1)2019年のノーベル化学賞は、エクソン社(現在米国の大学)のM. Whittingham氏、米国テキサス大のJ. Goodenough氏、旭化成(現在名城大)の吉野彰氏が受賞し、日本では非常に大きなニュースになっている。
リチウムイオン二次電池(二次は充電可能の意味;以下省略)が現代の生活に必須であり、将来更に大きな意味を持つ工業製品なるだろう。従って、その開発者にノーベル賞が授与されたのは当然である。遅すぎたという意見が在るくらいだが、その技術は未だ発展途上だからだろう。
リチウムイオン電池の構造の模式図を下に示す。(注釈1)
これは、以下の「電池の情報サイト」から借用した。http://kenkou888.com/category21/%E3%82%BB%E3%83%91%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%81%AE%E6%9D%90%E6%96%99%E5%8C%96%E5%AD%A6.html
つまり、負極材料に炭素(通常グラファイト)、正極材料LiCoO2、電解質とセパレータと呼ばれる多孔性の膜である。セパレータの役割は、正負両極の直接接触を防ぐ他、高温になった場合穴が塞がれ、電池の機能を止めてしまうことである。(上記サイトに記載)
吉野彰さん(今回のノーベル賞受賞者)が1985年に開発したリチウムイオン電池は、負極に炭素系材料を正極にコバルト酸リチウム(LiCoO2)を用いたより安全で高性能なタイプである。(注釈2)グラファイトと明記されないのは、グラファイトに何らかの形状的或いは化学的な修飾を施したものなのだろう。その化学修飾の詳細は、ネット検索の範囲では見つからなかった。
ノーベル賞受賞者の二人目は、元オックスフォード大教授のJ. Goodenough氏(今回のノーベル賞受賞者)である。同氏は、当時留学していた水島公一氏(東芝エグゼクティブフェロー)との研究で、正極にLiCoO2を、負極にリチウム金属を使用した電池を1979年に開発した。(論文発表は1980年)
リチウムイオン電池の最初は、1970年エクソンのM. Whittingham(今回のノーベル賞受賞者)により、負極に金属リチウムを用いたものが初めて作られた(受賞者の一人目)。 この時、正極に二流化チタンを用いたが、それは高価且つ不安定であまり良い選択ではなかったので、エクソンは本格的な開発をしなかった。
以上三氏の受賞理由を簡単に記した。以下に、もう少し化学的な意味や歴史的経緯について、筆者のメモとして書く。
2)リチウムイオン電池の歴史は長く深い。非常に多くの研究者が研究と開発に携わり、現在も携わっているだろう。小型で大量の電気エネルギーを蓄える電池材料として、リチウムイオンに注目するのは、リチウムは周期表の3番目に出てくる非常に小さくて軽く、且つ、その酸化により高いエネルギーを放出する金属(アルカリ金属)だからである。
ただ、正極にコバルト酸リチウムを用いた場合、充放電が行われてもLiイオンの電荷は化学式の上では変わらず、一部のコバルトの電荷が4+から3+に変化するのみである。つまり正極の反応は、Li(+) + e(-) + CoO2 → LiCoO2 である。この時、リチウムイオンは電解質中を負極から正極の方に移動し、電子は電線を通って、負極から正極に移動する。
負極でリチウムイオンを放出するのは、炭素系材料であり、主成分はグラファイトだろう。グラファイトが吸蔵しているリチウムイオンを電解質に放出する一方、電線を通って電子を放出するのである。グラファイトは正六角形の網目構造をしているので、通常C6で表す事が多い。つまり、負極での反応は C6Li → C6 + Li(+) +e(-) である。
正負両極とも巨視的材料のLiCoO2 (満放電状態)とグラファイトである。LiCoO2から可逆的にLiイオンが出て、グラファイトに可逆的にLiイオンが吸収されるのが、充電に伴うリチウムイオンの動き(輸送)である。この可逆的吸蔵をインターカレーションと呼ぶ。現在のリチウムイオン電池の物理化学的な主役である。
