今朝のテレビ報道でも話題になっていたが、東京オリンピックとパラリンピックで開閉会式の演出を統括する筈の佐々木宏氏が、女性タレントの容姿を侮辱するような提案をしたとして批判され、18日辞任した。人気コメディアンの渡辺直美(Naomi Watanabe)さんにブタの耳をつけ、「オリンピッグ」として登場させることを提案したことが、容姿を笑いものにする演出であり、不適切だったという理由である。
https://www.afpbb.com/articles/-/3337392
ヤフーニュースによると、渡辺直美さんは米国や台湾でも人気があり、4月から活動の拠点を米国に移すという話である。「渡辺さんはインスタグラムで、米のエージェント会社2社と契約し、マネージメントは吉本興業と継続する。日本のレギュラーテレビ番組は、「3月いっぱいで卒業します」と明かした。」
https://news.yahoo.co.jp/articles/7e87755d6c7524c19dc5ff37fc53424634e86391
この件、佐々木宏氏の一方的な失策のように報道されているが、私にはそのようには思えない。
日本のタレントの中には、純粋な話術や動作表情だけではなく、特殊な容姿や趣味の悪い演技や特技などで、大衆の人気を獲ようとする人が非常に多く、佐々木氏はその線上でオリンピック開会式の演出を考えてしまったと考えられる。その現在の一部タレントの人気取りの姿勢に、限界を超えて同調してしまったのであり、その責任はタレントたちだけでなく、日本の笑いの文化そのものにあると思う。
振り返れば、容姿の特殊さや知性の無さを表に出して笑いを作る手法は、テレビ放送の普及と伴に大阪の松竹新喜劇と吉本新喜劇が作り出した。それは、現代の日本の”笑いの文化”の趣味の悪い一面である。漸く全世帯にテレビが普及し始めた時、私が子供の頃の話だが、「番頭はんと丁稚どん」などの放送を観るのが、一つの楽しみだった。上方の漫才などで、頻繁に頭を手で叩くなどの品の悪い場面が一般的になり、その後日本の漫才やコミックの中で多く見られる趣味の悪い芸となった。
現在の笑いの芸は、その姿勢から進歩はしている。しかし、依然としてその古いタイプの方法を取り入れて、相乗効果を狙うコメディアンやタレントが多い。(補足1)品の悪い芸だけでは日本で人気を得ることさえ困難なのだが、それを過剰に利用する人も多くテレビで見かけるように思う。勿論、渡辺さんには、それ以上の優れた才能があることで、国際的なコメディアンになったのは事実だと思うが、全く自分の容姿を利用しなかった訳ではないだろう。
笑いにも、人と人の間に潤滑油を注ぐ類の笑いもあれば、一部の人を犠牲にして、或いはイジメられる側を演じて創る「イジメ的笑い」がある。テレビなどの視聴者は、後者を嫌う感覚を持ち、喜劇を育てるのは視聴者であることを今回の件で学ぶべきだと思う。
(番頭はんと丁稚どんは、吉本新喜劇ではなく、松竹新喜劇でした。どちらも大阪の新喜劇です。;この点の修正及び題目の変更12:00;youtube 引用12:10;17時文章の編集あり)
補足:
1)具体的に名前をあげて失礼だが、「おおきなイチモツを下さい」の“どぶろく”、大食いで人気を得た“ギャル曽根”などの大食いタレントたちもその例である。どぶろくには音楽を用いる才能、ギャル曽根には料理の方向に進む知恵があるなど、その他の部分が大きいから、ここで名前をあげた。彼ら以外のもっと酷い例が、頭の中に浮かんでいるが、なまえを出すことをためらった。
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