1)医療の発展は、昔ならとっくに死亡している人をも救うことになる。それは人類にとって福音のように思えるが、何事も良いことばかりではない。生物が現在まで生き残ったのは、環境などの生存条件の変化に適者生存と進化で対応してきたからであるが、その適者生存の原則を医学の進歩が崩す可能性が大きい。
戦闘で人類を死滅させる可能性が高いのが核兵器なら、種の劣化で人類を死滅させるかもしれないのが、医療の発展であると思う。人類も他の動物同様、疫病を始め様々な障害を乗り越えて生き残ってきた。現在の繁栄を見ると、人類が絶滅危惧種になることはあり得ないと思う人がほとんどだろうが、本当にそうだろうか。
快適な人工的環境や平和な世界は、今生きる人にとっては有難いことだが、未来の生命にとっては脅威である可能性もある。人権や人命などにほとんど無限の価値を置く現代の日本では、現在生きる人の医療を最優先する。高度な生命のメカニズムに介入する形での治療(補足1)、他人の臓器を移植する治療、自分の細胞を増殖させたり変形させたりして治療に利用すること(iPS技術など)などは、大きく遺伝子の劣化をまねく可能性がある。
現在生きる人間の一人として、命は大切なので抗生物質などの薬物治療や免疫を植え付ける予防医療などの一定の範囲にある治療には賛成だが(補足2)、上記のような遺伝子を変更する治療、他人の臓器を移植する治療、正常な細胞の機能を止めてしまう類の治療には、全面賛成はできない。その理由は、一つにはそれらは種の劣化を招く可能性が高いと思うことであり、そして、そこまでして個体が生き残るようには身体も社会も出来ていないと思うからである。
換言すれば、個体(個人)は死ぬことが必然であり、且つ、適当に死ぬべきなのである。
2)ガンの特効薬として注目されている薬にオプジーボがある。日本の小野薬品工業が生産している薬であり、その薬価が非常に高いことで話題になった。がん細胞は増殖するために、Tセルから攻撃を受けないようにTセルの免疫機能抑制機構を利用する。オプジーボは、ガン細胞によるこのTセルへの働きかけを阻害する。このTセルの免疫機能抑制機構は、自己免疫を起こさないように生体が持つ正常な機能である。(補足3)
http://www.gan-info.jp/dendritic/newspickup/article05/
このTセルを発奮状態に保つ抗がん剤は、1人の患者に一年間投与するだけで3500万円も製薬会社に支払わねばならなかった。その薬価が半分に抑えられることになったことが、大々的に報道された。
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO08036870V01C16A0X11000/
もし神がおられたのなら、上でも言ったように、そこまでして生きるのは不遜であると仰せになるだろう。つまり、それは必然的に将来の世代にツケを廻す行為なのである。一つには、種の劣化であり、もう一つは財政の悪化である。
2,3日前の読売新聞24面に、オプジーボにより肺がんから救われつつある人の話が掲載されていた。それはその人とその周辺にとっては非常に喜ばしいことである。苦しい時にオプジーボが現れ、保険適用になってほとんどが国庫の支払いとなり、使用することで命拾いした。その特定のケースに関しては、非常に良かったと思う。
しかし、目を全国や全世界に転じ、且つ思考を将来にまで広げれば、個別の幸せは必ずしも全体の幸せとはならない。
人は生きる上で多くの苦しみや悩みを持つ。それは、運命として諦めざるを得ないと考えて、命を落とすことに繋がる人も多いだろう。しかし、過去からそれまで一定の時間範囲で考えれば、それらのうちのほとんどの理由は結局経済的なものに還元されると思う。つまり、制度が整っておれば、国庫はそれらの命を救えただろう。
従って、政治をできるだけ平等なものにしていく段階で、有限な国の資金という束縛条件でもとまる解には、費用対効果の比率に上限を決め、一定以上の治療は自由診療にするなどのルール化が持ち込まれる筈である。
3)その結果、金持ちだけが命が助かる時代が来るだろう。現在でも多くの若壮年の死は、直接的間接的に経済的理由での自死が大部分だろう。日本国は基本的には豊かな国であり、その財がもう少し平等に分配されたのなら、このような多くの人の命が助かったであろう。しかし、現実には金持ちだけが幸福と命を手にすることができる。
その矛盾に気付けば、知識あるものは政治に積極的に参加し、少しずつでも社会の制度の変更を試みるべきである。政治の暗闇とか、なんとかのドンとか言って、週刊誌で自虐的に政治の腐敗を楽しむのは、そして、そのような記事を書いて収入を得るのは、知の堕落である。
補足:
1)正常細胞やガン細胞などの一部機能をブロックするなど、高度な生命科学に根ざした薬剤や方法による治療などを指す。
2)「抗生物質を用いなければ生き残れない人を多く子孫に残すことになるから、あなたの以下の議論はおかしい」という意見が聞こえてきそうな気がする。しかし、細菌やウイルスとの戦いは人類という種全体の問題である。それは、西洋人が乗り込んだアメリカ大陸で証明されている。インカなど原住民のほとんどは戦闘ではなく、西洋人が持ち込んだ伝染病で死滅したのである。(cf:「銃、病原菌、鉄」という本)
3)擬人的表現を用いれば、異物の侵入に怒って攻撃機能が亢進すると、味方にも攻撃して自己免疫疾患の症状を起こす。ガン細胞が大きくなるのは、その免疫機能の亢進を抑える様にTセルに働きかけるのだという。つまり、ガン細胞は便衣兵やスパイのように警察(Tセル)や公安に睨まれないようにして、いつのまにか国を滅ぼすのである。つまり、オプシーボはとにかく怪しい奴は皆退治するように仕向けるのだ。
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