45%が設備投資や賃金上昇に用いられたが、2000年になると利益の90%が株主還元に向かうようになったのである。
つまり、「資本と労働のデカップリング」は、米国の資本の従来の資本家達への蓄積とグローバル展開を、特に民主党政権がニューヨークのウオール街の人たちの意思を反映する形で大きく進めたことである。それは明確な意図を以って行われたことである。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12544848302.html
そして、この資本と労働とのデカップルは、ザカリア氏も以下の様に説明している。このグローバル化経済において、大企業なら資本入手が簡単なところ(つまり資本が安いところ)で資本を手に入れ、労働力が安い所で生産をし、高く売れるところで売ることで大きな利益を得られる。また、この巨大資本にとって非常に有利なパターンについて、以下の表現を用いている。You can surf this wave of globalization and the information revolution to enormous advantage. [23.56ころ]
英語の「you」は、「(貴方がその当事者なら)貴方は」という意味で屡々使われる。この「you」はニューヨークの金融業者の意味であり、この利益を上げる方法を「波乗り」に喩えている。まるで、「彼らとは直接関係なく生じた大きなグローバル化の波に上手く乗っている」という表現である。その解説をハーバード大のケネディースクールの学生たちは、そのまま信じるのだろうか?その「波」は彼らが最初から意図的に政治を動かして為し得たことである。
日本では、グローバリゼーションの結果、豊かになったという実感は全くない。それよりも、1970年代までの米国のアメリカからの資金援助である「ガリオア・エロア資金」などによる奇跡の発展のあとの、デフレ経済の元凶のように考える場合が多い。因みに、この米国の援助を政府は周知し、日本人は米国に感謝しなければならないと思う。
3)グローバリゼーションが、理想的な動機の下、各国の文化に配慮し一定の限度を置きながら、徐々に拡大させるという前提で運営されるのなら、それは人類にとって望ましいことである。しかし、そのためには世界を米国の単一覇権から、世界の人々を平等に扱う国際機関の一極支配下に移動させるべきである。国際連合の根本的改革が近道だが、それには相当の時間を要するだろう。(補足3)
国連の根本的な改革には、現在の常任理事国が特権を一旦放棄しなくてはならない。その為、リーダー的な大国全てが、長期的視点にたち互いの信頼感を高めなければならない。それは、世界各国による歴史の共有がなければならない。それには情報の自由な流れと、情報を消化する時間が必要である。中世的な隣の大国や小国などが、情報を操作したり封鎖したりする現状では、無理な話だと思う。
最後にザカリア氏は「人のグローバル化」について議論している。これはそれぞれの国家に混乱を持ち込むだけであり、明らかに時期尚早である。マクロンやメルケルを賞賛するのは、難民受け入れというヒューマニズムの観点からであるべきである。
ザカリア氏は民主党の「理想主義」を語っているのだろう。しかし、民主党は真に労働者の味方であった時代は終わっている。現在は、トランプがその役割を行っているようにも見える。スーパーPACなどで、米国の従来政党はウオール街の方を向くようになってしまったからである。
(18日早朝全体的編集、19日早朝2,3の語句修正)
補足:
1)その具体的展開は、世界銀行による登場国への融資、IMFなどによる通貨の安定化、更に、政界貿易機構(WTO)による様々な諸国間の貿易障害の撤廃などにより、世界経済が地球規模で発展した。この段階が、通常のグローバル化の定義だと思う。
2)23分頃; There is some , I don't know if it's a method or an instinct, or a genius, but even with the discussion of Amazon, while it's bizarre for the President to go after a particular company, he's actually wrong on the post office issue. He understands that there is some discomfort with the idea of this vast company (Amazon) that has disintermediated large number of moms and pops every hardware store in every local town, every bookstore. That process is sort of like creative destruction except on steroids.
ザカリア氏は、この様に話している。ただ、私には全体的にこの英語の意味が正確には理解できない。例えば最後の文のステロイドは麻酔薬という意味なのか?
3)国際連合と日本で訳すのは、占領軍の指示なのだろうか。これは元々、戦勝国となった諸国の連合を指す。この国連とその下部と辺縁にある組織の改革をしないで、政治と経済のグローバル化を勧めるのは、講和条約後の国際政治としては卑怯である。
(11月18日全体的に加筆編集)
0 件のコメント:
コメントを投稿