2017年11月6日月曜日

改憲反対集会とその中での元最高裁判事のスピーチ: 情けない日本の姿

11月3日は憲法公布から71年目にあたる。中日新聞26面(12版)によると、国会周辺で憲法9条改定に反対する集会が開かれ、元最高裁判事の浜田邦夫氏も9条改憲反対のスピーチをした。

この記事によると:
“集会では、「憲法の番人」である最高裁の判事だった弁護士、浜田邦夫さんも壇上に立ち、「民主主義、立憲主義、法の支配を守るため、国民一人一人が勇気を持って発言していくことが重要」と主張。「改憲の検討自体は反対しない。しかし、安倍政権の独裁的手法を認めるわけにはいかない。安倍政権が目指しているのは、戦争ができる普通の国。戦前の日本に戻るコースだ」と訴えた。”

この新聞は何を考えて「憲法の番人」なる言葉を、最高裁の形容に用いているのか?最高裁は長沼ナイキ事件で、自衛隊は憲法に違反するかどうかが問われた時、“統治行為論”という屁理屈で憲法判断を避けた。憲法判断を避ける裁判所をどうして「憲法の番人」と呼べるのか? (筆者は最近、最高裁の憲法判断を避ける姿勢を批判したばかりである。10月24日と 10月30日の記事参照)

この記事によれば、浜田邦夫氏は2001-2006年に最高裁判事を務め、退官後の2015年の参議院公聴会で、集団的自衛権行使容認を違憲と指摘。それに関して、「民主主義の危機に黙っていられなかった」と語ったと書かれている。

この元判事は、全く我が国と国民の安全など考えていない。何故なら、現在の日本は「民主主義、立憲主義、法の支配」を守らず、核ミサイルを我が国に向けて、「日本列島を海に沈めることもできる」と脅す国と、それよりも巨大でもっと恐ろしいかもしれない独裁国を隣国に持っていることなど、念頭にあるとは思えないからである。この元判事には、現在の憲法を堅持し、それに従った外交でどのようにして国民の生命と安全を守れるのか、答えて見ろと言いたい。

安倍政権は独裁的手法を用いると言って非難しているが、それも全くおかしい。何故なら安倍政権は、選挙で選ばれた国会議員たちにより、法に従って作られた政権だからである。3日前にも、我々日本国民により10日程前に新たに選ばれた国会議員たちにより、安倍晋三氏が再度総理大臣として適任だと確認されている。それをまるで民主主義に反する政権の様に言うのは、小学生の論理さえ持ち合わせていないか、他国の利益のために発言しているとしか思えない。

集団的自衛権行使を可能にするという憲法解釈も、国民が信任している内閣のものである。それに反対しているのなら、今回の選挙でも自民党が勝利をおさめる筈がない。

昨日の集会で、「安倍政権が目指しているのは、戦争ができる普通の国。戦前の日本に戻るコースだ」と訴えたそうだが、「戦争ができる普通の国」を目指すことのどこが悪いのか?(補足1)普通の国になるのがいけないというのは、異常な国のままでいてほしいということだろう。また、普通の国に戻ることが何故戦前の日本に戻ることなのか?何も考えないでいい加減なことを大衆の面前で喋らないでほしい。ボケているのなら、家に居ろと言いたい。

兎に角、最高裁判事がこのような人から構成されていては、まともな機能は果たさないのは当たり前だろう。非常に寂しく悲しい気持ちになる。

補足:
1)ワシントンの米戦略国際問題研究所の上級顧問である、著名な戦略家のエドワード・ルトワック氏は、「戦争にチャンスを与えよ」(訳本は2017年4月出版)と言う本を書いた。20世紀の前半までは、この本の主張でもある、「戦争は外交の一環である」という考え(クラウゼウィッツの戦争論)が世界の標準だった。そして現在でも、戦争ができる軍事力は、戦争を避ける軍事力でもあるという厳然たる事実に変わりはない。日本人の「戦争だけはしてはいけない。そのためには非武装が良い」という全くナイーブな考えなど世界に通用しない。全ての日本人は、中国の李鵬首相(当時)がオーストラリア首相が訪中の際(1993年)に言った言葉「日本は取るに足らない国である。30年程したらだいたい潰れるだろう」を反芻すべきである。

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