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2018年9月26日水曜日

高知白バイ衝突死事件とその偏向報道について

事件は2006年3月3日に起こった。高知県吾川郡春野町で発生した白バイ警察官の死亡事故である。現場の様子は、google mapで観ることができる。 https://www.google.co.jp/maps/@33.5212625,133.4735072,3a,75y,287.27h,96.58t/data=!3m6!1e1!3m4!1s8soMHCHAOw3QOi97XcA2sA!2e0!7i13312!8i6656 この事故、死亡した警察官に退職金を出すために、無実のバス運転手に罪がなすりつけられた冤罪事件であると、テレビ朝日系で宣伝された。

youtubeでその一つ“報道発「ドキュメンタリー宣言」”(テレビ朝日)を見て、そのように説得させられそうになった。以下この番組を中心にして考察していくことにする。https://www.youtube.com/watch?v=uxEx1PPXD1w (2008年月末放送された;この件は現在再審請求中である。)

1)この番組では、事故の説明ではなく、刑務所に服役のために自宅を出るバス運転手と家族の別れの場面から始まる。一通り不条理な事件という印象を視聴者に与えてから、事故の概略が説明される。しかし、その後の語りには嘘が含まれている。

動画の3:00過ぎから、「裁判員制度が始まるので、裁判とは何かを知る必要がある」と、番組作りの動機が説明されたあと、事故現場の空からの映像と事故の概略が説明される。①「高知県旧春野町、2,006年3月、この交差点で白バイと卒業遠足の中学生を乗せたスクールバスが衝突、白バイ隊員が亡くなりました」との語りが入る。

しかし、この段階で嘘が既に含まれている。それは、交差点での事故のように語っている点である。そこは交差点手前ではあるが、交差点ではない。交差点手前の道路外の施設から国道の手前二車線と右折線を横切り、向こう側の車線に入ろうとしたのである。

4:25秒から始まるのは裁判での証言として、当事者の発言が紹介されている。そこまで、現場の詳細な説明は一切ない。バスが国道に侵入した点の左方にある交差点には国道の交通を止める信号など無かったこと、横断歩道のための信号はあるが、それは赤であったことなどの説明が無ければ、事故の原因や責任の在り処がわからない。

それら現場の説明を抜きにして、事故についての当事者の語りが始まる。先ず、バス運転手の方の主張が示された。②「右折するため、左右の安全を確認してから国道に入った。他の車が通り過ぎるのを待って、道路中央に停車していたところ、白バイが突っ込んできました。」

この証言文が、裁判記録から忠実に再現したという説明はなかった。その所為なのか分からないが、証言内容に不思議な点がある。「右折するため、左右の安全を確認してから国道に入った」と言っているが、国道で右折車線に入る形の普通の右折ではない。③「右方向に向かうので、向こう側の車線に入るため国道に入った」が本来の表現だろう。

動画4:45から検察側の主張が紹介されている。④「片岡運転手は、安全確認を怠り国道に入ってきた。パトロール中の白バイの存在に気づかず、時速5-10kmで走行中に衝突、急ブレーキを懸け、およそ3m引きずりながら停止した。」

事故の本質的な理解のためには、②と④の下線部分の証言を詳細に検証しなければならない。この番組では、それが全く為されていない。従って、この番組は事故の詳細な解析は避け、警察、検察、裁判所による、国民の権利侵害を過大に宣伝するために作られたと考えられる。

上記②の運転手による証言によれば、目的車線において通り過ぎる車があったため、国道に侵入後目的車線に入れず、国道の左側に向かう交通を遮断する形で停車せざるを得なかったのである。それは非常に危険な状況であることは、実際に事故が起こり、人が一人死亡したことで明らかである。

目的車線に入るために、国道を塞ぐ形で停車しなければならないのなら、国道に入る際に安全確認できたとは言えない。「道路中央に停車していたところ」と言っているが、二車線を塞ぐ形での危険な停車であり、道路中央に停車していたとは言えない。(補足1)

この考察で、事故の原因の2/3はバス運転手の責任であると考えられる。残りの1/3の責任がバス運転手以外に帰せられるとすれば、パトカーが規則に反して、スピードを出しすぎていたと実証されたときだろう。実際に白バイに乗った警察官にもこの点でのミスがあったのだろう。それを隠蔽するために、警察側が非常におろかな行為ー証拠の捏造ーを行ったのだと私は思う。

つまり、バス運転手が制限速度で走行中の白バイに気づかず、かなりの速度で路外施設の駐車場から国道に出て来たために事故が起こったという嘘のシナリオを考え、その証拠となるタイヤ痕を捏造したのだろう。そして、白バイ隊員の退職金を満額出してあげたいという警察の身内を庇う姿勢に、あろうことか検察も裁判所も同調したのだろう。

