井沢元彦著「なぜ日本人は最悪の事態を想定できないかー新・言霊論」を読んでいて、大正時代に出版されていた太平洋戦争の正確な予言(イギリス人バイウォーターによる)とそれに対する日本の反応に関する記述に出会った。世界大恐慌はまだ5年先、ロンドン軍縮会議も満州事変よりも前に、太平洋戦争をそのプロセスから結果までほとんど正確にシミュレーションした本がイギリス人専門家により発表出版されていたのである。
中国権益で対立した米国と日本は戦争になること、日本の米軍基地奇襲で戦争が始まり、最初戦局は日本優位に進むが、やがて逆転し、ソ連も参戦して樺太などを占領する。いくつかの海戦からグアム島などを米軍が占領し、東京空襲を経て日本の敗戦で戦争は終わる。奇襲がハワイでなくフィリピンと記述されていたなどの違いはあるものの、その本は戦争の開始から終了までのプロセスを正しくシミュレーションしていた。(補足1)
これだけなら、世界は広いので戦争を予言し、そのプロセスを事前に当てる人もいるだろうで、話はすむ。しかし、1。本の全訳は、海軍少佐の石丸藤太という人により直ちになされ、それに対する批判的コメントとともに「バイウォーター太平洋戦争と其の批判」(大正15年、文明協会刊)として出版された。そして、それは軍を始め中枢により広く読まれた。
日本国は、その本から少も学ぶことができず、2。戦争が予言通りに進み悲惨な敗戦に終わった。それにも拘らず、3。現在の日本でその事実を知る人がほとんどいないのである。この以上3点が現実に起こりえたことは驚くべきことである。井沢氏は、この現象を言霊信仰によるとしている。
日本では不愉快な予測を突きつけられると、それを論理的に検証しても発表ができない空気がある。そして、激しく反発する意見が歓迎されて、広く空気にのって伝搬し、日本を破滅へと導くのである。それは、「米国に日本は負ける」と言えば、それが其の通りになると言霊信仰の日本人は思うからである。その悲惨な結果は、自然災害のように、沈黙とともに水に流されるのである。水に流されたのだから、現代人はほとんど知らないのである。
受験生を抱える家庭では、雨粒でも落ちると言ってはいけないし、結婚式ではスタートのテープを切ると言ってはいけない。そのように言えば、受験生は落ちるし、夫婦の縁は遠からず切れると信じているからである。当事者にそう指摘すれば、「信じてはいないけど、縁起が悪いから言わないのだ」と訳のわからない否定をするだろう。空気の支配と言霊信仰は、現象とそのメカニズムの違いがあるだけで、同根なのだろう。
補足:
(1)ウィキペディアから抜粋し少し補足すれば、ヘクター・C・バイウォーターは1921年『太平洋におけるシーパワー:米日の海洋問題の研究』において、大日本帝国とアメリカ合衆国との海洋上の紛争を予測し、1925年に上に記した本『太平洋戦争:日米関係未来記』(英語:The Great Pacific War)を発表した。同書でバイウオーターは、決戦時の日本の行動やアメリカ合衆国のアイランドホッピングを含め、日本とアメリカの多くの行動を正しく予測した。(https://ja.wikipedia.org/wiki/ヘクター・C・バイウォーター)
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