前立腺は男性のみに存在する器官である。大多数の男性の前立腺は、高齢になると肥大し排尿障害の原因となる。薬物療法により手術の必要がない場合が多いが、それを躊躇っていると、場合によっては腎臓機能の悪化の原因となる場合もあり、その場合の殆どは手術が最善の治療法となる。
今回の記事は、素人だが体験者として、主に前立腺肥大の手術に関しての情報をまとめる。誠意を込めて書いたつもりだが、素人ゆえにその責任は取りかねる。読者は各自の責任で内容をご確認いただきたい。
1)前立腺肥大による排尿障害と手術法について
腎臓でつくられた尿は、膀胱に貯められる。それが、一定量(健常者は400mL程度)に達すると、膀胱の内圧が増加し、その情報が脳に伝達される。そして、脳から膀胱壁を収縮させ、内尿道括約筋を弛緩させる信号が送られ、随意筋である外尿道括約筋を弛緩させると放尿となる。
https://www.kango-roo.com/learning/3287/
前立腺は、この内尿道括約筋とその下にある外尿道括約筋の間の尿道を取り巻くように存在し、その肥大は尿道を圧迫し狭窄させ、排尿障害の原因となる。排尿障害が時として、腎臓機能を悪化させると、悲劇的な場合は透析患者となる場合もあるので、早期の治療が望まれる。
最初の選択は、薬物療法である。それで十分な効果を発揮できないのなら、手術をするべきである。現在、様々な低侵襲性の方法が存在するので、その中から自分に適した方法を選択して、手術するのが正しい対処法だと思う。
手術をしないで排尿障害を解消する方法として、自己導尿という方法があるが、社会的に活動できる人なら全く勧められた方法ではない。被介護の状況にある方或いはそれに近い高齢者のみが用いるべき方法であり、バルーンカテーテルの留置か自己導尿かの選択肢としてのみ存在する方法だろう。https://kaigo.homes.co.jp/manual/healthcare/medical_practice/balloon/
前立腺肥大症の外科的治療として、例えば、米国ケンブリッジ大の泌尿器科のホームページには、HoLEP、REZUM、UroLift、およびTURPが紹介されている。日本では、REZUMとUroLiftは殆ど用いられていない様なので、その簡単な解説は補足に廻す。(補足1)https://www.cambridgeurologypartnership.co.uk/urology-info-for-patients/prostate/holep-urolift/
日本で行われている前立腺肥大症の経尿道的外科療法は、大きく分けて3つに分類される。これらは尿道にレゼクトスコープ(補足2)を挿入して、行われる。
一つ目は、前立腺の内腺全体を外腺部分との境界から剥がすように切り取り、その後内腺部分を細かくして外部に取り出す方法(経尿道的前立腺核出術)で、HoLEP(近赤外線レーザーによる)とTUEB(Transurethral Enucleation with Bipolar;特殊電気メスによる)がある。
前者はホルミュームYAGレーザー(波長2.1μm)を用い、(補足3)後者はオリンパスが開発した特殊な電気メスを用いて、内腺を除去する方法である。(後者の装置については、https://www.medicaltown.net/urology/product/lowerpart/esg400turis/)
日本泌尿器科学会のガイドライン(以下ガイドライン)において、HoLEPは推奨グレードAでありTUEBは推奨グレードBである。(補足4)HoLEPは、大きく肥大した前立腺にも適用できる低侵襲外科治療である。レーザー光は前立腺の内腺を外腺から剥離するために用い、切り取られた内腺部分は一旦膀胱内に移される。その後、別の装置で吸引破砕され、体外に取り出される。
二つ目には、PVP(photoselective vaporization of the prostate)法と呼ばれる方法で、前立腺内腺の多くを緑色レーザー(KTPレーザー、波長532nm)で蒸散させ除去する。この光は酸化ヘモグロビンを含む組織を過熱蒸散させので、効率的に前立腺組織の蒸散させる。このPVP法は、ガイドラインの推奨グレードAである。
PVP法は、非常に大きく肥大した前立腺(80cc以上)には推奨されないようだ。これはガイドラインには明確には書いていないが、この治療法で著名な病院のHPや患者の口コミとして書かれている。例えば、原三信病院(2011年にPVP法を導入)のHPでは、80ccを超える場合、術後4年ほどして排尿障害を生じるので、CVP法を勧めていると書かれている。https://www.harasanshin.or.jp/medical/uro/pvp.html
CVP(Contact laser Vaporization of the Prostate)は、波長980nmのダイオードレーザーを用いる方法であり、直接組織に接触させてその部分を蒸散させるPVP法と似た方法である。波長980nmは「生体の窓」(補足3)に位置するので、蒸散させる箇所から離して照射するのは副作用の原因となるだろう。2017年のガイドラインにはCVPという用語は使われていない。半導体レーザー前立腺蒸散術として引用されているのが、CVP法だと思う。ただ、推奨グレードはCであり、泌尿器科学会には十分認められていない。
三つ目の方法は、TURP(Transurethral Resection of Prostate :経尿道的前立腺切除術)であり、電気メスを用いて前立腺の尿路狭窄の原因となっている部分を切り取る。この方法は、ガイドラインにおいて推奨グレードAであり、現在でも前立腺肥大の外科治療のスタンダードな方法である。