2)テレビ局側は、検察側証言④「片岡運転手は、安全確認を怠り国道に入ってきた。パトロール中の白バイの存在に気づかず、時速5-10kmで走行中に衝突、急ブレーキを懸け、およそ3m引きずりながら停止した。」の中の、下線部分に含まれた嘘を攻撃する戦略を採用した。攻撃目標を、賢明にも小さく抑えたのである。そこは、検察側が捏造した部分であり、攻撃可能な箇所だからである。

しかし、バス運転手が無実であるとするなら、「安全確認を怠り国道に入ってきた」という部分を否定しなければならないのである。その部分が否定できないため、現場周辺の様子の説明をしないで、ごまかしたのだろう。また、事故原因の詳細な解析よりも、バス運転手とその家族の涙の場面を多用したのだろう。

上記イタリックで書いた部分が誤りであることの証明に、事故関連の解析時間の大半を費やしている。つまり、バスに乗っていた生徒達が、「バスは衝突時には停止していた」と証言している(補足2)し、時速10kmの走行から急ブレーキをかけても検察側資料にある様なブレーキ痕は出来ないのでその攻撃は簡単である。

パトカーの速度は恐らく制限速度を大きく超えていただろう。80km/h以上のスピードが出ていただろうと想像する。衝突時のパトカーのスピードについては、バスの破損の程度で分かる筈である。衝突までにブレーキを踏んだと考えられるから、バスの停車に気づいた時の速度よりも相当減速されている筈である。それらを考察すれば、現場に向かう時の速度はある程度見積もれるだろう。そのような話は一切放送にはなかった。

ただ、パトカーに追い抜かれたトラックの運転手の証言が紹介されていた。時速55km位までブレーキを踏んで落としたのだが、そのパトカーは相当のスピードで追い越して行ったという話である。この証言が本当なら、裁判で採用すべき証言である。ただ、この放送ではその人の氏名等個人情報に類するものは全く明らかにされなかったので、真偽の程はあきらかではない。

繰り返すが、検察側の主張にあるバスの急停車で出来たブレーキ痕は捏造だろう。既に紹介したブレーキ痕捏造の話にこの動画で事故分析の時間の多くを使っている。(10:00—18:00の約8分間)このような捏造をする背景には、パトカーの責任が問われると、死亡退職金が出なくなる可能性があるので、高知県警が身内を庇うために行ったのだろうとの推測が語られている。

3)この動画に見る限り、双方に事故の責任があると思われるが、既述のようにバス運転手の責任の方が大きいだろう。繰り返すが、番組では衝突時にバスが動いていたかどうかが、責任所在の分岐点のような紹介があったが、そうではないと思う。

本来、バスは出来るだけ早く動いて、反対側車線に出て右方向に走り去るべきだった。また、そのような運転ができない限り、国道に出るべきではない。ましてや、国道の片側を塞ぐ形で停車を続け、その結果死亡事故が発生すれば、現在なら危険運転致死罪として告発される可能性があるだろう。

この番組では、事故の原因に迫るというスタンスではなく、警察と検察、そして裁判所が結託して、バス運転手に事故の責任をなすりつけたというシナリオにそって、その論理の組み立てと補強、そしてその非難に重点がおかれている。そのために、バス運転手の家庭の事情や当時の学校の生徒の活動などの映像に半分以上の時間が費やされている。

この件における警察、検察、裁判所の作った国民に対する不信感は、相当この国の司法制度に悪影響を及ぼすだろう。その責任は、バス運転手の引き起こした一死亡事故に対する責任よりも大きいだろう。この事件とその捜査に対する不正は、国民のこれら機関に対する信頼感、更に国家に対する信頼感を大きく損なったといえるだろう。

また、この番組の内容で分かるように、この報道機関は事故の中心から国民の視線を逸らせて、国家機関の不正を攻撃する材料としてこの事故を利用しているように見える。この件の報道を行った機関は、あの慰安婦問題の捏造などに関わった機関でもある。このような報道機関に一定の価値を与え結果的に支援しているのが、この国の政治のあり方だと言える。

(筆者は運転免許は持っていますが、道交法等については素人です。間違い等の指摘があればご指摘ください。)

補足:

1)バスが止まっているので、白バイはその前方を通過しようとしたのだろう。まさにその時に、停車していたバスが目的車線に向かって発進したために、白バイに衝突したという解析もある。https://togetter.com/li/783291 それが妥当な解釈だろう。何故なら、止まり続けていたのなら、そのバスの前方を通過することが可能だからである。勿論、白バイはバスが動き出すことも考えて、止まるべきだった。それが出来なかったのは、スピードが出すぎていたことを示している。

2)子供たちでも集団で証言するとき、その証言の信憑性は薄い。テレビ報道も周辺も全て、バスの運転は正常であったという主張を欲していることを敏感に察知し、自然にその方向にある程度誘導されるからである。
因みに、ある中学生が5:45ころから意味有りげな説明をしている。「反対側の車が動いていたので、そこでずっとまってて、そろそろ行けるかなと思った頃に白バイがぶつかった」と言っているのである。「そろそろ行けるかなと思った頃に」というが、何故そろそろ行けるかなと思ったのか? それは動き出したからではないのか? 

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