ここで、グラファイト中及びLiCoO2中のリチウムイオンには、母体から電子が部分的に移動している状態であり、その両電極におけるリチウムイオンのエネルギー差が、電池の起電力(電圧)となる。
その起電力を出来るだけ下げないように、電解質、セパレータ、集電箔などの材質や形状などの広範な研究がなされ、市販のリチウムイオン電池が出来上がる。現在発展中だと上に書いたが、例えば電解質として固体電解質(液漏れなどが皆無)、正電極に様々な遷移金属酸化物が研究されている。
その裾野を含めた分野は広大であり、素人には正しく評価できないのが正直なところである。巨大な連峰から目立った3つのピークを選ぶのは難作業である。もし、これが公的な褒章なら、もっと多くの人を対象にすべきだなどの議論があるだろう。
3)補足:
リチウムイオン電池の開発において、物理化学的見地に立ては、上記正負両極におけるリチウムイオンのインターカレーションの研究が非常に重要である。その現象は1974年から76年に掛けて、ドイツThe Technical University of Munich (TUM)でドイツのJ. O. Besenhardらにより研究された。J. O. Besenhardは、論文の中でリチウムイオン電池への利用を進言している。 J. Electroanal. Chem. 53 (2): 329–333(1974);Carbon. 14(2): 111–115(1976).
1977年、 ペンシルバニア大のSamar Basu氏が、グラファイトのリチウムイオンの可逆的な吸蔵と放出を電気化学的(つまり電池モデル的)に示し、それを用いた負極のリチウムイオン電池が米国Bell研究所で開発された。また、1979年、正極にLiCoO2を負極にリチウム金属を使用した電池は、最初N.E. Godshallらにより作られた。
既に記したように、英オックスフォード大J. Goodenough氏と当時留学していた水島公一(東芝エグゼクティブフェロー)により発表されたのは、その直後であった。(英語版ウイキペディア参照)
その他、1980年R. Yazami氏が、固体電解質とグラファイトを用いた陰極をつくり、それが2011年当時では最も良く使われるLIONバッテリーだとWikipediaに書かれている。2012年に、John Goodenough, Rachid Yazami、Akira Yoshino の三氏はthe 2012 IEEE Medalをリチウムイオンの環境と安全性向上の技術開発により受賞した。
電解質やセパレータなどにも、膨大な研究がなされているだろう。そして、ノーベル賞の発表とその後の社会の反応を見る時に常に思うのは、そこに参加した人とその成果の膨大さ、そして、受賞者の功績に対する称賛の大きさに比べて、それ以外の全体としてはより大きな寄与への配慮の無さである。
尚、今回紹介出来なかったが、この分野で大きな貢献をした京大山辺教授の総説を引用しておきます。
https://nias.ac.jp/cigac/pdf/LIB_KagakuJPN_2015.pdf
注釈:
1)現在のリチウムイオン電池は多層膜状構造であり、この原理図からは形状的には遠いだろう。また、電極は集電板、電極物質、電解質(有機液状物質と添加物;例えば、ポリマーゲル)を含めてのもので、電極物質(上のLiCoO2やグラファイト)は粒子状で電解質中に存在するのだろう。セパレータはリチウムイオン以外の粒子の混入を防ぐ。電池の基本は、イオンは電池内を流れるがセパレータで混合防止され、電子は電線上のみを流れることである。リチウムイオン電池では、リチウムイオンはセパレータを通過できる。
2)吉野彰氏は、会社の方針として最初ポリアセチレンを負極材料に用いたリチウムイオン電池の開発を1983年に行った。安定性などの問題があり、負極材料を炭素系材料(多分基本的にはグラファイト)に切り替えた。
(10月12早朝編集、最初のセクションでの年号追加と注釈2の追加)
コメントなど歓迎します。(以上)
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