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2017年1月10日火曜日

ポスト-真実の政治? 中国の嘘と工作で動かされた日本の近代

§1。 ぽすと-真実(post-truth)という言葉を聞いたのは、この8日のテレビ番組「サンデーモーニング」で、ゲスト姜尚中氏が昨今の政治について話した時が最初だった。それを聞いた後直ちに、政治とは大昔から嘘の連続なのに、今更何を言っているのかと思った。

その言葉の由来だが、オックスフォード辞書を出版しているOxford Dictionariesが毎年、その年の言葉(Word of theyear)を選んでおり、2016年がそのpost-truthだった。特にpost-truth politics (ポストー真実の政治)という風に、政治を形容することを念頭に置いた形容詞である。(補足1)

オックスフォード辞書出版のHPを見ると、post-truthという言葉は、”客観的事実に基づくよりも、感情や個人的信条に訴える方法の方が世論を形成する上で有効であるという状況、或いはその様な状況に関するという意味の形容詞”と定義されている。(補足2)https://en.oxforddictionaries.com/word-of-the-year/word-of-the-year-2016

この単語自体は既にあった様だが、今年英国のEU離脱の決定やトランプ氏の次期米国大統領への当選などの際に、主なる出版物においてその言葉が説明なしで用いられるようになり、その出現回数がスパイク状に増加したという。

しかし、上記定義は何かおかしい。Post-truthには、真実(truth)の後に来るものは何も書かれていないので、当然、上記定義にある“感情や個人的信条”などの意味は無い。大衆の感情や個人的信条(例えばナショナリズム)に訴えて政治的力にする用語として、既にポピュリズムという言葉がある。何故、それを使わないのか?

つまり、Post-truth politicsという言い方には、欺瞞が含まれている。それは、これまでの政治は真実に基づいていたという嘘である。確かに、表舞台では民主政治という形式が取られていたが、それを犯す内外からのいろんな力が存在して、実際には影の力やメカニズムが政治を動かす大きな力となっていた。それに反感を持った民衆が民主政治の方法により大きく動かすようになった政治が昨年の世界的現象であり、それをpost-truth politicsというのは、米国の新聞などと同様、これまでの支配者とべったりだった出版社や新聞社による敗者の戯言なのだろう。(補足3)

§2。 嘘800並べる政治的プロパガンダが政治を動かし、その結果が歴史を作るという意味では、「ポスト真実」と言う言葉を用いて新しい現象のようにいうのは欺瞞である。そのような手法はむしろ古典的である。近代政治において諜報活動が大きな力を発揮して来たのであり、それらを意識することは現在の政治でも重要である。日本の戦後政治にとって非常に弱い分野であるが、中国や英国など大陸の諸国(の政治当局)はそれを研究し、実行していると思う。

以前書いたが、中国では昔から人間を階層分けして、士の身分と君子の身分では別々の考え方が必要だと教えており、「君子は言葉に縛られることはない」というのが常識だという。つまり、君子つまり政治を行う者は、時に嘘をつく(あるいは豹変する)のである。(補足4)一方、日本では人に仕えるものの教育だけに熱心であり、「嘘は泥棒の始まり」でしかない。(補足5)その結果、日中国交回復の際に、田中角栄が周恩来にさりげなく馬鹿にされても、それに報道機関も気づかないのである。http://blogs.yahoo.co.jp/mopyesr/42762695.html

主題からの飛躍が過ぎると言われそうだが、あえて書く。

たとえば、最近ネットでの議論で教えてもらった江崎道朗氏の「中国共産党の対日工作」という動画では、情報を知らないのか工作を受けた結果なのか、その田中角栄時代の非常に貧弱な中国外交を指摘している。この一部は過去にすでに指摘した。”田中角栄は天才か小物か”:https://www.youtube.com/watch?v=RLG8vUu9lVg

中国の共産党政権が、大躍進運動の失敗による経済的苦境から立ち上がれない時に、日中国交回復と経済協力で、田中内閣は中国経済の立て直しに協力した。また、外務大臣の大平正芳の指令により、中国を刺激するような情報活動を禁止し、中国共産党の日本に対する工作を助けた。さらに、天安門事件で国際制裁を受けていた時に、加藤紘一内閣は天皇陛下の訪中とODAの再会で中国共産党政権を助けた。

なお、中国共産党はモスクワのコミンテルンの下にあり、その工作員の疑いのある人物が、池田勇人が作った宏池会の初代事務局長を勤め、その宏池会に上記加藤紘一、大平正芳、の他、河野洋平、宮沢喜一らという売国奴的人物が属するのである。また、中国がスパイ教育して日本に返した旧日本兵の団体である中国帰還者連絡会が、731事件や南京大虐殺などを、嘘を含めて大宣伝したのである。

上記講演において江崎氏は、これらの嘘を使った工作が日本側に大きな損害を生じさせていると指摘している。つまり政治は、嘘を如何に多く大きく宣伝するかの競争のようなものだったと言うのが常識であり、重ねて言うが、post-truth politicsとか言う言葉を今更作ることは欺瞞である。

追加:素人ですので、思い違いや誤解が含まれる可能性があります。指摘くだされば助かります。最後の方は江崎氏の講演内容の書き写しにしか過ぎません。ただ、江崎氏は売国奴という言葉は使っていません。(同日10:30(UTC))

補足:
1)清水寺管主が筆書きすることで有名な2016年の漢字は「金」であった。また、2016年の流行語大賞は「神っている」であった。日本の一般民の昨年の理解は、この程度なのか。
2)次のように説明されている。an adjective defined as ‘relating to or denotingcircumstances in which objective facts are less influential in shaping publicopinion than appeals to emotion and personal belief’
3)民主政治という言葉は、必ずしも”民”が最大の利益を得るという制度を意味しない。民が代表を選んで議会を作ることや議会が定めるルールに責任を持つこと、及びそれらを維持する能力と責任を持つ制度である。つまり、変な工作を受けるのは、民がその責任を果たしていないだけであり、その民が不利益を受けることを理由に民主政治ではないということにはならない。
4)孟子には、「孟子曰、大人者言不必信、行不必果、惟義所在」とある。”大人(たいじん)は言うことを必ずしも実行しない。またやっている事業を必ずしも貫徹しない。ただ、義のあるところに従ってなすことだけ”の意味。
5)これは、権威だけ持ち権力を持たない天皇を政治の中心に置くという、訳のわからない政治制度の欠点の一つだと思う。つまり、権力を少数の人間が握り続けることが天皇の権威をかりて可能となる。そこで必要なのは、下克上を抑えるだけであり、大人(たいじん)を育てる言葉は不要である。天皇を元首に規定する憲法の自民党草案では、その欠点を合法化するだろう。天皇に関する条項は、今上天皇が国民に向けた言葉で強調されたように、象徴と規定する現行憲法のままでよいと思う。

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