しかし、この方法には様々な欠点がある。血管が多く存在する前立腺の内腺を電気メスで削るので、出血量が多く大きな肥大(80 cc以上)には適用出来ない。輸血をしなければならない場合もある。更に、還流液下で手術を行うが、その後遺症である低Na血症(TURP症候群)を引き起こす可能性がある。最後の欠陥は、バイボーラー型の電気メスを用いる(Bipolar TURPと言う)と、生理食塩水を還流液に用いることが可能になり、防ぐ事ができると文献には書かれている。
これらを総合して、80cc以上に肥大した前立腺にはHoLEPが、それ以下の場合にはHoLEP, PVPが推奨される。CVP法は、実績を積み上げることで推奨グレードが上がるかもしれないが、生体の窓(650-1000 nm;補足3参照)に位置する波長のレーザーを用いるので、私なら避ける。
2)日本での適用実態
2011年の日本泌尿器学会のガイドラインでは、TURPとHoLEPに推奨グレードA(強く推奨する)を、PVPには推奨グレードB(推奨する)を、CVPには推奨グレードC1(根拠は十分でないが、行っても良い)を与えている。2017年では、PVP法は推奨グレードAに格上げされている。
TURP法、HoLEP法、TUEB法、CVP法の比較は、これらを用いて来た大阪警察病院のHPの記述が参考になる。http://www.oph.gr.jp/medical/treatment/hinyou/index.html 下に各年の実施件数の変遷を示す。
この病院のHPには、HoLEP法は2020年11月に導入された新しい方法であるとの記述があるが、
HoLEP法自体はそれほど新しい方法ではない。1998年にニュージーランドで開発され、21世紀のはじめには、日本でも導入されている。https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsejje/25/2/25_351/_pdf
ただ、80ccを超える前立腺肥大にも好成績を残す低侵襲な方法であり、この病院も導入に踏み切ったのだろう。従って、上記グラフには2021年以降にHoLEPの実施件数が入ってくる筈である。
岐阜総合医療センターも泌尿器科における前立腺肥大手術の詳細な実施統計を掲載している。その実施数の遷移を示すグラフを下に示す。
岐阜総合医療センターでは、HoLEP手術が、2009年に初めて実施され、その後TURP法による手術が激減している事がわかる。https://www.gifu-hp.jp/urology/#point03
更に、2011年には、これまで行われていた開腹による手術が完全に無くなっている。つまり、大きく肥大した前立腺にもHoLEP法が適用できることを如実に示している。(補足5)
HoLEP法の優れている点は、ホロニュームレーザーは波長が2100nmと長く、生体に強く吸収される。一方、PVP法で用いられているKTPレーザー光の波長は532 nm、CVP法のダイオードレーザー光の波長は980nmであり、血液のないところでは両者とも生体内に深く浸透するので、潜在的な危険性を孕んでいる。後者は、所謂生体の窓と呼ばれる波長領域にある。
何れにしても、実施件数が多い病院がその方法に習熟しているということになるので、各病院のHPでそれを確認することが、患者としては大事だと思う。(27日15時編集し、最終バージョンとする)
補足:
1)REZUMは新しい低侵襲性の治療法である。蒸気を使用して前立腺を収縮させ、尿閉を改善する治療。デイケースとして運ばれ、患者は数日以内に通常の日常生活に戻ることができる。UroLiftは、前立腺の最小限から中程度の肥大による尿路症状のある男性のための新しい低侵襲治療である。それは尿道内から行われ、閉塞性前立腺組織を取り除くのではなく、ピンで留めることを伴います。この方法は全てに適している訳でなく、適用には泌尿器科医からのアドバイスが必要。
2)レゼクトスコープ(resectoscope)は、長さ30cmほど直径現在9ミリ程度の内視鏡である。現在改良が重ねられ、8ミリまで細くなっている様だ。細くなるほど当然患者への負担は小さくなる。(2018年第32回日本泌尿器内視鏡学会総合ランチョンセミナー)https://leaders.co.jp/wp/wp-content/uploads/2018/10/LuncheonSeminar20181127.pdf
3)この記事に現れるレーザー光の波長は以下の通り。ホロニュームレーザー、2100nm;
KTPレーザー、532nm; CVP用ダイオードレーザー、980nm; 因みに、生体による吸収の少ない近赤外の波長領域は、650nm~1000nmであり、生体の窓と呼ばれる。尚、ホルニュームレーザーを用いた手術の工学的見地からの記述は以下の文献に詳しい。
http://www.medicalphotonics.jp/pdf/mp0008/0008_024.pdf
4)日本泌尿器科学会、男性下部尿路症状・前立腺肥大症診療ガイドライン(2017年改訂)
https://www.urol.or.jp/lib/files/other/guideline/27_lower-urinary_prostatic-hyperplasia.pdf
推奨グレードA~Dは以下の通り: A:行うよう強く勧められる;B: 行うよう勧められる;C:行うよう勧めるだけの根拠が明確ではない;D: 行わないよう勧められる
5)愛知県下では、HoLEPによる実施件数が多いのは、名市大医学部付属東部医療センターである。ここではTURP法による手術件数もかなりあるが、それはTURP法に習熟した医師が居るということだろう。予後の良し悪しは、手術法の優劣も重要だが、その手術法に対する執刀医の習熟度も同様に大事である。因みに、筆者は非常に優れた医師の執刀によりHoLEP手術を受けることが出来たと、その執刀医に感謝している。
http://www.emc.med.nagoya-cu.ac.jp/category/sinryoukamoku/6033.html
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