曖昧語の罪;苛めは犯罪では?
1)何度も似た様な話を書くことになるが、苛め自殺のニュースに接すると、そして、その対策が全くなされていないことを知ると、書かざるを得ない。直近のものは今年(2015)7月12日に書いている。http://rcbyspinmanipulation.blogspot.jp/2015/07/blog-post_12.html 殆どの場合、苛めの中身として暴行罪や強要罪といった刑法犯罪を含む。学校には治外法権が認められていないのに、
学校の教諭連中は何をしているのか? 逮捕権も物理的・法的力もないのだから、暴行の事実を知ったら、警察に通報すべきなのだ。
警察は何をしているのか? 暴行の噂でも聞いたら、学校であれ何処であれ、国内であれば、暴行や強要を犯した者を逮捕すべきなのだ。
日本の警察は被害者の声などに耳を傾けてはいない。まるで政治家のような態度で、非難を受けないように考えて動いている。耳を傾けるのは、”民意”であるが、それは国民の意志と言うよりマスコミの意志である。マスコミが唯一声を持つ存在であり、一般国民が呻こうが喚こうが聞こえはしないのだ。マスコミが作りだす教育や学問の自由などという言葉に警察は弱く、出来るなら、(バカな)マスコミの攻撃を受けたくないのである。
国会議員は何をしているのか? 子供達の成長が早くなったのなら、逮捕可能年齢も例えば12歳に下げるべきではないのか?選挙権を18歳以下にまで下げるのは、過去の時代よりも子供達が心身ともに成長が早いと考えたからではないのか? 単に憲法9条改正が可能な様に右翼的(ネトウヨ)になった若者を取り込みたいだけなのか?
2)この様な現象の背景には、山本七平氏が言う様に、日本語が論理的な言語でないことがある。悪知恵のあるものは、その曖昧な言葉を利用し、ナイーブな者はその曖昧な言葉にだまされるのである。“苛め”という遊びなのかふざけなのか暴力なのか解らないことばを使うことで、教員も警察もマスコミも火中の栗を拾いたくないのだ。
日本語にはこのような曖昧後がたくさんある。政治家が使うことばの中には、遺憾、慚愧、禍根、痛恨、痛痒だとかの怪気な漢語表現がたくさんある。お隣の国でも同様である。先日の緊迫した会議では、地雷爆発の件に関して北朝鮮が遺憾を表明し、韓国側は遺憾=謝罪として国民に解説できるということで和解が成立した。本物の和解でないので、同じ様なことを繰り返すだろう。
曖昧語の罪は、本当の会話が成立しないことである。話をしないことが喧嘩をしないコツであるという夫婦は世の中に多いかもしれない。もっと良い知恵を差し上げるならば、奥様が旦那様に何かを“詫びたことにしたい”ときには、“遺憾でございます”と言えばよいのだ。
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